スイーツに砂糖は要りません、いや本当に   作:金木桂

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三週間前に書き終えてたのですがイマイチ出来が自分でもよく分からなくて、寝かしたら更に麻痺したので投稿します。


春休み明けのクラスメイト

 

 

 いやあ、大変だった……。僕の口からは溜息が自然と零れた。

 

 今日は既に新しいクラスが編成されて2日目だった。そう、二日目である。なのに僕にとっては今日が登校初日だった。通学路を彩る桜はこちらを嘲るように満面笑みを浮かべていた。

 

 それと言うのも全て姉が悪い。というのも今回の案件は完全に姉が発端だからだ。……いつも事の発端の中心にいる気がするけどそれはそれ。

 そんな訳で、事の顛末を簡潔に述べようと思う。

 

 それは一昨日の晩のことだった。シャロさんもその翌日から学校とのことで隣のボロい家へと帰り、食卓を囲うのは僕と姉とお祖母ちゃんの三人──代り映えのしない、いつもの顔ぶれである。夕飯も焼き魚定食とシンプルな構成、我が家の台所は当番制であるため今日それを作ったのは僕だ。手軽で作りやすいのに栄養バランスが良いのが特徴だったりする。

 我が家の食卓は粛々と進む、と言っても厳格に静かな訳でもない。ただテレビを付けながら食べるのはお祖母ちゃんが嫌らしく、またお祖母ちゃんは基本は寡黙なので必然的に僕と姉がダラダラと喋る様相となる。ただその日はそんな僕と姉の会話も途絶え、全員が全員黙々と自らのご飯を頬張っていた。

 そんな中で、姉が唐突に言った。

 

「私、金ちゃんのお嫁さんになるから」

 

 ブフォッ!と漫画みたく僕が味噌汁を吹き出したのは言うまでもなく。問題はお祖母ちゃんの反応である。

 

「……今なんて言ったんだい」

 

 お祖母ちゃんは慎重に問う。それもそうだ、超問題発言である。幼少期ならいざ知らず、姉はもう明日から高校生。発言責任というものはどうしても付き纏う年齢になったのだ。

 姉は間を置かず笑顔で再度言った。

 

「私、金ちゃんと結婚して円満な家庭を築くわ!」

 

 何でさっきより語気が強くなってるんですかね。

 にしても、姉は何故今それをお祖母ちゃんに告白したんだろう。確かにもしそういう風になったなら避けれぬ道ではあるけども、現状はまだ恋愛のエントランスロビーにすら入れてないし何なら僕は玄関の前にすら立っていない。……もしかしてこの姉、外濠から埋めてこうとしている気か!?

 これは非常に不味い、今すぐに僕はお祖母ちゃんに事の次第を丁重に説明しなくてならない。じゃないと周りがそういう風に受け止めて歳早々に人生の墓場落ちしてしまう……!

 

「あのお祖母ちゃん!これは重大な誤解を孕んだインシデントでして!僕はまだ姉とそういう関係になるのは望んでないですしそれ以前にはこんな話罷り通らないですよね!?」

 

 と、つらつらと感情的に言葉を陳列してみたは良いけど、どうもお祖母ちゃんの反応は宜しくない。そもそも今の僕の発言も振り返ってみればちょっと分かり辛さがあった。これは僕が悪い。

 少し反省しているとすかさず姉が、

 

「お祖母ちゃん!私と金ちゃんなら孫の顔もすぐ見れるわよ!何なら2年後くらいに!」

 

「いや無理に決まってるでしょ!この色ボケ姉!」

 

 なんて事を言い出すんだこの姉は。そもそも僕たちが孫だろ、とか思ったりはしたけど。まさかそんな直接的なアピールをしてくるとは思わなかった。だけどそういう交渉材料でお祖母ちゃんを屈服、じゃなくて説得するのはアリだ。流石に僕より人生経験の豊富なだけはある。

 

