烏なき島の蝙蝠─長宗我部元親(ただし妹)のやっぱりわたしが最強★れじぇんど!   作:ぴんぽんだっしゅ

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55.寺社の隠し財産

いやー!昨日はいい拾い物でした。まさか、吉良宣義が岡豊でお坊さんもどきになって、草いじりする日々を送ってたりなんて思ってもないから。

 

吉良宣義は織田信長に対して抗議の切腹をした平手政秀みたいなイメージ。小昼にとってはね。絶食し当主・宣直に抗議したすえに餓死して最期を迎えた。

この宣義が死ぬくらいだったから、吉良家は傾いたんだと思うんだ。優秀な家臣をむざむざ捨て殺すくらいなんだから、当主の回りは腰巾着くらいしか残って無かったんじゃないかな。津野親忠と盛親みたいに思えて何かしら重なって見えない事もない。

 

ま、優秀な武士であり分別の出来る大人が小昼の使える手駒の一つになったんだから嬉しい以外の何者でもないよ。賢君だった宣経と意識を同じくする宣義げっとだぜー!的な、某ボールも無しでげっとしたんですよ。

問題は、妙に気に障る回りくどい例えを入れてくる話し方かな。

小昼、素直に真っ直ぐな話し合いがベターだと思うのです。

 

そんなもやもやしながら。こんにゃにわ、山道をえっちらおっちらしながらの登場です。今日の小昼は、寺社を視察名目で巡る冒険をしたいと思うんだ。

岡豊の領内だから、いきなり山賊に襲われるってことも少ないと思いますしね。

 

《1553年》天文22年七月─土佐・岡豊

 

長宗我部小昼

 

豊岡大明神に神主さんに会いに行きました。会えば必ず神童扱いしてくるおっちゃんです。

悪い人じゃないけど損すり取引には乗ってこない大人かな、父上が戦をしてる時は城内が騒がしいから大明神の拝殿の隅で勉強会をしてました。ぷち寺子屋です。質議には太夫さんたちも加わって白熱した時もありましたね。小昼、熱くなると廻りが見えずに突っ走ってましたです。太夫さんたちが居るとは気付かずに、

 

『──武士は間違っているんです。富めば腹は膨らみますが、武士では下に裏切られて全てを失います。これは下克上と言うのです。周囲に攻められない為に戦をしますが!それでは、いつまで戦い続けることになるでしょう!

細川(守護代)を倒せば終わりですか?三好(阿波)を倒せば終わりですか?いいえ!そんなことでは終わりはしないのです!阿波を倒せば、讃岐、その次は播磨(はりま)や備前(びぜん)の山陽の国々と戦うことになるのです!!』

 

『では。先生が大名であるなら、何とするのですか?』

 

『それは、天皇さまに全て返します。武士は天皇さまを敬い、統治されることによって真の泰平がやってきます!』(明治、大正、昭和、平成と実績あるんですもんね。やってやれなくはない)

 

 

 

『それでは武士は食えないのでは!』

 

『天皇さまに扶持を戴いて、それで暮らせばよいです』

 

『となると、武士は戦う場を失いませんかな』

 

『いえ!そうなりません。南蛮が、南蛮では!何のために争うか知っていますか!?──イエスの教えを押し付けあって戦をしているのです!色々とありますが、用は!宗派のいさかいが戦に繋がるのです!』

 

『国造神さまと天照さまのいさかいのようなものですか』

 

『違います。彼らの神は一つ!イエスだけです。だから、争うのです!自分達こそが正しいイエスの教えを体現しているのだ、と!』

 

『南蛮とは──斯様に恐ろしいものなのですな!!』

 

『ひめせんせー!何を話してるかわかんないよー』

 

『え?──うええ!?』

 

気が付いたら、小昼と質議していたのは……神主さまになっていたで御座る。

南蛮の書を中村で読んで、そう思った。と言ったら深く追求はされずに……事なきを得たのでしたよ。

難しい事は南蛮のせいにして、うやむやに。

 

ですが、子供の身でここまでの事が言える子は居ないとかうんたらかんたら。

その後も神の遣わした巫女か。とか勝手に決定したみたいで、ことある毎に神事や祭事や神降ろしなんかもさせられる羽目に。

 

その上で。神の子に成りなさい。武家の子にしておくには惜しい。都で暮らせる支度を致します。国事を占う七曜にならさりませ。とか、言うんだ。言いやがるんだ。

 

