綾子†無双   作:はるたか㌠

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十三

 千花(魯粛)が仲間に加わり、人的にも物的にも用意が整い始めた。

 いよいよ、江東制圧に向けて動き出す事になる。

 兵については、そのままでは多すぎるため、祭さん、思春、明命で一度調練を行う事となった。

 兵に適正なし、という連中は手当てを出した上で帰農させ、なるべく精鋭だけに絞った。

 調練なら手伝うつもりだったんだが……。

 

「悪いが、綾子では絞られ過ぎる危険がある」

「すまぬな、徹底的に鍛え上げるのはまたの機会になろう。ここは儂らに任せるがよい」

 

 ……思春に祭さん、あたしを一体何だと?

 仕方がないので片隅で猫達と黄昏ていたら、明命が調練そっちのけでトリップしかかり、猫ごと調練場から追い出された。

 

 当てもなく城内をフラフラしていると、たくさんの竹簡を抱えた文官達とすれ違った。

 

「大変そうだな。そんなに一度に運ぶんじゃ大変だろ? あたしも手伝うよ」

「あ、美綴様。しかし、そのような事でお手を煩わせては……」

「いいって、あたしもヒマだし。どれ」

 

 先頭の文官の腕から、竹簡を受け取る。

 お、案外軽いなこれ。

 

「そっちのも貸しなよ。このぐらいなら持てる」

「い、いやしかし……」

 

 仕事を横取りするつもりじゃないが、どいつもこいつも足元がふらついていて危なっかしいんだよ。

 

「ほら」

「は、はぁ……」

 

 戸惑う彼らに構わず、全部を受け取る。

 嵩はあるけど、重さは……うん、大した事はないかな。

 ……で、何でこの人は石化してるんだ?

 

「どうかしたか?」

「……ハッ。い、いえ……。しかし、流石は美綴様ですな、これだけの量を」

「そうかな? 鍛え方が足りないんだよ、文官だからって、身体は動かした方がいいぜ?」

「あ、あははは、さ、左様で……」

 

 乾いた笑いで返すな。

 

「で、何処に持って行くんだ?」

「はい。周瑜様と魯粛様、陸遜様のところへ」

「あいよ。じゃ、案内してくれ」

「…………」

「ん? 行かないのか?」

「い、いえ。こちらです」

 

 ……怖がられている気がするのは、何故だろう。

 

「お待たせ、持ってきたぞ」

「あ、ご苦労。……綾子、何だその量は?」

「綾子さん、ま、まさか全部一度に運んだんですかぁ?」

「はわ~、凄いですね~」

 

 なんか、三人の反応がおかしい。

 ……つーか、呆れられてないか?

 

「あれ? いっぺんに運んだ方が効率いいかなって。もしかして、余計な事したか?」

「……い、いや……助かる。な、穏、千花?」

 

 声が上擦ってるぞ、冥琳。

 

「なら、ここに置くぞ?」

 

 空いている机の上に、竹簡を崩れないように置く……結構難しいかな、この量だと。

 

「あ、ちょっと待って下さい。綾子さん、いいものをお見せしますよぉ」」

 

 何故かニコニコしている穏。

 千花と並ぶと……うん、和む。

 

「いいものって?」

「ではでは千花さん、こちらをお願いしますね~」

「は~い、お願いされました~」

 

 竹簡を広げた千花。

 ……その瞬間、あたしは信じられないものを、見た。

 目にも止まらぬ早業で、手裏剣を投げ……じゃなく、書簡を処理。

 

「……何、だと……」

 

 彼女の前に積まれた竹簡が、みるみる減っていく。

 適当に片付けて……いる訳がないな。

 それなら、横にいる冥琳が黙っていないだろうし。

 他の文官もサボっている訳じゃないのに、千花の減り方があまりにも早すぎる。

 あの、ぽわぽわした雰囲気は、どこかに消え失せているし……やっぱり、魯粛なんだなぁ、と再認識。

 

