綾子†無双   作:はるたか㌠

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十四

「雪蓮」

「ええ」

 

 南陽城に勢揃いした兵士達。

 もちろん全員は入りきらないけど、主要な兵士が集められている。

 その前に、進み出る雪蓮。

 

「皆の者、よく聞いて欲しい。暴政を敷いていた袁術は既に打倒した。だが、ここ南陽は疲弊し、民も塗炭の苦しみに喘いでいる。袁術の罪は重いが、それを責めるだけでは未来はない! 我々は、これより江東の制覇へと進む。これは、新天地を得るためだけの戦いではない! この地の、そして戦乱に苦しんでいる江東の民を解放し、安んじるための義戦である! 私はこれより、江東の安寧を目指す! 皆はその呉、孫呉の兵士として、立ちはだかる者達を打ち破り、安住の地を得ようではないか! 皆、大いに励み、そして力を貸して欲しい!」

 

「オオーッ!」

 

 湧き起こる歓声。

 短期間ではあったが、選び抜かれた士気の高い、精鋭達。

 そして、優れた将達。

 大陸最強、とはさすがに言えないだろうけど、少なくとも相当に強い軍が、できあがった瞬間。

 

「綾子」

 

 隣にいた蓮華も、いい表情をしている。

 

「私も、孫呉のため精一杯やるわ。力を貸して」

「……ああ。やるさ、雪蓮や蓮華のため、そして皆のためにも、な」

 

 

 

「では、出立!」

「応!」

 

 先陣は明命と穏。

 ……で。

 

「なぁ、穏」

「何でしょうか~?」

「……あのさ。やっぱあたしが先陣の司令官ってのは……」

「もう決定事項ですよぉ? それに、綾子さんなら問題ありませんから」

 

 そう言われてもなぁ。

 

「大丈夫ですよ、綾子さんはどーんと構えていて下さいねぇ」

 

 いいんだろうか、しかし。

 作戦指揮なんて、祭さんのを一度見たぐらいだぞ。

 

「それで、目標は寿春……だよな」

「はい~。劉ヨウさんのお城ですね」

 

 ……さて、誰だったっけ?

 名前が出てこないぐらいだから、あまり気にする事はないのかも知れないけど。

 ま、なるようにしかならんか。

 

「そう言えば~。あの猫の大群はどうしたのでしょう?」

「ああ。たぶん勝手についてきてると思う。ただ、一緒だと……」

「ああ~、明命ちゃんが戦闘どころじゃなくなっちゃいますものねぇ」

「……そういう事だ」

 

 どうもあたしが猫に好かれるスキル(?)を身に付けたせいか、余計にトリップしやすくなってるからな、明命は。

 別に命令した訳でもないけど、猫達は城を出る前からサッといなくなった。

 ……また、猫王なんて呼ばれそうだなぁ。

 

 

 

 途中で黄巾党の残党を打ち破ったり、軍に志願してきた連中の対応をしたり。

 ほとんどは穏が対応方法を指示してくれるし、それ以上の判断が必要な場合は雪蓮のところに使いを出すだけだから問題はない。

 寿春までの行軍は、順調そのものだった。

 

「よーし、全軍止まれ!」

 

 かねてからの打ち合わせにあった地点で、行軍をストップ。

 明命隊が斥候に出ているので、それを待つ。

 

「綾子お姉さま、穏さま、戻りました」

 

 って、早っ!

 

「明命ちゃん、ご苦労様でした。どうでしたかぁ?」

「はい。『太史』の旗が、寿春城の手前に立っていました」

 

 江東でその名前って事は……たぶん、あの武将だな。

 

「太史……。太史慈、か?」

「お姉さま、よくご存じで」

「まぁ、いろいろあるんだよ、あたしも。それで、数は?」

「一万ほどかと」

 

 雪蓮から預かった兵も、ほぼ同数。

 数の上では互角だけど……。

 

「それから、牛渚の砦には、張英とハン能の旗が」

 

 あ、そっちは完全に知らん。

 

「そちらは、雪蓮さまの本隊が来てからでも良さそうですね。となると、まずは太史慈さんでしょうか~」

「そうだな。下手にかかると、被害もバカにならなさそうだし」

「あの~。綾子さんは、太史慈さんをご存じなんでしょうか?」

「そうですよ。もしそれなら、作戦の立てようもあると思いますが」

 

