「綾子!」
雪蓮たちが到着したな。
僅かに抵抗を示した将や兵もいたけど、とりあえずノシておいた。
……言ってもわからない奴は、ちょっとばかしフルコン組み手でボコってみた。
明命と菖蒲の見る眼が更に妙になった気がするが……うん、スルーしよう。
「見ての通り、被害もほとんどなしだ」
「そうみたいね。でも、あなた達が無事だ、というのが何よりだけどね」
「しかし、無茶をする。まるで、若き頃の堅殿のようじゃ」
「はは、孫堅さんに例えられるなんて光栄ですね」
さて、再会を喜ぶのは一旦置いといて、だ。
袁術と張勲はそのままにしてある、武器だけは取り上げたけどな。
「さて、袁術ちゃん。張勲。あなた達だけど」
「ひぃぃぃ、な、七乃ぉ!」
「美羽おおお嬢様!」
あれだけ傍若無人&好き勝手放題やっていた二人も、今はただただ震えるだけ。
雪蓮は冷たい眼で、南海覇王を抜く。
「覚悟は、いいわね?」
「い、嫌じゃ! な、なんで妾が死なないとならんのじゃ!」
「袁術ちゃん? 言いたい事はそれだけ?」
「七乃! な、何とかするのじゃ」
「むむむ、無理ですよぉ!」
我が儘放題の袁術。
……でも、まだまだ子供。
子供という事は、どう育つかは大人の責任じゃないのか?
余計な事とは思いつつ、あたしは口を挟んだ。
「雪蓮。袁術は、殺さなくていいと思う」
「綾子。……これは、あなたには関係のない事、口出ししないで」
「確かに、こいつらが雪蓮達にしてきた事は許されない。でも、もう全てを失った、明日どころか今日からは、誰も従わないし好きにも出来ないんだ。……それに、子供に罪はない」
「…………」
「それでも斬る、って言うのならあたしには何も言えない。それが、雪蓮の決断だからな」
ふう、と雪蓮は息を吐く。
「じゃあ、どうすればいいと思う?」
「そうだな。身分は平民に落として、自分で糧を得る生活をさせてみるとかどうだ?」
「……で、コイツは?」
張勲に、南海覇王が突きつけられる。
「そいつは、袁術を甘やかしてダメにした、張本人だ。他の兵が、民が許さないだろう」
「そうね。なら、ここで死んで貰うわ!」
「あ、あわわわわわ……」
張勲は、口をパクパクさせるばかり。
だけど、こいつは断罪されるだけの事をしてきた。
……自業自得、だな。
「嫌じゃ! な、七乃を殺さないでたもれ!」
袁術が、震えながらも張勲の前に立ちはだかった。
「……どいて。袁術ちゃん」
「い、嫌なものは嫌なのじゃ! 七乃がおらねば、妾は……妾はどうすればよいのかわからぬ!」
「み、美羽様ぁ……」
「ぐすっ……七乃、七乃……」
カシャと金属音がした。
南海覇王は、鞘に戻されていた。
「ハァ。これじゃ、わたしが悪者みたいじゃない。……いいわ、二人とも助けるわ、どこへなりとも行きなさい」
「え……? ほ、本当ですか……?」
「そ、孫策……。そ、それは真じゃな?」
「二言はないわ。ただし……」
静かだけど、ドスの効いた一言。
「今度わたしの目の前に現れたら、殺すから」
コクコクと二人とも、首がもげそうなぐらいに頷いている。
「綾子。……今回だけは、功績に免じて貴女の甘さに付き合うけど……。その甘さ、いつか命取りになるわよ?」
「……そうかもな。肝に銘じる」
混乱の最中、袁術についていた文官は、かなりの数が逃亡を謀った。
……まぁ、逃げたところであちこちで捕縛されていたけど。
そりゃ、政治が乱れているのをいい事に、甘い汁を吸った連中が大半なんだろうし。
それもあって、まだ南陽は城全体が騒然としていた。
「ちょっといいかしら?」
と、曹操がやって来た。
「何か用か? 雪蓮なら今、城内だけど」
「忙しいでしょうからいいわ。それより、貴女に用があるの」
