綾子†無双   作:はるたか㌠

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十六

 太史慈を仲間に加えたあたしは、寿春城へ戻った。

 城主が変わった混乱も治まってきたようで、街には活気があった。

 

「で、どこなんだ亞莎?」

「は、はい。確か、この辺りと聞いたのですが」

 

 やはりちゃんとした武器を用意した方がいい……という蓮華の勧めもあり、件の鍛冶屋を探してる訳だが。

 ……なかなか見つからない。

 

「美綴殿。貴殿はわかるが、何故私も付き合わされているのかな?」

 

 連れてきた太史慈は、あまり乗り気ではない。

 と言うか、戸惑ってるようにも見える。

 

「いや、アンタだって得物なしって訳にもいかないだろ?」

「だが武器を与えては、貴殿に危害を与えるやも知れぬのだぞ?」

「それはないな。少なくとも、あたしはアンタを信じる」

「ふ、おかしなものだな。昨日まで敵対していた私を、こうも容易く信じるとは。お人好しにも程があると思うが」

 

「蓮華もそうだが、一度信頼した人物は大事にするってのがあたしの主義でね。だから、信頼した仲間が戦えるようにする。当然だろ?」

「全く。貴殿だけならともかく、孫策殿までその調子とはな。ま、私としても、弓だけで戦場に出たくはないがな」

 

 ここに来る前に雪蓮にも会わせたが、あたしとほとんど同じ事を言ったのには……なんつーか、シンクロし過ぎだなあたしらは。

 で、太史慈をここまで信じる訳。

 もちろん根拠はあるけど、それは口にしない。

 まさか、後世の歴史で義理堅い事を知っているから……なんて言えないし、言ったところで信じて貰えないだろうから。

 もっとも、戦いの中で、そして約束を果たした時点で、例え歴史と違っていようとも、あたしは信じるに足りる、そう思った。

 

「あ、ここみたいです」

 

 ホッとした亞莎の声。

 どうやら、探し当てたらしい。

 古びた建物で、特に看板も何も掛かっていない。

 ……まぁ、わからんわな、これじゃ。

 奥から、金属を叩く音が聞こえてくる。

 

「ごめんください」

 

 声をかけるが、返事はない。

 

「失礼しまーす」

 

 庭の方を覗くと、大柄な男が、一心不乱に熱した鉄の棒を叩いている。

 

「集中しているようだな」

「邪魔しない方がいいだろうな」

「では、待たせていただきましょうか」

 

 三人並んで、職人の仕事を見る。

 カン、カン、カンと分厚かった鉄の棒が、次第に薄くなっていく。

 厚さは測ったように均一。

 腕が確かなのは、間違いではなさそうだ。

 と、男があたし達に気付いたようだ。

 

「何か用か」

 

 ぶっきら棒に言う。

 

「あたしと、こっちの武器を頼みたいんだ」

「悪いが、他を当たるんだな」

 

 男は全く関心がなさそうだ。

 

「そうはいかない。一軍を率いる将が、適当な得物って訳にはいかないからな」

「ほう。……そっちは太史慈様か。で、アンタは?」

「美綴綾子。孫策の将だ」

「なるほど。だが、俺は相手が例え皇帝陛下だろうが、気に入った仕事しかしねぇ。だから、他を当たったほうが早いぜ?」

 

 本当に偏屈な男らしい。

 恐らく金をいくら積んだところで、首を縦に振る事はしないだろう。

 

「そもそも、剣なら腰にあるようだがな?」

「ああ、これはまた別だ。後で、研ぎに出すつもりでな」

 

 もう一振りの剣も、そのままにしておく訳にもいかないしな。

 いくら錆だらけとは言え、相応の値はしたんだし。

 ……と、男の表情が動いた。

 

「……なあ、その剣、少し見せては貰えないか?」

「いいぜ」

 

 あたしは剣を抜き、男に手渡した。

 

「……こ、こいつは……まさか!」

 

 さっきまでの態度はどこへやら、真剣に剣を調べ始めた。

 砥石で身を擦ったり、柄を何やら調べたり。

 