あの頃はにーさまの措かれた境遇なんて、父上の思惑なんて知らないからさ。

 

モゴモゴ言うだけのもやしっ子の弥三郎が元親に、鬼若子になるなんて信じれなかったのですよ。とてもとても。

だから、元親の名を奪ってでも小昼が我が家を支えないとって張り切って髪結いやら女らしさは全部ぶっちしてたんですよね。そうなるとまず、城内に居着かないし。

小さい頃には、侍女の目を盗んで髪をざんばらに切って男子と同じ格好で駆け廻って、強くなる!武士になってやる!って思い続けてたとこに、七曜、つまり星見(星を見て吉凶を占う。この時代は信心深いのだ)になって公家やら将軍の道具になれって言う。

 

何のための持ち越した知識か。他人のために使う力じゃないですもんね。平成から持ち込んだ力は家族、一族、長宗我部の皆のために使うと決めた。

 

にーさまが覚醒するようなら諸国行脚して、面白おかしく水戸のじーさんみたいな暮らしを出来ないかとも思うけど。

 

だってずっと、にーさまの上で居すわって居らんないでしょ。さっさと実績作って隠居しますでしょ。それでレジェンドキャラ枠の席に着く。

ほら、これだけで『よく解らないけど凄い奴が居た的な』後世には、どうしてこいつこの後から行方知れずなの?ポジション。

 

そんなだから、にーさま次第。

小昼がこの後の身の振り方は。間違っても七曜なんかになって道具の人生なんて真っ平だよ。

ノウハウを切り売りして稼げるだけの伝は作れたし、小昼の存在を消してはいても自分の店も作ってますしね。

 

あの時、陰陽師みたいのに無理やりされてたら今の自由は無かったかな。うーん。

無いな、小昼ならとんずらしてるよ。で、斎藤の屋敷に逃げ込むんだよ、たぶん。代々守護代してたような家柄だから、京に無くないでしょ。

そこから、斎藤の伝で返り咲くもあると思うし、近隣の国に取り入って名を売ってから返り咲くって線もあるかも?

 

知識チートは安くはないと思うんだ。炭酸水でも高く売れた。なら──鉱山なんてどうだろう?きっと高く売れるはずよね。

 

きっとそんな風に京に孤立したって生きて行き方なんてあるんだけど、そもそも京にそこまで魅力感じないし。南蛮と繋がれないなら、チートのブーストは続かないもんね。

 

京は天皇さまの居る場所で決して都って感じしないんですよ。

応仁以降はそんなだったんだろうなって思う。

無いな。やっぱり京に行くなんて無いわー。

 

小昼が『いやーいい話かも知れませんが無理!』言った事に対して、その後神主さんが周囲の人に溢していた言葉にこうある。

 

──勿体無い。実に勿体無い。この世を変える思考とそれに足る眼を持っていながら、幼い少女なのだ。武士はいつか戦で死んでしまう、都に流して天皇さまのそばで姫様の話を広めれば日野の富子(ひのとみこ。日本三代悪女。大河の主役にもなった応仁の乱で莫大な財産を築いた。富子のさじ加減一つで日本が動いた時代があったのです)のように世を影からも動かす逸材として、戦乱が止んだやもしれないのに。姫様の言うことは正しく、その通りになれば大樹さまも軍を天子さまに返して天下泰平たりえたと思う。みたいな事だった。

 

小昼の事を思って、言ってくれた七曜なんかになる生き方。……死ななきゃいいんです。それに日野富子は天皇さまと将軍を傀儡にして好きなように生きたけど、戦乱が止んだ訳じゃないよね?

 

土佐には神主さんより聡明で頼りになる小昼の相棒・房基が居るんだから。

都じゃ南蛮のものを持ち込み方が解らないし、琉球への伝はないんだもんね。

それに房基には琉球だけじゃなく、平戸への伝は勿論、高砂への伝だってあるんだから。

 

七曜なんかに時間を割くより、房基のやりたかった事を助けた方が後々日本のためになると思う。

房基の、土佐一条一族のやりたかったこと、それはつまり。天竺──インド航路なのです。

一条が狙った狙わないに係わらず、時代がそうなんだから東アジア貿易での争いに参戦することになっちゃってたんだろーけど。叶ってたらね。

 

