スイーツに砂糖は要りません、いや本当に   作:金木桂

5 / 13

ごちうさ劇場版が遂に先週公開されましたね!皆さんは行かれましたか?
僕はまだ二回しか行ってません。いや〜尊い。


春が春を連れてきた

 

 

ウサギは良い。何と言ってもこのモフっとした毛に覆われた胴体、愛くるしいつぶらな瞳、電波塔のようにピンと立った耳、小さな口。そのどれもが人に一定のセラピー効果を及ぼすことは自明の理であり、そして魔性のオーラに惹かれて餌付けしてしまうのも仕方の無いことである。

時に、人は迷うことがある。それは提示された選択肢の複数に自身の肯定でき得るファクターが含有された場合で、主に自身の効用の高さを比較し人はその選択肢からたった一つの選択肢をチョイスする。その選択肢に当然欺瞞は無く、後から後悔しサルベージしてデリートしたい黒歴史になってもその選択した時点では一切の虚偽の肯定感は存在しない。空高く上がっていった打ち上げ花火は元には戻らず、落として割れた茶飲みは直らない。

しかしウサギはそんな僕らの過去の過失は一切考慮しない。ただただいつもと変わらずその全てを諦観、或いは達観した眼でこちらを見つめるのみ。だがしかしその内にはこちらを気遣うような仕草があるかのような、不自然で自然な自然体で近寄ってくる。僕が意味深に、何一つ意図も無く一歩下がるとウサギも小さな歩幅でとてとて、こちらへ近寄ってくる。そうして僕は思わず再度手に持ったウサギ用のフードを与えてしまう。

 

……これは仕方のないことなのだ、うん。例えそのウサギが非常にどこかの横綱のような図体を誇っていて、一際このウサギの街で巨漢ウサギとして知られていても僕はこの餌をウサギに与えなきゃならない。何故ならそこにウサギがいるからである。そこに異論の挟む余地は皆無……っ!

 

今日12度目となる餌付けをしていると、ヒソヒソと声量を控えた話し声が聞こえてきた。

 

「なあチノ、どうしたんだあのウサギ。何だか金時に懐いているっぽいが」

 

「知りません……と言うか人の店に野良ウサギを入れるとか、そろそろ出禁にするべきか考えるべきなんでしょうか……?」

 

「いやまあ……出禁でも良いんじゃないか?金時だし」

 

「あの、そこのお二人方?聞こえてますよ?」

 

「ギリギリ聞こえるように話してるんです、警告の為に」

 

僕が注意を促すとチノは平然とそう返した。

なんていう喫茶店員、もといクラスメイトだ。同じ空間で勉学に勤しんだ仲間に対してこんな仕打ちをするなんて……!姉にもされたことが無いのに……、いや合った。具体的には日曜早朝に唐突に掃除するからと起こされて自分の部屋から追い出されたり、おやつの饅頭のうち一つがタバスコとワサビとアンコを混ぜた飯テロで、文句を言ったら「メキシコと日本の奇跡のコラボよ!」とか自信満々に返されたり。あれ、こっちの方が悪くない?どうします?処する?甘味ばっか食べさせて処しちゃいます?でもあの姉どれだけ羊羹食べても太らないんだよなぁ。

 

姉への復讐メソッドを考えていると、リゼさんが困惑したように口を開いた。

 

「私は警告したつもりは無かったんだが……」

 

「や、連帯責任に監督責任って知ってます?リゼさんが年上でこの店でも立場上なんだからそこんとこちゃんと教育しないと……」

 

「本当に出禁しますよ?」

 

「ごめんなさいぼくが悪かったです許してください」

 

何だかチノの態度が僕とリゼさんとでははっきりと違う気がする。不公平だ、といつもならここで訴訟を起こしているところだけどそれこそ本当に出禁になってしまうので仕方ない、今日は勘弁してやろう。

僕の嘆願を一切合切スルーすると、チノは溜息をついてコーヒーを僕の目の前に置いた。注文していたいつものである。

 

「1杯1000円です」

 

「ねえチノさんや、ちょっと高くないですか?」

 

注意深く見てみるが、なんの変哲も無いノーマルなコーヒーだ。香りも普通……いや寧ろいつもよりチープな気がする。

カップを傾けて口に少量含むと、広がったのは何ともアバウトな酸味。深みは無く、苦味は酸味に消されている。

 

「これなんて種類なの?」

 

「ブレンディです」

 

「インスタントじゃん!」

 

何だかおかしいと思ったよ!そりゃ安く感じるよ!

チノは立て続けに言った。

 

「しかも、15年もののブレンディです。とても貴重です」

 

「腐ってるよそれ!間違いなく!」

 

ベストボトルのワインみたいな紹介の仕方で何てもんを客に出してるんだこの女の子は。しかも妙にしてやったりという顔が琴線をガシガシと蹴られてる気分に陥る。上等だ、ウチの姉特製グリーンティーとどちらが強いのかタイマンしようじゃないか。

バチバチとチノと睨み合っていると、リゼさんが横から口を開いた。

 

「もしかしてそれ、この間物置部屋にウサギ用の餌と一緒に放置されてたやつじゃ……?」

 

「そうです、しかし私の手に掛かればどんな素材でも極上の一杯となるんです」

 

「んな訳あるか!そもそもスタート時点が粉のものをどう調理するんだ」

 

「愛と友情と気合です……!」

 

「ジャンプみたいな事言っても誤魔化される人間いないからね……!」

 

 

「……何か最近、チノの性格が少し変化してきた気がするなぁ」

 

