綾子†無双   作:はるたか㌠

11 / 20
十一

「綾子!」

 

 雪蓮たちが到着したな。

 僅かに抵抗を示した将や兵もいたけど、とりあえずノシておいた。

 ……言ってもわからない奴は、ちょっとばかしフルコン組み手でボコってみた。

 明命と菖蒲の見る眼が更に妙になった気がするが……うん、スルーしよう。

 

「見ての通り、被害もほとんどなしだ」

「そうみたいね。でも、あなた達が無事だ、というのが何よりだけどね」

「しかし、無茶をする。まるで、若き頃の堅殿のようじゃ」

「はは、孫堅さんに例えられるなんて光栄ですね」

 

 さて、再会を喜ぶのは一旦置いといて、だ。

 袁術と張勲はそのままにしてある、武器だけは取り上げたけどな。

 

「さて、袁術ちゃん。張勲。あなた達だけど」

「ひぃぃぃ、な、七乃ぉ!」

「美羽おおお嬢様!」

 

 あれだけ傍若無人&好き勝手放題やっていた二人も、今はただただ震えるだけ。

 雪蓮は冷たい眼で、南海覇王を抜く。

 

「覚悟は、いいわね?」

「い、嫌じゃ! な、なんで妾が死なないとならんのじゃ!」

「袁術ちゃん? 言いたい事はそれだけ?」

「七乃! な、何とかするのじゃ」

「むむむ、無理ですよぉ!」

 

 我が儘放題の袁術。

 ……でも、まだまだ子供。

 子供という事は、どう育つかは大人の責任じゃないのか?

 余計な事とは思いつつ、あたしは口を挟んだ。

 

「雪蓮。袁術は、殺さなくていいと思う」

「綾子。……これは、あなたには関係のない事、口出ししないで」

「確かに、こいつらが雪蓮達にしてきた事は許されない。でも、もう全てを失った、明日どころか今日からは、誰も従わないし好きにも出来ないんだ。……それに、子供に罪はない」

「…………」

「それでも斬る、って言うのならあたしには何も言えない。それが、雪蓮の決断だからな」

 

 ふう、と雪蓮は息を吐く。

 

「じゃあ、どうすればいいと思う?」

「そうだな。身分は平民に落として、自分で糧を得る生活をさせてみるとかどうだ?」

「……で、コイツは?」

 

 張勲に、南海覇王が突きつけられる。

 

「そいつは、袁術を甘やかしてダメにした、張本人だ。他の兵が、民が許さないだろう」

「そうね。なら、ここで死んで貰うわ!」

「あ、あわわわわわ……」

 

 張勲は、口をパクパクさせるばかり。

 だけど、こいつは断罪されるだけの事をしてきた。

 ……自業自得、だな。

 

「嫌じゃ! な、七乃を殺さないでたもれ!」

 

 袁術が、震えながらも張勲の前に立ちはだかった。

 

「……どいて。袁術ちゃん」

「い、嫌なものは嫌なのじゃ! 七乃がおらねば、妾は……妾はどうすればよいのかわからぬ!」

「み、美羽様ぁ……」

「ぐすっ……七乃、七乃……」

 

 カシャと金属音がした。

 南海覇王は、鞘に戻されていた。

 

「ハァ。これじゃ、わたしが悪者みたいじゃない。……いいわ、二人とも助けるわ、どこへなりとも行きなさい」

「え……? ほ、本当ですか……?」

「そ、孫策……。そ、それは真じゃな?」

「二言はないわ。ただし……」

 

 静かだけど、ドスの効いた一言。

 

「今度わたしの目の前に現れたら、殺すから」

 

 コクコクと二人とも、首がもげそうなぐらいに頷いている。

 

「綾子。……今回だけは、功績に免じて貴女の甘さに付き合うけど……。その甘さ、いつか命取りになるわよ?」

「……そうかもな。肝に銘じる」

 

 

 

 混乱の最中、袁術についていた文官は、かなりの数が逃亡を謀った。

 ……まぁ、逃げたところであちこちで捕縛されていたけど。

 そりゃ、政治が乱れているのをいい事に、甘い汁を吸った連中が大半なんだろうし。

 それもあって、まだ南陽は城全体が騒然としていた。

 

「ちょっといいかしら?」

 

 と、曹操がやって来た。

 