積極的に外洋に船を出していて、その為の船建造を土佐一条一族が担当した為に房家、房冬、房基が築き挙げた莫大な財が兼定や康政(源。一条姓を名のって房基の後、中村の治世を行った。兼定も政治はスカンピンで康政を頼った)の頃には尽きていた状態だったと言うことだったりする。

 

房基の好奇心旺盛さを見てるに、本気で財政を傾けてでもインド航路なんかを夢見ていたんだろうなって思うんだよね。小昼抜きにしても……。

 

不幸なのは皇族で奥さんの実家が戦大好きな大友の出だった事なんじゃないかな、巨大な船は造り終えてたから地元勢が母で奥さんも家中からとかだったら、あんなに苛烈な毎日を過ごすことも無くて、外洋に駆け出せていた未来があったかも知んない。

 

遭難死がかわりにちらつく事になるけど。朝廷の思惑と大友の野望に人生を磨り潰された非業の人だったんじゃないかな。

今の房基だってここまでお膳立てしても朝廷の縄から逃れられないし、大友の影響も色濃く強い。

 

事実、房基の周りは常にきな臭い。自殺なんて言われてるけど、数年に渡って刺客は送られている。今だって甲賀伊賀の凄腕にかかればあっさり倒される程度の刺客が一定数やってきているとか。去年だけで十人は返り討ちにしてる。

 

三好、細川、意外なとこで大内か?誰が黒幕か判ったもんじゃないけど、房基を殺したい人間が居るって訳ですもんね。

討伐を始めたら、それこそ三好の息のかかった忍者がやってくるのが見え見え。

大内だって、表じゃ布袋顔してても陰じゃ般若になってるかも知れないし。

貿易で莫大な利益をあげてるのは大内だってそうで、ライバルだもんね。

 

だからって暗殺に踏み切るってのは弱いかも知れないけど、何が一因になって憎んでるかなんては会って話したとこで解んないわけで、疑わしきを一つ一つ潰すくらいやんなきゃ暗殺とゆーのは終わらない事になるんだよね。困っちゃうねホント。

 

小昼と房基は一蓮托生って言える間柄。でも、しがらみなんては小昼なら棚上げしちゃうと思うのに、房基は律儀にそんなものに夢を邪魔されちゃう生き方しか出来ないみたいで。

 

インドや、ハワイに行くなんてまだまだ無理になっちゃったね。

三好とどうなったっていいけど、五体無事で次こそ一条三代の夢、叶えて欲しい。

 

神主さんの黒い、真っ黒さが見え隠れする、裏が無いわけ無いなって布袋顔を思い出したら……ものっすごい脱線しちゃった。

義理の親みたいなものだし、子が親を思って心配してた頭の中に生まれたモヤモヤしたものだったんでしょーか。うーん。房基の事は嫌いじゃないけど、好きかというとそうじゃない気がする。胸がドキムネしたりは無いんだよねー。

 

目の前でかっこよく暴れてた親家にはきゅんとした。だから、女子としての機能は壊れてはいない。女子として、小昼の機能は壊れてはいない。大事なことなのでもう一回言います。小昼はちゃんとその時がくればドキムネして反応するんだもんね!

 

そんな風にあーでもないこうかも知れないと考え事をしながら歩いてたら、目の前に見えてきました。赤い鳥居と境内へ続く階段。

 

着きました。豊岡大明神。

一日処じゃない考え事をしてる量だった気もしますが、岡豊城の二の丸を出て二十分も経っていません。きっと気のせいでしょう。

 

この豊岡大明神。大明神というだけあって稲荷なのでしょうか。

赤い鳥居がその証左でしょうか。稲荷は岡豊城にもあります。

 

稲荷が城内にあること、それについては何も不思議な話じゃなかったんですよ。

長宗我部の祖・秦能俊が山の天辺に城を建てる際に麓に移築したと言うんですから。

 

元々この豊岡大明神。岡豊山の頂上に鎮座してて国府の人の信仰を集めていたんですって話なんですもん。

舟岩・大平山・小蓮・明見(みょうけん)・高間原(たかまがはら)・高天原と、この神社というか岡豊山を中心に古代の古墳がどっさりあるんですよ。

奈良や京都でも無いのに異常な数あるんですよ。確か、山田にもドデカイ古墳があった気がしますね。岡豊山に神社があって当然な立地、条件が揃っていると言って良いんじゃないですか。

 

弥生の頃の深淵の繁栄を窺わせるに足る、それはもう……山登れば古墳に辿り着くなんて頻度で、弥生の頃のものから奈良時代にかけての古墳が物部川周辺に点在しちゃってくれてますよ。

