太史慈を仲間に加えたあたしは、寿春城へ戻った。
城主が変わった混乱も治まってきたようで、街には活気があった。
「で、どこなんだ亞莎?」
「は、はい。確か、この辺りと聞いたのですが」
やはりちゃんとした武器を用意した方がいい……という蓮華の勧めもあり、件の鍛冶屋を探してる訳だが。
……なかなか見つからない。
「美綴殿。貴殿はわかるが、何故私も付き合わされているのかな?」
連れてきた太史慈は、あまり乗り気ではない。
と言うか、戸惑ってるようにも見える。
「いや、アンタだって得物なしって訳にもいかないだろ?」
「だが武器を与えては、貴殿に危害を与えるやも知れぬのだぞ?」
「それはないな。少なくとも、あたしはアンタを信じる」
「ふ、おかしなものだな。昨日まで敵対していた私を、こうも容易く信じるとは。お人好しにも程があると思うが」
「蓮華もそうだが、一度信頼した人物は大事にするってのがあたしの主義でね。だから、信頼した仲間が戦えるようにする。当然だろ?」
「全く。貴殿だけならともかく、孫策殿までその調子とはな。ま、私としても、弓だけで戦場に出たくはないがな」
ここに来る前に雪蓮にも会わせたが、あたしとほとんど同じ事を言ったのには……なんつーか、シンクロし過ぎだなあたしらは。
で、太史慈をここまで信じる訳。
もちろん根拠はあるけど、それは口にしない。
まさか、後世の歴史で義理堅い事を知っているから……なんて言えないし、言ったところで信じて貰えないだろうから。
もっとも、戦いの中で、そして約束を果たした時点で、例え歴史と違っていようとも、あたしは信じるに足りる、そう思った。
「あ、ここみたいです」
ホッとした亞莎の声。
どうやら、探し当てたらしい。
古びた建物で、特に看板も何も掛かっていない。
……まぁ、わからんわな、これじゃ。
奥から、金属を叩く音が聞こえてくる。
「ごめんください」
声をかけるが、返事はない。
「失礼しまーす」
庭の方を覗くと、大柄な男が、一心不乱に熱した鉄の棒を叩いている。
「集中しているようだな」
「邪魔しない方がいいだろうな」
「では、待たせていただきましょうか」
三人並んで、職人の仕事を見る。
カン、カン、カンと分厚かった鉄の棒が、次第に薄くなっていく。
厚さは測ったように均一。
腕が確かなのは、間違いではなさそうだ。
と、男があたし達に気付いたようだ。
「何か用か」
ぶっきら棒に言う。
「あたしと、こっちの武器を頼みたいんだ」
「悪いが、他を当たるんだな」
男は全く関心がなさそうだ。
「そうはいかない。一軍を率いる将が、適当な得物って訳にはいかないからな」
「ほう。……そっちは太史慈様か。で、アンタは?」
「美綴綾子。孫策の将だ」
「なるほど。だが、俺は相手が例え皇帝陛下だろうが、気に入った仕事しかしねぇ。だから、他を当たったほうが早いぜ?」
本当に偏屈な男らしい。
恐らく金をいくら積んだところで、首を縦に振る事はしないだろう。
「そもそも、剣なら腰にあるようだがな?」
「ああ、これはまた別だ。後で、研ぎに出すつもりでな」
もう一振りの剣も、そのままにしておく訳にもいかないしな。
