-1-
「それじゃあ先に帰ってるわね、みほ」
「うん、それじゃあねエリカさん」
講義室の中央から僅かに右に逸れた席に座っていた二人は講義が終わると合わせた様にう~んと背伸びをして別れの挨拶をした。
続けて同じ部屋で講義があるみほを少しだけ寂しそうに見ながらエリカは講義室を後にした。
-2-
逸見エリカと西住みほが同じ大学に進学したのには聊か複雑な事情があるように見せかけてその実は単純な理由であるかもしれない。
数年前に月明かりだけがカーテンの隙間から差し込む中で互いに眠れない夜に、布団に篭りながら交わした約束の為であった。
その約束は高校一年の時に残念ながら砕け散ったと思っていた。
無論、今でもエリカはその時の事を悔やんでいた。
あの時にもっとできる事があったのではないかと……。
しかし、同時に道が別れたからこそ今があるのだとも思っている。
あのままずっと一緒の道を歩むよりも高校最後にみほと自らの全てをぶつけ合った試合は否定したくなかったのだ。
多分、エリカはどこかでみほと戦う必要があったのだ。
果たして、黒森峰でずっと一緒だった場合、それができたであろうか。
そしてそれができなかった場合、もしかしたら歪みが蓄積していき、どこかで致命的な事が起きたかもしれない。
だからこそ今は晴れ晴れとした気持ちでみほの傍にいられる。
副隊長として隊長のあの子を支える。
それこそエリカの望みであった。
そして今ではかつての様に二人は同じ部屋に住んでいた。
いや、幾つかの点で言えばかつてとは些か異なっていた。
例えばエリカからみほに対するスキンシップが以前に比べて多くなっていた。
これは当初は潜在的に"あの時"の事がエリカの心に痕を残していたからであろう。
心苦しさからみほから距離をとっていながらも、ついに決断して話し合おう、慰めてやろう、あの行為を私は認めてやろうと胸に秘めて自室に帰ると、部屋の半分のスペースが綺麗に片付いており一通の手紙だけが置かれていた時の事を。
それ故にみほの存在を確認するように、または何処かへ行かない様にみほに触れていようとした。
しかし、手段と目的が逆転する事も、何時の間にか目的が変化する事も往々にして良くある事である。
最初の内は親を亡くした子猫が優しくしてくれた飼い主にすりつく様な心境であったが、徐々にその意識は変化していった。
(ああ…みほが近い!良い匂いがする…!柔らかい……!)
傾向としては黒森峰の頃からない訳ではなかったが、同棲し始めてから特にそれは顕著となっていった。
腕を絡ませたり、膝枕してもらったり、胡坐をかいて座っているみほの上に座ったり徐々にその行為はより密接になっていった。
それはどこまでみほが許容してくれるかを手探りで探しながら、慎重に距離をつめている様であった。
もし万が一、みほに拒絶されたらショック……という言葉では済まされないだろうからだ。
(いける!今日はいける!)
しかし、今日は一挙に距離をつめる心算であった。
即ち、みほの胸に顔をうずめる事であった。
膝枕をしてもらえば頭を撫でてもらったし、上に座れば可愛く文句を言うもののお腹に手を回しながらきゃらきゃらと笑ってくれた。
これまでの反応からみほはエリカのスキンシップを嫌がる所か喜んで受け入れてくれている事が伺えた。
故に迅速果断に動く事にしたのだ。
戦場の偵察と解析と作戦立案は既に終わった。
エリカ自身が得意な電撃戦の様に一挙に本丸へと攻め入るのだ。
みほが帰ってきたらさり気無くその胸に飛び込む。
完璧な作戦であるとエリカは思っていた。
……確かに完璧であっただろう。
一体どのようにして"さり気無く"胸に顔を埋めるかが定まっていればの話だが……。
-3-
「みほさん、この後良ければお食事に行きませんか?