と、あたしを指名する曹操。
「え? あたし?」
「ええ。少し、時間を貰えるかしら?」
取り立ててする事もないけど……一体何だろう。
「わかった。なら、街の茶店でいいか?」
「いいわよ。季衣、一刀、ついてらっしゃい」
茶と団子を頼み、席につくあたし達。
「さて。美綴、だったわね?」
「ああ」
「そう警戒しないで。別に、貴女に何かしようって訳じゃないから」
そうは言われても、相手はあの曹操だ。
緊張するな、って方が難しい。
「貴女の事は、いろいろと聞いているわ。なかなかの腕をしているそうね」
「そうかな? これだけ化け物揃いだと……」
と、曹操の横で団子に夢中になっている許チョを見やる。
「ふえ? 姉ちゃん、ボクの顔に何かついてる?」
「ふ~ん、季衣も、その一人って事かしら?」
「だってそうだろ? アンタみたいな人物が、側に置くんだから、相当な遣い手……誰だって、そう思う」
「流石ね。でも、貴女も……見事ね。隙がない」
完璧超人の曹操だからこその発言だろう。
実際、本気で遣り合ったら……どうなるだろう?
「それに、いくらあの袁術相手とは言え、こうしてこの南陽をほぼ無傷で手に入れるなんて。猪なだけじゃなく、機転も利くようね」
「よしてくれ。頭がいい、ってのは曹操とか、アンタの陣営なら荀イクや郭嘉みたいな奴の事だろ?」
「郭嘉? 私のところにはそんな者はいないわ?」
……あれ?
だって曹操のところの軍師って、荀イクに荀攸に郭嘉、程イク……ってのは、違うのか?
う~ん、曹操の見る眼が……バリバリ疑ってるな、やっぱ。
ついでに、北郷までジッとあたしを見ている。
「貴女……何者なの?」
「さあな。で、話ってのはそれだけか? あたしもそろそろ、皆のところに戻りたいんだけど」
強引だろうが何だろうが、話の流れを変えないと、いろいろとヤバいんで。
「なら、単刀直入に言うわ。美綴、私のところに来ない?」
「……は? それってスカ、じゃない、勧誘か?」
「そうよ。今ひとつつかみ所はないけど、少なくとも貴女の武と性格は、十分に希有な存在よ」
ふえ~、あの曹操に認められちゃったよ、あたし。
ま、悪い気持ちはしないな。
……けど。
「それは受けられないな」
「あら、何故かしら? 俸給なら貴女の望むままでも構わないし、私の出来る範囲でなら条件も飲むけど?」
「そうじゃない。確かに、曹操みたいな英雄に認められるのは嬉しいさ。けど、あたしは約束したんだ。雪蓮を支えるって」
黄蓋さんとも約束した。
それに、あたしは別にいい暮らしがしたい訳じゃない。
「そう、残念だけど決意は固そうね。でも、これだけは覚えておいて。私は欲しい物は、どんな困難があっても手に入れる。それが、地位だろうと人だろうとね」
「はは、じゃああたしもその対象、って訳か」
「そうね。少なくとも貴女みたいな破天荒さ、嫌いじゃないわよ。それじゃ、失礼するわ」
「あ、待ってくれ華琳」
北郷が、席を立とうとする曹操を押し止めた。
「どうしたの、一刀」
「今は公式の場じゃないんだろう? ちょっと美綴と話を……」
「綾子様~!」
お、菖蒲(徐盛)の声だ。
「こっちだこっち」
「あ、こちらでしたか。孫策様がお呼びです」
「わかった。そういう訳だから、これで失礼する」
「ええ。孫策にもよろしく伝えておいて」
正直、ナイスタイミングだった。
北郷は、明らかにあたしを疑っている。
……けど、未来からやって来た、という事は言わない方がいい気がするんだ。
あたしの勘が、そう告げている。
「綾子様。どうかなさいましたか?」
「……あ、いや。菖蒲はいい娘だな、って思ってな」
わしわしと頭を撫でてやる。
「綾子様ぁ~」
……蕩ける笑顔する程なのか、これ?