いくら錆だらけとは言え、相応の値はしたんだし。
……と、男の表情が動いた。
「……なあ、その剣、少し見せては貰えないか?」
「いいぜ」
あたしは剣を抜き、男に手渡した。
「……こ、こいつは……まさか!」
さっきまでの態度はどこへやら、真剣に剣を調べ始めた。
砥石で身を擦ったり、柄を何やら調べたり。
「間違いねぇ。……なぁ、アンタ。こいつを二、三日預からせてくれ!」
「どうする気だ、一体?」
「俺が全力で研ぎ、いや、甦らせる。頼む!」
思わず顔を見合わせるあたし達。
さっきまでの傲岸さは、すっかり影を潜めている。
「アンタが、全力でやってくれる、そう言うのか?」
「そうだ。もし、仕上がりが気にいらなけりゃ、この首落としてもらっても後悔はねぇ」
男は、何故か必死だ。
「……わかった。なら、頼むとしよう。ただし、条件がある」
「何だ? 俺に出来る事なら何でも言ってくれ」
「この太史慈の槍を頼みたい。もちろん、生半可な奴じゃなく、将として相応しいものを、だ」
「美綴殿、それは」
何か言いかける太史慈を、手で押し止めて、
「なら、三日後にまた来る。その剣と槍、宜しく頼むぜ」
「……わかった。一世一代の大仕事だ、やらせて貰う」
男は、しっかりと頷いた。
工房を出て、あたし達は城へと戻る。
「綾子様、宜しかったのですか?」
やりとりを見ていた亞莎、心配になったのだろう。
「ま、大丈夫だろ。あれだけの名人が全力を尽くす、そう宣言したんだ」
「は、はぁ……」
「それより太史慈。この辺りで、何か美味い物ないか?」
「む? そうだな、懇意にしている茶店があるが」
「ほぉ、そいつはいいね。よし、案内してくれ」
「案内も何も、そこだ」
太史慈について、茶店に入る。
「いらっしゃいませ。おや、太史慈様」
「茶と、いつものを頼む」
「はい、少しお待ち下さいませ」
店の主人が、丁寧に頭を下げて奥に入っていく。
「どうした、呂蒙。意外か?」
「い、いえっ! ただ、太史慈様と店の主人が、あまりに親しげなので」
「私とて、年中鍛錬や調練を行っている訳ではない。たまさか、こうして街に出る事もある」
そう言って、太史慈は茶碗を口にする。
……まぁ、あたしからしてもちょっと意外な感じはする。
普段から、こんな調子でちょっとお堅いし。
それとも、もっと親しくなったら違った面が見られるのかな?
「お待たせしました。どうぞ」
小皿に置かれたのは、こんがりと揚がったごま団子。
「へぇ、こいつは美味そうだ。じゃ、いただきます」
あちちちち、火傷しないようにしないとな。
気をつけながら、口へと運ぶ。
……うん、軽い歯ごたえに、ゴマの香ばしさ。
そして、餡が絶妙だ。
「美味い!」
「うむ、ここのごま団子は、少なくとも揚州では随一、と私は見ている」
「随一って。食べ比べでもしたのか?」
「な、何を言うのだ美綴殿。武人ともあろう者が、そのような真似、する筈がなかろう」
「……まぁいいけど。顔、赤くなってるぞ?」
「い、いいから黙って食べるのが礼儀というものだぞ」
う~ん、敢えてツッコまない方がいいのかな、これは。
……あれ、亞莎がジーッとごま団子を見つめたまま、固まってないか?
