スイーツに砂糖は要りません、いや本当に   作:金木桂

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読者様の評価と感想で割と生きてます。栞やブクマも美味しい。


太陽は春に終わりを告げ舞い上がる

「お姉ちゃん……ごめん。お姉ちゃんとは付き合えない……」

 

「……そっか」

 

 姉の言葉は予想以上にとても軽いものだった。しかし、なんて憑き物が取れたような晴れやかな表情をしているのだろう。

 僕が何も言えないでいると、姉が続けて言った。

 

「……決めたわ。私、金ちゃんを落とすわ!」

 

「「……え」」

 

 シャロさんと思わずハモってしまった。いやでも仕方ないでしょ、まさかだよ?誰だって断られて間を置かずに諦めないと意志表明するとは思わないでしょ。

 

「部外者が口を挟むことじゃないかもしれないけど.......千夜、本気なの?」

 

「ええ。絶対に落とすわよ、これからはグイグイ攻めてくから覚悟なさい!そう甘兎庵次期社長の名にかけてね」

 

「ちょっと待った、覚悟云々はともかくそれは僕の肩書だから」

 

 思わず声を上げてしまう。幾ら告白されて振った後とは言えどそれだけは譲れない。

 

「それにシャロちゃんは部外者じゃないわよ」

 

「えっ?」

 

 僕の訂正を無視して話を続ける。何だか急にいつもの空気に戻ったような気がして少し肩の荷が下りた。いやほんと、心臓に悪い。

 

「シャロちゃんも金ちゃんに告白してるじゃない?」

 

「私が金時に?……ってああああぁぁぁっ!」

 

 多分これは昨日の朝のことを言ってるのだろう。いやしかし、何故姉は知っているんだ?僕もシャロさんも喋ってないはず……。

 なんて未だ熱が残った思考でぼーっと考えているとシャロさんに肩を組まれた。

 

「作戦ターーーイム!」

 

「えっ!ちょ、シャロさん!?」

 

 スタスタスタと早足で部屋の外に出て、ピシャリ!と襖を閉めた。ヒンヤリとした廊下の空気とは対照的に今この場では切迫とした情調が急遽発せられている。

 

「アンタ……まさか千夜にあの朝のこと喋ってないわよね?」

 

「そんなまさか……僕だって気恥ずかしいですし、特に他意の無い寝言だとはいえ色恋のアレコレを言い触らすようなことしませんよ」

 

 これでもやって良いことと悪いことの一線は弁えているつもりである。それにアレは事故だ、気にする必要は無い。──無いのだが、シャロさんは明らかに機嫌を損ねたような顔をした。

 

「何よ……そんなに魅力が無いっていうの」

 

「いえ、そういう訳じゃなくてですね」

 

「私だってこれでも色々気を遣ってるのよ?化粧とかスキンケアとか髪の毛とか……大体100円ショップで揃えてるけど」

 

 頼むから当然のように世知辛い補足を口にしないで欲しい、言葉に詰まるから。

 すると、襖がズズズと勝手に開いた。内側から姉が開けたようだった。

 

「シャロちゃん!私の金ちゃんを口説かないで!」

 

「口説いてないしアンタのでもないでしょ!?」

 

「……"アンタのでもない"?もしかしてシャロちゃん本当に……」

 

「いや違う!違うから!」

 

 顔を赤くしながら慌てて必死に否定するシャロさん。何だかそんな一生懸命に否定されるとまるで僕まで否定されてるみたいで悲しくなる。ちょっとラノベとかのヒロインの気持ちが分かった気がした。

 

「それよりお姉ちゃん、何で昨日の朝のこと知ってるの?」

 

 流石に色々と可哀想に思えてきたので、シャロさんに助け舟を出すついでに気になっていた事に触れる。姉は確かにその時、すやすやと気持ち良さそうに快眠していたのを僕とシャロさんはこの目でしっかり見ている。