「流石は千花だな。計算が速い」

「い、いや……。電卓も算盤もないのに、それは凄すぎだぞ……」

 

 と、あたしのつぶやきを聞き逃さない穏。

 

「綾子さん。何か、計算に便利な道具でもご存知のようですねぇ」

「へ? ま、まぁな」

 

 あたしは、ポケットからケータイを取り出した。

 

「あらぁ? それは何でしょう~?」

 

 あ、千花がぽわぽわモードに戻ってる。

 

「確か、美麗な絵を、自動で描く機械だったな? けーたい、とか言ったか?」

「よく覚えているな、冥琳」

「忘れる筈がないだろう。それだけ印象深いものを。で、またあの絵を見せるのか?」

「あ、今日は違うんだ。これ、他にも機能があるんだけど……」

 

 メニューキーを操作し、電卓モードに。

 

「で、例えば……そうだな、このあたりの邑の人口を合計して、平均を計算してみるか」

 

 度量衡も違うから、こんな事しか事例が浮かばないし。

 

「……七百四十一。どうだ?」

「ふえ~、ピッタリですよ綾子さん」

 

 千花は既に、暗算で計算済みらしい。

 電卓使ってまで、負けるあたしって一体……。

 凹んでいるあたしを他所に、三人はワイワイと盛り上がっている。

 

「しかし、この小さな箱にどんな絡繰が……。ふむ、綾子の国とは、ますます不可思議だ」

「でも~。国中の職人さんたちが頑張っても……無理ですよねぇ」

「う~ん。便利なんですけどね~。綾子さん~、他には何かご存知じゃないですか~?」

「そうだな。なら、算盤かな?」

 

 実物は流石にないので、碁石と筆で、それっぽくして説明。

 

「……で、足し算だとこう。引き算だと、こんな感じで」

「なるほど~」

 

 十進法が使えないみたいなので、改良しないとそのままでは使えない事が判明。

 

「すまんな、役に立たなくて」

「いえ~。これはいいですよ~」

「そうですね。千花さんみたいに、計算が速い方だと効果的ですよ」

「ならば、職人に作らせてみるか。計算が速くなるならば、文官にも試させる価値はあるな」

 ……あら、いつの間にか正式採用の方向に……?

「それはさておき」

 

 と、ニヤリとあたしを見る冥琳。

 物凄く、いや~な予感が。

 

「さ、さて、じゃああたしは鍛練に……」

 

 ガシッと両腕を穏と千花に挟まれた。

 

「綾子さん。ちょ~っとだけ、お手伝いして欲しい書簡がありまして~」

「一緒にお仕事して貰えますよね~、もちろん~?」

 

 二人ともニコニコしたままだが……逆らいがたい迫力が……ホントにアンタら、文官か?

 

「……ちなみに、拒否権は……?」

「もちろん、ない」

 

 あ~、薮蛇だ~!

 

 

 

「ハァ……疲れた」

 

 竹簡の山がなくなり、やっとこさ解放された。

 また頼むぞ、なんて冥琳に言われたが、全力で辞退したい。

 

「にゃ~」

 

 黄昏れて城壁に登ったあたしの周りに、猫がわらわらと集まってきた。

 スリスリされてしまった。

 何故か、こっちに来てから猫になつかれるようになった。

 あたしも嫌いじゃないし、甘えてくる猫に癒されない筈もない。

 

「よしよし」

 

 喉を撫でてやると、気持ち良さそうに喉を鳴らす。

 次は自分だ、と別の猫がやってきて……ある意味、カオス。

 明命がここにいたら、悶え転げ回ってるな、間違いなく。

 

「あらあら、猫王さん、こんなところにいたの?」

「誰が猫王だよ、雪蓮」

「あら、違うの? 街の子供がそう呼んでいたわよ」

 

 子供は正直だ、確かにそう見えるんだろう。

 ……まぁ、悪い気はしないからいいんだけどな。

 

「さて、やっと約束が果たせそうね」

 

