IS Avenger's Story -復讐が渦巻く世界- 作:陽夜
試合開始までもうまもなく。
観客席では鈴と本音が龍也を挟むように横に座り、その隣にセシリアが座っている。
四人は今から始まる友人達の試合の展開を予想し話し合っていた。
「あんたはどう思うのよ、龍也」
「んー……まず、戦況をどっちがコントロールするかだな。ボーデヴィッヒと一対一でやるのはあまり得策じゃないから、箒を先に落とせれば一夏達に勝ち目が回ってくるかもしれない」
「ですが、ボーデヴィッヒさんもそれは分かりきってのこと。箒さんの元へ来る前に分断、下手したら二人まとめてお相手になりそうですわね」
「らうらんすごいねーそんなに強いんだ〜」
「ま、今回はタッグ戦だからな。個人の時と違って、パートナーとの連携があれば幾らでも戦況は覆せるだろう」
「そうは言っても、あたしとセシリアで歯が立たなかった相手よ?そう上手くいくかしら」
「……デュノアさんがどれ程の実力なのかが、鍵になりますわね」
「そうだな……」
シャルルの力量は龍也も見たことが無い。
しかし、シャルルはフランスの代表候補生でありデュノア社のテストパイロットだ。期待するには十分であろう。
「(頼んだぞ、シャル。お前なら一夏をサポートしてやれるはずだ)」
ラウラ・箒が控えるピットでは、二人はISスーツに身を纏い既に出撃準備可能な状態だった。
立ったまま腕を組み、目を瞑って瞑想しているラウラに箒が後ろから声をかける。
「ボーデヴィッヒ」
「……なんだ」
「今日はよろしく頼む。まさか、お前と一緒になるとは思わなかったがな」
「……ああ」
パートナーへの挨拶を交わした後、箒は一人考える。
「(一夏とも初戦から当たってしまうか……いや、弱気になってはダメだ。今の私なら戦える)」
ラウラに鍛えてもらった己を信じて。
そして、教員から声がかかる。
「二人とも、そろそろ出撃用意をお願いします」
「はい」
箒もラウラに並び立ち、準備を完了するとラウラから試合開始前最後の一言が告げられる。
「篠ノ之」
「ん?」
「この試合は私一人で片をつける。お前は手を出すな」
「…………え?それってどういうーー」
「ラウラ・ボーデヴィッヒ、『シュヴァルツェア・レーゲン』出るぞ」
有無を言わせないラウラ。
告げられたのは、拒絶の言葉だった。
反対に一夏とシャルルが待機するピットでは、いつもの温和な雰囲気は感じられず少し険悪になっていた。
「なあ、どうしたんだよシャルル」
「別にどうもしないから、放っておいてよ」
「そういうわけにはいかない。俺はお前のパートナーだ」
「……だったら、僕の邪魔をしないで大人しくしてて」
「なんでだよ、どうして一人で全部やろうとするんだ!」
「君には分からないさ。僕の気持ちなんて」
「……何を企んでるんだ、シャルル」
一夏も今のシャルルを見て異変を感じないわけがない。
そして、何かを企んでいることも予想が付く。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ、彼奴への復讐だよ。僕の大好きなお兄ちゃんを傷つけたことへの、ね……」
「ーーーッ、シャルル、お前……」
「君達がどんな事情を抱えてるかは知らないけど、もう一度言うよ。僕の邪魔をしないで」
そう言い放つと一夏より前に並び、出撃準備を完了する。
「……そんな事しても、龍也がお前を褒めてくれるとでも思ってるのか?」
「…………」
問いかけにシャルルは応えない。
「シャルル・デュノア、『ラファール・リファイブ・カスタムⅡ』出ます」
『それではこれより、織斑 一夏&シャルル・デュノアペア対ラウラ・ボーデヴィッヒ&篠ノ之 箒ペアの第一試合を始めます。
……試合、開始ッ!』
「…………」
試合開始の合図と同時にラウラが一夏をAICで止める。
「よそ見しないでよ、お前の相手は僕だ」
「ちぃっ……!」
一夏の頭上を飛び越して出てきたシャルルの六一口径アサルトカノン《ガルム》の砲撃により意識を逸らされ、AICが解除させられる。
「さあ、始めようか」
「仕方ない。二人まとめて潰してやる」