 しかし姉は答えることなく無言で懐から何故かスマートフォンを取り出した。そしてアプリを開くと、画面をコチラに見せる。

 見る限り録音アプリのようだった。姉は何も言わず微笑みながら再生ボタンをタップした。

 

『金時……好き』

 

 それは聞き間違いようも無い。昨日の朝のシャロさんの寝言告白だった。

 

「ね?」

 

 姉は軽くウインクした。いや。ね?じゃないが。

 てか何?この姉、もしかして夜寝ている間ずっとスマートフォンで録音してたとか言うつもりなの?本気で怖すぎないそれ。

 

「三人で寝るの久しぶりだしなにか起きるかと思って♫」

 

「アンタ本当に何やってんの!?」

 

 シャロさんは驚きやら羞恥やらで忙しなく表情をコロコロと変えながらもそうツッコむ。これに関しては心底同意である。

 

「それにしても五時間分の録音データを頑張って聞いた甲斐があったわ~!まさか寝てる間にこんな事が起きてるなんて。もっと早くシャロちゃんも起こしてくれればよかったのに」

 

「誰が起こすか!」

 

 堪え切れずといった様相を浮かべて叫ぶシャロさん。それにしても五時間もほぼ何もない時間の続いた録音データを聞き続けるとは我が姉ながら凄まじい執念を感じる。正直怖い。ストーカーの才能、あると思います。姉に好意を抱かれる人間はさぞ大変だろうなぁ、でもその人間が僕なんだよなぁ。

 思わず遠い目をしていると「よし!」と姉が意気込んだ声を上げる。嫌な予感がする。

 

「……どうしたの?」

 

「金ちゃんのパソコンをお姉ちゃんが直してあげようと思って」

 

「待って待って」

 

 すっかり忘れていた。そうだった、僕がこの部屋に来たのはシャロさんの助力を得るためだった。

 だがこの姉の妙な張り切りよう……何だか怪しい。先程の告白で吹っ切れたというのもあるかもしれないが、それにしても可笑しい。長年の付き合いから分かる、これは何か他の目的があるときの顔だ。

 一瞬でそれらを感じて反射的に引き止めてはみたが、姉は心底不思議そうな顔をした。

 

「金ちゃん?何で通せんぼするの?まさか……好きな女の子に悪戯したくなっちゃう思春期故の衝動!?私はいつでもオーケーよ!」

 

「違うから!何でそうなるのさ!」

 

 だからそんなワクワクとした表情をするのは止めて。さっきのしおらしさはどこ行ったの。

 

「そうじゃなくて、もう率直に聞くけど僕のパソコンに何する気なの?」

 

「?直すだけだけど……あとついでにネットの履歴とか保存されてるファイルの中身とか見ようかなぁと」

 

 有罪。情状酌量の余地無しである

 いや、そんな冗談を言っている場合じゃない。僕は悟られないように息を呑んだ。僕だってそりゃあ多少人からは自己主張しない人間だと思われているけども、男である。男だ。Manなのだ。

 何が言いかといえば、これは至極当然の帰結であって。──まあつまりは。同性ならまだしも異性に話すのはかなり憚れるような画像や動画くらい、プライベート機器に入ってて何一つおかしな事じゃないのだ。それは何故なら僕は男だから。男ならば世から隠れ人から隠れ、そういうものをマジマジと眺める権利があって当然なのはフランスの権利章典にも書かれている。ましてや僕は男子中学生、世間一般的に見れば思春期真っ盛りな物憂げな男である。そのくらいの年齢ならば決してそういうジャンルに興味を示すのは悪いことではなく、却って健全とも言える。

 

 だから僕は何も悪くないし否定される謂れは無い──とつらつら心の中で自己弁護しつつ、滲み出た冷や汗を袖で拭いた。

 

「ま、まあ良いでしょう……!そこまで興味があるならこの宇治松金時、何も隠すことはしません!」

 

「わーい」

 

「……私は興味無いわよ!?」

 

