烏なき島の蝙蝠─長宗我部元親(ただし妹)のやっぱりわたしが最強★れじぇんど!   作:ぴんぽんだっしゅ

57 / 60
56.ファーストインパクト

《1553年》天文22年七月─土佐・岡豊城二の丸

 

長宗我部小昼

 

初め、房基を訪ねてやって来たとその虚無僧のなりをしたお坊さんは言ったのです。

虚無僧のくせに纏っているオーラは別のもの。

 

こんにちは。今日もトラブルまっただ中な小昼です。

某メガネのバーロー小学生ばりに、トラブルに好かれてるような気がして来てしまいますよね。それはそれとして。

 

房基に用あるなら、大津いけし!

……ん?いや、もう出立してたら安芸辺りかな?赤岡浦かも知れない。

 

とにかく、岡豊に来る必要は無いんだな。この人が。

笠マスク?を取って庭から座敷に上がるなり、どっかと板敷きの上に藁座蒲団を用意する隙もなく片膝立ちで座り込み自己紹介を始める。

 

「ドン・フランシスコと申す」

 

うやー。房基が大名レースから引き摺り降ろした方じゃないですかー!やだー!

 

ドン・フランシスコと言えば宗麟さま。宗麟さまと言えばドン・フランシスコ。

ドン・フランシスコていう史実通りきっちり洗礼名も貰ってさ。ザビエルの下僕やってんじゃなかったのかい。

 

「外人さんの知り合いは小昼にはいないのですけど」

 

「ふむーしかし、御主に渡せとザビエルどのから預かってきている包みがあってだな」

 

宗麟さま。見た目、三十路後半くらいの老け顔。でも中身は二十代前半。義兄の茂辰より老けて見える。頭つるっつるで本願寺の人みたい。うわー。宗麟さまだよ、生(なま)宗麟さま。

 

この捻れた世だと大内から出戻りの晴英が勝ち馬で、宗麟と名乗ることもないんだろうけど。

兎に角、特徴的なのは坊主の全てを許すあの慈愛の眼差しではなく、鋭い刺さるような視線で人も殺せるんじゃないかという眼差し。

 

まるで丸くなってないよ。この人。親でも親戚でも、兄弟でも斬ってはちぎり、ちぎっては踏み潰ししたりしそうな、そんなラスボス級のオーラが漂っています。ぴりぴり感じるのです。この人、やばいんじゃないかって。

 

その生臭坊主の殺人的視線が見つめるのは小昼一点のみ。やだなぁ……。

その手には懐から取り出した藍染の包み。

 

「ザ、ザビエル……なるほどなるほど。納得です。中身はなんだろなー、と。開けても?」

 

差し出すので受け取りつつ、生臭坊主を見て訊ねます。

 

「構わぬ……して、お主。俺が何者か解ってるようだが」

 

解ってる。解りすぎてる。だからいま、生の宗麟さまを前にしたら小昼は有名人と突然あった一般視聴者な気分ですよ。

 

ぐっと我慢の我慢。触りたい。がばっと。で、ファンです、握手してください!って、そんな心の中ではうずうずが止まらないのなんの。

 

房基なんかよりずっと昔から、有名人で。小昼の中ではもう!何を話していいか。

 

言葉に思わず詰まる。ラスボス感たっぷりの貫禄ある雰囲気に飲まれてしまいそう。飲まれてしまってもいいかな、もう!

 

稀代のジゴロって解るんですよ。きゃー!きゃーきゃー!って脳内の小昼のヒートアップぷりが解るでしょうか。きっと、小昼にしか解らないんじゃない?

 

あ、別にドキドキしてるとかじゃないんですよ。

 

スーパースターを前にしたら、ドキドキなんかより先に尊敬の念てゆーか、それはもうなんか神!って気分になりませんか。畏れ多い。そう、神なのですよ!

 

「っ……ええ。生臭坊主のドン・フランシスコでしょ。そう、そう名乗ったらわかるわよ。き、キリシタンという人だもんね」

 

いかん。ダメ。上擦る。滑らかに言葉が出てこないー、きゅう……!

 

「ふふ、しかしお主に感じたのはそれとは違う。天上の者でも見るような目だったぞ。なんだ、一目惚れでもしおったのか?一晩、俺が遊んでやろうか」

 

うっわ。……うっわー!

宗麟さま年下もいける口なんですか、なんか一気に醒めた……。小昼を見る目がツラい。

一晩遊ばれるだけと解ってオーケーだすような軽い女ではないですよ、小昼は!