リゼさんのそんな呟きに無言で首を縦に振る。もしこれが某青い鳥SNSならイイねを連打してるところだ。

……と、そんな以心伝心を感じていると唐突に腹が針でチクチク切られてるような、非常に不愉快な痛みに襲われる。うん、腹痛だ。まあこんなの飲んだ時点で予想は出来たけど。ホントどうしてくれようかこの小娘は……ってマジ卍で痛くなってきたやばい。

 

「ちょっとトイレ借りるね」

 

「イヤです。我慢して下さい」

 

「そしたら僕のサーバーからミルされたエスプレッソがウォータードリップされちゃうけどいいの?」

 

「汚いです、死んで下さい」

 

どうやら納得してくれたようだ。僕は少しダークに染まったチノの瞳に見送られつつ駆け足になる。

 

「チノ……少し前まで純粋だったのに……いつからそんな……」

 

「……?私がどうかしましたか?」

 

「……、いや、良いんだ……。私は今のチノも受け入れるからな……」

 

「……?」

 

トイレの扉を開けた時、何だか悟ったようなリゼさんが遠くを見ていたような気がするけど……まあ気のせいだろう。

 

 

格闘すること10分。なんとか良い具合に腹が収まってくれた。何で僕は同級生の喫茶店でこんなことをしているんだろう、と考えて一発で結論に行き着く。奴(チノ)だ、全ての原因はあの一見人畜無害そうで中身は悪どい同級生に行き着く。そもそも腐ったインスタントコーヒーを仮にも客に提供するとか喫茶店員としての心は無いのか、これには幾ら甘兎庵の温厚担当と客から恐れられた僕も怒り心頭、今なら額で五右衛門風呂が沸かせるくらいだ。

さあ、どうやってあの小童を恐怖のドン底に突き落としついでに痛めつけてやろう……、とそんな事を考えながらハンカチで手を拭いてトイレを出るとこの喫茶店には珍しく常連以外の客がいた。女性だ。見た感じは高校生だろうか、少なくとも僕よりは年上には見える。脇にはピンク色の大きなトラベルバックが置いてあり多大な存在感を主張している。もしかして旅行客だろうか?

チノはカウンターで手慣れた様子でコーヒーをドリップしていた。そしてカップにコーヒーが湯気と共に流し込まれる。鼻孔を燻ぶるこの匂い、とても良い。僕も腐敗コーヒーじゃなくてこっちを飲みたかった。

 

そして一杯入れたかと思えば、更に二杯三杯と入れていく……客は一人しかいないのに。あの年で物忘れが酷くなったのだろうか、可哀想に。

 

まあ、冗談もほどほどにその様子を見守っているリゼさんに尋ねてみることにした。

 

「チノ、何で三杯も珈琲を入れてるんですか?」

 

「よく知らんがミスじゃなくて普通に注文されたらしいぞ」

 

「へぇ〜カフェイン中毒にならなきゃ良いですけどね。特に2〜3時間以内に10杯以上飲むとほぼ確実に急性カフェイン中毒になると言われていますし、なったら最後病気のリスクが高まったり最悪死に至る恐れもありますからね」

 

「営業妨害はやめろ」

 

「その点緑茶ならカフェインはコーヒーの20%ほどしか含まれてません!雅で穏やかな一時をお求めの方はどうぞ甘兎庵!甘兎庵へお越しください!」

 

「宣伝もやめろ!」

 

まあ宣伝しても今客一人しかいないんだけどね。

と、そんな詮の無い話をしているとチノがコーヒーをお客さんのテーブルへと持って行った。

 

「お待たせしました」

 

すると、そのお客は突然いつものように無言でチノの頂点にちょこんと座っていたティッピーを抱きしめた。

 

「もふもふ〜!」

 

「……なんだこの客」

 

あまりの突拍子の無さに珍しくチノがボヤいてる。いや珍しくは無いか、僕も良くボヤかれるし。

 

「……何がどうなってるんだ?これ」

 

「多分アレですね、コーヒーを多く頼む代わりにティッピーをモフる権利を販売したんじゃないですか?」

 

困惑顔のリゼさんに僕の憶測を話すと、合点が行ったように頷いた。

 

「なるほど、ありえるな……」

 

「それにしてもそこまでしないと赤字になってしまうとは……ラビットハウス、完」

 

「おい止めろ。そもそもお前ここのコーヒー好きなんだろ?無くなって良いのか?」

 

「確かにそれは困りますね。じゃあここは甘兎庵がM&A(吸収合併)しちゃいましょうか、僕の権限で」

 

「話がデカいしまだお前社長でも何でもないだろ!」

 

「気分はもうCEOです。狙うは世界一の喫茶店チェーン!天敵はスタ○、相手としては不足無し!」

 

「お前の方が不足してるんだよなぁ……」

 

手厳しいなぁ、しかし事実でもある。流石に世界的喫茶店を第一ステップの踏み台とするのは甘兎庵では厳しい。仕方ない、まずはこの街の喫茶店を全て甘兎庵のチェーンにするところから始めよう。

 

そんなことを思っていると、漸くモフモフに満足したようで疲れ果てた企業戦士のような風貌になったティッピーがチノの頭の上に戻った。

次に口を開いたのは何だか幸せそうに顔をだらしなく緩めたお客さんだった。

 

「そう言えば香風さん、って家知ってる?私のホームステイ先なんだ!地図を見たらこの辺らしいんだけど……」

 

「……香風はウチです」

 

……何だか話が面白くなってきた。

 




この謎の客は一体……?

あ、劇場版は今度3周目行ってきます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。