光と闇のガールズ&パンツァー短編集   作:てきとうあき

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挿絵とアイデアはサイトーカッコウさん(@smnk_BB https://www.pixiv.net/member.php?id=7877577)から頂きました。



*澤梓「西住隊長が引篭もっちゃった!?」

季節が夏から秋へと移り、変わった時期に西住隊長が引きこもってしまった。

と言っても自室から出てこない訳ではない。

むしろ、そうであった方が幾分かは話が単純になっていただろう。

最初は此方から距離をとっている程度であったが、ついには私達戦車道履修は勿論、他の生徒や教員等からも逃げるように学園艦の奥へと隠れてしまった。

原因は解らなかったが、幾つかの憶測と予想が浮上しては消えていった。

一番の有力な説は…やはり戦車道に対する忌諱や疲れが溜まっていき、ついには耐え切れなくなったのではないかと言う説だ。

これは私もそうではあるが、説を唱えた者も含めて戦車道履修者の誰もが信じたくは無かった。

誰もが西住隊長の事が好きであったし、その西住隊長が戦車道という道で私達を引っ張ってくれたからこそ今の自分達があるのだと思っているのだ。

だからこそ、その西住隊長が戦車道に対して苦楚や憂苦を感じていた等は信じたくはなかった。

しかし、黒森峰から転校してきた経緯や大洗で戦車道を始めた理由が半ば脅された物だったという告白を会長からされれば、あの明るく凛々しく私たちを叱咤激励して優勝という栄光へと運んでくれた表情の裏で少しずつ何かが溜まっていったのではないかという疑念は晴れなかった。

むしろ、あの西住隊長が私達から離れる様に、逃げる様に隠れてしまったという異常事態を理に適う様に説明するのであれば、それ位の理由でなければ納得しないだろう。

兎も角も私達は西住隊長を探す事にした。

戦車道を辞める事は……残念であるが致し方ないだろう。

本音を言えば何時までも一緒に戦車道を歩みたいが、西住隊長の心を傷つけてまでそうしたいとは思わない。

ただそれならそれで、戦車道はやらなくて良いから私達から離れないで欲しい。

切欠は確かに戦車道ではあったが、戦車道をしている西住隊長だから私達が好きなのではなく、"西住みほ"だから私達は好きなのだ。

だから恐れず、安心して出てきて欲しい。

どうか私達の元へ帰ってきて欲しい。

私達の仲間に戻ってきて欲しい。

皆そう思いながら学園艦の奥へと消えていった西住隊長を探しているのだ。

どうやらあんこうチームの先輩達は西住隊長と行動を共にしていた様だ。

私達からは離れていったのにあんこうチームとは……と少しだけ嫉妬もしたが、同時にあの5人の絆の深さを思えばそれも当然なのかもしれないと納得もした。

その先輩方も「戦車道に無理に復帰させる気はない」という説得をした甲斐があって、一人ずつ私達の意向に協力してくれる様になっていった。

西住隊長はそれでも一人で隠れている様だが、広大とは言っても学園艦は閉鎖空間には違いないのだから時間の問題だろう。

 

「…西住隊長何処に行っちゃったんだろうね」

 

「あぃぃ~……」

 

それでも長い事探していると流石に気分が疲れてくるのだろう。

何となしに一緒に探していた桂利奈ちゃんに話を向けると、彼女も僅かに顔を俯かせて返事をした。

長時間、暗闇の中で探索を続けているが、戦車道で鍛えられたからか肉体的な疲労は無いに等しい。

しかし、精神的な疲労は別である。

"探す"という行動をとるという事を、即ち西住隊長が私達から逃げているから必要である訳である。

私も桂利奈ちゃんも西住隊長の事が好きであったから、"探している"間は常にその現実を押し付けられている様で肉体的な疲労以上の物を感じさせているのだ。

そうして二人で歩いていると分かれ道に辿りついた。

 

「じゃあ私はこっちを探すから桂利奈ちゃんはそっちをお願い」

 

「あぃぃ!」

 

私は桂利奈ちゃんと別れ、独り通路を歩き出す。

 

コツ…コツ…。

 