 

話はかなり脱線してくけど、奈良に住んでる人の話にもありますけど、宅地化・畑にしようと土地拓くと古墳だったから、バレる前に壊しちゃえなんて土佐でもザラなんでしょうね。

たぶん県庁はどう傾いても小京都・中村になるでしょうし、一条とか中村で推移してくんじゃないでしょうか、西洋の都市国家レベルで中村人口増し増しですもん、今のままいくと後の世も。

まーそれはそれとして……平地少ないから、山に段々畑作るしかないのを、戦国の世で既に感じてますからね。

 

ま、まあ?今はまだ拓くべき森や埋め立てるべき湿地も星の数ほどと言うまであるし、まずはこれを……レンコン畑でも造りますかー。

湿田なんて沼と変わらないじゃないですかー、TVで見たレンコン畑と何が違うんですか!ってレベルですよ。これに稲穂を付けようとするのが間違ってます、きっと。

 

森は貴重な財源になりますから、炭とか建材にしちゃいましょう。今決めた!

 

話を戻しますねー。

大体、岡豊の地名の由来も豊岡神社があったからというのもひとつあるんですって。

他には国府(こくふ)だからお国府さんが縮まって訛って──おこう。って言うのもあったり。

 

この豊岡大明神の祭神はトヨウケビメです。で、このトヨウケビメ別名がウカノメノカミ。を始めとして数十もある。何を祀ってるかもよく解らなくなるわけですが、トヨウケビメは確定してます。豊宇気毘売神です。

五穀豊穣と水の神。なんてことでしょう?……ここにも役立たずの水の神が居ましたか。

 

伐採が続く水源近くの山なんかが川の氾濫の原因だろうことは解っているつもりなので、神様は悪くないと思い直してるんですけどね。

おおぅ……豊宇気毘売神を祀ってると思ってたらウカノミタマだったで御座る。

稲荷=ウカノミタマだもんね、そりゃそうか。

 

で、この神主さんも神社ならどこでも作っているらしい御神酒を作っているとのことで諸白があると言う。

 

戦国の世では最上級の酒なのです。この諸白は。

でしてね、小昼も元服したので飲ませて頂けるというのですよ。

よかった、足枷というかにーさまを単品で送り出せる先が用意できて。こんな時ににーさま居ないと清々しちゃうなっておもっちゃってもいいですよね?

 

小昼も、にーさまの目がある前で滅多なことは出来ませんからね。

知識チートな小昼と比べてしまえば本読みに十年捧げたとは言え、にーさまに楽々勝っちゃう事に理解が追い付けないみたいで、うっかり小昼がにーさまの前で蘊蓄(うんちく)喋ったら拗ねる。

 

なんか、触られたくないとこをぐっさぐさに抉るようなことのような気もしちゃうし。

 

にーさまはあれですよ、頭の中では誰にも知識量で負けないみたいなとこがあって、それをあっさり小昼が飛び越しちゃうものだから、凄く拗ねちゃうんですよね。

だから、にーさまが居るとついつい抑えてしまう小昼がいると言うか。

 

但し、にーさまの頭を持ってしても理解の出来ないことに対しては、その理屈とは別。蒸気機関なんてものは一切理解に苦しむでしょ?

 

南蛮の書にも、世界中の書を開いてもまだ乗ってない理論を小昼が喋っていてもにーさまをしても、それは何だ?小昼が考えました!そうなのか!って行き着くのです。

 

そうじゃないケースだと少しでも知っている物で、その上位の知識をつい喋ってしまうとそれは大変なことになります。

小昼が思うには、にーさまはメンタル部分も子供のままなんじゃないでしょうかね。

 

──すぐ拗ねちゃうのなんか、まさにそれでしょ。

 

そんなこんな全部背負って貰った天海には期待してしまうのですよ、嘘でもにーさまを更正させてリハビリさせて欲しいところです。

 

「はぅ……おいしい……の?」

 

きました。も・ろ・は・く!

父上は小昼が瀧本の水で造らせてる清酒の方がお気に入りで、諸白は祭事しか口にしなくなったらしく、今年は城内に無かったんですよね!