「間違いねぇ。……なぁ、アンタ。こいつを二、三日預からせてくれ!」

「どうする気だ、一体?」

「俺が全力で研ぎ、いや、甦らせる。頼む!」

 

 思わず顔を見合わせるあたし達。

 さっきまでの傲岸さは、すっかり影を潜めている。

 

「アンタが、全力でやってくれる、そう言うのか?」

「そうだ。もし、仕上がりが気にいらなけりゃ、この首落としてもらっても後悔はねぇ」

 

 男は、何故か必死だ。

 

「……わかった。なら、頼むとしよう。ただし、条件がある」

「何だ? 俺に出来る事なら何でも言ってくれ」

「この太史慈の槍を頼みたい。もちろん、生半可な奴じゃなく、将として相応しいものを、だ」

「美綴殿、それは」

 

 何か言いかける太史慈を、手で押し止めて、

 

「なら、三日後にまた来る。その剣と槍、宜しく頼むぜ」

「……わかった。一世一代の大仕事だ、やらせて貰う」

 

 男は、しっかりと頷いた。

 

 

 

 工房を出て、あたし達は城へと戻る。

 

「綾子様、宜しかったのですか?」

 

 やりとりを見ていた亞莎、心配になったのだろう。

 

「ま、大丈夫だろ。あれだけの名人が全力を尽くす、そう宣言したんだ」

「は、はぁ……」

「それより太史慈。この辺りで、何か美味い物ないか?」

「む? そうだな、懇意にしている茶店があるが」

「ほぉ、そいつはいいね。よし、案内してくれ」

「案内も何も、そこだ」

 

 太史慈について、茶店に入る。

 

「いらっしゃいませ。おや、太史慈様」

「茶と、いつものを頼む」

「はい、少しお待ち下さいませ」

 

 店の主人が、丁寧に頭を下げて奥に入っていく。

 

「どうした、呂蒙。意外か?」

「い、いえっ! ただ、太史慈様と店の主人が、あまりに親しげなので」

「私とて、年中鍛錬や調練を行っている訳ではない。たまさか、こうして街に出る事もある」

 

 そう言って、太史慈は茶碗を口にする。

 ……まぁ、あたしからしてもちょっと意外な感じはする。

 普段から、こんな調子でちょっとお堅いし。

 それとも、もっと親しくなったら違った面が見られるのかな?

 

「お待たせしました。どうぞ」

 

 小皿に置かれたのは、こんがりと揚がったごま団子。

 

「へぇ、こいつは美味そうだ。じゃ、いただきます」

 

 あちちちち、火傷しないようにしないとな。

 気をつけながら、口へと運ぶ。

 ……うん、軽い歯ごたえに、ゴマの香ばしさ。

 そして、餡が絶妙だ。

 

「美味い!」

「うむ、ここのごま団子は、少なくとも揚州では随一、と私は見ている」

「随一って。食べ比べでもしたのか?」

「な、何を言うのだ美綴殿。武人ともあろう者が、そのような真似、する筈がなかろう」

「……まぁいいけど。顔、赤くなってるぞ?」

「い、いいから黙って食べるのが礼儀というものだぞ」

 

 う~ん、敢えてツッコまない方がいいのかな、これは。

 ……あれ、亞莎がジーッとごま団子を見つめたまま、固まってないか?

 

「どうしたんだ、亞莎?」

「……は、はい……」

「熱いうちに食べるのが一番美味いんだぞ。それとも、ごま団子は嫌いだったか?」

「い、いえ! そ、そんな事は。いただきます!」

 

 そして、一気に口へ。

 

「あ、あひひひひっ!」

「熱いのを一気に頬張る奴があるか! ほら、水」

「す、すひばせん。んくっ、んくっ……ふう」

 

 一息ついて、今度は慎重に食べている。

 

「……美味しい、美味しいです!」

 

 感激している。

 

「ごま団子って、こんな味だったんですね」

「何だ。食べた事なかったのか?」

「はい。私の家は裕福ではありませんでしたから。このような砂糖を用いたお菓子など、到底口には出来ませんでした」

 

 泣ける話というか、向こうの世界では考えられない話だよな。

 実際、この時代の砂糖の値は、相当に高い。

 袁術の蜂蜜じゃないが、甘味料自体がとても高価だ。

 