学園艦の最深層、金属に囲まれた暗い通路に私の足音だけが響き渡る。

この最深層のどこかにいる事は間違いないのだ。

しかし、西住隊長が降りただろう階段は使えなくなってしまい、他の降りるルートを探さなくてはならなかった為、多大な時間がかかってしまったのだ。

・・・今までは話し相手がいたが、独りになれば自然と考え事に耽るようになった。

私にとっては未知のこの世界にいるだろう西住隊長について考えながら歩いていた。

やはり、桂利奈ちゃんと別れて独りになると実感できる。

ひとりぼっちは寂しい。

西住隊長もこの暗い金属の世界のどこかでひとりぼっちでいるのだろう。

それは駄目だ。あの人を独りにさせては駄目だ。

こんな所に独りで寂しくしていて良い人なんかではない。

沢山の人があの人を待っているのだから。

 

コツ…コツ…。

 

そうして考えている内にどの程度歩いたのかも解らなくなって来た頃、暗い通路の奥の曲がり角の先から微かな光が見えた事に気づいた。

私はそれを見るなりハッとし、急いで駆け出した。

 

ガンッ ガンッ ガンッ

 

今まで静かであった暗い世界の中に私の騒がしい金属を踏みつける音が響き渡る。

曲がり角までたどり着き、私がその奥を視界に収めると同時に、その光はふっと消え、再び暗闇の世界に戻った。

しかし、一瞬ではあったものの、通路に並ぶドアの一つから光が漏れていたのを私は確認する事ができた。

 

コツ…コツ…。

 

私は驚かせない様にゆっくりと落ち着いて歩き出し、そのドアの前に立つと静かに観察をした。

ドアは上半分がガラス窓になっており、中の様子が覗ける様だ。

私はそっとガラス越しに中の部屋を窺うと、そこには捜し求めていた西住隊長のお姿があったのだ!

西住隊長は部屋の隅に座り込み、震えながら自分自身を抱きしめるように肩を抱きこんで俯いていた。

私はその姿を見るだけで心が痛くなった。

もうこれ以上、この人をこんな所にいさせられない。

ひとりぼっちになんかさせれない。

私は通路の明かりをつけて、ガラス越しに西住隊長に声をかけた。

 

「西住隊長!開けてください!皆が待っていますよ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

さぁ帰りましょう。皆の所へ。

貴女がいるべき場所へ。

こんな所で独りで震えて膝を抱えるではなく、もっと貴女に相応しい存在に生まれ変わりましょう……!

 

 

 

 

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季節が夏から秋へと移り、皆が変わった。

最初はちょっと変だなと思う程度だった。

戦車道をしている時に前よりも疲れたりする人が減った。

暗い所でも妙に良く見える人が増えた。

ある時から前の記憶が曖昧になっていく人が増えた

疑念が疑惑に 疑惑が不安に そして…ある日を切欠に不安は恐怖へと変わっていった。

 

16時44分44秒

 

突如、学園艦が濃い霧に覆われた。

それだけならただの珍しい気象であるに過ぎなかっただろう。

しかし、聞くだけで不安を駆り立てる低く唸る様な警報が響き渡ると状況は一変したのだ。

それまで学園艦にいた人達……学園艦で働く一般の人達やその家族と学園の生徒等、そして戦車道を共に歩んでいた大切な友達が"変わって"しまった。

夏から秋へと移ったあの日……そう何かがずれだした日にも聞こえたあの警報と同じ唸る様なサイレンが響き渡り、彼女等は彼女等では無くなってしまったのだ。

そのモノ達は私の名前を呼び、這いより、その手を伸ばしてきた。

私達は必死に逃げた。

私と同じ様に人間であり続けた人達も大勢いたが、その人達も直ぐに散り散りとなってしまい、どうなったか解らない。

幸い……そう、幸いな事に私は最も信頼しているあんこうの皆と一緒に逃げる事ができた。

五人で助け合いながら隠れながら潜みながら、必死に学園艦の果てを目指した。

 

「何これ…」

 

そして……学園艦の果てで紅い海を目にした事で私達は世界の終わりを悟った。

私達は何時の間に黄泉比良坂を超えてしまったのだろうか。

ここはもはや現世では無い。冥府、黄泉國に私達は迷い込んでしまったのだ。

それでも意気消沈する私達を優花里さんが励まし、そして華さんが勇気付ける。

そうだ、私達はまだ柘榴を口にした訳ではない!