 それとなく喜ぶ姉を傍目にシャロさんに視線を送り続けると、焦ったようにそっぽを向かれた。あらあらあら照れちゃって可愛い。

 勿論、僕はこの二人にそんな卑猥なアレコレを見せる意思は無い。それはそうだ。純真な女の子二人(片方は疑わしいところではあるけど)に余計な知識を与える理由などこの世にあるのだろうか、いやない。もしあるならそんな世は滅べば良いと思う。

 

 そんなわけで、二人を引き連れ部屋に戻ってくると早速パソコンの電源を付ける。数秒でスタート画面が表示されると僕のデスクトップ画像が顕わになった。

 

「……月食の画像?思ってたより普通ね」

 

「アニメとかゲームの画像じゃないのかしら?」

 

「いやいや、パソコンのデスクトップ画面はシックで落ち着いてる方が僕も精神的に安心出来るんだよ」

 

 と言ってはみるけど真相はなんてことはない、ただのカモフラージュである。態々自身からオタクオーラを放つ必要性も無ければ、美少女キャラのデスクトップ画面なんて逆にそわそわする。別に推しキャラに会いたくなったらゲームなりアニメを見れば良いだけであるだけだし、常に目に触れているよりそっちの方が恋人感があるまである。

 そんな事とは露ほども知らない二人は特に何も言うことなくカチカチと僕のマイコンピューターを開く。そこには僕のダウンロードしてきた画像やら動画が入っている。

 

「千夜、何も無いわよ?」

 

「え……?」

 

 シャロさんの言葉に意外そうに目を見開く姉。心外である、まるで僕が如何わしいものを懐に持っていたみたいじゃないか。てか存外乗り気だなシャロさん。

 ともあれ、茶番はここまでにして。真実を溢せばただ外付けハードディスク、僕が宝船と呼んでいるそれにデータがあるだけである。僕はいつも宝船を接続してパソコンを使ってるのだ、なのでマイコンにデータが残ってるはずが無い。だからこそあんな発言が成り立つのである、今ほど自身が石橋を叩いて渡る慎重派で良かったと思う事は無い。

 

「そう言えば金ちゃん、パソコン使ってるとき毎回変なのを筐体の横に差してたような……」

 

「それよりアクセスフィルターを直してくださいよシャロさん!ほんっっっとうに困ってるんですよ!」

 

「分かった、分かったわよ。やれば良いんでしょやれば」

 

全くもう……、そう呆れながらもマイコンを閉じてコントロールパネルを開いた。いや危なかった……何でこういう時だけ無駄に聡いの本当に。姉がパソコン知識に疎くて良かった、もしハードディスクとかUSBハブとかいう単語を知っていたら確実に僕の社会的地位は奈落に落ちてた。男子中学生ならエッチなものを持ってて当然だしバレても平気?んな訳あるかボケ。

 

「……これかしら?」

 

 ブツブツと言いながらシャロさんはクリック回数を重ねていく。どうやら少し難航しているみたいだ。

 

「シャロちゃんシャロちゃん、ここはラマーズ法よ」

 

「そ、そうね。ひっひっふ〜……って何でよ!?」

 

 器用にもノリツッコミしながらも作業を続けている。シャロさんには芸人の才能があるのではないだろうか?姉がボケでシャロさんがツッコミ……なんか普通に漫才大会出たらさらっと優勝しちゃいそうで怖い。

 性懲りも無くしょうもない事を考えていると「ああ、なるほど……」と何か納得気に呟いた。

 

「金時、多分ここにパスワード打てば制限解除出来るけどアンタこのパソコンの管理者パスワード知ってる?」

 

「うん、それなら覚えてる」

 

 僕はシャロさんの隣に座り「I_ love_sharotan」と打ち込む。当然の如く弾かれる。

 

「あ、間違えた」

 

「何処をどうすればそんな間違いが起こるのよ!?」

 