いやがおうにも期待した結果がこれだよ。

濁り酒の方が飲みやすい。

諸白はきりっと辛くて、小昼好みじゃなかったのです……。

お神酒だしね、飲みやすい云々よりトランス状態つまり、酔えるか。に集約してそうよね。

結論は、これは酔える。口にして舌でまったり転がして喉を落ちるとかぁーっと急に胸が熱くなる。度数も高そう。舐める程度しかアルコールを今世では、取ってなかったのもあってか高そうと感じてしまうのかも。

 

けつろーん!諸白はもういいや。

話題を変えよう。

 

「くらくらする……。ええっと、あれはどれくらい取れましたか?」

 

「まだお神酒は早かったですかな。あれというとあれの事ですか、姫様の言った通り。それはもう……沢山取れましたぞぉ」

 

小昼の目の前には豊岡大明神の神主。名前は知りません。

わっるい笑顔が似合う、ホビットの様な短い手足の中年男性。……ハーフリングかも知んない。140無いくらいの身長。下手しなくても小昼より小さい。頭一つ分かな。

 

なんだろな、悪代官の目の前で揉み手で黒い相談をしてる腹黒商人みたいな感じなイメージで伝わると思う。ずる賢そうな表情が包み隠せてないよ、その笑顔じゃ。

そんなハーフリングが官服着て、笏持って、神主できるんだから末法の世を感じます。

 

そんな相手に取引を持ち掛けたのは、小昼の方だからやんなるね。なにせ、戦国の世。寺社を無視して歩けない。取り込める寺社はまるごと取り込んだ方がいいですもんね。

座を仕切るのも寺社。住人の信頼を左右するのもやっぱり寺社。

 

「約束通り、一割貰うわよ。寺領のものとは言え、小昼の思い付きで実った財でしょ」

 

「それは勿論。さっそく向かいましょうかな」

 

寺社は寺領という、独占できる土地を持ってます。大小はあるだろうけど、こんな田舎の土佐でもそれは認められてるの。

そんな寺領に向けて、神主さんに連れられておっちらえっちら歩いているのです。

小昼と神主さんと顔を合わせれば、始まるのは悪巧みというか、双方の思惑。

 

小さかった小昼が、最初に目にした神主さんは食うや食わずの人達に食わせるために、食事を出してました。

粟や稗の穀物や寺領で取れたものなんかを、大明神を頼ってくれたという事からでしょうか。なんてゆーか、それも小昼が小さい頃の話。

餓死者が岡豊でも大量に出た、飢饉の頃のことなんですけどね。

 

偽善者になるくらいしか小昼は出来なくて、動かなくなった人達の前で無力な身の上を実感して声を張り上げて泣くしか無かったです。平成から来たのに、この人達は助けることが出来なかったって心の中で叫んでました。

したら、小昼の頭に手をぽんと置いて神主さんはこう言ったんです……他人のために泣く時代では無いですよ。明日は、我が身かも知れないのです。せめて経を上げてあげましょう。どれ、坊主を呼んでこないといけませんな、と。

 

何と達観してんだこのオヤジ。としか、小さかった小昼には思えませんでしたね。涙も枯れた、死人を看取りすぎた医者のようにもだぶって見えたのです。

 

神主できるんだから、弔いは自分で出来るんじゃないのよ?とも思ってました。

 

「大明神が独占てわけでもないでしょう?そうすると準備は必要なのではないですか?」

 

座を仕切るのも寺社。つまり、ここ大明神以外にも繋がりのある沢山の人達が居るってわけで。独占なんかやってたらそんな神主や坊主を敵に回しちゃうので、そいつら呼ばなくていいの?と言ってるのですよ。

この地域の戦や荒事以外ではラスボス的位置にあるのが寺社なのです。

 

「いえ、別宮(べっく)にも姫様の理によってこの幸運を得られた事は伝えてあります。後で大明神から申せば何も言いますまい」

 

「なるほど、別宮と共有のものなのね。この辺りの山は。それに隠し田もかなっ?」

 

別宮、別宮八幡宮。岡豊城のすぐ北にある山がそれ。

八幡様だから、戦の神だね。長宗我部累代が戦勝祈願をしたと言うありがたーい神社です。元親は長浜の若宮八幡宮を優遇したけど別宮も大事にしてたって話。

それとは関係なくなって、寺領とは言え表立って田畑があると知られたくない事情なんかがあったのかも知んない。山道を歩いているんだけどいくつか隠し田と思える田んぼが見えちゃったんだよね。思わず、隣を歩くハーフリング神主に茶目っ気が出ちゃった。

 