私達は諦めずに最後まで生きるだけ生き抜く事を頑張った。

そうこんな状況でも私を勇気付けてくれる。そんなあんこうの皆だから私は彼女達が好きだった。

しかし…まず別れたのは麻子さんだった。

何度もピンチになりながらも協力して危機を乗り越え、学園艦の奥底に逃げ込めたが、そこで私達が目にしたのは麻子さんのお婆さん"だった"モノだった。

麻子さんの名前を呼び続けるソレに、麻子さんはたまらず飛び出して縋り付いて……。

 

その次に華さんと優花里さんも二人とも私達を守る為に危険な役目を引き受けて消えていってしまった……。

 

そして…最後に学園艦の最深層への階段の扉の前で逃げ場がなくなった時、沙織さんはゆっくりと微笑むと私を抱きしめて

 

「ごめんね、一緒にいてあげれなくて。

 また今度、一緒にお昼を食べようね」

 

とだけ耳元で囁き、私を扉の向こうへと突き飛ばして戸を閉めたのだ。

お尻を強かに打ち、余りの出来事に一瞬だけ呆然としていると扉の向こうから何か重い物が倒れこんだ音がした。

私は慌てて開けようとするが扉の向こう側に何か重い物があるらしく、扉は微塵も動きもしないのだ。

置いていかないで!独りにしないで!

そう叫びながら私は狂乱しつつ扉を叩き続けたが、扉の向こうから聞こえるのは沙織さんが扉の前に何かを移動し、倒し、置いていく音だけだった。

そうして、音が聞こえなくなると

 

「さようなら、みぽりん。

 …ありがとう」

 

とだけ扉の向こうから沙織さんが別れの挨拶をし、大きな声と音を立てて走り去っていった。

 

……

 

そして、静寂だけが残った。

さっきまで聞こえていた奴等の声もしない。

当然だ、沙織さんがひきつける様に大声と騒音を立てながら離れていったのだから。

私は少しだけその場で座り込み、そして涙を流しながらゆっくりと立ち上がって最深部への階段を下りた。

そこは今までの所とどこか異質な雰囲気をかもし出していた。

懐中電灯で照らされた床や壁や天井等がそれまでのとはどこか違う金属で構成されているようであり、またその構築デザインも其れまでのパターンとは著しく異なっているようだ。

暗い金属で囲まれた世界。

私はその何ともいえない空間を泣きながら歩いた。

一体…ここは何の為の層なのだろうか。

何となくではあるが人が出入りした気配すらも感じさせないのだ。

…もしかすると、ここももはや"船"ではないのかもしれない。

であるならば私は今どこにいるのだろうか。

現世か、常夜や隠世か。

それとも全く別の世界か。

そんな事を考えながらしばらく歩いていると一つの部屋を見つけた。

分厚い金属と上の大部分を占めるガラスでできた扉。

ガラス越しに確認すると中は何もない様だ。

ハンドルを回し、力をこめて扉を開けると油圧に拠るものか拍子抜けするほど軽く開いた。

中に入って懐中電灯で照らしながら確認すると、確かに部屋の中には今は何もない。

だが、床の後や汚れから察するに何か大掛かりな機械や棚が置かれていたようだ。

見れば扉も内部から鍵がかけられるようだ。

一体この部屋は何の為の部屋だったのだろうか。

何か危険な実験や、または薬品や爆発物を保管する為の倉庫だったのだろうか。

ともかくも心身ともに疲れ果てていた私は鍵をかけ、この部屋で休む事にした。

持っていた水筒で喉を潤し、鞄から包まれたおにぎりを取り出してほうばる。

…このおにぎりを握ってくれたのは優花里さんだったなぁ。

こんな時でも諦めず、サバイバルの基本です!といって食料を確保して人数分のおにぎりを握ってくれたんだ。

また涙が出てきた。

私は泣きながら無心でおにぎりを食べた。

何か考えようとするとあんこうチームの皆が思い浮かぶからだ。

しかし、そんな抵抗も食べる物がなくなりする事がなくなるまでであった。

何もする事がなければ自然と何かを考えるようになり、何かを考えればあんこうチームの皆が出てくる。

また独りになってしまった…。

私は膝を抱えて俯き座り込んだまま、もうこれ以上何かをする気は起きないのだ。

ここはひとまずは安全だろう。

しかし、ここに引篭もっていても何も解決しない。

じわじわと衰弱し、いずれ死ぬだけだろう。

それでももう疲れたのだ。

 

……

………コツ

 

突如、何も音がしない世界で微かな足音が聞こえてきた。

私はハッと頭を上げて幻聴である事を疑った。

 

……コツ コツ

 

しかし、それは幻聴でも何でもなく、時がたつとより大きくはっきりと聞こえてきたのだ。

もしかすればそれはあんこうチームの誰かの足音ではないだろうか?

別れてしまった後も無事で、ここまでたどり着けたのではないだろうか?