「よし! すいません、ごま団子をあと十個追加で!」

「美綴殿。気に入ったのはわかるが、食べられるのか?」

 

 太史慈が目を丸くしている。

 

「いや、亞莎のためさ。あたしの奢りだ、食べてくれ」

「え? で、ですが、それでは綾子様に申し訳ないです」

「いいって。鍛冶屋に案内してくれたお礼って事で。な?」

「綾子様……。あ、ありがとうございます」

 

 嬉しそうに、次のごま団子に手を伸ばす亞莎。

 見ているこっちが、何だか幸せな気分だよ。

 

 

 

 城に戻ったあたし。

 ……さて、何をしたものか。

 働き詰めだったせいもあり、ゆっくりするといい、と冥琳。

 とは言え、何もせずにぼーっとしているのは性に合わない。

 なので、菖蒲(徐盛)の鍛練を思い立った。

 ……あたしのところに来てから、雑用ばかりさせている気がするし。

 本人は嫌がっていないが、武官候補である以上、それではまずい。

 

「いいか。あたしを敵だと思って、全力でかかってくるんだ」

「し、しかし綾子様を……」

「菖蒲。強くならなければ、自分が死ぬ。守りたい者を守れず、願い事も叶えられずにな。今のお前はまだまだ弱い。あたしを慕ってくれるのは嬉しいけど、ならば尚更強くなれ。いいな?」

「は、はいっ! 行きます!」

 

 剣を構え、突進してくる菖蒲。

 思い切りはよし、でも!

 ガアン、と大きな音がした。

 

「うっ!」

 

 菖蒲は、剣を取り落としてしまう。

 

「自分の狙いをつけるだけじゃ、相手にやられるぞ。もっと意識して!」

「はい! もう一度!」

 

 今度は払いから、突きへの変化か。

 悪くはないが、それだけでは。

 

「それっ!」

「あうっ!」

 

 凪ぎを辛うじて受け止めるが、顔が苦痛に歪んでいる。

 そのまま剣を一閃すると、菖蒲の剣は宙を舞った。

 

「……あ」

「今のあたしの動き、少しは見えたか?」

「……いいえ」

 

 悔しそうに頭を振る。

 

「なら、もう一度だ。来い!」

「い、行きます!」

 

 がむしゃらな剣の乱れ打ちを受け止めながら、がら空きのボディに蹴り。

 

「ぐっ……けほっ、けほっ」

「攻撃は武器だけとは限らない。あたしが敵ならば、次は菖蒲の首を落としているさ」

「あ、綾子様……。ですが、私には……」

「ああ、まだまだ無理だ。とりあえず、明日からこれを毎日五百回、ひたすら振るんだ」

 

 樫の木で作った木刀を、菖蒲に手渡す。

 

「こ、これ、重い……」

「それを重いと感じるうちは、あたしはまだ菖蒲に何も教えられない」

「…………」

「それが出来るようになったら、あたしのところに来るんだ。いいね?」

「わかりました。私、頑張ります!」

 

 うん、いい眼だ。

 素養は悪くないんだ、鍛えれば立派な武人になれる。

 あたしはそう確信している。

 

 

 

 三日後。

 あたしはまた、太史慈と一緒に鍛冶屋へと向かった。

 さて、あの男、どんな仕事をしてくれたのか。

 

「邪魔するぜ」

「お、来たな。まずは、見てくれ」

 

 あたしが預けた剣を差し出す男。

 ……え?

 

「剣が……光り輝いている……?」

 

 そんな筈はないのに、そうとしか見えない。

 錆も刃こぼれも全くないどころか、正しく名剣、と呼べるだけのものになっている。

 

「それから、これもだ。その剣を使うからには、な」

 

 男は、もう一振りの刀を持ってきた。

 それも、この剣に劣らず、輝きを放っている。

 

「どういう事だ? これが、あの剣なのか……」

「そうだ。その件は、『青コウの剣』。そしてこっちが、『倚天の剣』。どっちも、アンタの物だ」

 

 ……ちょっと待て。

 青コウの剣に、倚天の剣って。

 確かそれ、曹操が作らせた、二振りの名剣じゃないか?