 

「いえ。生で見れただけで結構。安売りしないタチなんで」

 

宗麟さま、女の敵!

某銀さんの主役と某59の坊主を纏めて割り算した上で良いとこ取りしたようないい顔してます。これはジゴロってしまう気持ちも解る。

 

「ふっははは。俺がお主のような小女相手にすると思っ……何?一目惚れでないとするとあの艶のある目は俺の何を見ていたのだ?」

 

これで色魔で、病弱キャラで、大友女なら家臣の女でも平気でNTR。ゲスっぷりが堪らない婦女も居るでしょう、小昼は違うけどな。

宗麟さまの言い終わらない内に、きっぱりと断るとビックリした表情に変わる。

きっと、殺し文句に食い付かない女はいないとでも思ってたんでしょうか。

 

小昼にNo.1て居ないんですよね。結構、平等に皆さんスーパースターだったりしますから。ぶっちゃけると……某雷神の筒とか某ヤタガラスさん。

あ、にーさまで無いにーさまも別格かなぁー、結構散財したし聖地巡りしたよ。そんな意味じゃかなりミーハーなのです!

 

「ええ。そう、きっともう届かない貴方の姿を幻視したのよ。傲岸不敵な覇王だった貴方のね」

 

あ、いけね。今は宗麟さまだった。わりとすらすらと滑らかに言葉が出てくるようになってきた。今までアガッてたのが嘘みたいに。

 

「家督は失ったが、家臣が無いわけでは無いぞ。しかし、この風体の俺をみて昔の俺を思えるほど俺を知っているのか、娘。俺は会った覚えは無いが」

 

不思議そうにしかめ顔で眉毛を擦る宗麟さま。

会ってない。ファーストインパクト!

だけど、資料はいっぱい読んだし学んだ事も多い。

 

南蛮との付き合い方なんかは、考えさせられるものがある。文化を搾り取ろう、南蛮に学ぼう、と躍起だったのはかつての遣唐使とダブる。

 

日本人が新しいもの好きで、外から学べるものは取り入れようとするタチなのは戦国の世でも変わらなかったんだなぁって。

 

この宗麟さまはヨーロッパ使節団、遣唐使ならぬ『遣欧使』を出しているんだ。

 

「ふーん。──ちょっと待って何コレ。煙管?タバコ?小昼、まだ興味ないなぁ。えーと、家督が有ろうが興味ないですって。ただ──書なんて書いてみてくれません?ね?お名前書いてくれるだけでいいんですよ。ほらこれに、おーと……げふんげふん。ドン・フランシスコって」

 

サイン……生サイン。

げっと、なるか!?

 

「お前、たばこを見ただけで解るか?南蛮の事をよく知ってるようだ。それよりも──俺をやはり知っているな?ふー……いいだろう!筆をよこせ」

 

タバコを一目で言い当てたのはマズったですか?それか煙管?でも、力押しで誤魔化せないこともないんじゃないでしょーか。

題して、大友義鎮(おおともよししげ)お友達になっちゃおう作戦!!

ヨーロッパ大好きな宗麟さまに、解っている女・小昼をアピったらワンチャン!友達になれないかな?

 

「およ。大友さんでしたのかー。しーらなかったなー」

 

「白々しいな。そんなことでは計略ひとつも、ましてや商談も出来やせぬか。覚えはあるか。この名に!」

 

すっとぼけた小昼の返しに片目を閉じて睨みで反す宗麟さま。手元には出来上がったサイン。生サイン。生ですよ、直筆サイン。宗麟さまの、生の直筆。

これはおたからですよ!

 

「大友義鎮、……ふーん。聞いた事無いわ」

 

サインを一目見て懐に仕舞うことも忘れない。我ながら歴女の鑑。

額を用意して部屋に飾りましょう。そうしましょう!

猛々しい字面でサインを書き上げて貰いました!

家宝にしますー!

内心と裏腹に素っ気なく振る舞う小昼はなんと出来た女なんでしょう。

 

「俺を阿呆とでも思っているようだな。まぁいいか、ザビエルどのからの仕事は済ませた。後は俺の用でもするとしよう」

 

その言葉ひとつを合図に、空気がぴきぃぃん!

凍りつく。

殺気という奴です!

 

「急に暗くて冷たい気配がするんだけど。何かな?」

 

うっわ。うっわー!

ぴんち。これ、小昼ぴんちなんじゃないですか。

大友宗麟と斬り合って勝てる見込みゼロ。

今日の小昼はポニテに結い上げて、前髪をアップにしてますが動きやすいに越した事はないんですけど、それが何の助けになるでしょうと思えるくらいに宗麟さまが出来るって感じるのです。

 

おかしいですね。刀も持ってない生臭坊主の何が、これほどの絶対的な恐怖を生むんでしょう?