 そう言いながら、雪蓮はあたしの隣に腰を下ろす。

 猫達も心得たもので、場所を空けつつ、あたしへのスリスリ攻撃は続けている。

 

「約束って?」

「言ったじゃない。袁術ちゃんの事とか片付いたら、ゆっくり話しましょう、って」

「あ、その事か」

「祝宴はそれどころじゃなかったし、その後も忙しかったからね」

「……その割には、冥琳が探し回る姿を随分見かけたんだけど?」

 

 う、と雪蓮が顔を顰める。

 

「そ、それは……。そう、偶然がいくつも重なり合ったのよ、うん」

「ま、雪蓮らしいっちゃそうなんだけどさ」

「そういう事で、はい」

 

 何がそういう事なのかはわからんが、雪蓮は徳利と杯を手にしていた。

 

「また飲むのか。好きだねぇ」

「いーじゃない。綾子と飲むお酒、美味しいんですもの」

「とか何とか言いながら、口実にされているとしか思えない」

「ぶーぶー。それは酷いわよ、綾子」

 

 拗ねている素振りをしているが、本心からではない。

 まぁ、あたしも軽くからかっているだけだしな。

 

「じゃ、かんぱーい」

「ああ、乾杯」

 

 少し、きつめの酒。

 だが、悪くないかも。

 

「ふう、やっぱり美味しいわ。やっぱり、お酒は美味しく飲めなきゃね」

 

 どことなく、はしゃいでいるな。

 

「何か嬉しい事でも?」

「そりゃあるわよ、いろいろと。こうして、自由の身にもなれたし」

「ま、その代わり今度は王としての仕事が待っているけどな」

「う……。嫌な事を思い出させないで、もう」

「仕方ないだろ、それが上に立つものの宿命みたいなもんだ」

「……綾子、最近冥琳に似てきたんじゃない?」

「あはは、それはない。逆立ちしたって、あんな稀代の軍師様にはなれないよ、あたしじゃ」

「ま、それもそっか」

 

 そうあっさり認められるのも、それはそれでちょっと癪かも。

 

「綾子は綾子だもの。……本当、不思議よね、あなたって」

「そうかな?」

「そうよ。あなた、庶人の出、って言ったわよね」

「ああ。まかり間違っても、どこぞの名家とか末裔とか、そんなのはない」

「庶人の出でも、優れた人は大勢いる。漢の高祖だって、元を辿ればそうだもの」

 

 高祖って……そりゃ、確かに。

 でも、比較される対象が偉大すぎ。

 

「あなたはそう言うけど、武はまさに無双、明命や小蓮、菖蒲があれだけ慕う人徳。それに、いろんな知識もあるじゃない」

「褒めすぎだって。あたしはただの武道バカだよ」

 

 つうか、人徳とは何か違うような気がする……あの三人の場合。

 

「あら、謙遜?」

 

 おかしそうに、雪蓮が笑う。

 

「そんなつもりはないよ。これでも、あたしは身の程をわきまえているつもりだけどな」

「そうかしら? もし、あなたが仮に独立でもしたら、結構な勢力を築けちゃったりして」

「……それは、あたしならあの曹操とでも張り合える、とでも?」

「そうね。綾子なら……あり得るんじゃない?」

 

 勘弁してくれ。

 あんな完璧超人とタメ張るなんて、考えただけでもゾッとする。

 

「……でも、ありがと」

「急にどうしたんだ?」

「いろいろとね。綾子が来てから、いろいろあったもの。そして、あなたのおかげで、今のわたしがある」

「大げさだろ、そりゃ。あたしは大した事はしていないさ」

「ふ~ん、今日はやけに謙遜するのね」

「だから、謙遜じゃないんだって。ああ、もう!」

 

 勢いで、杯の中身を一気に干した。

 う、クラクラする。

 

「じゃあ、どうして曹操の誘いを断ったの?」

「へ?」

 

 どうして、雪蓮がその事を?