良いお店を教えてもらったのですよ」
「わぁ~!うん、行こうか!」
講義が終わるとみほは一緒に講義を受けていた五十鈴華に食事に誘われた。
それをみほは快く承知した。
久しぶりに親友と親交を暖めるのも良いだろうと思ったからだ。
無論、エリカには連絡を入れておいた。
以前についうっかり連絡をいれずに帰りが遅くなったときに大変面倒くさい事になったからである。
尤も連絡さえしておけば特に束縛もなく問題もなかった。
ただあまりに遅いと迎えに来ようとするのだが。
それに関してはみほは困っていたが、同時に大事にされている事を嬉しくも思っていた。
そうして華に連れてこられた所はラーメン屋であった。
元々、みほは余りラーメンという物を食べた事が無かった。
というよりそういった所謂世俗的な食事自体をした事が無かったのだ。
大洗に転校してから友人達に誘われる形でそういった機会に触れるようになった。
余談だが、その時にラーメンもその他のファーストフードに類する物も食べた事が無いと言うと殆どの者は驚いたのであった。
「ここのラーメンが凄く美味しいんですよ!」
華が注文するの見てみほはそれより2ランク小さなメニューを頼んだ。
無論、華の食べる量を知っている上での判断であったが、他の店ならそれで十分であっただろうが、ここは少々特別な店であった。
カウンターに座り、華の前におかれたみほの知る常識と違うドンブチの上に野菜がこんもりと盛られたラーメンをみて驚愕し、そして自分の前に置かれた確かに華の前の其れよりは小さなラーメンを見て固まった……。
「うう~、気持ち悪い……」
残さない様に必死に食べて、視覚的にも解る少し膨れたお腹を抱えながらみほは帰路についていた。
華は苦しそうにしているみほを気遣っていたが、この責任感が強い友人が自責の念に駆られない様に大丈夫だと伝えて別れた。
何とか平気な振りをしていたが、いざ別れるとお腹を支えながらよろよろと歩き出した。
まだ大丈夫であるが、少しでもお腹あたりが圧迫されれば戻してしまいそうである。
「お帰りなさい、みほ!」
そうして自宅に帰るとエリカがみほを出迎えた。
みほの帰りが遅くなるとこうして玄関まで迎えに来るのが常であるから驚きはしなかったが、今日ばかりは少し様子が違うように見えた。
普段に比べて少し息が荒いように感じるエリカがみほの胸元に飛び込んでこようとしてきた時、みほは反射的に飛びのいた。
「ごめんなさいエリカさん。気持ち悪いからやめて」
そして何やら泣きそうな表情をしているエリカにそう言った。
-4-
「じゃあ、ちょっと早いけど横になるね」
「え、ええ……」
自室に入っていくみほを見送るとエリカもぎこちない動きで自室に向かった。
ベッドに腰掛けてしばらく茫然自失としていると、脳に思考が戻り始め、徐々に現実を認識しだした。
「ど、どうしよう!みほに気持ち悪いって……」
今までに無い明確な拒絶をされてしまった。
見るからに何かを我慢している様な気持ち悪そうな顔。
距離感をつめるのが早すぎたのだろうか?いや、そもそも実は普段のスキンシップも迷惑に感じていた?
不安になればなるほど更に嫌な考えが浮かび更に不安になっていくという悪循環に陥っていた。
「き、嫌われたらどうしよう……」
『エリカさんって私の事をそういう目で見てたんですね。気持ち悪いので出て行きます。
今までお世話になりました。学校で見かけても必要な時以外は話しかけないでくださいね。他人なんですから』
「じょ、冗談じゃないわ!絶対嫌よ!
……嫌よぉ…そんなの…」
ついには最悪な事態にまで考えが及び、不安で泣き出してしまった。
必死にみほに聞こえないように声を殺して泣き続けた。
「…そうよ!小梅に相談しましょう!」
一頻り泣いて落ち着いたところで泣いた所で僅かに取り戻した思考能力でエリカは一先ずの対策を思いついた。
赤星小梅も黒森峰時代によくみほと一緒にいた友人である。
彼女自身もこの大学でまた一緒になれることを喜んでくれおり、今も昔も度々相談に乗ってくれていた頼りになる友人だ。
しかし、藁にもすがる思いで電話をかけたがしばらく呼び出し音がした後に留守番電話へと変わってしまった。
何度か通話をしたが結果は変わらず、LINEでメッセージを飛ばしたが既読もつかなかった。
(何で出ないのよ!早く…!!早く助けて…!!)
