ご注文はココ・・・チノちゃんです!!   作:gajun

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日々精進して止まってるココアさんよりも一歩前進です

 食卓の部屋のドアを開けると、お父さんがすでに朝食の用意をしてくれていました。

 

「おはよう、チノ。良く眠れたかい?」

「おはようございます。お父さん。いつも通りです」

 ちょうど出来上がり直後の温かな湯気と香ばしい匂いを辺りに漂わせているベーコンエッグとトーストをお皿に乗せてテーブルに運んでいる最中のようだ。

 テーブルの方を確認すると、すでに色鮮やかに盛り付けられているサラダも置かれている。

 まるで私の到着を狙ったかのようなタイミングにはいつも驚かされてしまいます。

 言葉を交わしながら冷蔵庫からトマトジュースを取り出し自分のコップへ注ぎ、席に着こうと振り返ると、すでにお父さんとティッピーが私の向かいの席に座っていた。

 

「今日は久しぶりに一緒に食べてもいいかい?」

「はい。珍しいですね。お父さんと一緒の朝ごはん。すごく久々な気がします」

「そういうわけだ親父。せっかくの父娘水入らずなんだから空気読めよ」

「なんじゃとー! チノはワシにとっても大切な孫娘じゃー!!」

「くすくす。お父さんどうしたんですか? いつもはおじいちゃんにそんなイジワルなこと言わないのに」

 お父さんのあまりな物言いに思わず笑ってしまいました。

 私の笑い声のせいで、いつもより少しだけ静かな感じがしていた部屋が心なしか温かくなった気がします。

 私が笑っている様子に満足そうな顔をしながらも、お父さんはティッピーをからかうのを止めず、ティッピーも体を揺らしながらおじいちゃんの大きな声で怒っている。

 

 そう言えばココアさんが来る前はよく三人で食べてる時も、話すことが苦手な私を気遣ってくれて、二人で色んな話をしてくれてたな。

 最近はココアさんにつられてしまって思わず色んなことを口走ってしまうことも増えてきた気がしますけど、お父さんとおじいちゃんのやり取りは本当に見ていて楽しいです。

 

――気づいたらあっと言う間に朝ごはんを食べ終わってしまうところだった。

 

「……チノ。セロリもがんばって食べなさい」

「そうじゃぞー好き嫌いしておるとココアよりも大きくなれんぞ」

 さっきまでケンカをしていると思ったら、なんで急に二人で意気投合して私を……

 でも仕方ありませんね。ココアさんがいない間に私は好き嫌いを少しずつ減らしていってココアさんよりも一歩リードしなくては。

 まずは目の前のセロリを克服ですっ………………………食べ……ない……と……

 

 一欠けらを箸でつまみ持ち上げるが、口の前で止めてしまった。

 この形と緑色を見ているだけで、あの苦さを思い出してしまい、躊躇してしまう。

 こうなったらいつも通り見ない様に目を閉じて一気に食べてしまおう。

 

「………はむ。ん、ん!? ~~~~~~~~~~!!」

 やっぱりすごく苦いです。

 でもちゃんと一つ食べれました。この調子で残りも……あれ?

 

 お父さんが私のお皿から残っていたセロリを拾い、ティッピーにあげていた。

 

「んぐんぐ。ほれ、チノ。こうやってがんばって食べられるようにならんといかんぞ」

 む~ティッピーはウサギだから食べられるんですよ。

 恨めしそうにティッピーを見てしまいましたが、多分、私の視線に気づいてなさそう。

 

「それじゃ、チノ。後片付けしておくから、親父と行って来なさい」

「はい。お願いします」

 テーブルの食器を集めているお父さんに短く返事をしながら、ティッピーを頭の上のいつもの定位置に乗せる。

 わずかな距離の間だけですが、少しだけ頭の上でティッピーのもふもふ成分を充填させてもらいましょう。

 やっぱりティッピーが頭の上にいると、とても落ち着きます。

 

 真っ直ぐ廊下を抜けて行き、店内のカウンターへ向かう。

 それでは、おじいちゃんに見てもらいながら、今日もバリスタ修行です。

 到着すると同時にティッピーも頭の上から飛び降りて、カウンターテーブルに綺麗に着地すると、

 私が道具やコーヒー豆を準備している間もじっと私の様子を見つめてくれている。

 

 初めての頃は、おじいちゃんに見られながら淹れるのはすごく緊張しましたけど、今はこうやって見てもらった方が安心できます。

 

 コーヒー豆の挽き加減、そして抽出時の攪拌加減と最後の仕上がり。

 おじいちゃんも真剣な表情で私の淹れ方を見てくれています。

 

「うむ。まずは基本に忠実に。日々精進じゃの」

 おじいちゃんからのコメントはいつも通りだった。

 その日の気候や、注文したお客さんの気配と店の空気、それらを自分の今までの経験と感覚で細かく感じとって、わずかな変化を加えることで、その場に合った淹れ方をした最高の一杯を提供する。

 それがおじいちゃんの教えとモットーですが、私にはまだまだ難しいです。

 だけど、もっとおいしいコーヒーが淹れられるようになれば、きっと常連さんも増えてくれるはずです。

 

「ふむ。淹れ方は良いんじゃが、出来ればまずは香りだけでなく、何も入れずに味も自分で確認できるようになってくれればのぅ」

「それは私にはまだ無理です」

 おじいちゃんから教えてもらったコーヒーの香りも味も大好きですが、苦いのは苦手です。

 淹れたコーヒーに砂糖とミルクを加え少しだけ冷ましてから、一口だけ飲んで味を確認。

 おじいちゃんのように細かな変化を付けることはできませんが、私が出せるいつも通りの味に一安心です。

 

「ところでチノ。今日はお前しか飲まんのに、どうしてココアのカップにまでコーヒーを注いでおるんじゃ?」

「!? い、いつもの癖ですっ」

 朝にココアさんがいないことを確認したばっかりなのに……癖とは恐ろしいものです。

――というかおじいちゃん、私がカップを持って来てた時点で絶対に気づいてましたよね?

 

 まだおじいちゃんは何かを言いたそうでしたが、その前に「行きますよ」と会話を切って再びティッピーを頭の上に乗せる。

 使ったミルやサイフォンを洗い、すぐに使える様に忘れずに手入れをしていると、

 頭の上のティッピーが、何故かいつもより嬉しそうに体を揺らしているみたいなので、少しバランスを取るのが大変です。

 

「おじいちゃん、あまり体をゆらゆらさせないでください。落ちてしまいますよ」

 両手でしっかり抑えてティッピーの位置を微調整すると、ティッピーも体を揺らすのをやめ、いつもの定位置におさまってくれた。

 それでもやっぱりなんだか嬉しそうにしているけど、そんなに嬉しいことがあったんでしょうか?

 

 コーヒーを淹れたことで店内に広まった香りに心地よさを感じながら、少しだけ思案する。

 さて、今日はお店を開く時間は午後からですし、それまでどうしようかな?

 家事をしている内に色々と思いつくでしょうし、ゆっくり始めていこう。

 


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