烏なき島の蝙蝠─長宗我部元親(ただし妹)のやっぱりわたしが最強★れじぇんど! 作:ぴんぽんだっしゅ
《1553年》天文22年─土佐・香宗我部城、評定の広間
長宗我部小昼
「伊気神社で聞きました。大谷の領地に竈戸あるんですってね」
寺社に無心にいく先駆けて、城から近い伊気神社に行って来ました。
そこでお話好きで親切な宮司さんから有力情報ゲッツ!
ここ、宗我部郷とそのお隣は深淵郷というそうです。
香宗我部の地は宗我部です。もう一つ、香宗我部が与えられた地に深淵郷がありました。……秀通の代で香宗我部から離反した大谷の勢力域が深淵郷の一部です。詳しくは知らないのですが、深淵郷全体が香宗我部の領地じゃなくなってますね。山田の方が頼れると見て靡かれたってとこでしょう。
小昼の知識では深淵郷が重大視してたのです。太古の大昔、天皇さまも六代天皇の頃から深淵はあります。
あったそうです、遺跡の出土物からそれはほんのりとそうじゃないかなと想像するしか無いんですけど。
で、小昼は足は運んで無かったので字面で《しんえん》だと思ってました。深淵、なんて厨二な心をくすぐる言葉。こんな地名を持って太古から栄えた都市があったなんて。
物部川は深淵川とも(諸説あり。物部氏がやってくる前の記述なんてほぼ無いので、物部川を深淵の水とは記述がある)言い、弥生時代の芽吹く頃には有名な卑弥呼の北九州と時を同じくして、この深淵の地に巨大なコミュニティとそれを支える稲作が始まり、当時最大の都市郡が深淵川の周囲に拓かれていたと読んで知っていたのですよ。
ええ、宮司さんに深淵と書いて《フカブチ》と読みます、なんて言われるまで巨大な古代都市・深淵《しんえん》だと思ってて、一人恥じ入っていたというのはそこは察して触れないで欲しい。
少なくとも小昼の中ではフカブチでなく、深淵なのです。今の今でもフカブチなんてダサっ!それなら小昼が深淵で通しますよ!と心の隅に留め置いているのです。
ああ、古代都市・深淵なんてカッコいい響きなんでしょう!そう、思いませんか?
深淵郷には深淵神社という、神代から続く神社が……あるのです、神代から続くと宮司さんは言ってましたが精々、当時の日本最大の巨大なコミュニティが花開いた弥生時代からなんでしょうね。
神様が神社開くってなんてあこぎなって思っちゃうし、自分で自分を奉じろ、敬え!って言ってる新興宗教と同一。まさに一致。
それはまず、無いと。
で、巨大な都市郡がある、つまりはそこに住む人たちが土器やら武器やらせっせと作った工房。窯があるはずなんですよね、実際有るようです。
物部川下流域には物部氏がやってくる以前、深淵川の時、卑弥呼の時代、巨大な王国があり、巨大な都市があり、人が犇めいて居ました。
本には数えきれない青銅武器が出土した。つまり、青銅の武器がいま深淵には埋まっているんです。これ、売れませんかね?皇家辺りに。
そこも含んで考えてますよっと。
「確かに御座いますな」
香宗我部を弱体化させたろくでなしが顎髭をさすりながら、夢想して頭の引き出しから答えを引っ張り出して口に出します。
秀通といいます、このろくでなし。穀潰し。戦下手。
遺族の方には悪いですが、小昼的にはさっさと首に変えて置いた方が良かったんでないかと思いますね。せめて、目の前の大谷を我が家にどうにかさせる前に武家の惣領として、ケジメをつけさせる、粛清できるだけの甲斐性なかったのですか?と、言いたいのをそこはぐっと言葉を飲み込みます。
まだ、利用価値が無くはないのですよ。
兄の方の親秀さんがきままな隠居が楽とか言わないでくれたらですね。
秀義の供養の経を納めて一日が終わる生活が合ってますじゃとか言われたら、問題が起きるまでは秀通でやりくりしていくしか無いじゃないですか。
頭が切れるような才能は無い風なので、小昼の言葉を臣下に行き届くくらいの仕事を任せてます。って、今も秀通が城主なんですけどね、小昼は本社の出向役員の立場でこのろくでなしが系列会社の社長さん。そんな立ち位置でしょうか、それだと解りやすいと思います。
「竈戸などどう為さるのです?」
「窯があるなら焼き物作るに決まってるじゃない。時代は茶器よ、茶器」
池内さんがありゃあと言うか、微妙な顔で秀通の答えに被せて来ました。