エリカは泣きながらひたすら小梅への連絡を続けた。
-5-
「はぁ~今日も疲れました」
小梅が最後まで詰まっていた講義を終えて、友人たちと食事をとってから帰り、簡単に上着を脱ぐとベッドに倒れこんで体をぐっと伸ばしながら一息をついた。
そうしてからふと思い出したように充電が切れていたスマートフォンを充電器に繋いだ。
しばらくしてから起動に必要な電力を確保したスマートフォンの液晶が光った。
「……うわぁ」
再起動した其れを見て小梅はうめき声を上げた。
通話の着信履歴には10を超える数が記録されており、LINEのアイコンには30を超える数が表示されていた。
見れば予想通り全て同一人物からの発信であった。
「またみほさんと喧嘩でもしたのかな……どうせエリカさんが悪いんだから素直に謝ればいいのに……」
これをエリカが聞けば「貴女がみほ贔屓だから何時もみほの味方をしているだけでしょう!」と抗議しただろう。
いや、かつて実際にそういった問答が繰り広げられた事があったが、その時は小梅は率直に「そうですけど?」と言い返してエリカを鼻白ませたことがあった。
しかし、それにしてもこの数と勢いは今までを振り返ってもあの時にみほが突然転校してしまった時以来ではないだろうか。
そう考えると小梅にも嫌な考えが起きてくる。
まさかまたみほが自分たちの前から姿を消してしまったのではないだろうか?または何か重大な事故にあったとか大病を患ってしまったのではないだろうか?
嫌な想像が鎌首をもたげて小梅の心を襲いかからんとすると、小梅も若干焦った様子でエリカへの通話を飛ばした。
『ちょっと!遅いじゃないの!
こっちは一大事だというのに!』
呼び出し音が一回終わる前に通話にでて、開口一番にこちらの非を責めてくるエリカに小梅は私は悪くないと思いながらも面倒臭い事になる前に謝罪をした。
「それで、エリカさん。
みほさんに何かあったんですか?」
『そう!その事よ!
お願い小梅!助けてほしいの!』
やはり血相を抱えた様子に今までとは何処か違った雰囲気を感じ取った小梅がこれは何か大事があったに違いないと覚悟をして状況を聞き出した。
しかし、最初は慎んで神妙に聞いていたが、徐々に事情を聞く毎に非常に馬鹿らしくなっていった。
(結局は何時もの痴話喧嘩じゃないですか……)
しかも、やはりエリカの方が悪いと決め付けた。
それにはエリカから聞かされる普段のみほへのスキンシップという実に羨ましい惚気を聞かされた事も多少は作用していただろう。
(やっぱり三人で住みましょうと言えば良かったかな……)
同じ大学に進学するという話になった時、当初は小梅自身もそういう考えがあった。
もし小梅がそれを提案すればみほもエリカも喜んで歓迎していただろう。
それは小梅にとっても垂涎ともいえる状況であったが、それ以上に邪魔をしたくないという気持ちがあったのだ。
三人で一緒にいる事も小梅の望みではあるが、二人が幸せにしているというのも重要な望みであったからだ。
『ねぇどうしたらいい?やっぱりもう嫌われたと思う?
みほに気持ち悪いなんて言われたの初めてだし……本当は今までもそう思っていたのかしら……。
普段から笑顔の下で迷惑に思っていたのかも……あの子、優しいから嫌と思ってても笑いながら相手が傷つかない様にするし……。
それはみほの利点だけど少し気をつけたほうがいいと思うのよね。
相手が勘違いしてしまうでしょう?
この前も何を勘違いしたのかみほにちょっと優しくされたからって調子に乗ってみほにベタベタと絡んできた奴がいたのよ。
本当にどういう神経してるのかしらね。
あんな奴がみほと釣り合う訳ないでしょうに身の程知らずが……』
「それは問題ですね!
その男性には"解って"もらいましたか?」
当然じゃない!という言葉を聴きながら小梅は二重の意味で安堵した。
彼女の与り知らぬ所でみほに男性が粉をかけるなど許容できない事であるのと、危うく思考の海から引き戻された時に
『実際にそのみほさんの優しい態度に勘違いした人が私の電話先にいますね』という言葉が反射的に飛び出しそうになったが何とか飲み込めたからだ。
それを言ってしまえば火に油……いや、この場合は氷に冷水だろうか?
折角多少とはいえ普段の調子が戻ってきたのだからそれに冷や水を浴びせなくとも良いだろう。
しかし……考えてみれば幾らなんでもみほがエリカに対して"気持ち悪いからやめて"なんて言うだろうか?