気合の差なんですか、大名になるために育てられたものが持つ、王者の精神。

部屋には二人だけ。

姫衆も訪ねてきていないから、警ら中なんでしょう。

マズッた。

 

「一条が大事に大事にしているという。俺が大事にしようとした物を一条は奪ってくれたからな。意趣返しをしてくれようと思っていてな」

 

「レイプですか。レイプなんですか」

 

気付けば小昼、ずりずりと後ろの木戸まで下がってました。それほど生臭坊主の背からほとばしる嫌なものを感じて恐怖してしまっていたのです。

城には桑名が居るはず、……ダメだ。桑名は本丸の方に居る。だから騒ぎを起こしても気付いた時には小昼ジエンド。終わった後です。

きゃー!誰かー!定番の科白を吐く前に動きがあった。

 

「れい……何だ?何を、慌てて?──おっと」

生臭坊主が立ち上がったその時。僅かな刹那の瞬間。

ガラガラーッ、バンッ!

木戸が開け放たれ、二つの影が生臭坊主の前に立ちはだかって、小昼との間に壁となってくれたのです。神か貴女は!

 

「小昼さまからちぃっと離れようか。坊主!」

 

「鷲羽さん。菊さん」

 

おおぅ!我が生徒!我が友!

すぐ側に控えていたんですね。なぜだか、入るに入れなかったのかも知んない。

とにかく、二人が来てくれたことにホッとしてる。

すごく安心したし、助かったって気持ちが大きい。

 

鷲羽さんなんて腰の刀にずっと手が掛かってる。

菊さんは小昼に自分の刀を渡してくれる。

 

「姫様、このもの何者です。初めはいい雰囲気ではないですか。ひめせんせ、あんな蕩けた顔はじめて見ましたよ?」

 

「う、嘘!そ、そんなことないんだよ」

 

……解せぬ。一部始終を盗み見してやがりましたよ。この耳年増め。それにしても小昼そんなにデレデレだったんですか!

やっぱりスーパースターを前にしちゃうと小昼は自分をコントロールできてないみたいですよ。特に頬と口許。とろけ顔なんて言われるなんて、ああ!これ、絶対彼女たちの噂のタネになってしまうぅ。……きゅう。

思いがけずに両頬を抱えてイヤイヤをしてしまう。

 

それに、いい雰囲気なんて、ええ!?

小昼は、小昼は。お喋りしてただけなつもりだったのにぃ!

 

「おい。菊!そんなのはこいつをふん縛ってからにしてくれ!こいつ、やるっ!」

 

一方、鷲羽さんはひりつく空気で相手がただ者じゃないって判断したみたいです。でも、まだ抜いてない。セーフ。

……と、思ってたら。

 

「この女なら今日の閨(ねや)にちょうどよい。おい、女。名は何という。俺の夜伽(よとぎ)をさせてやるぞ。どうだ?」

 

出た。出ました!宗麟さまの殺し文句。爆弾発言。

これ、口説いてるつもりなんだから、タチが悪い。女は誰でも体を開く、そんな容姿してるってのを肌で体感でもしてるんでしょうか。誰彼見境なく口説いてる。

 

鷲羽さんは見たままシックスパックの腹筋もあらわな、白のカスタム帷子。半袖のショートジャケット風。中はお馴染みサラシをぐるぐる巻きって姿で。

露出高めとかより、アクティブに動きやすいを突き詰めたスタイル。これが鷲羽さんのステータスになってる。

エロさと言うよりカッコいい!

切りっぱなしの袖から覗くムキムキの腕から浮き出る血管が。谷間というより胸板が。引き締まった脇が。

……こんなボーイッシュに、マニッシュな鷲羽さんに食指が動く宗麟さま、悪食。ってゆーか、男色もいける口なのかも。

 

「御免だね!あたいが欲しいなら、腕付くで取ってみなよ。男みせてみろよ」

 

「ふん。よーし、いいだろう。やろうぜ」

 

「ひんひん泣くなよ?坊主!」

 

「ふっはははははは!誰が俺を泣かせるか、楽しみだ」

 

ギャーギャー喚く二人は、その場でどかっと座って直ぐ様要求してきた。座卓を。

なんと始まったのは腕相撲だった。平和的解決に傾いて良かった良かった。体型はどちらも似たりよったり。だけど、分はドン・フランシスコって生臭坊主にあった。

男女の差はやっぱりあるのだ。

 

「ふぐりついてんのか。男だってんなら一気に潰すくらいの男みせてみやがれ」

 

交差した腕は少しずつ傾いてく。鷲羽さんの負けに。

だけど、今は持ちこたえてる。

 

「ふー……やるな、女。もう一度訊ねる。名は?」

 

生臭坊主の額にぷつぷつと汗が浮かび、青筋もうっすら差した。物凄くお互いに力んで集中している。

勝負が動くのは後は駆引きになるのかな?