それを何を当たり前な事を、と強調して小昼は返答しながら身ぶりでジェスチャーも加えて見せます。
茶器が作れれば堺に売って即金が期待出来ますよね。
城のだだっ広い評定の間に小昼と、爺。
池内さん、ろくでなしの四人だけでお話中です。皆さんの格好は一張羅なんですね、いつもの狩衣です。
色合いも作りも見た目から普段通りですよ。狩衣ってサラリーマンのスーツみたいな物かも知れません。
これ一着でフォーマルなんですよね、鎧の下着にする人も居ますし。
色は、小昼は藍。秀通は朱。池内さんが白地で、爺がくすんだ灰色。皆バラバラです。
池内真武は武官である中、文官もこなす香宗我部の100%!て家臣です。
ええ、史実の一条では康政の後を引き継いだ土居さんがこなしていた立ち位置に居るといって良いでしょう。
才能があり、使える人が他に録な人材が居ません。家中で優秀な頭の切れる人材は、どれも秀通を見限って離反するか出奔しているようです。
勢力図とそれに勢力域を書き加えて見せて貰ってそれを納得しましたよ。
中立になった中家、元から中立だった公文家、徐々に離反していった大谷一族、見限った五十蔵家。
ちなみに、五十と書いていがと読みません。いがくらじゃなくて……他では見ないかも知れません、いおろいと読みます。読めないって、これは。
「なるほど……ということなら戦の準備をさせましょう」
隣に胡座で座る爺が、小昼の言葉にそう反応してにやりと笑いました。えーと試しているのでしょうか?
爺は入念な準備を挟んで、時を選んで、戦を仕掛けるのを口を酸っぱくして戦に逸る父上に献策してたのです。小昼、それを良く見てますから知ってるのです。
上座、下座を使わず、この場に集まったのは四人だけなので手を広げて触れないくらいの距離で車座に円を描いて座って話し合いをしてました。
「大谷と戦か。次こそ必ずや勝ち申す」
池内さんが膝をばしんと手で打って立ち上がろうとするので、急いで両手で制して止める。
「──待って!なぜそうやってすぐ戦となるの?」
「大谷が裏切ったのです。元は我らと同胞。しからば話し合う余地無し!」
「大谷ってこちらを攻めて居るわけ?」
池内さんは勝てそうで味方のろくでなしに足を引っ張られ勝ちきれない戦を続けている。是非とも次こそ、次こそと戦を重ねて来た。
戦に一にも二にも飛び出して行きたい事なのでしょう。でも、宮司さんも言ってたのですよ。大谷一族は元々武家でなく、神官の家柄だと。更には──攻めて来ないのです、とも。
しかし、爺は火をつけるだけ点けて消火に来ない。にこにこと頬を崩して小昼ならどうする?と言うことを黙って静観してるみたい。
「攻める度胸もきゃつらに御座らぬ!」
今度はろくでなしが口を挟んできた。この話し合いが腹を割って無礼講で話しましょう。敬語とか苦手ですし、て事で言い含めている。
言いたい事を何でも言って貰うためだ。
家臣も連れて来ないなら、見栄を張る必要もないからか、だらっと秀通がしている。秀通もこの場が、肩肘張らない楽できる場と緩んでくれているようで良かった。
以後もこのような話し合いは続けていくことにしよっと。
背筋が一人曲がってるんだよね、秀通。まあよる年波ってあるし。仕方ないよね。
最後には面白くもなさそうに、上唇の上の長い髭を人差し指で弾く仕草を見せる。
なにせ、戦国の世。
髭は戦国のステイタスで、相手に威圧感を与える。どーだ、偉そうに見えて怖いだろう!と見せる役割があった。
だから、大抵の場合大事に整えてて武士は生やしてる。
秀通が生やした髭は白髪まじりの秀吉みたいな髭だった。
「山田が出刃って降らせたのでしょ?でも、山田って親戚でしょ?恩が香宗我部にあるんですよね」
「それも今や昔。ご恩なぞ犬にでも食わせよと思っておるのでは御座らんかな。池内、それについて何ぞあるか?」
「全く。秀通さまの申す通りに御座る」
山田の思考と動きはまあ解る。いつの世も弱いとこから攻めるに限るもんね。
香宗我部は破談があって本山と長宗我部に目が向いてたから、そこを突かれたってわけか。
しかし、まあ、取るも取ったりだよね。あの香宗合戦で大負けするまでは、七英雄に名を連ねているだけに権勢を持っていた、香宗我部を滅亡一歩手前まで追い込んでるじゃない。
よく、この状態で先日みたいな決戦に応じたものなのです。
