綾子†無双   作:はるたか㌠

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十九

「う~ん」

 

 今、あたしは悩んでいる。

 ……というより、日々悩みが深まるばかり。

 先日のショッキングな出来事は、もちろん脳裏から離れない。

 でも、そうじゃなく。

 いろいろとあるんだが、一番は……。

 

「綾子。ちょっといい?」

 

 ベッドで寝転んでいたあたしは、ガバッと起き上がった。

 

「どうした、雪蓮?」

「ちょっと話があって。入るわよ」

 

 どうやら一人らしい。

 雪蓮の場合は誰かを連れてないと、という事はない。

 むしろ一人でどこかに抜け出す方が、彼女らしいぐらいかも。

 

「掛けてくれ。今、お茶でも入れるよ」

「ありがと。本当は、お酒でもいいんだけどね」

 

 頼むから、朝っぱらからそれは勘弁して欲しい。

 冥琳あたりに見つかったら、あたしまで大目玉だぞ?

 朝食の時に貰ってきたお湯で煎茶を入れ、茶碗に注いで手渡した。

 

「準備がいいのね」

「いや、ついでだし。その都度お湯を沸かすのは手間だからな」

 

 電気ポットでもあれば別だけど、望むだけ無意味だしな。

 

「で、話って?」

「ああ、そうね。……わたし、綾子はいつも不思議だなぁ、って思ってたけど。その強さの秘訣、あるの?」

 

 雪蓮の素朴な疑問だった。

 ……確かにそうなんだ。

 あたしは少なくとも競技レベルの武道じゃ、かなりいい線行っていたし。

 当然、それなりに自信もある。

 でも、リアルで命のやり取りをした経験は流石にないし、だからこそこないだみたいな醜態も晒してしまったんだし。

 今にして思えば、思春や明命にはあっさり勝てたけど……だからと言って、彼女らは決して弱くはない。

 いや、むしろ強い部類に入るだろうな。

 太史慈ははかなり強かったけど、あたしはそれでも後れを取らなかった。

 指揮能力ではもちろん敵わないけど、あの正確無比な祭さんと、弓の腕も見劣りしない。

 ……ゲームのキャラ魔改造じゃありまいし、これだけ一騎当千の強者揃いの中で、あたしがこうして存在感があるのは、どう考えても異常。

 けど、原因がわからない。

 あの筋肉オ○マは、あたしの持ち物だけは一緒に飛ばしたようだけど、まさか武力ステータスまで弄れるとは思えないし。

 

「それでね。わたしと仕合してみない?」

「……え? 雪蓮と?」

「そうよ。わたしのところで、武官はみんなあなたには敵わない。なら、後はわたしぐらいじゃない?」

「しかしなぁ。万が一怪我でもさせたら……。雪蓮の身体はもう、雪蓮一人のモノじゃないし」

「あら、心配してくれるの? それとも、余裕?」

 

 あ~、絶対これ、戦いたくてウズウズしてるな。

 ……でも、あたし自身、気になるのは確か。

 

「仕合えば、何かわかるかも知れないしね」

「それも、勘か?」

「あはは、違う……とも言えないか。そうね、それもあるけど。で、どう?」

 

 そうだな……。

 仕合なんだ、真剣を使わないなら、多分問題ないだろう。

 後は……雪蓮の後ろで青筋を立てている人物が、同意してくれたら、かな。

 

「雪蓮」

「あら冥琳。何かしら?」

 

 冥琳の怒りオーラに平然と出来るってのは、長年の付き合いだからなのかなぁ。

 あたしでも、ちょっと怖いぐらいなのに。

 

「どこを探しても見当たらないと思えば、全く。いい加減、上に立つ者としての自覚を持って欲しいのだが?」

「何よ。それじゃ、まるでわたしが好き勝手放題みたいじゃない」

 

 頬を膨らませる雪蓮。

 

「ほう、違うとでも言うのか、伯符殿? ならば、すべき事はわかるのでしょうな?」

「め、冥琳? いや、あのね」

「とりあえず、来るんだ。綾子もな」

 

 何で、あたしまで?