二人はギャーギャーわめき始めるんだから、きっとそうだろう。決め手が無いんだ。

 

「おー知りたいか。教えてやるよ。あたいが吉田重俊が娘、鷲言だ!ヤケドして痛い目みる前に城から出ていけ、阿呆がっ!」

 

「ヤケドか。そんなのは……しょっちゅうだぞっ!」

 

──う、嘘。互角から一気に叩き潰された。

 

……宗麟さまが。

 

猪突猛進娘が生臭坊主の力む腕を返した。

じわりじわりと持ち返して、そこでにやりと微笑んで一気に引き倒した。

座卓に宗麟さまの右手の甲が叩きつけられてフィニッシュ!

 

「土佐の女は強いな。負けた」

 

「おい、坊主。あたいのひめせんせに何しようとしてやがった」

 

「手込めにするのも悪くないが。今の主が御執心だものでな。連れて帰ろうと」

終わった後です。早速、縄でぐるぐるにされた生臭坊主の周りを鷲羽さんに菊さんの二人が固める。

小昼はそれを我関せず、と少し離れて豆コーヒーを啜ってたり。

あーすっきり。苦い。

 

「ひめせんせーを拐おうとしてたのっ!」

 

「ざ、ザビエルが、小昼を?」

 

取り乱す菊さん、次いで小昼も湯飲みを掴んだ腕が震える。ザビエル、確かに興味を持って欲しくて聖書の一節とあともう一つ。書いたけど。それを宗麟さまが読んでる?

 

「聖書を書いたろう?それともう1つ興味を引く事を書いたろう?」

 

縄に括られながら小昼を刺すような視線が貫く。微かに笑ってる。余裕しゃくしゃくかよ、宗麟さま。

 

──あぅ。まさか、あれを読んだ?

フランシスコ・ザビエルは確か、スペイン人よね。

だからスペインに関することを書いてみたんだけど。

 

「それは、オランダをハプスブルグからイスパニアが奪おうとしてるってことかな」

 

「聖書についてもそうだが、見事に当たったか。俺は……中身は知らんな。そんなこと、……どうして南蛮の者でないお前が知る?──ハプスブルグは何だ?イスパニアとは南蛮の何を指す?オランダは南蛮の商人の国だな。南蛮の事で俺より詳しい奴は、平戸の商人くらいと思ったが」

 

素直に反すと、なんと。カマカケでした!

やられた……聖書についても知らなかった?

ザビエルは宗麟さまに読ませてなかったんだ!それを、良いように小昼が踊らされてしまったのです。

余計な事を言っちゃった。

どーしよー、どー切り抜けたら良い?

狼狽えそうに口許がひくつくのを感じた時。意外な助け船が出された。

 

「ひめせんせーは夢で先の世を見るんだ。神主がそう言っていたぜ」

 

なんだそんなことか、と軽い調子で笑ってる鷲羽さん。

それって当たり前みたいな風潮なんですか。でも、それに乗らない手は無いんだ。ぶんぶん頷く。それはお辞儀するオモチャみたいにがっくんがっくん首を小昼は動かして答える。

 

「ほう?ふむーそうか。……そうかそうだな。一条が俺の周りを切り取れたのはそう言うことか。参った参った、千里眼を一条は持っていたのか」

 

参った、とは言うけど降参したっぽさが全く無いのが宗麟さまっぽく、やはりこの人は舐めてかかってはダメだなと思わせる何かがあった。

ん?千里眼?

 

「オランダは日ノ本の貿易相手としてまだまだ必要なのよ。イスパニアにあげてもいいけど、大友が大内をたべたようなものよ。上手くいきっこないわ」

 

「大内の事も知っているか。博識なことだ。面白かった。では、俺はもうここに用は無い。縄をほどけ──帰ってやる」

 

ドタバタ劇はそこまで。

宗麟さまは門前まで歩かされて、そこで縄をとかれて真っ直ぐ山を降りていった。

そんな生臭坊主の帰った後、鷲羽さん、菊さんから。更に集まってきた姫衆から散々に質問攻めになったのは仕方なかったのです。

宗麟さまを納得させる餌を出して早く帰って欲しかった。

後々、それがどうなるか考えて喋った訳じゃなかったのですよ。

 

生の直筆サインげっと。は嬉しかったけど、小昼の事を千里眼とかって宗麟さま言ってなかった?包みの中身を開かなくてもわかる特殊チートは小昼、持ってませんよ?