まぁ、嬉しそうだからいいけどさ。
「呼んだか?」
城には、一同が勢揃いしていた。
というか、食堂に呼ばれたと思ったら……まぁ、ご馳走がずらりと並んでいる訳で。
「黄巾党との戦勝祝い、それから袁術ちゃんからの独立記念じゃない? だから祝宴よ」
堂々と酒が飲めるからだろう、雪蓮ははしゃいでいる。
「今日は仕方ないが、あまりハメを外し過ぎないようにな」
「まぁまぁ、良いではないか公瑾。儂も今日ほど嬉しい日はない」
「そういう事だから、あなたももちろん参加ね」
「よし、わかった」
ま、皆ではしゃぐのも悪くないしな。
「じゃ、そういう事で……乾杯!」
「乾杯!」
思い思いに杯を傾け、料理をいただく。
……あたしも、ちょっとはこの瞬間のために貢献できたのかもな。
そう考えると、感慨深いものがある……って、似合わないね、あはは。
孫権に手招きされ、隣へ。
「あなたの想いと覚悟……見事だった。身震いするぐらいにね」
「あたしは難しいのは無理だからさ、直球勝負をするだけ。ただ、目指すところは同じかもな」
「そうね、ふふ。……それで、貴方にまずは謝りたいの。初対面で間諜かも、って疑ってしまったわ。不快な思いをさせてごめんなさい」
孫権は頭を下げる。
「いや、あれが当然だろう。誰だって、あの時のあたしを怪しむのが普通だと思うよ。だから、気にすんなって」
「ありがとう。信頼の証に真名、受けて貰える?」
「わかったよ、蓮華。あたしも、綾子でいいぜ?」
「思春。貴女は?」
「……蓮華様がお許しになったのであれば、異存はありません。腕は、元から認めるところです」
甘寧は短く、
「思春だ」
それだけを告げた。
「あたしも綾子で。杯、受けてくれるな」
「ああ。……貴様には期待している」
「こちらこそ」
で、今度は軍師コンビ。
「しかし、結果としてほぼ無血開城。黄巾党も一方的。……本気で軍師にならんか?」
「そうですねぇ。綾子さんなら、立派に務まると思いますよ~」
……いや、歴史に残る名軍師達からそう言われても。
「勘弁してくれ……あたしは、身体を動かしている方がいい」
周瑜はメガネを直しながら、
「惜しいな。ま、気が変わったらいつでも来るがいい。それから、私も今後は冥琳で構わない。お前の事も、綾子と呼ばせて貰う」
「よろしくな、冥琳。穏も」
「はぁ~い♪」
「お前も加わらないか、亞莎」
「は、はひっ? で、ですが私は武官で」
隅で小さくなっていた娘……呂蒙だったかな?
「ダメよ、亞莎ちゃん? あなたも、軍師候補なんだから~」
「そうだ。綾子共々、鍛えてやるからな」
あたしは全力で遠慮します……。
「あ、あの……私も、亞莎と呼んで下さい。お手合わせも、宜しければ一度……」
「よし、約束だ」
武官というからには、腕もお墨付きなんだろう。
ちょっと楽しみだな。
「儂との約束、果たしてくれたようじゃな」
黄蓋さん、相変わらず凄い飲みっぷりで。
「あなた程の方にああまで言われて、素知らぬ顔は無理です。……と言うか、あたしの性格を知りながらでしょ?」
「うははは、バレておったか。じゃが、お主を見込んで正解であったわ。儂の事も、祭で良いぞ」
バシバシと肩を叩かれる。
相変わらずバカ力というか、痛いです……。
「あ~っ、シャオだけ仲間外れ?」
そこに乱入してくる、末の姫様。
「シャオの事も、シャオでいいからね。だから」
「綾子で……」
と言いかけるあたしの顔を、ジーッと見てくる。
「あのね……。お願いがあるの、聞いてくれる?」
ズギューン、って効果音付きであたしにダメージ百ポイント。
上目遣いに指を口に当てるとか、ヤバ過ぎです。
「あ、あたしに出来る事なら……いいけどさ」
「本当に? 約束だよ?」
反射的に頷いたけど……あんまし無茶を言われたらどうしよう。
「あのね。……綾子お姉ちゃん、って呼んでもいい……?」
綾子お姉ちゃん、綾子お姉ちゃん、綾子お姉ちゃん……。
つか、雪蓮も蓮華も姉様だろうに、なんであたしだけ『ちゃん』……ああ、どうでもいいかそんな事。
その時、あたしの中で何かが……弾けた。
「いいぜ……。ぶはっ!」
我慢の限界で、鼻血が大爆発。
「あ、あれ……?」
「お、おい、しっかりせい!」
「お姉ちゃん? ど、どうしたの?」
なんか、お花畑が見えるよ……。
これで死んだら……ある意味本望か、あたし?