 いやぁ、僕の脳味噌はポンコツCPUのようでして。ほんと申し訳無い(棒)。

 次はちゃんと正規のものを打ち、OKボタンを押すと設定変更が適用された旨のダイアログが表示される。つまりこれで出会い系……じゃなくて、甘兎庵のSNSが開設できる。

 

「流石シャロさん!ありがとうございました」

 

 僕はペコリと頭を下げる。不慣れな操作だったろうにしっかりと解決してしまうのは本当に流石としてか言いようがない。一回に一人欲しい問題解決能力である。

 

「まあこれくらいなら当然よ」

 

「シャロちゃん、頬がニヤけてるわよ?」

 

「────!千夜のばかぁ!」

 

 あ、恥ずかしくなって部屋から脱兎の如く逃げてしまった。シャロさんの羞恥による叫び声だけが耳を劈く……叫ぶのは店に迷惑だから止めてほしい。幸い今の時間はそんな客いないだろうけど。

 

「……二人きりね?」

 

 意味深に姉はそう言った。確かに住居スペースには今姉と僕しかいなかった。僕は「じゃあトイレ言ってくる」と言い残して立ち去った。自然の道理である。

 

「つれないわね……」

 

 そんな姉のボヤキが聞こえてきたが聴こえなかったフリをした。僕は難聴系主人公なのだ。

 

 

 

 

 

 春は過ぎ去る。過去も今も置き去りにして、残酷にもは昆虫は目覚め始め、桜はその幹に花をつける。和らいできた寒さからは新たな春の息吹すら感じることが出来た。

 窓を仰ぎ見れば日は高く、自己を雄弁と主張している。これからは俺が主役のシーズンだとでも言いたげに寒気を一掃しジワリジワリとその距離を縮めてくるのだろう。

 

 学生である僕は今日が終われば再び夏までの学校生活を課されることになる。それはとても平坦で、何も無い日々。出会いを繰り返した春の日々とは一線を画す無気力感と虚無感に遭遇することになるだろう。

 そうだ、僕は日陰者だ。楕円上の人間関係の輪には属さず、お気に入りの本を持って一人で読書を進める。そこに疑う余地が無ければ、あるのはそれが最適解だと信じる僕自身の願いだけだ。

 人間関係なんて所詮は欺瞞だらけで、空いた穴は誰も塞ごうとしない。上辺の関係。一番友好的な他人。ならば無くても変わりは無いじゃないか。

 

 だけども僕は気付いてしまった。僕はそんなカビ臭い無味な観念を壊してくれるような出合いに憧れている、そんな単純な事に。本物の関係なんて存在しないかもしれない。偽物の関係は確かに本物になり得ないかもしれない。──でも偽物が深まるたびに本物に近似していくかもしれない。それは僕にとって推測では無く、願望だった。誰のものでも無い、僕だけの願望。人を信じて、人から信じられるような、そんな心地良い関係。もしそんなのがあったのならどれだけ僕は幸福なのだろう、なんて無意味と脳の奥隅では理解しつつも思ってしまう。

 

 少なくとも姉は僕のことを信じてくれた。言葉にはしないがシャロさんだってそうかもしれない。本物になりたいなら、大事なのは僕自身が信じるということ──きっとそんな簡単な事実からも僕は逃げ続けてきたのだろう。

 

 ならば、向き合おう。疑うのもこれからは無しだ。僕は宇治松金時で宇治松金時は僕だ。僕を満せるのは僕しかいない。

 

 ふと、陽の光に当てられて黒曜石の如く輝く栗羊羹がそこにはあった。何となく食べたい、そう思った僕は摘んで口に入れると甘いこしあんの風味がふわりと拡がり、甘い空気が鼻から抜ける。……でもやはりこの甘味は苦手だ。

 しかし、偶にはこういう日もあって良いかもしれない。酸いも甘みもあってこその人生なのだから。

 

 

 

 

 

──そしてその日、お婆ちゃんが倒れた。

 

 

 




年単位で空いたにも関わらずここまで見てくださった方は本当にありがとうございました。
次からは金時が中2、千夜が高1になります。

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