「お祖母ちゃんも姉弟が恋愛するのは倫理的にアウトだと思うでしょ!なら取るべき選択肢は一択ですよ!姉をどうにか説得してください!!今ならまだ間に合います!!姉の歪んだ情熱を鎮火させてください!!」

 

「私の情熱は簡単には消せないわよ!将来は甘兎庵社長私とその副社長金時として二人三脚でやって行く予定だから!」

 

「それは違うよ!!間違ってる!!大いに根幹から間違ってる!!なにせ甘兎庵は僕がイニシアチブを握ってく事になるんだからね!!」

 

「いいえ私が甘兎庵よ!将来的にはグローバルワイドな甘兎庵として名を馳せさせるわ!」

 

「いいや僕が甘兎庵だ!そんな理想主義じゃ現実は何一つ動かないよ!まずは首都圏で支持を得て事業規模拡大!ブランドを得てから地方都市に進出!そして伝説的和菓子喫茶店甘兎庵が歴史に名を残すんだよ!」

 

 なんて、熱の上がった論争をついついしてしまっていたからだろう。

 お祖母ちゃんが精神的ショックで倒れていたことに気づいたのはその数分後のことだった。

 

 気づいた僕と姉はすぐさま救急車を呼んだ。息は普通にしているにも関わらず「こ、こういう時は心臓マッサージをすればいいのよね?」とテンパりながらお祖母ちゃんの胸に手を当てる姉を止めていると、ものの数分で救急車は到着。隊員によってあわや救急搬送となりその翌日の学校など行ってる場合ではなくなった。

 

 聞いた話だけど、一過性意識消失発作というらしい。いわゆる失神。と言っても命を落とすような症例のものもあるので一括には出来ないらしいけど、お祖母ちゃんの場合はただの精神的なショックだそうだ。それを聞いた僕は心底安心した。

 しかし一応念の為に一日は検査入院した方が良いとのことで、お祖母ちゃんには事後承諾の形になってしまったが僕は首を縦に振った。

 

 こうして4月の初登校日は諸々の準備や手続きで幕を閉じた。いやなんで僕がやっているんだ?という少しばかりの疑念はあったけども家には他にいなかったので仕方ない。それに、姉も何やら友達と一緒に新学期初登校する予定だったのを断って手伝ってくれたおかげで割合楽に済んだところもあるし。因みに甘兎庵はそれでも営業中である、僕や姉やお祖母ちゃんが抜けたくらいで回らなくなるほどウチのスタッフはヤワじゃないのである。てか和菓子作りにおいては僕より出来る人も多いし。僕は和菓子以前に甘いものが苦手なので、作れないことはないがやはりお茶淹れとかの方が自分でも合っている。

 

 それにしても、出遅れたなぁ。なんて、地面に落ちた桜の花びらをつい拾いながらもどうしても思ってしまう。

 クラス割りはもう発表されているはずである。まあそれがどうであろうと学校生活において、仲の良い人間という観念が存在しない僕にとっては何一つ左右されることは無いのだけど。それでも多少心が揺さぶられてしまうのは未だ心が幼いせいなのか。……いや、確かに小学生くらいまでは純粋に楽しめた。これも大人になるならば割り切らなくてはならないのだろうか。

 

 数多の生徒に紛れて登校してみると学校はもう平常通りだった。昇降口で上履きに履き替えようとして気づく。僕、クラス分かんなくない?振り分けどうやって確認するの?

 仕方ないので靴を持って職員室へ。靴を持ってるせいで道中無駄に視線を引き寄せることになるけど、仕方がない。気分はさながら転校生だ、誰も友達がいないという点においてはピタリ賞だけど。

 職員室は思ったより賑わっていた。まだ新学期早々なので授業準備に追われているのだろう。いつも淡々と配られるプリントもこうして手間暇掛けて作成され刷られていくと思うと少し感慨深いものがある。

 