 疑問には思ったけど……反論できる雰囲気じゃなかったので、そのままついていく。

 ……で、執務室。

 これはこれは、見事な竹簡の山で。

 

「さて、自分のなすべき事をわかっているのなら、これを片付けて欲しいのだがな」

「ぶー。わたしは、綾子と仕合したいー!」

「……頼むから、すべき事は果たしてくれ。さもないと、政が滞って仕方がない」

 

 切実なのだろうな、実際。

 が、それだけでないのが冥琳クオリティ。

 

「それが片付いたら、仕合もいいだろう」

「おい、ホントにいいのか?」

 

 思わず、口を挟んでしまった。

 

「構わんさ。雪蓮が簡単に手傷を負う程弱いとは思っていない。それにこう言えば、これをほったかしにして逃亡する事もないだろう。私としては、その方が助かる」

「ううー、わかったわよ。これを片付けたら、綾子と仕合よ。冥琳、後から約束破ったら承知しないわよ?」

「雪蓮。私が、お前との約束を違えた事があるか?」

「……ないわよ。いいわ、わたしの本気を見せてあげるから」

「出来れば、それが普通であって欲しいがな」

 

 ま、雪蓮の本気ってのを見せて貰いますか。

 

 

 

 で、数刻後。

 まだ日は……高いな、うん。

 

「……なあ、冥琳。あたしは何か、おかしな夢を見ているのか?」

「だとすると、私もそうなのだろうな」

「ぶーぶー。二人とも酷いわよ」

「いや、しかしな……」

「よもや、とは思ったが」

 

 そう。

 目の前にあった山は、綺麗さっぱりなくなっている。

 雪蓮はあの量の書簡を、完全に仕上げて見せた。

 冥琳の表情からしても、本気であり得ないんだろう、これ。

 

「約束だから、いいわね?」

「あ、ああ。構わない」

「やったね。じゃ綾子、早速行くわよ」

 

 スキップでもしかねない様子の、雪蓮だった。

 

 模造刀を手に、調練場に出た。

 

「あら? 薙刀じゃなくていいの?」

 

 雪蓮もまた、同じ模造刀。

 

「いいんだ。実戦でも、あたしの得物は剣だしな」

「そう。でも、手加減はしないわよ?」

「勿論さ。そうでなけりゃ意味がないだろ」

「……いいわ。本気で仕合うのは久しぶりだから、ゾクゾクする」

 

 獲物を狙う、トラのような目付き。

 身の毛がよだつ程の、殺気が感じられる。

 やはり、並みの腕じゃない。

 

「……行くぞ」

「いつでもいいわ」

「ハアッ!」

 

 やはり、受け止められるな。

 すぐさま、反撃が来る。

 

「ぐっ!」

 

 こんな細身の身体で、どうしてこんな力が出せるんだ?

 受け止めた一撃は、かなり重かった。

 何とか押し返し、後退りして間合いを取る。

 

「やるな、流石だ」

「うふふふ、もっと楽しませてね」

 

 そう言って、雪蓮は地を蹴る。

 は、速い!

 咄嗟に剣を下げる。

 

「チッ、見切るとはね」

 

 ……まただ。

 あたし自身、疑問の一つ。

 動体視力が、ハンパじゃなく良くなっている事。

 他勢力の武将がどうなのかはまだ戦った事がないからわからないけど、趙雲といい、明命に思春と、素早さを活かした戦い方をする人が多い。

 勿論、彼女達も自信を持っている筈だろう。

 ……でも、何故だかその動きは、あたしの眼には確実に捉えられる。

 

「クッ、ちょこまかとかわしてくれるわね!」

 

 宣言した通りに一切の手加減も容赦もない、雪蓮の剣捌き。

 考え事しながらとか、そんな余裕がある方がどうかしてる。

 ……あたしに何か取り憑いてるんじゃないか、とでも思いたくなる。

 

「せいやっ!」

「!!」

 

 これは……ヤバい!

