「それでは皆さん、試合準備シーケンスを開始してください!」
西住殿の合図と共に私達は首裏にある電脳外部端子を座席背にある接続支端子に接続させた。
するとカチリという音共に一時的に視界がフェードアウトし、そして即座にフェードインして戻り視界の正面にあんこうチームの皆が表示される。
「今皆とリンクさせるから待ってねー」
武部殿がそう言うと手の甲のナノマシンの刻印が光り輝き、武部殿の手の指が幾重にも別れた。
高速でキータイピング(キー押し込むのではなくそれぞれが独立した入力機構であり、触れるたびにそれぞれにナノマシンによる干渉で入力して演算をさせている)をすると視界のHUDの右端に大洗の面々の情報が羅列された。
「おっけーだよ!皆とはリンクできたよー」
「解りました。次は華さん、射撃管制とのリンクをお願いします」
「承知しました」
武部殿が見事な手際を見せると今度は五十鈴殿の出番だ。
顔表面の眼球周囲に長方形状に亀裂が奔り、上部に開かれるとそこには光学観測機系統への規格統一された接続端子があった。
五十鈴殿が座っている砲撃手座席の正面の射撃管制装置のそれがせりあがり、五十鈴殿の頭の位置まで上がると、座席が前にゆっくりスライドして五十鈴殿の眼底部分とドッキングし、接続された。
『準備よろしいですわ』
五十鈴殿の意識が完全にⅣ号の砲塔と同期された為、その声は五十鈴殿の喉から空気の振動となって出たのではなく、電脳上で全員の意識に直接流されたのであった。
「えーと麻子さんは…」
「あ、ちゃんと持ってきたよ!」
武部殿が横から少し大きなトランクを持ち出し、膝の上に横にして乗せた。
武部殿が僅かにだが慎重な手つきでトランクを開けるとそこには少し脈動する様々なパイプが繋がった冷泉殿の脳殻があった。
「まったく…寝てたいからって擬体を家に置いたまま脳を運んでくれなんて横着にも程があるよね」
そう愚痴をこぼしながらも武部殿は手馴れた手つきでトランクから冷泉殿の脳殻を取り出し、Ⅳ号の操縦席(座席ではなく脳殻を安置できるように改造された台座)に置き、Ⅳ号の操縦系統と接続させ、車体全体と同調させた。
その一連の動作は流れる様でもあり、武部殿は鼻歌を歌いながらこなしていたので、愚痴を言いつつも脳殻を預けられるという信頼行為に悪い気はしないのだろう。
「…反応がありませんね」
「まだ寝てるのよ!ほーらー!おーきーろー!」
そういいながら武部殿はⅣ号の内壁をガンガンと蹴り始めた
今やⅣ号を自分の肉体としている冷泉殿からすると体内で高音がやかましく響いているような物でこれはきついだろう
『あ”あ”あ” お”ぎだぁ” だがら”や"め"ろ"ぉ"』
悲痛な冷泉殿の声が車内にある内部スピーカーから流された。
私達はそれを聞き、悪いと想いながらくすくすと笑った。
「では準備いいですね?それではパンツァーフォー!」
そう言うと西住殿の周囲には空間に具現化された情報出力ウィンドウと入力機構と更に外部情報演算・処理機構を兼ねた立体擬似ディスプレイを展開された。
一般の擬体では到底手が届かない最先端情報処理の機能の一種だ。
西住殿は総擬体化されており、その一部には軍用指揮官クラスのパーツが使われているらしい。
間違いなく高校戦車道においては最先端最高スペックの擬体だろう。
尤も、こういった指揮系統の擬体は超高性能であると同時に超繊細でもある為、生半可な人間がこの擬体を与えられてもまともに使いこなせないだろう。
これを展開している時の西住殿の眼球は虹色の色彩が揺らめくように浮かび、その一本一本が電磁的透過性を持っているグラスファイバーの髪が透明性のある光を放ちながら揺らぐ。
この時の西住殿は周囲の幻想的な光景と相まって一番美しく見えるのだ。
こうしたあんこうチームの面々を見ていると腕部だけサイバネティック処理をしているだけの私はいっその事西住殿と同じ様に全身擬体化したくなるのだ。
「…優花里さんはそのままの…生身のままでいてくれた方が私は好きだよ」
しまった、つい思考が車内ネットワークに駄々もれてしまった。
どうも自分が一人で考え事にすぐ没頭してしまう事が多く、そうした時は無意識に思考の外部への出力感度と閾値の設定が緩和されてしまうのだ。
だけど西住殿に”好き"と言ってもらい、私の様々な思考バロメーターが極端な上昇下降を繰り返し、精神の安定性を欠けさせるのだ。
「もーゆかりん 興奮しすぎー!」
まずい、興奮しすぎてて私の色々な心理情報が車内ネットワークに流失していく。
しかし、意識すればするほど想いは強くなり、西住殿への好意は加速していく。
褒められて嬉しいと思った事。好きだと好意を表してくれた事。
私の脳は急速的に脳内物質を分泌し、それを燃料として私のゴーストは大きく揺れていくのだ。
ゴーストが揺れるその度に波となって波形を描き、そしてその津波は容易く私の思考の防壁を超えてネットワークへと流れてしまうのだ。
見れば、私の感情と思考をダイレクトに受け取った西住殿は、その目に浮かべていた色彩のピンク色が強くなり、女子高生向けへとデザインされた感情を瞳孔に表示させる機能が強制的に発動してハート型となって浮かんで顔を赤くして恥かしそうにして顔を真っ赤にしていた。
西住殿…その機能切ってなかったんですね…。
「う…ちょっと恥かしいけど…私も優花里さんの事は好きだよ。
だからこんなに想われて嬉しいな」
そういう西住殿は大層可愛らしかった。
私の目は硝子体と角膜を持つ生身のままであった筈である。
しかし、多分西住殿のと同様に私の眼球にもハートマークが浮かんでいた事が自分でも解ったのだった。
了