「う……」
気がつくと、ベッドに寝かされていたあたし。
しかし、何とも情けない夢だったな……。
可愛いものに目がないにも、程があるだろう、全く。
「あ、お姉さま」
「……明命か?」
「はい。びっくりしましたよ、いきなり鼻血噴いて倒れるなんて」
夢……じゃなかったのか、アレ。
うわぁ、ハズ過ぎる!
「あれから大騒ぎでしたよ。お医者様を呼ぶわ、血塗れの小蓮さまは固まっておられましたし」
「う……。面目ない」
後で、小蓮には謝りに行かないとな。
「ところで、食欲はありますか?」
「そう言えば、ちょっと空腹気味かも……」
明命はニコリと笑って、
「良かった。今、お粥用意しますね」
「いや、病人じゃないんだし。普通で大丈夫……」
「ダメですっ!」
「……は?」
なんか、いつになく気迫を感じるんだけど……?
「お任せ下さい」
「わ、わかったから」
「では、少しお待ち下さいね」
そう言いながら、明命は外に出て、何かを運んできた。
小さめの土鍋、その蓋を取ると湯気が立ち上る。
「もしかして、明命が作ったのか?」
「はいっ!」
う~ん、いい娘だな、つくづく。
「ありがとう。早速いただくよ」
と、起き上がるあたし。
「……」
「……? どうかしたか?」
土鍋を置くと、明命はあたしを、押し戻した。
「……明命?」
「そのまま、横になっていて下さい。……た、食べさせて差し上げますっ!」
「ハァ? いや、だからあたしは病人じゃないんだけど」
「い、いいですからっ!」
「ちょっ、何でそんなに必死なんだ!」
いろいろとヤバい雰囲気に……って、何だこの展開。
バンと、ドアが開かれた。
あれは菖蒲と……小蓮?
「明命! 抜け駆けとは卑怯よ!」
「尚香様の仰る通りです! 綾子様を独り占めだなんて、いくら周泰様でも許せません!」
ア、アナタタチハナニヲイッテイルノカナ?
「さ、お姉ちゃん。シャオが食べさせてあげる!」
「いいえ! 綾子様のお世話は私の務め! 譲れません!」
「小蓮様も徐盛も、ひ、退いて下さい!」
あ~、もう収拾がつかない。
とうとう、あたしもリミッター解除。
「オマエら! 全員そこに正座!!」
「ひゃっ!」
「ひぇっ!」
「は、はははいっ!」
ようし、こうなったら根性から叩き直してやる!
……翌日。
「綾子お姉ちゃん、シャオと買い物に行こ?」
「綾子お姉さま。また、お猫様達とお話を。是非!」
「綾子様~。武の鍛錬、お願いします」
説教をしたつもりが、却って懐かれてしまったらしい。
そのまま城内に出たものだから、出会う人皆、唖然としているし。
「どうなってるの、これ?」
「……あたしに聞くな、雪蓮」
また、あたしの悩みの種が増えた……ああもう!