 無意識に立てた剣が、雪蓮の突きを防いだ。

 

「綾子。やっぱりあなた、普通じゃないわね」

 

 雪蓮、あたしも残念だが同感だ。

 

「あれを防ぐとはね……。思春、どう?」

「はい。今の雪蓮様の一撃は、綾子の一瞬の隙をついたものでした。私でも、運が悪ければ受ける自信はありません」

 

 ……あれ、いつの間にか蓮華と思春が見物に?

 というか、見えてるのかよこれ!

 

「綾子。余所見していていいのかしらっ!」

 しまった、剣を弾かれた。

 

「これで決まりよ!」

 

 雪蓮が、トドメに剣を振り下ろした。

 うわっ、もうダメか!

 ……が、雪蓮の剣は、あたしに届いていない。

 

「……何よ、それ」

 

 呆れたような彼女の声で、あたしは我に返った。

 ……あらら、そりゃ、呆れるしかないか。

 だって、雪蓮の剣先はあたしの手の中。

 所謂『真剣白刃取り』をやってるんだから。

 ……柳生新陰流なんて名前しか知らないし。

 この技も、ドラマや小説の中でしかない、フィクションだとずっと思っていたのに。

 

「うわぁ、綾子さん凄いですね~」

「剣を弾かれた時点で勝負あった、と思いましたが。綾子様に、まだ策があったとは」

「そうですね~。まさに達人、とでも言うべきなんでしょう~」

 

 軍師様ご一行までいるし。

 ……つか、止めたはいいけど……コレ、どうすりゃいいんだ?

 

「ハァ、何だか馬鹿馬鹿しくなってきちゃった。もうお仕舞いにしましょ」

 

 雪蓮の言葉に、あたしは力を抜き、剣から手を離した。

 

「……と、見せかけて!」

「うわっ!危なっ!」

 

 間一髪でかわすあたし。

 

「卑怯だぞ、雪蓮!」

「あら、それは言いがかりよ? わたしは、お仕舞いにするとは言ったけど、仕合を中断するとは言ってないもの」

 

 雪蓮、地面に剣を突き立てるな!

 いくら模造刀でもそれはヤバいだろ!

 転がりながら、何とかそれをかわす。

 つか、かわさないとマジで大変な目に遭う。

 

「あーっはっはっは。あー、楽しい!」

「あの~、雪蓮さん?」

 

 ……ダメだ、眼がイッちゃってる。

 これ、仕合だよね?

 

「血を見た訳でもないのに……どうなっているんだ?」

「わ、わかりませんよ冥琳さま。ああ、綾子お姉さま、危ない!」

「綾子お姉ちゃん、頑張れ!」

「綾子様! そこです、ああ、そうじゃありませんってば!」

 

 ちょっと待て、ギャラリー増えすぎだろ!

 内心でツッコミを入れつつ、どうにか飛ばした剣を掴めた。

 ようやく、雪蓮の剣を止めた。

 今度こそ、鍔迫り合い。

 

「力比べだ……。と見せかけて」

「え?」

 

 すかさず足払い。

 ジャンプでかわされたところへ、左アッパー!

 

「クッ、これもかわすか!」

「わたしの勘を甘く見ない方がいいわよ。せっ!」

 

 あんたはニュー○イプか!

 すれすれのところで雪蓮の一撃をかわし、再度打ち込みをかける。

 お、避けずに受け止めた。

 

「しっかし、ここまで避けられるかしら? 普通」

「そりゃ、あたしの台詞だ……ぞっ、と!」

 

 あたしが通っていた道場の乱稽古でも、ここまでの迫力はなかったな。

 まぁ、一歩間違えば冗談抜きで死ぬからなぁ。

 特に、今の雪蓮は……いろんな意味でヤバ過ぎだろ。

 ……よし、ならば。

 あたしは剣を目の前に突き刺し、柄頭に両手を置いた。

 