「これはお恥ずかしい。私共も神職とは言え、霞を食んで生きれますまい?このような畑はいくつかあって当然でしょう。さ、こちらへ参りますぞ」

 

恥ずかしかったのか、神主さんはぽりぽりと朱を差した頬を掻いて見せる。そうしながら、突き当たりの茂みへと小昼を誘う。

 

「うん。この辺りの山は小昼の庭のようなものだから、この左手に崖があるの知ってるよ」

 

「おお。野山を駆けるお転婆とは聞いておりましたが、このような所へも来られておったのですか」

 

来てて悪かったですね。

お転婆な?そういやそう言われてたっけかー。

小昼は畑を手伝うような生まれでもないですから、子供たちと時間が合わないんで野山を西へ東へ北へ南かってあちこち行ったんですよ。だから、色々知ってる。

 

「一対一のタイマンなら、猪だって仕留めてたよ。なんたって小昼は虎の娘ですから」

 

土佐の山奥には狼も居るし、猪も当然のように居る。

 

「たいま、なんでしょう?それはそうと猪を……。虎の娘、ですか。私共にとっては兼序様は寺領を取り戻してくれた生き神様だったと聞きます。兼序様の子・国親様は虎ではなく神子のようなもの。頼って戴ければ、別宮とも常々そう話しておるので。姫様が、戦をする必要は御座いませんのに」

 

兼序(かねつぐ)とはお爺様に当たる。本山を頭に据えた、連合軍によって岡豊城と運命を共にしたとか。……香宗我部に射殺されたとか諸説ありますね。

本山や山田が寺領を掠め取ったのを、細川の名目で寺社に返させたんだとか。それが元で生かして置かねえぞ!って逆怨みされるんですから、皮肉というか出る杭は打たれちゃうんですねっていうか。

 

「女と生まれ、女として育ち、女として生きる。その道の先に小昼には戦があっただけですわ。神主さま、小昼は穢れていますか?生き血を浴び、刀を振るう小昼はあるまじき行為をしましたか?一族を家来を皆を助ける戦が何か悪いのでしょうか」

 

修羅の道を行くと決めたから、今更何を言われても武士としての小昼には右から左へ貫通するだけなんですよね。

生温い血を浴びても、手をどれだけ血に染めても、行着いた先でそれを小昼が悔いる事は何もないんです。なーんにもね?

 

「何も悪くは御座いません。望んで修羅の道を行くのも、黄泉比良坂(よもつひらさか。死者と生者とを別ける世界に続く道といわれる)を転げ落ちるのも、それは姫様が御意志でありますならば。私共は何も言いますまい」

 

流石、神職。小難しい事をさらりと言ってくれる。

 

「父上が望んでこうなったのではないのよね。昔、言ったでしょ、武士となるって」

 

だけど、それは小昼が歩むと決めた道。修羅しか居ないとしても。外道の蠢く最果てだとしても。

 

「そうで御座いましたな、縁組みを返して武士を選んだと。さ、着きました」

 

神主さんとそんな世間話を、説教と言うかもしれないけど──口にしていると、唐突に開けた場所に出た。

 

「──わぁ!」

 

そこには視界いっぱいに見馴れた茸の山。群生していたのです。当然ですね、養殖場なんて言ってもいい代物なのですから。

椎茸ですよ、シイタケ。

 

目の前には苔むした窪地があり、足下いっぱいの、その辺りに切り出された木が寝かされその木の幹からぷつぷつと椎茸が這えているってわけ。

 

実に平成でいつでも目にできるあの椎茸ですよ。

生まれ変わってからは希にしか見れないのですけど、今を含めて二回目ですもんね。

 

当然、なかなか口にできるものじゃないんですよ。

砂糖とどっちが価値があるか背比べができるくらいには稀少。

しかも、一籠いっぱいの椎茸もあれば敵将が泣いて一族で転がり込んできます。仲間になりたそうに見ている。って奴ですよ。

 

これ明に輸出すれば遊んで暮らせると言いますから、相当な額になります。所謂、干し椎茸の価値は異常なのです。薬かも知れないですけど、仏教の何かで高位な存在に位置づけられてるんだそうですよ。て、言っても小昼は美味しくいただいたらそれの方がいいんですけどね。

 

「私共の独占として戴いて非常に感謝しておりますよ。姫様」

 