そういった期待もあって私は灯りを消す事ができなかった。

 

…ガンッ ガンッ ガンッ

 

しかし、そんな期待も足音が激しくなるまでであった。

私は慌てて灯りを消し、そして部屋の隅まで逃げた。

隠れる物も潜む物もないこの部屋で、それでも可能な限り己の肩を抱きこんで身を縮めこませて。

 

コツ コツ

 

何も見えない完全な暗闇の中で、またゆっくりになった足音だけが聞こえる。

そう、この暗闇の中を歩いているというだけであんこうの皆である筈がなかった。

私は恐怖で震える歯を何とか力強く噛んで音を出すことを押さえ込んでいた。

ともすれば嗚咽が漏れそうになる口に手を当て、必死に声が出るのを押さえこんだ。

先ほどと違い、ゆっくり歩いているという事はこちらの場所がばれていない筈だ。

そう穴だらけの考えと希望に縋って、私はひたすら耐えた。

 

コツ コツ

 

何も見えない中で音だけか聞こえるという状況が激しく私の恐怖を煽っていった。

あの足音と同じくらい聞こえる自分の心臓の鼓動に、その心音が足音の主に聞こえてしまうのではないかと心配するほどに。

 

コツ コツ

 

お願いだから、此方に気づかないで。

通り過ぎて。

 

……コツ

 

しかし、その足音が止まったのはこの部屋の前であった。

 

「ここにいたんですね、西住隊長」

 

 

【挿絵表示】

 

 

外の通路の明かりが点き、この部屋の中にも光が漏れこむ。

そして反射的に扉の方を向いてしまった。

 

「きゃあああああああああアアアアアア!!!」

 

「酷いです。そんなヒメイをあげるなんて。

 あはははっ!あけてください!西住隊長!

 開けてください!あははははっ!」

 

 あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは

 

扉のガラスの向こう側には、不気味な程に肌が白くなり、目から血を涙の様に流し、狂った様に笑い続ける澤さんが…いや、澤さんだったのモノがいた。

 

「西住隊長!開けてください!皆が待っていますよ!!」

 

そう言いながらアレは何度も何度も扉を叩き続けた。

私はもう状況に耐え切れず、泣き声と涙をひたすら漏らし続けた。

 

もういやだ たすけて ゆるして…と。

 

「ああ…西住隊長、泣かないでください。

 怖がらせる気は無いんです。何も心配する事はないんです。

 さぁ、ここを開けてください。酷い事も怖い事もないんです」

 

そう澤さんだったモノは泣いている幼児を安心させる様に、宥める様な心優しい口調で語りかけてきた。

もしかするとその優しい口調に姿形は変わっても中身は澤さんのままだと安心できたかもしれない。

……その声が聞くに堪えないまるで水中の…深い海の水底から聞こえてくるかの様な不快な音質となっていなければの話だが。

 

「嫌!来ないで!

 お願いだからこっちに来ないで!」

 

そう私が拒絶すると場に静寂が訪れた。

どうしたのだろうか。

もしや本当に私の意を汲んで何処かに行ってくれたのだろうか。

そう期待しながら顔を上げると……

 

「ひぃっ!」

 

そこには血が通っていないような真っ白な顔に憤怒の表情を歪ませながら小刻みに震える姿があった。

 

 

ガンッ!

 

「何でそんな事言うんですかぁッッッ!」

 

ガンッ ガンッ

 

先程までとは比べ物にならない勢いで扉のかガラス面に拳が叩き付けられる。

拳が裂け、血がガラスに付くがそんな事は一切気にしていないのか、それとも痛みを感じないのか狂った様に何度も叩きつけられた。

 

「どうしてそんな事言うんですかッ!

 何で!!!どうして!!!

 西住隊長がそんな事を私に言うなんておかしい!

 西住隊長が私を拒絶するなんてッ!!!」

 

ガンッ ガンッ ガンッ

 

「何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!

 何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!

 何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!