「ふふふ、諦めたの? でも、わたしは止めないわよ!」

 

 雪蓮が迫り、剣を一閃。

 

「よし、今だ!」

 

 剣を、シャベルのように雪蓮の方に払いながら、抜く。

 

「え? キャッ!」

 

 勢いよく抜いたから、その分土も一緒に抜け、飛んだ。

 雪蓮の顔にも直撃しかかり、一瞬だが視界が遮られる。

 

「……え?」

「チェックメイト。……じゃない、終わりだな」

 

 あたしは、剣を雪蓮の喉元に突きつける。

 

「……負けちゃった」

 

 途端に、雪蓮の眼から狂気が、消えた。

 ガクリと膝をつく。

 

「勝った……か」

 

 あ、もう体力限界気味かも。

 いくら運動量豊富なあたしでも、これはしんどいって……。

 

 

 

「……あれ?」

 

 気がつくと、そこは見知らぬ天井……はもういいな。

 どうやら、あたしの部屋らしい。。

 

「あ、気が付かれたようですね」

「……亞莎?」

 

 特徴のある帽子に服、見間違いようがない。

 

「はい。ご気分は如何ですか?」

「……別に、何ともないような気がする。あたし、一体どうなったんだ?」

「あのまま、調練場で気を失ってしまわれたんです。雪蓮様も、ですが」

「雪蓮は大丈夫?」

「ええ。……回復するためにはお酒が、と仰せになって、祭様とご一緒に」

 

 ああ、なら問題なさそうだ。

 それにしても、激闘だった。

 ……そして、いつにも増して、あり得ない自分が、いた。

 そのうち、昇○拳とか使えるようになった、とか……あり得ないと言い切れないのが嫌過ぎる。

 真剣白刃取りとか、まるでこっちに来る前に読んでいた……。

 ……ん?

 読んでいたって……まさか?

 

「亞莎!」

「は、はいっ!」

 

 いきなりあたしが大声を出したせいで、びびらせたようだ。

 

「あ、すまん。あたしのカバン、取って貰っていいか?」

「はい。これでしょうか?」

「そうそう。……えっと」

 

 カバンの中身は、何度か確認している。

 その中で、一番意味のなさそうなもの。

 意味がないので気にもしていなかったけど、ここまで揃うと思い当たる節がある。

 

「綾子様。それは?」

「ああ。情報端末、とでも言えばいいのかな」

「情報端末……。情報を得られるものですか?」

「そうさ。……動けばだけど、な」

 

 大画面液晶が特徴の、タブレット型コンピュータ。

 メカ音痴の遠坂に見せたらどんな反応するかと思って、カバンに入れた記憶がある。

 とは言え、ただのネタにする程は安くないので、電子書籍とゲームを入れておいた。

 ……確か入れたゲームに、三国志とか戦国で大暴れする、見切りの達人が主人公、ってのがあったわ。

 で、電子書籍は、剣豪モノがずらり。

 ……ま、あたしが魔改造状態な原因はわかった……というか、これ以外にあり得ん。

 でもな……これ、バッテリー切れで動かないんだよなぁ。

 ……わからん。

 あ~、頭が茹だってきた。

 と、言うか。

 盛大に、腹の虫が鳴ってくれた。

 

「……とりあえず、何か食うか。亞莎、街に行こうぜ」

「え? でも、寝てなくて大丈夫なんですか?」

「ああ。それに、この時間じゃ厨房に行っても何もないだろう。ごま団子、ご馳走するぜ?」

「え? で、ですが……」

 

 今、明らかに動揺しただろ。

 別に、虐めるつもりはないし、ご馳走するのも本心だけどな。

 

「世話になった礼さ。ほら、行くぞ」

「は、はいっ!」

 

 謎はあるけど、今はこれでいいのかも知れない。

 魔改造だろうが何だろうが、今のあたしは、この人達にとって、必要とされているじゃないか。

 ……いずれ、何かわかるだろう、きっと。


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