「何か用か? 雪蓮なら今、城内だけど」

「忙しいでしょうからいいわ。それより、貴女に用があるの」

 

 と、あたしを指名する曹操。

 

「え? あたし?」

「ええ。少し、時間を貰えるかしら?」

 

 取り立ててする事もないけど……一体何だろう。

 

「わかった。なら、街の茶店でいいか?」

「いいわよ。季衣、一刀、ついてらっしゃい」

 

 

 

 茶と団子を頼み、席につくあたし達。

 

「さて。美綴、だったわね?」

「ああ」

「そう警戒しないで。別に、貴女に何かしようって訳じゃないから」

 

 そうは言われても、相手はあの曹操だ。

 緊張するな、って方が難しい。

 

「貴女の事は、いろいろと聞いているわ。なかなかの腕をしているそうね」

「そうかな? これだけ化け物揃いだと……」

 

 と、曹操の横で団子に夢中になっている許チョを見やる。

 

「ふえ? 姉ちゃん、ボクの顔に何かついてる?」

「ふ~ん、季衣も、その一人って事かしら?」

「だってそうだろ? アンタみたいな人物が、側に置くんだから、相当な遣い手……誰だって、そう思う」

「流石ね。でも、貴女も……見事ね。隙がない」

 

 完璧超人の曹操だからこその発言だろう。

 実際、本気で遣り合ったら……どうなるだろう?

 

「それに、いくらあの袁術相手とは言え、こうしてこの南陽をほぼ無傷で手に入れるなんて。猪なだけじゃなく、機転も利くようね」

「よしてくれ。頭がいい、ってのは曹操とか、アンタの陣営なら荀イクや郭嘉みたいな奴の事だろ?」

「郭嘉? 私のところにはそんな者はいないわ?」

 

 ……あれ?

 だって曹操のところの軍師って、荀イクに荀攸に郭嘉、程イク……ってのは、違うのか?

 う~ん、曹操の見る眼が……バリバリ疑ってるな、やっぱ。

 ついでに、北郷までジッとあたしを見ている。

 

「貴女……何者なの?」

「さあな。で、話ってのはそれだけか? あたしもそろそろ、皆のところに戻りたいんだけど」

 

 強引だろうが何だろうが、話の流れを変えないと、いろいろとヤバいんで。

 

「なら、単刀直入に言うわ。美綴、私のところに来ない?」

「……は? それってスカ、じゃない、勧誘か?」

「そうよ。今ひとつつかみ所はないけど、少なくとも貴女の武と性格は、十分に希有な存在よ」

 

 ふえ~、あの曹操に認められちゃったよ、あたし。

 ま、悪い気持ちはしないな。

 ……けど。

 

「それは受けられないな」

「あら、何故かしら? 俸給なら貴女の望むままでも構わないし、私の出来る範囲でなら条件も飲むけど?」

「そうじゃない。確かに、曹操みたいな英雄に認められるのは嬉しいさ。けど、あたしは約束したんだ。雪蓮を支えるって」

 

 黄蓋さんとも約束した。

 それに、あたしは別にいい暮らしがしたい訳じゃない。

 

「そう、残念だけど決意は固そうね。でも、これだけは覚えておいて。私は欲しい物は、どんな困難があっても手に入れる。それが、地位だろうと人だろうとね」

「はは、じゃああたしもその対象、って訳か」

「そうね。少なくとも貴女みたいな破天荒さ、嫌いじゃないわよ。それじゃ、失礼するわ」

「あ、待ってくれ華琳」

 

 北郷が、席を立とうとする曹操を押し止めた。

 

「どうしたの、一刀」

「今は公式の場じゃないんだろう? ちょっと美綴と話を……」

「綾子様~!」

 

 お、菖蒲(徐盛)の声だ。

 

「こっちだこっち」

「あ、こちらでしたか。孫策様がお呼びです」

「わかった。そういう訳だから、これで失礼する」

「ええ。孫策にもよろしく伝えておいて」

 

 正直、ナイスタイミングだった。

 北郷は、明らかにあたしを疑っている。

 ……けど、未来からやって来た、という事は言わない方がいい気がするんだ。

 あたしの勘が、そう告げている。

 

「綾子様。どうかなさいましたか?」

「……あ、いや。菖蒲はいい娘だな、って思ってな」

 

 わしわしと頭を撫でてやる。

 

「綾子様ぁ~」

 

 ……蕩ける笑顔する程なのか、これ?