 さて、どう説明したものかな。

 あたしが知っているのは後世の歴史であって、目の前の現実とは違う。

 だから、必ずしも同じ人物とは限らないんだけど。

 

「伝令、伝令!」

 

 と、そこに兵士が駆け込んできた。

 

「申し上げます! 劉ヨウ軍より、使者が参りました」

「使者? わかった、通せ」

「ははっ!」

 

 入れ替わりに、使者として派遣されてきた兵士が入ってきた。

 

「我が軍の将、太史慈からの言伝がございます。まずは、尋常に一騎打ちを申し入れたい、と」

「一騎打ち、ねぇ」

 

 ……この場に雪蓮がいなくて、よかった。

 彼女の性格なら、喜んで飛び出していただろうからな。

 

「返事はこちらからする。一旦戻っていいぞ、ご苦労さん」

「はっ!」

 

 さて、どうしますかね。

 ゲームだと、断ると士気が下がるんだけど。

 

「穏。出るべきか?」

「う~ん。危険ですよぉ?」

「それはわかるんだが……明命はどうだ?」

「私もあまり賛成は出来ません。ただ……」

「ただ、何だ?」

「はい。今いる兵は、雪蓮さまに従ってまだ日が浅く、忠誠心も決して高い訳ではありません。ここで断れば、ますます彼らを指示通りに動かすのが難しくなるかも知れません」

「なるほど」

 

 兵を間近で見ている、明命ならではの意見だろう。

 

「穏。あたしもそう思う」

「……そうですねぇ~。明命ちゃんの見る目は、間違いないとは思います」

 ……なら、話は決まりだ。

「穏。あたしが行ってくる」

 

 二人とも、驚いてあたしを見る。

 

「え? 綾子さんが?」

「ああ。向こうも一軍を率いている将なんだろう? だったら、あたしが行かないと」

「ですが~」

「大丈夫、簡単にやられはしないさ。司令官としちゃ頼りないだろうけど、一対一なら何とかなる」

「……お姉さま、気をつけて下さい。ご武運を」

「ああ」

 

 そのまま、馬に乗って陣の前に出る。

 

「太史慈! 申し入れ通り、来てやったぞ!」

 

 あたしの呼びかけに、敵陣から一騎、飛び出してきた。

 

「よし、敵ながら天晴れ。我が名は太史慈!」

「あたしは美綴だ。さて、勝負はどうする?」

「私の得物はこれだ。貴殿は?」

 

 と、弓を取り出す太史慈。

 そういや、弓の名手だったな、太史慈って。

 

「あたしも弓で構わない。弓比べと行こうか?」

「結構だ。そうだな、的は……あれにしよう」

 

 と、太史慈は頭上を指した。

 雁の群れが飛んでいる。

 って、飛ぶ鳥を落とせって?

 

「では私から、参る」

 

 太史慈は手にした弓を構え、狙いを定める。

 

「フッ!」

 

 短い気合いと共に、放たれた弓。

 

「ギャッ!」

 

 狙い過たず、一羽の雁が落ちてきた。

 見事に羽を射貫かれて。

 ……百発百中の腕、ってのは伊達じゃなさそうだ。

 

「では、次は貴殿だ」

 

 う~、止めときゃよかったか?

 あたしの弓は、静止した的ばかりだったし。

 そりゃ、こっちに来て多少は動くものも射たけど。

 とにかく、落ち着けあたし。

 

「……行くぞ」

 

 覚悟を決め、矢を番える。

 そして、放つ!

 

「ギョエ!」

 

 ……当たった。

 落ちてきた雁、その首を射貫いていた。

 

「見事な腕だ。私よりも優れているとはな」

 

 いや~、たまたまなんだよね。

 とか言ったら、本気で怒られそうだからやめとこ。

 

「では、次はこれで参る」

 

 と、槍を取り出す太史慈。

 

「なら、あたしもこれで」

 

 薙刀を構える。

 

「いざ!」

「来いっ!」

 

 突きを受け流す。

 間を取り、素早く足払いをかける。

 

「なんの!」

 

 そして、繰り出される槍。

 趙雲の突きも速かったが、太史慈のそれも、勝るとも劣らない。

 気を抜いたら、やられるな……。

 

 打ち合う事、五十、いや七十合を過ぎたかな。

 いい加減、手が痺れてきた。

 