ラウラはプラズマ手刀を展開し、シャルルへ突撃する。
「くそっ、取り敢えずシャルルに任せるしかないのか」
対戦相手は一人じゃない、もう一人いる。箒の方へと視線を向けると、
「……箒?」
試合が始まったにも関わらず動き出そうとしない、箒の姿がそこにはあった。
異変を感じ取った一夏は声をかける。
「なあ、箒」
「一夏……」
「このトーナメントで優勝して、俺に一つお願いするんだろ?」
「ッ、それは」
「来いよ。それとも、こんな所で意気消沈しちまうくらいのもんだったのか?お前の覚悟は」
箒が並ならぬ努力をしていたことは、ルームメイトである一夏から見れば一目瞭然だ。
「一夏……ああ、そうだな。私達も始めるとするか」
箒が剣を構えると、一夏も雪片弐型を構える。
「ふっ、それでこそ箒だ。手加減はしないぜ」
「お前こそ、油断などしては命取りになるぞ」
箒から一夏へと突撃し、斬りかかる。
「舐められたものだな。私相手に単騎で挑むとは」
「お前なんて僕一人で十分だよ」
『ラファール・リファイブ・カスタムⅡ』
シャルル・デュノアの専用機、第2世代型IS。
基本装備《プリセット》をいくつか外した上で拡張領域を倍にしてある、フランスのデュノア社が開発したラファール・リファイブのカスタム機。
数多く収納している装備によって多様性役割切り替え《マルチロール・チェンジ》可能な汎用型である。
シャルルは先ほど放ったアサルトカノンからアサルトライフル《ヴェント》へと武器を切り替え素早く連続射撃を行う。
「ちっ、高速切替《ラピッドスイッチ》か……!」
射撃を避けるラウラに突撃し、近接ブレードを展開して斬りかかる。
「はぁっ!……ッ!」
「甘いぞ」
ラウラは突っ込んでくるシャルルを大口径レールカノンで砲撃し迎え撃つ。
少し怯んだシャルルを見てすぐさまAICを発動させようとするが、武装をショットガンに切り替え射撃してきたので一度キャンセルする。
「面倒な奴だ……!」
「お前に言われたくないよ」
ラウラはワイヤーブレードとプラズマ手刀、大口径レールカノンの三つの自身の装備を見直す。そして、宣言する。
「貴様などに手こずるような私ではない。本気で潰す」
「はぁぁぁっ!!」「うぉぉぉっ!!」
剣がぶつかり合う。
「おらぁっ!」「……ッ!」
一夏の振りかざす雪片弐型を受け止めることなく避ける。
「隙が出来ているぞ、一夏!」
「ぐっ……!」
零落白夜がある一夏と違い箒には、ましてや搭乗している訓練機の打鉄にはそんな能力はない。しかし、確実に斬ってダメージを稼いでいく。
観客席にいる四人もその様子を見て語る。
「すごいですわね、箒さん。一歩も引けを取っていませんわ」
「むしろあのままだと、一夏の防戦一方になってジリ貧で負けるんじゃない?」
「箒の集中力が切れなければ、可能性は全然ある。どうやら俺達は箒の実力を甘く見過ぎていたみたいだな」
「すごいねー、しののん」
戦っている箒は、ある事を考えていた。
「(届いている、確実に。私の剣が、一夏に……!)」
ラウラとの訓練の成果が出ている。
振り下ろされる剣筋を瞬時に判断し避けたり、一手一手の攻撃に無駄がない。機体の操縦も申し分ないほどの技術だ。
「どうした、そんなものか一夏!!」
「ま、だこれからだろ!!」
「ふっ、はぁっ!」「らぁっ!」
二人の戦う様を見て、観客席の生徒達からも声が上がる。
「すごいよあの子。専用機相手に負けてない」
「一年であそこまで強いなんて。代表候補生でもないんでしょ?」
「頑張れー!打鉄の子ー!」
「(流れは完全に箒にあるな。ははっ、すげえ。彼奴が専用機なんて手にしたらどうなっちまうんだよ)」
龍也は束が箒に専用機を作製していたのを思い出すと同時に、少し恐怖する。どこまで彼女は強くなるのかと。
「(……訓練の成果が出ている。それに、良い太刀筋だ)」
箒に剣の技術は教えていない。それは本人が長い経験の中で培ってきたものだろう。
「よそ見するなって言ったでしょ!」
「いつまでもちょこまかと鬱陶しい……!」
「しまっ……」
ラウラはシャルルにできた一瞬の隙を見逃さず、右手をかざしてAICを発動させる。