 まぁ、嬉しそうだからいいけどさ。

 

 

 

「呼んだか?」

 

 城には、一同が勢揃いしていた。

 というか、食堂に呼ばれたと思ったら……まぁ、ご馳走がずらりと並んでいる訳で。

 

「黄巾党との戦勝祝い、それから袁術ちゃんからの独立記念じゃない? だから祝宴よ」

 

 堂々と酒が飲めるからだろう、雪蓮ははしゃいでいる。

 

「今日は仕方ないが、あまりハメを外し過ぎないようにな」

「まぁまぁ、良いではないか公瑾。儂も今日ほど嬉しい日はない」

「そういう事だから、あなたももちろん参加ね」

「よし、わかった」

 

 ま、皆ではしゃぐのも悪くないしな。

 

「じゃ、そういう事で……乾杯!」

「乾杯!」

 

 思い思いに杯を傾け、料理をいただく。

 ……あたしも、ちょっとはこの瞬間のために貢献できたのかもな。

 そう考えると、感慨深いものがある……って、似合わないね、あはは。

 

 孫権に手招きされ、隣へ。

 

「あなたの想いと覚悟……見事だった。身震いするぐらいにね」

「あたしは難しいのは無理だからさ、直球勝負をするだけ。ただ、目指すところは同じかもな」

「そうね、ふふ。……それで、貴方にまずは謝りたいの。初対面で間諜かも、って疑ってしまったわ。不快な思いをさせてごめんなさい」

 

 孫権は頭を下げる。

 

「いや、あれが当然だろう。誰だって、あの時のあたしを怪しむのが普通だと思うよ。だから、気にすんなって」

「ありがとう。信頼の証に真名、受けて貰える?」

「わかったよ、蓮華。あたしも、綾子でいいぜ?」

「思春。貴女は?」

「……蓮華様がお許しになったのであれば、異存はありません。腕は、元から認めるところです」

 

 甘寧は短く、

 

「思春だ」

 

 それだけを告げた。

 

「あたしも綾子で。杯、受けてくれるな」

「ああ。……貴様には期待している」

「こちらこそ」

 

 で、今度は軍師コンビ。

 

「しかし、結果としてほぼ無血開城。黄巾党も一方的。……本気で軍師にならんか?」

「そうですねぇ。綾子さんなら、立派に務まると思いますよ~」

 

 ……いや、歴史に残る名軍師達からそう言われても。

 

「勘弁してくれ……あたしは、身体を動かしている方がいい」

 

 周瑜はメガネを直しながら、

 

「惜しいな。ま、気が変わったらいつでも来るがいい。それから、私も今後は冥琳で構わない。お前の事も、綾子と呼ばせて貰う」

「よろしくな、冥琳。穏も」

「はぁ~い♪」

「お前も加わらないか、亞莎」

「は、はひっ? で、ですが私は武官で」

 

 隅で小さくなっていた娘……呂蒙だったかな?

 

「ダメよ、亞莎ちゃん? あなたも、軍師候補なんだから~」

「そうだ。綾子共々、鍛えてやるからな」

 

 あたしは全力で遠慮します……。

 

「あ、あの……私も、亞莎と呼んで下さい。お手合わせも、宜しければ一度……」

「よし、約束だ」

 

 武官というからには、腕もお墨付きなんだろう。

 ちょっと楽しみだな。

 

「儂との約束、果たしてくれたようじゃな」

 

 黄蓋さん、相変わらず凄い飲みっぷりで。

 

「あなた程の方にああまで言われて、素知らぬ顔は無理です。……と言うか、あたしの性格を知りながらでしょ?」

「うははは、バレておったか。じゃが、お主を見込んで正解であったわ。儂の事も、祭で良いぞ」

 

 バシバシと肩を叩かれる。

 相変わらずバカ力というか、痛いです……。

 

「あ~っ、シャオだけ仲間外れ?」

 

 そこに乱入してくる、末の姫様。

 

「シャオの事も、シャオでいいからね。だから」

「綾子で……」

 

 と言いかけるあたしの顔を、ジーッと見てくる。

 