「どうしたんだ、亞莎?」
「……は、はい……」
「熱いうちに食べるのが一番美味いんだぞ。それとも、ごま団子は嫌いだったか?」
「い、いえ! そ、そんな事は。いただきます!」
そして、一気に口へ。
「あ、あひひひひっ!」
「熱いのを一気に頬張る奴があるか! ほら、水」
「す、すひばせん。んくっ、んくっ……ふう」
一息ついて、今度は慎重に食べている。
「……美味しい、美味しいです!」
感激している。
「ごま団子って、こんな味だったんですね」
「何だ。食べた事なかったのか?」
「はい。私の家は裕福ではありませんでしたから。このような砂糖を用いたお菓子など、到底口には出来ませんでした」
泣ける話というか、向こうの世界では考えられない話だよな。
実際、この時代の砂糖の値は、相当に高い。
袁術の蜂蜜じゃないが、甘味料自体がとても高価だ。
「よし! すいません、ごま団子をあと十個追加で!」
「美綴殿。気に入ったのはわかるが、食べられるのか?」
太史慈が目を丸くしている。
「いや、亞莎のためさ。あたしの奢りだ、食べてくれ」
「え? で、ですが、それでは綾子様に申し訳ないです」
「いいって。鍛冶屋に案内してくれたお礼って事で。な?」
「綾子様……。あ、ありがとうございます」
嬉しそうに、次のごま団子に手を伸ばす亞莎。
見ているこっちが、何だか幸せな気分だよ。
城に戻ったあたし。
……さて、何をしたものか。
働き詰めだったせいもあり、ゆっくりするといい、と冥琳。
とは言え、何もせずにぼーっとしているのは性に合わない。
なので、菖蒲(徐盛)の鍛練を思い立った。
……あたしのところに来てから、雑用ばかりさせている気がするし。
本人は嫌がっていないが、武官候補である以上、それではまずい。
「いいか。あたしを敵だと思って、全力でかかってくるんだ」
「し、しかし綾子様を……」
「菖蒲。強くならなければ、自分が死ぬ。守りたい者を守れず、願い事も叶えられずにな。今のお前はまだまだ弱い。あたしを慕ってくれるのは嬉しいけど、ならば尚更強くなれ。いいな?」
「は、はいっ! 行きます!」
剣を構え、突進してくる菖蒲。
思い切りはよし、でも!
ガアン、と大きな音がした。
「うっ!」
菖蒲は、剣を取り落としてしまう。
「自分の狙いをつけるだけじゃ、相手にやられるぞ。もっと意識して!」
「はい! もう一度!」
今度は払いから、突きへの変化か。
悪くはないが、それだけでは。
「それっ!」
「あうっ!」
凪ぎを辛うじて受け止めるが、顔が苦痛に歪んでいる。
そのまま剣を一閃すると、菖蒲の剣は宙を舞った。
「……あ」
「今のあたしの動き、少しは見えたか?」
「……いいえ」
悔しそうに頭を振る。
「なら、もう一度だ。来い!」
「い、行きます!」
がむしゃらな剣の乱れ打ちを受け止めながら、がら空きのボディに蹴り。
「ぐっ……けほっ、けほっ」
「攻撃は武器だけとは限らない。あたしが敵ならば、次は菖蒲の首を落としているさ」
「あ、綾子様……。ですが、私には……」
「ああ、まだまだ無理だ。とりあえず、明日からこれを毎日五百回、ひたすら振るんだ」
樫の木で作った木刀を、菖蒲に手渡す。
「こ、これ、重い……」
「それを重いと感じるうちは、あたしはまだ菖蒲に何も教えられない」
「…………」
「それが出来るようになったら、あたしのところに来るんだ。いいね?」
「わかりました。私、頑張ります!」
うん、いい眼だ。
素養は悪くないんだ、鍛えれば立派な武人になれる。
あたしはそう確信している。
三日後。
あたしはまた、太史慈と一緒に鍛冶屋へと向かった。
さて、あの男、どんな仕事をしてくれたのか。
「邪魔するぜ」
「お、来たな。まずは、見てくれ」
あたしが預けた剣を差し出す男。
……え?
「剣が……光り輝いている……?」
そんな筈はないのに、そうとしか見えない。
錆も刃こぼれも全くないどころか、正しく名剣、と呼べるだけのものになっている。
「それから、これもだ。その剣を使うからには、な」
男は、もう一振りの刀を持ってきた。
それも、この剣に劣らず、輝きを放っている。
「どういう事だ? これが、あの剣なのか……」
「そうだ。その件は、『青コウの剣』。そしてこっちが、『倚天の剣』。どっちも、アンタの物だ」
……ちょっと待て。
青コウの剣に、倚天の剣って。
確かそれ、曹操が作らせた、二振りの名剣じゃないか?