「ようやくこれで捕まえた」
「く、そっ……」
大口径レールカノンをシャルルに向けて構える。
「さあ……じっくり痛ぶってやる」
砲撃を放とうとしたその瞬間、
『警告。背後より敵IS一機が接近中』
「なにっ!?」
振り返るラウラ。そこにはーー
「うおおおおおおおおっ!!」
零落白夜で斬りかかってくる一夏の姿があった。
「ぐっ……!」
紙一重で斬撃をかわす。それと同時にシャルルにかかっていたAICも解除され地に倒れこむ。
「大丈夫か、シャルル」
「……助けなんていらない。僕一人でなんとかなったよ」
「お前……ッ」
一夏が怒りを露わにする。
「馬鹿野郎!!」
「……え?」
「お前が一人で傷つく姿を見る事を、ボーデヴィッヒに復讐するなんて事を、龍也が望んでると思ってんのか!!」
「ッ……」
「心配してたんだぞ、あいつは。部屋に戻れなかった間ずっと、お前のことを」
「お兄ちゃんが……」
寮室に戻ってきた時も、龍也はまず先にシャルルへ謝っていた。一人にして悪かった、と。
すると、観客席から声を上げる者が一人。
「おーい、シャルー!!」
「ちょ、あんた何して……」「龍也さん?」「りゅ〜くん?」
「……お兄ちゃん?」
「さっきからお前らしくないぞー!そんな思い詰めた顔してないで、もっと楽しめよー!」
「ッ、おにい、ちゃん……」
「……ほら、龍也の奴はちゃんとお前を見てくれてるじゃないか」
「そんな声出しても聞こえないわよ!」「えー、ハイパーセンサーあるんだしこんだけ声張れば聞こえるだろ?」
「どうやら、聞こえてはいるみたいですわよ?此方を見ているので」
龍也の声は、しっかりとシャルルへ届いている。
「あいつが見たいのは、復讐に囚われたお前なんかじゃない。この試合に勝つシャルル・デュノアが見たいのさ。
だから、俺と一緒に戦ってくれ。龍也の願いを叶えるためにもな」
一夏が手を差し伸ばす。
「…………僕は」
その手を掴み、立ち上がる。
「まだ、復讐を止めるって決めたわけじゃない。でも、今は一緒に、この試合に勝つために戦ってあげるよ一夏」
「……ふっ、ああ!勝とうぜシャルル!」
そう言ったシャルルの顔は、憑き物の取れた清々しい顔をしていた。
反対に、少し離れたもう二人の方では。
「無事か、ボーデヴィッヒ!」
「ああ、問題ない」
「すまない。隙を突かれて一夏にこっちへ来させてしまった」
「それより、お前は大人しくしていろと言ったはずだ」
「ッ……ボーデヴィッヒ……」
試合前にラウラに言われたことを思い出す。
しかし、箒は決心する。
「嫌だ」
「……何だと?」
ラウラの目つきが鋭くなり、箒を睨む。
だが、箒は怯まない。
「私だって戦える、お前に鍛えてもらったからな。それに、これはペアマッチだ。一人では勝ち抜くことはできないぞ?」
「……そんな事関係ない、私ならーー」
「……もしお前が一人で全ての生徒を倒せるとしても、わたしはお前と共に戦いたい」
「ッ、篠ノ之……」
ラウラが目を見開き驚く。
「お前の隣に立って、一夏達と戦いたいんだ」
真っ直ぐラウラの目を見て、箒は言う。
「お前からしてみれば私はまだまだ足手まといかもしれない。
でも、頼む。お前のペアとして、私を認めてくれ」
箒一人では勝ち抜く事は厳しいだろう。
しかし今はラウラがいる。自分を鍛えてくれた、ラウラが。
頭を下げる箒をじっと見るラウラ。
そして、
「……頭を上げろ、篠ノ之」
「…………」
ラウラは一夏とシャルルの方を向いている。向こうは既に応戦準備完了といったところだ。
その様子を見て、ラウラも武装を構える。
「(ッ、駄目か……)」
「……行くぞ、篠ノ之。私と共に戦うのだろう」
突如告げられた言葉に、一瞬呆気にとられる箒。
「ボーデヴィッヒ……ああ、行くぞ!」
「思う存分戦え。私が鍛えたんだ、お前なら十分に戦えるはずだ」
『二人で』一夏達へと向き合い、構える。
此処からが、この四人の戦いの始まりだ。
二人から復讐という決意が消えたわけではありません。
それでも今は、互いに他人の為に戦うことを決めました。
……箒ちゃん頑張るなぁ←