さっさと白旗あげさせる思惑で出張った父上が、裏がある。と、見抜けて当然だったわ。
目に見えて山田の勢力に削られてるんだもん。迎え撃った物部川の中洲だって、大谷に後ろ取られた位置にあるし、大谷一族が物部川の東岸に勢力持っているんだから、お話にならない。
よく、物部川にまで出てこれましたよね。
「秀通どのも、池内も、いいわ。じゃあ──」
小昼は敢えてそこで溜めて庭に視線を移す。
其処には耳をそばだてて一連の会話を聴いていてくれた、この話し合いのサプライズが。すっと姿を現して立っていた。
「池宮肥後守成秀。どう考えた?聞かせてほしい」
天満宮では、首に出来なかったお爺さんを密かに伏せていた。
会話を聞いていて欲しい。小昼の味方になって欲しいと伝えて置いたのですよ。
秀通はどこか信用が出来ないのです。
一の側近が壮絶な最期を遂げて討死していますから、長宗我部に従っているフリで、寝首を掻いてくるってことも無くは無かったのですよ。
その分、お爺さんは代々の土地を守りたいって意識の方が強いから、今さら謀っりましたねー!って事はしてこないと思います。
池内玄蕃は同僚くらいの存在なんでしょう。
このお爺さんの言い分で、秀通にがつんと言って貰いましょうか。
小昼的にも助言となるはずです。
「畏れながら。では、大谷と戦って失うものばかりでは御座いませんでしたかな?秀通さまもようく知っている事と存じます。池内どのも、良い結果が今日まで御座ったのかな?」
庭から評定の間に上がるには縁側と廊下があり、お爺さんは庭に立って拳を胸の前で握って小昼たちに向かって喋り始めます。
それを小昼たちは向き直って視線と耳を傾けますが、秀通だけは顔と半身だけそちらに向けただけでお爺さんを見ていた。
「池宮肥後どの、池宮こそ嫡男を始め一族を大谷に害されておるではないか。なぜ、止めると言うのか!」
いい感じの内容でしたね。
戦をせずとも、手はあると言いたげな。
それに反応したのはざっと身を正して両膝の上に握った両拳を力いっぱい握り、やがて胡座のままぶるぶると震え始めて何かを我慢する池内真武。
池宮成秀が池内さんには上司だからという事でしょうか、上役だったんですかね。ぴしっと音が聞こえるくらいに身を正して反する声をあげたのです。
息子は死んだ。そうお爺さんから聞いてましたが、大谷一族との戦いの中でだったんですか。なるほど、なるほど。
「池内、暑苦しい。池宮肥後の答弁こそ聞きたかったことよ。目の前に見えてて勝ててないんだから、勝てないの。納得してね、そこは。──それで、大谷と話し合いに行こうと思うよ」
お爺さんありがとね。小昼は深淵郷が、眠らせててよい土地だとは思わないんですよ。戦で手に入らないんだったら、お話をしましょうよ。
この時小昼、にっこにこだったと思います。望んだタイミングに望んだ通りの言葉で後押しを貰えて。
演技指導を頑張った甲斐がありました。ありました──話はこれで終わって、丸ーく収まる。そう思ってました。
「無駄に御座る!」
余計な。むっとして声の主を睨む。
池内真武がお爺さんの立つ庭から向き直って、小昼に反撃攻勢です。
いや、もう話は終わったのに!
「それは困った。新しい城主が日も経たずに首無しとなってしまうか」
「秀通、口が過ぎるよ。城主はあなた!拙者は城代ですよね?──無礼討ちって言葉知ってますかぁ?」
秀通まで、とんでもないことを口走る。しかも、扇子をぱっと開いて暑い暑いと扇ぎ始める始末。
ぺしんとそんな態度をみせてくれやがる秀通を扇子で叩きました。小昼だってやり返します、扇子はフォーマル。
小昼は持ってませんから、爺に目配せして爺が差し出すのを受け取って、秀通の髷頭を鋭く一閃。
刀でやらない変わりに、という事らしい。扇子て平和的ですね(棒)
「なに、真実を諭して聞かせただけのことに御座いますぞ、元親どの」
「いーから、いーから。拙者、香宗我部じゃ御座いませーん。大谷も長宗我部に喧嘩売るって判ってて首取らないでしょ」
悪びれずな態度のままのろくでなしに、小昼も態度をろくでなしの位置まで下げてやります。ろくでなしにはそれに対する姿勢でいいのですよ。
小昼は香宗我部じゃないからね、間違ってませんね。
この時の小昼の背に爺は、真っ黒い空間というか靄が見えたとか。気のせいだった、と言ってました。
ほんとに気のせいだった?