何でそれが、ここにあるんだ……。
「ひとつ、聞いてもいいか?」
「何だ」
「この剣は、あたしが襄陽の市で惹かれて買い求めたものだ。なんで、あんな場所にあんな状態であったのかも謎だけど、もう一本は何だ?」
「……アンタが持ってきた青コウの剣は、俺の師匠が鍛えた剣だ」
「アンタの師匠が?」
「ああ。師匠の、最後の作品だ。そいつを鍛え上げて間もなく、死んじまったんだ」
「…………」
人は、作品に魂を込める……なんて言うけど、文字通りこの剣は、この男の師匠にとって、魂そのものだろう。
そう思うと、剣の重みがズシリ、と増した気がする。
「だが、師匠がなくなった後、弟子の一人に小悪党がいてな。遊ぶ金欲しさに、そいつを持って逃げたんだ」
男は無念そうに言う。
「もっとも、買い取った古物商も、ケチな野郎だったらしくてな。その剣の真価をわからなかったらしい。……おまけに、盗んだ奴は盗賊に殺され、古物商は洪水で流されたって話だ」
「それで、この剣があんな場所に埋もれていた訳か」
「おかげで、こうしてまためぐり合う事ができた。アンタには感謝している」
「それはわかった。けど、倚天の剣は?」
「これは……。俺の渾身の作だ。師匠を目指して、一心に鍛えてきたんだが、何かが足りなかった。だがな、師匠の剣に再び出会って、その足りなかったものが何か、わかったんだ」
「それは一体何だ?」
「……口では言えねぇ。だが、対となるに相応しい出来になった、俺はそう自負している」
倚天の剣を抜き、払った。
何年も共にしたかのように、しっくりと手に馴染む。
重さも、サイズも、何の違和感もない。
「……わかった、アンタとアンタの師匠の魂、確かに受け取った。代金は……」
「要らねぇよ。いや、貰っちゃいけねぇ」
男はきっぱりと断った。
「そうはいかないだろう。少なくとも、倚天の剣はアンタの作だ」
「いや、それは例え山ほど黄金を積まれても売る気はなかった。だが、アンタのおかげで、俺は師匠にようやく肩を並べられたんだ。むしろ、俺から礼を言いたいぐらいだ」
「しかし、アンタは鍛冶屋が生業なんだろう? だったら」
「……じゃあ、一つだけ、約束してくれ。代金は受け取れないが、これだけは守って欲しい」
「いいだろう。何だ?」
「その剣は、大義のためだけに使って欲しい。……それだけだ」
男は、もう話は終わりだ、とばかりに手を振る。
「おっと、太史慈様の槍がまだだったな。これでどうだ?」
意匠の施された槍。
オーラすら漂う、これも業物だ。
「……これは……見事な」
太史慈も、ただただ見入っている。
「こいつは、俺の一番弟子に任せたシロモノだ。その対の剣と比べちゃ気の毒だが、それでも俺が太鼓判を押せる出来だ」
「……いや、こいつは……。うむ、素晴らしい」
嬉しそうに、それを振るう太史慈。
槍捌きが、一段と鋭く見える。
「これは、代金を払うからな」
「……いいのか? 俺じゃなく、俺の弟子の作だぞ」
「太鼓判を押す、と言ったではないか? それに、これにも立派に、魂が込められている。その魂に敬意を表したい、ただそれだけだ」
「……わかった。なら、遠慮無く受けよう」
「うむ。ところで、美綴殿」
「何だ?」
「貴殿、得物は薙刀であったな。それは良いのか?」
確かに、あたしの一番の得意は薙刀だ。
それは、今でも変わらないだろう。
……けど。
「こんな業物を二振りも手にしたんだ。あたしにはこれを、という運命なのさ。きっとな」
「運命、か……。なるほど、それも良いのかも知れぬな」
こうして、あたしと太史慈は、新たな力を、得た。