 何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!」

 

ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ

ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ

ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ

ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ

 

壊れたブリキの玩具の様に扉を只管殴り続けるその姿に私は恐怖しか感じなかった。

扉に拳が叩き付けられる音が不協和音となって何度も室内に響く度に、私の精神を確実に削られていった。

一人になり、そして扉一枚挟んだ向こう側に恐怖の存在其の物がいる現実に私はただ只管顔中をくしゃくしゃにし、小水を漏らしながら

 

「ゆるして だれかたすけて

 さおりさん ゆかりさん はなさん まこさん たすけて」

 

と呟くしかなかった。

 

どれくらいの時間がたったのだろうか。

アレだけ狂乱していたヤツもぷつりと糸が切れた様に突然静かになった。

 

「…そうですよね。西住隊長はまだ成ってないですからね。

 だから心にも無い事を言ってしまうんです。

 大丈夫です。私達と一緒になれば前の様な西住隊長に戻れます」

 

背筋がゾクリとした。

私もああなってしまうのだろうか。

柘榴を食べさせられ、死者の国の住民となってしまうのだろうか。

嫌だ、それだけは嫌だ。

そうなるくらいなら死んだ方がいい。

そう結論を出すと頭の根っこの部分が冷静な…それでいて絶望的で論理的な解答を導き出した。

先程の狂乱振りでもこの部屋の扉は微塵も傷ついていないようだ。

つまり、奴等の力ではあの扉を打ち破るのは不可能といっても良い。

どういった目的の部屋だったのか解らないが、この部屋は内側からしか鍵がかけれない様になっている。

故にこの部屋にいる限り私は安全なのだ。

…そう、この部屋にいる限り……私は私のままで死ねる。

 

つい先程までは最終的な望みは生還する事だったのに…。

今ではこのままこの部屋で人間のまま衰弱死する事を目的としている。

そう、私は悟ってしまったのだ。

そうするしかない。其れが唯一の方法だという事に…。

そしてそれに安堵してしまった事に…。

 

 

--― あ ぃぃ

 

 

そうして覚悟を決めた時であった。

遠くの方から何か妙な声が聞こえた気がした。

 

 

――あぃぃぃぃ

 

 

 

気のせいではない。

今度ははっきりと聞こえてきたソレは、その後も徐々に大きさと正確さを増して耳に飛び込んできたのだ。

 

「あ、桂利奈ちゃん!!!」

 

扉の向こうにいるヤツが私の知っている名前を呼んだ。

そう、聞こえてくる声の内容だけ見れば坂口さんの口癖である。

それがヤツと同じ様に低く反響する溺れた人間の出すような声じゃなければ…。

 

「ああいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃ!!!!!!」

 

「…あ、あっあっあああ……」

 

扉の向こうに立った『桂利奈ちゃん』と呼ばれた存在を目にした私の口からは言葉にできない呻き声が漏れた。

肌の白さはヤツと一緒だ。

だけども小さく可愛かった坂口さんと違い、その身長は成人男性をゆうに超える高さであった。

胸から首と腰の部分が白くぶよぶよとした肉で覆われており、その一方で腹と長い手足は細く、その体の上にちょこんと体の大きさに不釣合いな血の涙を流す坂口さんの小さな頭が乗っていた。

 

「……ぐ、うぉえ…げぇ」

 

まだ人の形を保っていたヤツに比べて、その奇怪さとアンバランスさと不気味さについに耐え切れなくなった私は吐き出してしまった。

胃酸で口の中が酸っぱくなる感触と共に、吐瀉物の中に先ほど食べた優花里さんが握ってくれたおにぎりが見えてしまい、私はまたぼろぼろと泣いてしまった。

 

ごめんね 優花里さん ごめんね

 

それは何に対して謝っていたのだろうか。

優花里さんが折角作ってくれたおにぎりを無駄にしてしまった事なのだろうか。

それとも…優花里さんが命懸で私を守ってくれたのに、それが今から無駄になるのだという事が何となく解ってしまったからだろうか……。

 

「うん、桂利奈ちゃんここに西住隊長がいるからお願いね」

 

「あいあいぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!」

 

 ドォンッ!

 

その白く長い腕が扉に叩きつけられ、先程ヤツが出していた音とは比較にならない轟音が鳴り響いた。

たった一撃でガラスに皹が幾重にも奔り、周囲の金属の部分は捻れてへこんでいたのを私は絶望の表情で見ていた。

 

ドォンッ! ドォンッ!

 

轟音がする度に金属のひしゃげる音が響き、扉は少しずつ変形していった。

今や私の私が私である為の何かを守ってくれる扉の命は風前の灯であった……。

そしてついに扉に隙間ができ、そこを『桂利奈ちゃん』が抉じ開けるように広げると、澤さんだったモノが顔を覗き込ませてこう言った。

 

「さぁ、西住隊長。皆の所へ行きましょう。

 あんこうの先輩達も待っていますよ」

 

そう言った時の笑顔だけは……まるで前の澤さんが私に向けてくれた笑顔とそっくりそのままであった…。

 

 

 

    -了-

 

 


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