IS Avenger's Story -復讐が渦巻く世界- 作:陽夜
いいステージがこの後待ってるんだから。
「ーーー何をしている、お前達」
「千冬姉!?」「教官!?」
剣とブレードの間に割り込むようにして入って来たのは、織斑 千冬。
手には一本の剣を持ってはいるが、生身で双方の剣を受け止めていた。
「……ラウラ」
ゾワッ、と背筋が冷たくなるラウラ。
自身を呼ぶ声は低く、千冬の持てる威圧感が最大限に出ていた。
「こ、これは、その……」
「……………………」
「あ、あ、ああ……」
「退がれ、ラウラ」
「!……くっ」
逃げるようにして去って行くラウラ。
「どうして止めたんだ千冬姉!?あいつは、龍也を……」
「一夏!」
「ッ、鈴……」
「千冬さんの気持ちがわからない、あんたじゃないでしょ」
「………………くそっ」
一夏もアリーナを後にする。
「申し訳ありません、織斑先生」
セシリアが謝る。
その謝罪に込められているのはこの戦いの原因を作ったことか、あるいは龍也を深く傷つけてしまったことに対してか。
「全くだ。後で罰を与えるからそのつもりでな」
「勘弁してくれませんかねぇ……いっつつ」
龍也が来た時に安心感から自分も倒れこんでしまったため、そこから疲労で起き上がれなくなっていた。
「保健室へ連れて行くぞ。それと、お前達の専用機も此方で預かる」
「はい。……と言っても、この状態じゃあ当分は使えそうにありませんわね」
「あーあ、楽しみにしてたのになぁーーー学年別トーナメント」
場所は保健室。
セシリアと鈴は怪我人のためベッドの上、一夏、シャルルは椅子に座り千冬は立って話をしている。
「橘は別の部屋で治療中だ。一応、頭から流血していたから異常がないか検査をする」
「束さんのところじゃないんですか?」
「橘はIS学園の生徒だ。部外者の人間に渡すわけにはいかない」
「そう、ですか」
「……………………」
酷く疲れた顔で俯くシャルル。
龍也を運んだのは紛れもないシャルル本人である。傷ついた龍也を見るのは、どれだけ辛いことであったか。
「……大丈夫よ、デュノア。あいつはすぐに目を覚ますわよ」
「ッ、なんでそんな事が言えるの!?根拠もないのに!!」
「んー」
真っ直ぐな瞳でシャルルを見る鈴。
「ーー約束したから、龍也と。もう何処にも行かないって。
だから、あいつは死なないし、此処に戻ってくる」
「……っ、そんなの……」
「ま、あんたがあいつを信じられないようじゃ、それこそ一生帰ってこないかもね」
「ーーー-ーー」
保健室を飛び出して行くシャルル。
「あっ、おいシャルル!……鈴、言い過ぎだぞ!」
「悪かったわよ。でも、ああでも言わないとうじうじしっぱなしでしょあいつ」
「……すまないな、凰」
「……千冬さん、ボーデヴィッヒは何者なんですか?どうしてあそこまで一夏を……」
少し黙る千冬。
しかし、すぐに顔を上げ口を開く。
「ラウラは、私の教え子だ。ドイツ軍の教官をしていた時のな」
「織斑先生が、ドイツで?一体どうして……」
セシリアが疑問を浮かべる。
それもそのはず、千冬は日本国籍の日本人だ。何故ドイツで教官などする必要があったのか。
「……今から一年くらい前か。ドイツから私個人に、IS部隊での戦闘教育をして欲しいと依頼が来た」
「最初は受ける気など更々なかったさ。……だが、その意図を伝えた次の日のことだ」
『ブリュンヒルデ、貴女には弟がいらっしゃるようですね。さぞかし大事な事でしょう』
「ッ、それって……!?」
「……脅されたんだ、私は。一夏の身の安全と引き換えにな」
全員が驚愕する。
「な、ど、どういうことだよ千冬姉!?」
「お前がダークネスになって間もない頃の話だ。
自衛の手段があるとはいえ、相手は一国。私には、従うしかなかった」
「だが、やり方は汚いが要は軍で教官をして欲しいということ。私はその依頼を引き受けた」
「……誰かに相談することはできなかったのですか?それこそ、織斑先生の旧友である篠ノ之博士に」