 クラスは同じく職員室にいた前の担任の教師を見つけて聞いたらすぐに解決した。呆気なく。ちょっと早めに来たけどその必要性はなかったみたいだ。その教師も僕の要件が終わると忙しなく自分のデスクへ向かい合ってしまう。いつもいつもお疲れ様です。ところで和菓子に甘兎庵はいかがですか?と、ノリで懐にあったクーポンを渡したら呆れながらも何だかんだ受け取ってくれた。顧客勧誘は基本である。

 

 再び下駄箱を経由して階段を上る。今日から、正確には昨日から中学2年生となった僕のクラスは3階。上るだけでも朝の鈍った身体では一苦労だ。そして来年3年生になったら4階になる。3階ですらかなり疲れるのに4階とかさ、年功序列で教室を段々と高い位置にするの辞めてほしいんだけど。もっと文化系に優しいユニバーサルデザインな校舎にしてもらいたい。具体的にはエスカレーター欲しい。駄目ですか、駄目ですよね。

 

 かなり疲労感を覚えつつも階段を上り終えて、妙な緊張感を感じつつも廊下を歩く。去年は二階だったので構造は同じだけども見覚えのない廊下だ。壁にあるコルクボードに貼られた掲示物は今の三年生が作ったのだろう、そういうところからも自分が異物であるという思いを引き起こしてしまう。廊下ですれ違う生徒とも見覚えない……僕が見覚えある同級生なんて極々一部なんだけども。言ってて悲しくなるねこれ。

 

 僕の教室は階段から一番奥の場所だった。最悪だ。これだと遅刻しそうになっても駆け込みセーフが出来ないかもしれない。まあ遅刻しそうになることなんて殆どないけど。何たってこちとら甘兎庵で日々早起きして仕込み作業をしたりしなかったりしているのだ。加えて仕込みをしない日は開店準備を手伝ってる、ついでに最近はもう専らこちらの方が多い。理由は言わずもがな、僕の和菓子を作る腕は凡だからである。そのフィールドに関しては僕より姉の方が全然上なのは甘兎庵の中でも公然の事実である。

 

 見慣れない教室には見慣れないクラスメイトが沢山いた。席は決まってるのだろうか……決まってるんだろうなぁ。黒板やその脇のコルクボードを確認してみるけど座席表のような物は見当たらない。これは困った。大いに困った。困り過ぎて見知ってるクラスメイトと目があった。

 

「と言うわけで教えてチノ先生〜」

 

「誰かチノ先生ですかこの不良生徒……!」

 

 開幕からdisられた。何だろう、この悲壮感。

 チノも早く来すぎて一人で黄昏れていた様子だった。それとも元からぼっちだったのだろうか……いやでも去年チノがぼっちだった記憶は無い。ってことは友達がいるんだなこの裏切り者!

 と、僕は聞きたいことを何一つ聞いてないのを思い出す。完全に忘れかけてた、危ない危ない。

 

「僕休んだから分からないんだけどこれって席決まってたりする?」

 

「……いえ、自由席です。分かったらさっさとあっち行ってください」

 

 しっしっ、とでも言いたげな相貌に少なからず傷付きながらも空いてる窓際の角席を陣取る。皆さんご存知そこはラノベ主人公専用席だ。しかし残念なことにここにはSOSしちゃう団体も居なければ初日に10万円贈与されることも無い。あるのはほんの僅かに日当たりの良い空間と、年季の入った机と椅子だけである。世界は主人公とそのヒロイン以外には優しく出来ていないのである。

 

 やることも無いので本を開く。暇な時間があると結局はこうなるんだよなぁとは我ながらコミュニケーション能力の不足感に嫌になってしまうが、僕とて例えば今教卓で騒いでる少し質の悪そうな人間とかとは関わりたくないし我慢して甘んじて受け入れる。そう、我慢だ。我慢こそが人生。学校生活とは日々忍耐との泥臭い戦いで構築されているのである。言わば一種の精神修行なまである。

 

 暫くそうしていると、チノの周りに人だかりが出来る事に気付いた。人だかり、と言っても二人しかいないけど。それでも僕と違ってチノには友達が居たようである。何だろうこの寂寥感は。勝手にぼっち仲間と思っていた僕が悪いのだろうか。何なのこの世界、早く破滅してくれ。