「あのね……。お願いがあるの、聞いてくれる?」

 

 ズギューン、って効果音付きであたしにダメージ百ポイント。

 上目遣いに指を口に当てるとか、ヤバ過ぎです。

 

「あ、あたしに出来る事なら……いいけどさ」

「本当に? 約束だよ?」

 

 反射的に頷いたけど……あんまし無茶を言われたらどうしよう。

 

「あのね。……綾子お姉ちゃん、って呼んでもいい……?」

 

 綾子お姉ちゃん、綾子お姉ちゃん、綾子お姉ちゃん……。

 つか、雪蓮も蓮華も姉様だろうに、なんであたしだけ『ちゃん』……ああ、どうでもいいかそんな事。

 その時、あたしの中で何かが……弾けた。

 

「いいぜ……。ぶはっ!」

 

 我慢の限界で、鼻血が大爆発。

 

「あ、あれ……?」

「お、おい、しっかりせい!」

「お姉ちゃん? ど、どうしたの?」

 

 なんか、お花畑が見えるよ……。

 これで死んだら……ある意味本望か、あたし?

 

 

 

「う……」

 

 気がつくと、ベッドに寝かされていたあたし。

 しかし、何とも情けない夢だったな……。

 可愛いものに目がないにも、程があるだろう、全く。

 

「あ、お姉さま」

「……明命か?」

「はい。びっくりしましたよ、いきなり鼻血噴いて倒れるなんて」

 

 夢……じゃなかったのか、アレ。

 うわぁ、ハズ過ぎる!

 

「あれから大騒ぎでしたよ。お医者様を呼ぶわ、血塗れの小蓮さまは固まっておられましたし」

「う……。面目ない」

 

 後で、小蓮には謝りに行かないとな。

 

「ところで、食欲はありますか?」

「そう言えば、ちょっと空腹気味かも……」

 

 明命はニコリと笑って、

 

「良かった。今、お粥用意しますね」

「いや、病人じゃないんだし。普通で大丈夫……」

「ダメですっ!」

「……は?」

 

 なんか、いつになく気迫を感じるんだけど……?

 

「お任せ下さい」

「わ、わかったから」

「では、少しお待ち下さいね」

 

 そう言いながら、明命は外に出て、何かを運んできた。

 小さめの土鍋、その蓋を取ると湯気が立ち上る。

 

「もしかして、明命が作ったのか?」

「はいっ!」

 

 う~ん、いい娘だな、つくづく。

 

「ありがとう。早速いただくよ」

 

 と、起き上がるあたし。

 

「……」

「……? どうかしたか?」

 

 土鍋を置くと、明命はあたしを、押し戻した。

 

「……明命?」

「そのまま、横になっていて下さい。……た、食べさせて差し上げますっ!」

「ハァ? いや、だからあたしは病人じゃないんだけど」

「い、いいですからっ!」

「ちょっ、何でそんなに必死なんだ!」

 

 いろいろとヤバい雰囲気に……って、何だこの展開。

 バンと、ドアが開かれた。

 あれは菖蒲と……小蓮?

 

「明命! 抜け駆けとは卑怯よ!」

「尚香様の仰る通りです! 綾子様を独り占めだなんて、いくら周泰様でも許せません!」

 

 ア、アナタタチハナニヲイッテイルノカナ?

 

「さ、お姉ちゃん。シャオが食べさせてあげる!」

「いいえ! 綾子様のお世話は私の務め! 譲れません!」

「小蓮様も徐盛も、ひ、退いて下さい!」

 

 あ~、もう収拾がつかない。

 とうとう、あたしもリミッター解除。

 

「オマエら! 全員そこに正座!!」

「ひゃっ!」

「ひぇっ!」

「は、はははいっ!」

 

 ようし、こうなったら根性から叩き直してやる!

 

 

 

 ……翌日。

 

「綾子お姉ちゃん、シャオと買い物に行こ?」

「綾子お姉さま。また、お猫様達とお話を。是非!」

「綾子様~。武の鍛錬、お願いします」

 

 説教をしたつもりが、却って懐かれてしまったらしい。

 そのまま城内に出たものだから、出会う人皆、唖然としているし。

 

「どうなってるの、これ?」

「……あたしに聞くな、雪蓮」

 

 また、あたしの悩みの種が増えた……ああもう!


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。