エリカからみほへの感情も大概ではあるが、小梅の見る限りみほからエリカへの感情もそれほど相違は無いように見える。
強いて言えば積極性の違いだろうか?しかし、肝心なところでヘタれるのがエリカなのでバランスが取れているかもしれない。
ともかくもみほはそんな事をエリカに言わないだろう。
とするとエリカの早とちりではないだろうか?
もしそうならエリカから真意を問いただせば良いだけであるが、そんな事を言ってもどうせヘタれなエリカは実行しないだろうし、何らかの事情による勘違いだといっても信じないだろう。
そこで小梅は北風と太陽の童話に習うことにした。
「エリカさん……そうですね、行き成り胸元に飛び込もうとするなんて嫌われたかもしれませんね」
『……っ!やっぱり小梅もそう思う!?』
「もうみほさんもエリカさんに愛想をつかせているかもしれません。
出て行くかもしれませんね」
『そんなっ……!!嫌よ!絶対に嫌よそんなの!
折角あの頃の様に戻れたのに……こんな事でまた別れるなんて……』
掠れるようなエリカを声を聞いて小梅も心を痛めたが、ここは二人の為と心を鬼にした。
「それならエリカさんはみほさんと距離を取っておくしかないですね
人間の関係には近すぎず遠すぎずの適切な関係があるんです。
ヤマアラシ同士が自分達の針が刺さらない中で適切な距離を探すように。
エリカさんは近すぎたから少し離れる必要がありますね」
口ではこういっていてもこの二人にはヤマアラシのジレンマは適用されないだろうと小梅は理解していた。
何せこの二人は小梅の見る限り距離感などゼロになっても問題ないように見える。
エリカが存在しない針に怯えているだけなのだ。
尤も現実のヤマアラシは針に怯えることなくガンガンに雌に腰を振りにいくのだが……エリカもそうすればいいのにと小梅は思っていた。
『まぁ……そうね、確かにそうね」
「そうして反省している様子を見せればみほさんも解ってくれるかもしれませんから以前の関係に戻れるかもしれませんね」
『解ったわ……一縷の望みをかけてそうしてみる。
小梅ありがとう……』
「いえいえ、どういたしまして。
お二人の仲が元に戻ることを祈ってますよ」
通話を切ってから小梅は再びベッドにぽふんと音を立てて体を預けた。
全くまたいらない事で気を使ってしまった。
本当にあの二人に付き合っていると疲れる。
しかし、小梅は"また"あの二人の事で疲れることができるのが嬉しいという事に自分でも気づいていたのだ。
-6-
(エリカさんどうしたんだろう……)
みほは最近のエリカの様子を訝しんでいた。
以前はもっと積極的に近くにいてくれたのだが、最近は何やら距離を取られている気がするのだ。
(私……何かしちゃったかな…)
腕と腕が触れ合う程の距離で一緒にボコを見てくれる事も、疲れたみほをマッサージしてくれる事も、一緒にお風呂に入って洗ってくれる事もなくなった。
それどころかみほが帰ってくると「お、お帰りなさい……」とだけ言って食事の時以外は自室に篭っているのが常である。
最初はレポート課題などが忙しいのだろうと楽観的に思っていたが、会話も少なくなり明らかにみほを避けている様子を見せていた。
(……嫌われちゃったのかなぁ…)
何時もエリカに頼りっきりで愛想がつかれてしまったのではないだろうか。
一人で何もできない自分に疲れてしまったのではないだろうか。
『みほって何時まで私に世話させるのよ。もう疲れたから出てくわ。
今までお世話になりました。学校で見かけても必要な時以外は話しかけないでね。もう他人なんだから』
「……っ!嫌だ!…そんなのやだぁ…」
最悪の状況が頭をよぎってしまい、みほは戦慄した。
そして頭が様々な要因で沸騰しそうになると、思考群がどういった化学反応したのか、それともただテンパっただけなのか、普段には見れない積極性と果断性を発揮して見せたのだ。
単刀直入でシンプルな作戦。
即ち、エリカに直接問いただすことである。
「エリカさん!お話があります!」
みほはエリカの部屋のドアを勢い良く開けると開口一番で問いただした。
「み、みほ!」
「エリカさん、何で私の事を避けるんですか!?」
「ちょっ!近い」
ぐいっと顔を突き出してくるみほにエリカは反射的に距離をとってしまった。
やはり勘違いではなかった。
エリカは明らかに自分を避けている。
そう判断したみほは少し顔を曇らせながらエリカに聞いた。
「私、エリカさんに何かしてしまいましたか?