「当時の私は、龍也や一夏のこともあって少し荒れていただろう。あまり周りが見えていなかったんだ」
「千冬姉……」
椅子から立ち上がり、千冬に大きく頭を下げる。
「ッ、ごめん千冬姉!俺、そんな事になってるとも知らないで、ずっと自分の事ばかり考えて……」
「一夏、頭を上げろ」
頭を下げる一夏の元へ歩み寄り、笑みを浮かべ頭を撫でる。
「お前が気にすることはないんだ。何もかも無理に背負う必要はない。まだ子供なんだからな。
それに、ドイツへ行ったのも無駄じゃなかった」
「そこの軍隊に、ボーデヴィッヒさんが?」
「ああ。……最も、影に埋もれていて、当時は軍内最弱だったがな」
「あ、あんなに強いのに!?」
「あいつは苦しんでいた。上手く力を使えないことに。
だから私は、それの手助けをしてやった」
「じゃあ、それがなんで一夏への復讐に繋がるんですか?」
「…………………」
分からないのは、千冬も同じなのだ。
自分の知っているラウラは、世間体に疎いながらも決して悪人の考えをするような人間ではなかった。
軍の人間と共に切磋琢磨してきたはずだ。
自分のいない数ヶ月で、何が変わってしまったのか。
そんな千冬を見兼ねた一夏が、
「……俺、ボーデヴィッヒと話してみるよ」
「なっ、お前……!」
「危険よ、一夏!」「そうです。一対一で顔を合わせるなど、また同じことの繰り返しですわ」
「でも、ずっとこのまま、あいつに狙われ続けるだけじゃダメなんだ」
目を閉じる一夏。
一夏は幼きながらも色々な人間を見てきた。
私利私欲の為に他人を平気で利用する者、仲間と言いながらいざとなったら見捨てる者、権力を振りかざし弱者を痛ぶる者。
そして、自分は復讐者だった。
亡き親友の報いになればと、権利団体の人間を殺そうと半年の間戦った。
「(それでも、この世界はまだ腐りきってなかった)」
箒と再会できた。セシリアを説得できた。鈴とぶつかり合って、また親友に戻れた。そして何よりーーー龍也が生きていてくれた。
「(きっと、ボーデヴィッヒとも分かり合える)」
一夏は、彼女のことを何も知らない。
何処で生まれ、何処で育ち、どんな風に育ってきたか。
「(戦うことだけが俺に出来ることじゃない。……力だけが、全てじゃないんだ)」
力に囚われ、復讐に取り憑かれていた自分はもういない。
「(ーー千冬姉を悲しませるわけにはいかない。だから、お前を止めてみせる。ボーデヴィッヒ)」
「あいつのターゲットが俺だっていうなら、この復讐劇にケリをつけるのは俺の役目だ」
龍也が未だ目を覚まさないまま夜を迎える。
同室であるシャルルは、実質一人部屋となっていた。
「……………………」
一人シャワーを浴びる。
同居人不在のため、気を使う必要もない。
「……………………ッ」
昼間の出来事を思い出し、歯を強く噛み口を震わせる。
「(あいつが……お兄ちゃんを……)」
シャルルにはどうする事もできなかった。
気付いた時には既に最愛の兄は傷つき、血を流していた。
「あ、れ。はは、どうしてだろ……」
シャルルは涙を流さない。
備え付けの鏡に映る自分の顔には、濡れた髪の毛が張り付いているだけ。
お兄ちゃんが傷つけられたのに、どうして涙も出ないんだろう。
悲しくないのかな?僕は。
ううん違う。そうじゃないんだ。
わかってる、僕は……
「………………憎いんだ、お兄ちゃんを傷つけたあいつが……」
口に出した言葉を、シャルルの耳を通して脳が理解する。
僕からお兄ちゃんを奪わないでよ。
折角また会えたのに。
……ッ、ああ、憎い。憎い憎い憎い憎い!!!
もういいや。
この感情に身を委ねよう。
僕のするべきことはーー
「ラウラ・ボーデヴィッヒ…………!!」
目から光が消える。
鏡に映る自分の目は、ここにない何かを睨んでいた。
ーー少女は堕ちてしまった。愛が強すぎる故に、その思いを歪めて。
これで役者は全て揃いました。
実は最初、龍也を病院送りにしていました。
どんだけ外傷酷いんだって話ですね、ごめんよ龍也←