 

「あら、自分の城下町で起きた事ですもの。そりゃ、耳に入るわよ」

 

 まぁ、普通の茶店での会話だったからなぁ。

 誰にも知られないって方が無理、か。

 

「まず、あたしは曹操が期待する程の器量じゃない」

「謙遜、三回目よ?」

「だから……もういい、それは。あと、フィーリング的に、無理」

「ふぃーりんぐ、って何?」

 

 いかん、変に酔いが回ってきたからまた横文字使っちまった。

 

「感覚的というか、相性的に。それだったら、雪蓮の方がよほど気楽だ」

「それ、褒めてるの?」

「当たり前だろ。さっきも言っただろ、あたしはただの武道バカだって。小難しい事はダメなんだよ」

「ぷっ、あっはっはっは」

 

 何がツボに入ったのか、雪蓮は大笑い。

 

「何かあたし、変な事言ったか?」

「い、いえ、あはは、ちょ、ちょっと待って、うくくく」

 

 涙目になってまで笑われてもなぁ……。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……。ちょ、もうちょっと、待ってね」

 

 雪蓮は杯を一気に干した。

 

「ふう……。だ、だって、綾子、あんまりにも直球なんだもの。自分を飾らないのはいいと思うけど、限度があるわよ」

「だからって、そこまで笑わなくてもいいだろ……」

「ご、ゴメンね。でも、綾子がいけないのよ。ぷっくっく」

 

 また笑いを堪えてるし。

 

「ったく。ほら」

 

 徳利を持つと、妙に軽かった。

 どうやら、空になったようだ。

 

 

 

「ほれ。酒なら持ってきたぞ。……にしても、何じゃこれは?」

 

 祭さんが、呆れ返っている。

 雪蓮は腹を抱えて笑っているし、あたしの周りは猫だらけ。

 ……まぁ、傍から見ればシュールだろうな、この状況。

 

「まぁよい。にしても策殿、綾子。酒の場に儂を呼ばぬとは、随分と冷たくはないか?」

「そんなつもりはなかったのよ。綾子と話がしたかっただけで、お酒はついで」

「にしちゃ、いい飲みっぷりだったけどな」

「あ~ん、祭。綾子がいじめる~」

「これこれ、じゃれ合うのも大概になされい。それはそうと、綾子」

「何ですか、祭さん?」

「お主、弓にも長けておったの。どうじゃ、今度儂と弓比べをせぬか?」

「望むところです。あたし、祭さんにも教えを請いたいと思っていましたし」

「そうかそうか、よし、決まりじゃな。さ、飲め飲め」

 

 あたしもご返杯。

 で、やっぱり水のようにすいすい飲むあたりが祭さんクオリティー。

 

「綾子~。あたしにも」

「はいはい」

「ほれ、綾子もグッといけ、グッと」

 

 祭さんに捕まったんじゃ、相当飲まされるなこりゃ。

 

 

 

 ……で、気がついたらベッドの上だったんだけど。

 

「何、これ……?」

 

 ベッドの周りで大量の猫が丸くなって寝ていて。

 あたしを挟むように明命と小蓮が、すやすやと安眠中。

 どうやら潰れたあたしを、祭さんが運んでくれたらしいんだけど、その時に猫達が一緒についてきたらしい。

 それはいい。

 ……でも、この二人は一体……?

 

「綾子様。お水をお持ちしました……って」

 

 まさにナイスタイミングで入ってくる菖蒲(徐盛)。

 

「な、な、な……」

「落ち着け! まずは話を聞け!」

「何してるんですか、綾子様!」

「な、何事ですか!」

「シャオの寝起きを襲うなんて何様!」

「だぁぁぁ、寝ぼけるなオマエら!」

 

 夜中に大騒ぎになり、何事かと皆が駆けつける始末。

 ……冥琳と蓮華に、全員こってり絞られましたよ、ええ。

 

 ちなみに、明命は猫の気配につられて無意識であたしのところへ。

 たまたま目が覚めた小蓮が、後をつけてそのまま……と。

 

 

 

 一つ、問いたい。

 ……あたし、何か今回の件、悪い事したか……?


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