父上ゆずりの虎の覇気が出てたんじゃないですか、あれはヤクザか極道とお話してるような気がします。
会ったことないんですけどね、ざれ言でしたね。
「元義に送られ、火種になるだけと判ってて首に変えるやも知れぬよ」
態度の改まらない秀通のそんなついつい溢れ出た言葉に最後の堰が決壊したお爺さんが、切れた。
「元親どの、秀通さまも。お止めくだされ。首になっても、この肥後が本望にて。この肥後めを、どうか大谷に送られませよ」
ごくり。
切れた、よりかは呆れてしまって収拾つかせようと手を挙げたような形かな。
声こそ大声になったけど、ゆっくりと捲し立てない声調で半身を乗り出して何かをそれでも堪えようと葛藤してる、そんな風にお爺さんの挙動を見ていて思えたのです。
しかし、人柱だよ。それじゃあ……。
なんで、そんなにこやかな笑顔を出来るの。まるで、天満宮のそれと重なる。あ、そうか!お爺さん、また覚悟を決めたとかそう言う事っ!
「池宮は手元に置いておきたい。そうよね、爺」
それは行けない!直ぐ様その覚悟完了を撤回して貰わないと、と小昼は爺に賛同を求めて振り返る。
香宗我部で小昼が信用できる、数少ない大人だったんですから。
「元親どの、池宮肥後の覚悟をなんと為さるか。行かせてやることが主人の務めでもありますぞ」
「爺まで……いいわ。池宮のお爺さんと小昼が行くから」
駄目だ。爺は武士の面子を潰すなとかそんな感じで小昼をたしなめてくる。
いいよ!もー!最初から決めてたし、小昼が行きます!
お爺さんを道案内に二人で行けばいいんでしょ?
その時、その場で池内は律儀に黙して語らず、秀通はせせら笑ってその様を見ていたのです。
《1553年》天文22年─同日、同在地
吉田孝頼
ふむー義兄上(国親)の言う通り……姫様は変わっている。いや、変わっているとは少し、……道理が違うのかもの。
小昼は大谷を攻めようと儂が言ったのも気にせず、戦を止めた。儂のやり口は知っておるだろうからの、気付いたですかな。試しておったのよ、小昼の手の内、拝見しようとな。
姫様は、大谷と話すと言う。大谷は攻めてきておらぬから、まだその余地はあると。ふむ、その様なことはあるかも知れんな。物部川の向こう岸に拠する大谷とは儂に伝もなく、又興味も持ったことは無い。山田に着いたのだから、我が長宗我部に着くかとも思うが。
然らば、秀通めがそんな事では大谷に首に変えられ胴とおさらば、我が長宗我部と山田の火種となる、と当然誰の頭にも浮かんだことを口にした。
それは小昼には、頭から無いことと思えたのだ。
大谷方は、香宗我部を情けなく思っても長宗我部に牙を剥いて一族を死に追いやる様な真似はせぬと見抜いているような、うーむ。
何とも不思議よ。
大明神の太夫どもの話の通りか、神童であるというのですかな。
「元親どの、池宮肥後の覚悟をなんと為さるか。行かせてやることが主人の務めでもありますぞ」
しかしの、儂が言って聞かせねばそれを理解出来ぬこともあるようじゃ。ハハハ、神童ならば事の全てを見通すのではないか?
──小昼には、儂らの与り知らぬものは見えているようでいて、儂らが見えている風景が見えていない所もあると言うことですかな。
まあ今の儂は小昼に着いて、支えて、見守ることしかやってやるしか無いであろうよ。
「爺まで……いいわ。池宮のお爺さんと小昼が行くから」
さてと、大谷には睨みは利かせて措かぬといけぬかな?ハハハ、ハハハハ。
ここまで読んでくれてありがとうございます!