 何でそれが、ここにあるんだ……。

 

「ひとつ、聞いてもいいか?」

「何だ」

「この剣は、あたしが襄陽の市で惹かれて買い求めたものだ。なんで、あんな場所にあんな状態であったのかも謎だけど、もう一本は何だ?」

「……アンタが持ってきた青コウの剣は、俺の師匠が鍛えた剣だ」

「アンタの師匠が?」

「ああ。師匠の、最後の作品だ。そいつを鍛え上げて間もなく、死んじまったんだ」

「…………」

 

 人は、作品に魂を込める……なんて言うけど、文字通りこの剣は、この男の師匠にとって、魂そのものだろう。

 そう思うと、剣の重みがズシリ、と増した気がする。

 

「だが、師匠がなくなった後、弟子の一人に小悪党がいてな。遊ぶ金欲しさに、そいつを持って逃げたんだ」

 

 男は無念そうに言う。

 

「もっとも、買い取った古物商も、ケチな野郎だったらしくてな。その剣の真価をわからなかったらしい。……おまけに、盗んだ奴は盗賊に殺され、古物商は洪水で流されたって話だ」

「それで、この剣があんな場所に埋もれていた訳か」

「おかげで、こうしてまためぐり合う事ができた。アンタには感謝している」

「それはわかった。けど、倚天の剣は?」

「これは……。俺の渾身の作だ。師匠を目指して、一心に鍛えてきたんだが、何かが足りなかった。だがな、師匠の剣に再び出会って、その足りなかったものが何か、わかったんだ」

「それは一体何だ?」

「……口では言えねぇ。だが、対となるに相応しい出来になった、俺はそう自負している」

 

 倚天の剣を抜き、払った。

 何年も共にしたかのように、しっくりと手に馴染む。

 重さも、サイズも、何の違和感もない。

 

「……わかった、アンタとアンタの師匠の魂、確かに受け取った。代金は……」

「要らねぇよ。いや、貰っちゃいけねぇ」

 

 男はきっぱりと断った。

 

「そうはいかないだろう。少なくとも、倚天の剣はアンタの作だ」

「いや、それは例え山ほど黄金を積まれても売る気はなかった。だが、アンタのおかげで、俺は師匠にようやく肩を並べられたんだ。むしろ、俺から礼を言いたいぐらいだ」

「しかし、アンタは鍛冶屋が生業なんだろう? だったら」

「……じゃあ、一つだけ、約束してくれ。代金は受け取れないが、これだけは守って欲しい」

「いいだろう。何だ?」

「その剣は、大義のためだけに使って欲しい。……それだけだ」

 

 男は、もう話は終わりだ、とばかりに手を振る。

 

「おっと、太史慈様の槍がまだだったな。これでどうだ?」

 

 意匠の施された槍。

 オーラすら漂う、これも業物だ。

 

「……これは……見事な」

 

 太史慈も、ただただ見入っている。

 

「こいつは、俺の一番弟子に任せたシロモノだ。その対の剣と比べちゃ気の毒だが、それでも俺が太鼓判を押せる出来だ」

「……いや、こいつは……。うむ、素晴らしい」

 

 嬉しそうに、それを振るう太史慈。

 槍捌きが、一段と鋭く見える。

 

「これは、代金を払うからな」

「……いいのか? 俺じゃなく、俺の弟子の作だぞ」

「太鼓判を押す、と言ったではないか? それに、これにも立派に、魂が込められている。その魂に敬意を表したい、ただそれだけだ」

「……わかった。なら、遠慮無く受けよう」

「うむ。ところで、美綴殿」

「何だ?」

「貴殿、得物は薙刀であったな。それは良いのか?」

 

 確かに、あたしの一番の得意は薙刀だ。

 それは、今でも変わらないだろう。

 ……けど。

 

「こんな業物を二振りも手にしたんだ。あたしにはこれを、という運命なのさ。きっとな」

「運命、か……。なるほど、それも良いのかも知れぬな」

 

 こうして、あたしと太史慈は、新たな力を、得た。


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