 

 

 

一方、岡豊の町を帰路につきながら見物中の大友宗麟もとい生臭坊主のドン・フランシスコ。

 

「イスパニアが大友でオランダを大内と言うか。イスパニアは国なのだろうが、ではハプスブルグとは何だ?ザビエルどのに聞いてみるか。──にしても、デカい町並みだな。府内とどっちが大きいか……やはり府内か」

 

大きな通りを歩いた。町は賑やかで町人たちは皆おだやかな表情で挨拶をしながら通りすぎていく。

旅の坊主の姿をしてここまでやってきたから、勘違いをしてるのだろうが好意的だ。

つまり、旅の者が来て何かしでかすなどできないと言うこと。まだ見てないが、それだけここの警固の目は優秀なのか。

 

物売りがやって来て土佐の土産だと渡していったのは包みに入った餡だった。

旅の坊主にまで、いや旅の坊主の姿をした余所者にさえ施しが出来るということだ、ここ岡豊は肥え太っている。

確か、領主は本山とか言ったか。町の作り方は参考に出来る事が多い。

 

軒下に沢山の桶を構えた商店があったので、何かと聞くと返ってきたのは火事の不始末に対する注意だという。ふむーそうか。すぐ側に水を構えたならばいざ!となってもすぐに火の手を消し去れるか。なるほどな。

 

売っている商店も、府内でも見ない品も沢山あった。

阿波や、摂津から、堺から、商人が来ていると言うことだろう。それだけの魅力がこの街にはあるのだろう。

 

「港から随分と山奥に入るが、山に向かって更に町は大きくなるとは。農地も豊かだ。俺の耳にした土佐は水害に苦しむ、米など食えぬ、山から切り出した木を売って米なり食料を手にいれる国ではなかったか?

 

城を降りながら見た景色は一面が黄金の野とは言えずとも、話に聞いていた土佐の状態とは大きく違うが。これもあの千里眼があればこそなのだろうな。ふっははは!欲しい──欲しいぞ!一条が手にした千里眼!」

 

父上さえ死ねば晴英などなんとでも出来る。その時こそこの地を踏み荒らして千里眼を我が手に入れて見せよう。

と、その腹の中では生臭坊主の目に映った富んで肥えた町、その町を囲むように拡がる香長平野の穀倉地帯、と見える豊かな岡豊を中村を攻め落として、小昼を利用してやろうとほくそ笑んでいた。

九州の覇王の野望はまだ消えずに燻っていたのだ。

 

出家しようが還俗することはしょっちゅう処の話ではない。どこの武家もやっていることだったので、生臭坊主の頭の中でだけは九州の覇王の夢は続いていた。

 

一方、詰め寄られる小昼と姫衆はと言うと。

 

「イスパニアとはなんですか。ひめせんせー」

 

「ハ……プスブルグ?まだまだ教えて貰ってないことがありますね?」

 

「オランダとは南蛮と。坊主頭が言ったらしいですね。ひめせんせー、知っているなら全て教えてくれますか」

 

「おい。ひめせんせー、あの坊主のどこに惹かれたのか知んねえよ?でも、あたいらと話す時と全然見せる顔が違ったじゃねえの。あいつ、何なんだ?」

 

「ひめせんせー、授業授業」

 

「弥三郎くんも呼んで来ますか。御座るちゃんも」

 

「一日はまだまだ長いぜ、ひめせんせー。さっさと吐いた方が楽になれるからよー。あたいらは無理やりも嫌いじゃないから、知ってんだろ?」

 

「やり方はひめせんせーから習いました!」

 

「……おおぅ。落ち着こう。ね?皆?」

 

小昼が絶対絶命な状態に少女たちに追い詰められていた。

その結果、南蛮講議が急きょ二の丸で行われる。イスパニア帝国とポルトガル帝国の真実。九州でこの後起こりかねない少女たちの悲劇。

場は紛糾した。小昼は勢いにまかせて、新型船の重要性を彼女らに披露して見せたのだった。

 

 

解せぬ……。生サインどこじゃ割に合わないのですよ……。……はぁ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。