「や、やるな……」

「貴殿こそ……。私がここまで手こずるのは、初めてだ」

 

 息も上がってるし、喉もカラカラ。

 

「太史慈様!」

「何だ! 邪魔をするな!」

 

 声をかけてきた兵士を一喝する太史慈。

 

「そ、それが……。牛渚の砦、陥落したとの事」

「な、何だと!」

 

 さっき明命が言っていた砦か。

 ……となると、雪蓮達、もう着いたって事だろうな。

 

「劉ヨウ様より、退却の命が来ております」

「クッ! しかし!」

 

 あたしは、構えを解いた。

 

「命令なんだろ? 行けよ」

「し、しかし! 敵前で退却など!」

「ん? ああ、追撃ならしないし、させない。安心しな」

 

 あたしはそう言って、親指を立てる。

 

「美綴殿……? しかし、それでは」

「あたしと互角にやる相手に、追い討ちをかけたくないだけさ。武人としての礼だよ」

 

 太史慈は、あたしの言葉にフッと笑みを浮かべる。

 

「武人として、か。ではこの場は、お言葉に甘えよう」

「今度は負けないぜ?」

「それは私の台詞だ。では美綴殿、失礼する」

 

 くるりと踵を返し、太史慈は自陣へ戻っていく。

 

「寿春城へ戻る。全軍、続け!」

「応!」

 

 砂塵を上げて、太史慈の軍勢は去って行った。

 

「綾子お姉さま。大丈夫ですか?」

 

 明命が、手ぬぐいと水筒を手渡してくれる。

 

「ああ、すまない。……ふう」

「流石は綾子さんですね、お見事でした」

 

 穏もやって来た。

 

「すまない。独断で見逃してやった……。処罰は覚悟している、あたしの責任でな」

「え~と、何の事でしょうかぁ」

「……え?」

「私、目が悪いので何が起きたのか見えなかったんですけどぉ」

 

 そ、そんな訳ないだろ?

 

「明命!」

「あ、見て下さい。こんな戦場にも、お猫様がいらっしゃいますよ~」

 

 猫なんていないし、いる訳がない。

 

「ささ、戻って休みましょう」

「そうですよ。お姉さま、お疲れ様です」

「穏、明命……」

 

 二人に手を借りて、陣に戻った。

 

「み、美綴様、凄かったです!」

「お、俺、あんな勝負、生まれて初めて見ました!」

 

 なんか、兵士達から賞賛の嵐が。

 自分の武が認められるのだから、悪い気はしないね。

 とにかく、少し休憩。

 

 

 

「綾子。ご苦労様」

 

 数刻後、雪蓮達と合流。

 城から出ていた軍勢は全て蹴散らすか、退却したらしい。

 

「綾子。貴様と互角に遣り合った将がいる、というのは本当か?」

「そうさ、思春。それは明命も穏も見ていたから。太史慈って奴だ」

「あの綾子と五分……恐ろしい手練れだな」

 

 ……それは、あたしもその恐ろしい方に入る、と聞こえるぞ。

 

「残念ねぇ。私も勝負したかったなぁ」

「雪蓮。立場を忘れるな」

「そうです、雪蓮姉様は大事な身体なのですよ!」

「ぶー。冥琳も蓮華もわかってるわよ」

 

 と、頬を膨らませる雪蓮。

 

「江東にそのような将が……。私でも、戦えたでしょうか……?」

「これ、亞莎。お主は武官でもあるが、自分で戦うよりもいかにして兵を動かすかを考えい! 冥琳に言われたばかりであろうが」

「は、はひ! も、申し訳ありません、祭様!」

「でも、綾子お姉ちゃんと互角って事は、かなり強いんだよね、その人? シャオも会ってみたかったな」

「う~ん、なら~、会えるようにすればいいんじゃないでしょうか~」

 

 口に手を当てながら呟く千花(魯粛)に、皆の視線が集まる。

 

「しかし、牛渚の砦は落としたとはいえ、まだ寿春には数万の軍勢がいるぞ」

「冥琳さん、私にお任せなのです」

「千花? 何か、策でもあるの?」

 

 雪蓮の言葉に、ニコニコしながら頷く千花。

 

「策と呼べるほどのものじゃありませんけど~。劉ヨウさんに、城の明け渡しを交渉してきます~」

 