何か気に触ることをしてしまいました?」
「だってみほが私の事を気持ち悪いって…」
「……え!?」
全く身に覚えが無い事である。
そもそも自分がエリカに対してそんな事を思ったことも無い。
故にそんな事を言った覚えは無い筈だ……とみほはその明達な記憶力を以って過去を振り返った
「…あ!」
しかし、みほがその大脳皮質のデータベースを検索すると確かにそれらしい事がヒットした。
なるほど、確かに当時の状況を振り返ると誤解しても仕方がない事であった。
そう理解したみほは慌てて否定と事情の説明をした。
「ち、違うよ!
あれはエリカさんが気持ち悪いって言ったんじゃなくて、華さんと一緒に食べたラーメンが多すぎて気持ち悪くなったから……」
「……じゃあ私の事が嫌いになった訳じゃないの?」
「そんな訳無いよ!私、エリカさんの事好きだから!」
……好きだから!
好きだから!
その声が胸にゆっくりと染み渡り、その言葉の意味をやっと理解するとエリカはぼろぼろと泣き出した。
「え、エリカさん!?」
「よかったぁ……みほに嫌われてなくてよかったぁ」
「エリカさん……」
泣きながら自分に嫌われて無くて良かったと安心するエリカにみほはちくりと罪悪感を感じた。
余裕が無かったとはいえ、不用意な発言とその後の説明不足でいらぬ誤解をさせて不安がらせたのは自分であるからだ。
「……ごめんね、エリカさん。
でも、そこまで気にするなんて何かあったのかな?」
その言葉につい先程まで絶望的な状況にいながら、それが何の心配も無いと解って一気に安心した事から心の箍が外れて一種の酩酊状態にあったエリカはその心の内を素直に吐露した。してしまった。
即ち、みほの胸に顔を埋めてその柔らかさを堪能しながら思いっきり息を吸い込んで甘い匂いを嗅ぎたいと……。
(……うわぁ)
この予想の少し右斜めを行く発想にみほは少しだけ…いや、かなりドン引きした。
まさか普段のスキンシップからそんな事を考えていたとは……。
しかし、ここまでエリカを追い詰めてしまったのもみほの心無い言葉による物である事も間違いない。
「(しょうがないなぁ…)エリカさん、おいで」
みほはエリカの隣に腰掛けると、エリカに向かって笑顔で両腕を開いて迎え入れた。
それに驚いたエリカはしばしの間目を泳がせると、おそるおそるとみほの胸元に顔を預けた。
そしてみほはそのエリカの体を抱きしめて、優しく頭を撫でた。
「よしよし……ごめんね、エリカさん。
それと……ありがとう。
何時もエリカさんに助けてもらって感謝してるよ。
それに私がエリカさんの事を嫌いになんて絶対にならないよ」
穏やかな手つきでエリカの髪を掬いながら、みほは耳元で囁くとエリカは「うんっ…うんっ!」と小刻みに頷きながらみほの胸元に顔を埋めた。
(これでエリカさんも元通りになってくれるかな)
やれやれ手がかかるエリカさんだな……とみほは一安心した。
尤も、普段ならばエリカの方がみほに感じている事であるだろうが……。
「……ママ…。
……あ、待って!みほ!
今のはちょっとその…つい口に出ただけよ!
決して本心では……お願いだから引かないで!距離を取らないで!」
-7-
(あれ…?まだ仲直りしていない?)
大学で二人の様子を見かけた小梅は首を捻った。
エリカとみほの二人を良く知っているのでここまで拗れているのは不思議であった。
話を聞いている限りどう考えても時間がたてば自動的に修復されるような事である。
にも拘らず、二人はまだ距離が開いているようだ。
しかし、よく見てみるとエリカの話とはすこし違ったように見える。
エリカがみほを気にして距離を取っているのではなく、みほがエリカから距離を取っている様なのだ。
それに気づいたとき、小梅には大体何が起こったのか想像できた。
そして大きなため息を吐いた時、スマートフォンに着信が来た。
見れば液晶には予想通りの名前が表示されており、やれやれと思いながら小梅は通話にでた。
『小梅!小梅!
お願い助けて!』
「あ~はいはい、どうしましたかエリカさん」
-了-