そう。神主さんと悪巧みもとい思惑のシーソーゲームで、椎茸栽培は大明神の独占になっております。あーそーだ。別宮も噛まされてたんだっけ。

小昼は生えてる椎茸見付けてきて、それが出来たらいいこと教えるよって言ってから数年経って漸く去年の旬の頃に自生地を見付けた。菌とか胞子って事を知らない時代だから、生えてた木の幹の表面や皮を剥いた内側の幹なんかを削り取って、丁度良さそうな朽ち木に錐で穴を空けて埋めてみてって教えてあげたんだよ。

 

「深い山奥で作らなくても、家の軒下でも育つのに。今後も山奥で茸畑をしていくの?」

 

見事、今年椎茸が大きく傘を開いてくれたってワケ。

椎茸栽培は成功。で、この功績を寺社に丸投げ。神社が大社にクラスアップしてくれれば、小昼の為にもなるし、信仰は舐めたもんじゃないんですよ。戦国の世を生きるにはすがるものに支えて貰って、やっと生きていけたのですから。

 

「どっちが独占していくのに有用かという話になりますな」

 

「洩れれば独占できなくなると言うわけですか」

 

他人の山に踏み込む人間が居ないと限りませんよ?ほらここに実績が居ますからね。

軒下なら目に付かないでしょうに。

 

「作用で御座いませんか?軒下で椎茸が這えていれば、小坊にもいつぞ知られてしまいましょう。小坊にも口は付いておりますからな」

 

「納得だわ」

 

「よう御座います」

 

なるほど納得。小坊主の口をコントロールできないから、山奥でひっそりと茸畑を展開してくんですね。

 

「それはそうと。他の茸も同じ様に育てられるわよ。舞茸に、しめじに、えのき、エリンギだって」

 

「………………なんと?」

 

「他の茸。育てられるっていいました」

 

「そ、それはまことで?まことでありましょうか!?」

 

椎茸が育ったんだから、もやしや舞茸も同じように育つよ。あれ、もやしは茸じゃないよね?同じもののように御財布に優しい値段で並んでるから勘違いして覚えてました。

 

「うん。夢で見たの、山いっぱいに茸が生える夢よ。舞茸や、しめじ、その他いっぱいに」

 

「それは大明神がお告げで?」

 

「そうに違いないわ。小昼が狐に連れられて椎茸の山に辿り着いた夢を見たら、椎茸はこうも育ったでしょ?」

 

じつは。じつは、椎茸の件も利用させて貰いました。夢オチ。しかーも。九尾の狐。なんかファンタジーっちっくでしおー?

 

でもね──

 

「尾が九つの狐でしたな。宇迦之御魂神のお導きと申されていた、あの狐さまとまた夢でお会いになされたのですか?」

 

宇迦之御魂神は大明神その物。つまり、小昼はウカノミタマに導かれて茸の山いっぱい見たよ。夢で。というだけで良かったのです。

あとは勝手に勘違いして良いように判断と納得を頭の中でやってくれるという。なんとも安直な……とは思わないで。神様が生活に密接にくっついていた時代なのですよ。

 

「うん。だから、他の茸も見つけなさい。それを同じ様に育てて、宇迦之御魂神に御供えとして恩返しするのです。それが大明神が神主たるあなたの務めですよ」

 

「心に留め置きました。必ずや、山いっぱいに茸を実られましょう。宇迦之御魂神のお導きとあらば」

 

「よいです。では、約束通り一籠戴いて山を降りるとしましょう!」

 

このよーに小昼は宇迦之御魂神を使いました。

なにせ、戦国の世。信心深い。何よりも神様のお導きとか、お告げとかが幅を利かせるのですよ。

丁度よく、豊宇氣毘売神を祀った大明神が岡豊山の麓に鎮座ましましてくれていやがるんですから、これに載っからない手はありませんでしたよ。

 

信じ得ない奇跡、ありえない事象は人の手で解明できえないのですから、何もかも神様のお導き。

 

小昼が知識チートかましても全て夢で宇迦之御魂神の御使いが導いたと言えば、そうなってしまいうまく丸め込めたのですよ。

 

これで小昼は銭と美味しく椎茸がいただけて、大明神は売上を独占して私腹を肥やせる。

ウィンウィンなので何処からも文句が出ないのです。

 

 

──その後、大明神は社殿も大きく増改築され分社をいくつも抱えることになっていく。

そのお陰か信仰をより一層集め、その名を轟かせるようになる。

小昼がどの様な者になっても、大明神だけはこの恩返しをを忘れなかった。

 

 


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