 あまりに気軽に言うので、その場の一同は皆唖然とする。

 ……一名を除いて。

 

「千花。勝算はあるのね?」

「もちろんですよ~」

「いいわ。なら、任せましょう」

「雪蓮! いくら何でも」

「あら、千花の才を評価したのは冥琳、あなたでしょ? その彼女が策があるというのなら、信じてあげて当然じゃない?」

「それはそうだが……しかしな」

 

 まぁ、心配なんだろうな、友人として。

 

「あの~。雪蓮さま。お願いがあるんですけど~」

「何かしら?」

「綾子さんを~、貸していただけないでしょうか~」

「綾子を?」

「はい~」

 

 敵地に使者として乗り込むのであれば、当然警護が必要。

 使者は普通斬らないものだが、それも相手によるからな。

 

「そうね……。思春は蓮華の警護、明命は斥候。祭は全体を見ているし……あ、なら私が」

「却下だ、雪蓮」

「ぶーぶー。いけずよ、冥琳」

「……立場を考えろ、と言ったはずだが? 綾子、頼む」

 

 確かに、動ける武官はあたししかいなさそうだ。

 

「わかった」

 

 

 

「ご無沙汰です~、劉ヨウさん~」

「おお、魯粛ではないか」

 

 寿春城の、謁見の間。

 ちなみに、劉ヨウは男だった……まぁ、女ばかりじゃ、子孫が残らないし。

 正使は千花、あたしは副使という立場で。

 どうやら二人、知り合いらしい。

 

「して、今日は何用かな?」

「はい~。孫策さまの使いで参りました~」

「……そうか。お前ほどの者も、孫策に仕えているのか」

 

 ちらり、とあたしを見る劉ヨウ。

 

「あの者も、そうか?」

「美綴さんは~、孫策さま第一の武将さんですから~」

「では、太史慈と互角だったというのは……そうか、なるほどな」

 

 劉ヨウはふう、と息を吐く。

 

「それで。用向きは何だ?」

「おわかりかと思いますけど~。降伏していただけないかと思いまして~」

「それはできん。孫策の勢いと人望のほどはわかったが、臣従するつもりはない」

「そうですか~。では、戦うと?」

「……いや、牛渚の砦が奪われ、戦力が半減してしまった。今の勢いで、我が軍では孫策を止められないだろう」

「劉ヨウ様、何を!」

 

 側に控えていた太史慈が、いきり立つ。

 

「まぁ聞け、太史慈。儂が病を得ている事は知っているだろう。息子共も、残念ながら天下に名を成す程の器量は持ち合わせておらん」

「ですが、戦わずして降るなど、武門の恥です!」

「恥など、雪げばよいだけの事。もちろん、皆がどうしようと止めはせぬ。ただ、儂は孫策にここを明け渡し、どこぞに退去しようと思う」

「バカな! 私はこれで、御免!」

 

 太史慈はズカズカと出て行く。

 

「あ奴は性根は良いのだが、自分が納得できなければ降る事はあるまい。それよりも魯粛、城を明け渡すに当たり、孫策に一つ、条件がある」

「はい~、何でしょう~?」

「民を、苦しめる事のない政治を。それを約束できるのなら、儂はもう思い残す事はない」

 

 青白い顔にも、しっかりとした意思を宿す劉ヨウ。

 あたしは知らない人物だったけど、刺史を務めるだけの人物、ただ者じゃないって事か。

 千花はあたしを見てから、しっかりと頷いた。

 

「はい。確かにその言葉、伝えましょう」

 

 ぽわぽわモードを解除した千花の言葉に、劉ヨウも頷き返す。

 

「ふふ、世代交代が進んでいるという事だな……。そちらの副使、美綴、とか申したか?」

「はい。姓が美綴、名が綾子です」

「……よい眼をしている。それに、運気もあるな……この者がおる限り、孫策は安泰であろう」

 

 おいおい、占い師かアンタは。

 

「では、戻って孫策に伝えるがよい。儂は、引き継ぎの支度にかかるでな」

 

 

 

 こうして、寿春は無血開城。

 劉ヨウは宣言通り、どこかに落ち延びていった。

 そして太史慈は、降伏に同意できない兵士たちを集め、丹陽というところに向かった……らしい。

 今度こそ、決着をつける日が、迫っていた。


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