 

 すると、何やらその内の一人がコチラに気付くと、ずずいと歩み寄ってくる。反射的にサッと本に隠れてしまったのは悲しきコミュ障の性なのだろう。

 

「えーっと、銀時.......だっけ?」

 

「いえ、僕の名前は金時ですけど」

 

 僕の名前はそんなに主人公然としたものではないのである、ってこんなこと前も言った気がする。まさにデジャブ。もしかしてこの世界……繰り返されている!?

 なんて冗談はさておき、僕の眼前にいる藍色の特徴的な髪をした女の子は一見した限りではコミュ力がかなり高そうである。逆説的に僕には荷が重い相手と言うことだ。

 

「あのー、何か用ですか?」

 

 あんま、関わり合いたくないなー。と言う気持ちを前面に出して言葉にしてしまったが、女の子は特に気にした様子もなく話を続ける。

 

「いや、ウチのチノが何かお世話になってたっぽいからちょっとどんな奴かな~って。一応去年も同じクラスだったけど話したことないじゃん?」

 

 マヤさんのじゃないです!という頑張って出したような大きな声が彼女の来た方向から聞こえたが、敢えて無視する。

 

「アレ、同じクラスでしたっけ?」

 

「え?覚えてないの?」

 

 私だよ私、条河マヤ!と自己主張をしてくるけどもやはり記憶にない。条河さんの容姿を軽く見てみるけども、う~む。

 

「無いですね。大いにないです。生涯で食べた食パンの枚数よりも分からないですね。いや~誠に申し訳ないんですけどそのクラスにいた金時君は本当に僕でしたか?もしかしたら宇治金時君とかじゃないですか?或いは僕と極めて似た容姿の男じゃなかったりしませんか?いや重ね重ね失礼なのは承知なんですけどもそれくらいには僕に覚えはなくてですね、いや申し訳ない」

 

「チノ~~!こいつ苦手~~!」

 

 うわ~んと泣きながら条河さんは元居た場所に戻っていく。どうにも彼女は僕に苦手感を感じてしまったようだった、いやはや反省すべきなのか。だけども安心して欲しい、僕は割と条河さんの事は気に入ったから。揶揄いやすそうだし。

 

そんなことを考えていると三人でコソコソと話し始める。まるで御伽の国のお茶会みたいだ。ただ話している内容が僕の悪口なんだろうなぁと思うと少し凹むけど。

 一分もしない内に話はついた、と言うより飛び出すような形でまた女の子が来た。おっとりとした、紅い髪の毛の少女だ。当然ながら彼女にも記憶はない。

 

「こんにちわ~」

 

「はい、こんにちわ」

 

 接客業で培った対応能力で笑顔で挨拶する。甘兎庵の従業員の基本である。

 

「えっと、何について話す?」

 

 どうやら何も考えていなかったらしい。何かマイペースだね。

 

「そうですね……じゃあご趣味は?」

 

「趣味とは違うかもしれないけど、バレエは踊れるよ~」

 

「凄いじゃないですか!」

 

「えへへ~照れるよ」

 

 

「何かお見合いみたいです……」

 

 遠くからチノの呟きが聞こえる。言われてみれば、確かに。

 

「あ、そうだ。名前聞いても良いですか?」

 

「うん。奈津メグミっていうんだ。メグって呼んでね~」

 

「分かりましたメグさん。僕のことは金時で良いですよ」

 

「へ~金ちゃん?」

 

「……それは止めてくれませんか?」

 

 おっとりとした口調な上にその呼ばれ方までしたら完全に姉と見間違えてしまう。雰囲気がそこはかとなく似ているのだ、本当に勘弁してほしいまである。

 

「じゃあ金時で〜」

 

「それでお願いします、切実に」

 

「そうするね〜」

 

 メグさんは穏やかに笑った。

 

 

 

 


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