場所はIS学園内のアリーナ、時刻は放課後。一夏たちは昼休みに宣言したとおり、ISの訓練に励んでいた。
急な思いつきだったためアリーナを借りられるか不安だったが、なんとか利用可能な場所を見つけた。他に使う生徒もいなかったので、一夏たちは当然そのアリーナを予約する事にした。
「いやぁ、偶然でも場所が空いてて良かった」
「全く、急に訓練をしようなどと言うから、てっきりすでに場所は確保していると思えば……」
「空いてたから良かったものの、その短絡的な思考は良くないぞ、嫁よ」
セシリアと鈴が模擬選をしている間、一夏たちはISを待機状態にしてその様子を観戦していた。箒とラウラから苦言を呈されて苦笑いを浮かべながらも、一夏は上空で戦う二人にエールを送る。
「二人ともー!頑張れー!」
「一夏!?」
「一夏さん!?」
意中の相手からのエールは恋する乙女たちにとって効果てきめんだった。二人は更にスピードを上げて空中で旋回し、激しい攻防を繰り広げる。
鈴の双天牙月がセシリアの撃ったレーザーの弾丸を弾き、逆に鈴の龍咆による一撃をセシリアが華麗に避ける。一進一退の攻防戦に、観戦している一夏たちの手にも汗が滲む。
「これで決めるわよっ!」
「望むところですわっ!」
やがて二人は渾身の一撃を放つべく、自身の持つ武器を強く握り締めた。これで勝敗が決まる。そう直感した全員が息を飲んで勝敗の行方を見守ろうとした。
その時だった。
ドゴォッッッ!!!という爆音と共に、アリーナの観客席の一部が爆発したかのような音と共に崩落した。一夏たちは言うに及ばず、空中で戦闘を行っていた鈴とセシリアの所まで粉塵が舞い、周囲を包み込んだ。
「なっ!?」
「みんな!?」
「全員、ISを展開して周囲を警戒しろ!」
困惑する一夏たちを導くかのように、ラウラの鋭い声が響き渡った。その声に冷静さを取り戻した一夏たちは瞬時にISを展開、粉塵が晴れるのを待ちながら、油断せずに警戒する。
「クソ、ちっとばっかし壊しすぎたか?煙たくて見えやしねぇ」
次第に晴れてゆく粉塵の中に、一つの人影が浮かび上がった。
ボロボロにくたびれたジーンズに真っ赤な無地のTシャツ。左側だけに剃り込みを入れ、反対側のくすんだ金髪は無造作に伸ばされている。
うっすらとクマが浮かんだ剣呑な目つきの女は驚愕に目を見開く一夏たちを睨み付け、手に持っていた
「世界初の男性IS操縦者……テメェが織斑一夏だな?」
「……だったら、何だって言うんだ」
一夏は女の目つきに冷や汗をかきながらも、なんとか返答する事が出来た。女は目の前にISが並んでいるというのにも関わらず、少しも怯んだ様子は無い。
「そぉかそぉか正解かぁ。イヤ、万が一って事もあるからさぁ、少し確認したかったんだよ」
女は口を歪ませながら、笑ってそう言った。その場にいた全員が、まるで蛇が笑ったかのような不気味さを感じ、知らずに身体が強張る
「それじゃあ、織斑一夏」
肩に担いだ槍を一夏に向け、女は実に気軽な調子で口を開いた。
「死ねや」
次の瞬間。
一夏たちを覆い尽くさんばかりの、無数の
「お、始まった?」
椅子に腰かけていた男は呑気にそう呟き、手にしていた本とカフェオレをテーブルに置いた。
そのまま男は狭い通路を通って、目的の場所へとやって来た。そこにはウェットスーツの様なものが鎮座しており、男は迷わずそれを着始める。自身の体格にフィットした感覚に満足げに頷き、続いて今度は別の物を取り出す。
脚、腕、胴、そして頭。すべての個所に装着し終えた男の姿は、さながらSFゲームの主人公の様な出で立ちだ。運動の妨げにならないよう、駆動域を最大にまで確保しているその装甲は白で統一されており、フォルムも相まって白い豹を彷彿とさせる。
「今の高度は……地上6000mか」
ふむふむ、と男は納得した様子で数度頷き、目の前のコントロールパネルを叩く。作業を終えた男は細長い棺の様な形をした容器の中に入り、腕を体の前でクロスさせた。
同時に棺の扉が閉まり、男の姿を完全に閉じ込めた。しかし男は全く慌てる事無く、静かにこう告げた。
「目的地点IS学園地下50m、コア安置施設。最適射出速度で撃ち出せ」
ピピ、という電子音と共に、棺は空から
IS学園目掛けて落ちてきた、巨大な杭の様な形をした何か。それは学園の屋上を突き破り、そのまま地下50mの場所まで突き刺さった。
ガガガガガガガガガガッッッ!!!と岩盤を掘削するような音と共に、男が乗ったそれは地下を掘り進んでゆく。やがて動きが停止すると、それの底部に亀裂が走った。
亀裂は広がり、そこから装甲に包まれた男の足が現れる。スタッ、と地面に着地した男は周囲を見渡し、無人であることを確認した。
「うん。これか、ISのコアは」
男は防弾樹脂で厳重に管理されたISのコアを見つけた。金属製の壁の中にすっぽりと納まる様に収められ、表面は分厚い防弾樹脂で覆われているこれを解除するのは至難の技だろう。
しかし男は鼻歌交じりにそれに近付き、防弾樹脂の表面に手のひらを当てる。
次の瞬間、ビシリ、と何かがひび割れる音が響き渡った。
男が手を当てた場所に、大きな亀裂が走る。亀裂はどんどん広がってゆき、遂には合成樹脂前面に白いひびが生じた。
心強かった合成樹脂の盾は脆くも崩れ落ち、コアは丸裸となってしまう。男はふふんと笑い、ゆうゆうとコアに手を伸ばした。
「そこまでよ」
「ん?」
と、そこに凛とした声が男に投げ掛けられた。
男が視線を彷徨わせると、そこには水色の髪を持った女生徒、更識楯無の姿があった。檀上のように高い場所に陣取り、手にした扇子を広げて口元を隠している。扇子には『不届き者』の文字が書かれている。
「はじめまして、怪しい怪しい侵入者さん。申し訳ないのだけど、足をついて両手を頭の上で組んでもらえないかしら?」
楯無は笑みさえ浮かべ、余裕さえ滲ませている。一方の男の方も緊張感などは全く感じさせず、むしろ少し困った様子で楯無に話しかける。
「あー、君きみ。お互いここで暴れるのは良くないと思うんだ。だからさ、今回はお互い何も見なかったって事にしない?」
子供に言い聞かせるような口調に、楯無の口元がピクリと震える。
「あら、あまり舐めない方が良いんじゃないかしら?不届き者相手に、私は手加減できる自身がないの」
パチン、と広げていた扇子を仕舞い、楯無は素早く彼女の専用機、『ミステリアス・レイディ』を展開する。瞬時に水流を纏ったランスを構え、戦闘態勢に移行する。
「……はぁ、やっぱこうなるのか。面倒くさいなぁ」
男は頭をかく動作をしながら、やる気の無さそうに楯無に向き直る。
「一応言っておくけどさ、死んでも恨まないでね?」
「それはこっちのセリフよ」
とても戦闘前とは思えない軽口の応酬。その数秒後に、戦いの火蓋は切って落とされた。