光と闇のガールズ&パンツァー短編集   作:てきとうあき

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【飼い主は虎か狼か】

 -1-

 

逸見エリカにとって戦車道とは自身の人生の大部分を構成する存在である。

まだ15才であるから十年先以上の事は解らないが、少なくとも現時点においてはそうであるに違いない。

しかしながら戦車道であれば何でも良いという訳ではない。

彼女の歩む戦車道という道には常に「西住流」という案内標識が掲げられており、その道の先には常に西住姉妹の背中があったのだ。

幼少の頃に姉妹と出会い戦車に触れ、小学生の時に西住流を学び、TVで西住まほに憧れ、中学三年間を西住みほと共に過ごしたのだから正に彼女の人生は"西住"と共にあったと言えるだろう。

 

そんな彼女が自らに課した役割は姉妹の補佐である。

当初は彼女達と戦車道の才と実力において並ぶ事が目標であったが、もって生まれた血筋による才と費やした時間とその密度に断念せざるを得なかった。

だがそれはある意味仕方のない事なのかもしれない。

エリカの生まれは一般家庭であり、戦車道に身を投じたのも姉妹よりずっと後である。

しかも小学生の間の活動内容は振り返ってみれば遊びの延長線上に過ぎないのだから本格的に戦車道を歩み始めたのは中学生からだと言えるだろう。

一方で歴史も偉業も深く重い一族の本家から生まれた西住姉妹は、血筋という点では国内において最高血統だと言える。

更に生まれた時から線車道を歩む事を定められ、赤子の時からそうである様に教育され、しかも教育者は西住流門下生を始め、その筆頭は国内において戦車道の最先端を歩んでいるだろう西住流家元である。

何よりも"姉妹"という年が近く実力も最高水準の繋がりの深い同輩が常にいたのだからその習熟効率も段違いであろう。

 

この事実に直面した時、エリカは流石に塞ぎこんだが、同時にその鋭い頭脳と現実を見つめる事のできる能力によって冷静かつ客観的に状況を考察した。

人はどうしても生まれながらできる事とできない事がある。

どんなに努力したとしても、100mを10秒台で走る事のできる骨格を持つ者と持たない者がいる。

食生活や環境をどれだけ整えても、身長が180cmを超えれる者と超えれない者がいる。

芸術面では心血を注いでもそこを軽く飛び越えていく天才がいる。

相手が才だけで勝つ存在ならば、努力する秀才が勝てる事もありえるだろう。

しかし、姉妹は才だけではなく努力量も凡人以上であったのだ。

 

無論、エリカは完全に姉妹に並ぶ事を諦めている訳ではない。

だが、現実的に考えて少なくとも高校生の間にその差を埋める事はできないであろう。

大学生になり、そしてプロになり、そして恐らくは自分の戦車道人生において訪れるであろう衰えの寸前、つまり最頂点のピークである瞬間にこそ可能性があると思っている。

そしてその瞬間だけ…閃光の様にその一瞬だけでも二人に並べる事ができれば構わなかった。

 

故にそれまでの間の自分の役割について考えてみた。

もし戦車道の人員が全て西住姉妹によって構成されるのであれば自分など不要であっただろう。

しかし、当然ながら現実はそうではない。

である以上は自分にも存在価値はあるだろうし役割がある筈なのだ。

その自分の役割を模索し、ついには姉妹の補佐こそが自分の役割なのだと見つけた。

姉妹として神ではなく人なのだから完全ではない。

その能力もリソースも有限である。

だから姉妹がその力を十全に発揮できる様にしよう。

それこそが自分の役割なのだ。

 

それからエリカはそうある為に様々な努力をした。

隊長・副隊長と責任ある立場が故に長距離の移動が多い二人の為にヘリの操縦の仕方を学び、免許を取得した。

膨大な書類をこなす二人の負荷を軽減する為に、書類仕事の勉強をした。

全体に対して指揮をする隊長と副隊長の思考リソースを少なくする為に、二人の過去の作戦と指揮を検討・考察して、可能な限り大雑把な指示から察し、自分が細かく下に中継できるように努力した。

 

「お前がいてくれて助かった」

「エリカさんが傍にいてくれて本当に良かった!」

 

その甲斐もあってエリカは二人から頼られ、労われ、感謝された。

そうされる度にエリカは深い達成感と大きな充足感に満たされ、この偉大な姉妹が成し遂げるその功績の一端になれる事を喜んでいた。

その様子を口さがない上級生等はまるで西住姉妹の狗の様だと陰口を叩き、時にはわざとエリカの耳にはいる様に雑音を流した。

しかし、エリカからすればそう称されるのはむしろ歓迎しており、"悪口"のつもりで垂れ流しているだろうその上級生の事を思えば些か滑稽であり、苦笑を浮かべるだけでしかなかった。

何時しかその西住姉妹の補佐としての、そして姉妹の優秀な命令実行員としての重要度と貢献が学校内外から認知され、転じてその実力も周知された時、『黒森峰に二虎一狼あり」と囁かれる様になった……。

 

なお、これをエリカが耳にした時、周囲の目がある中で思わずガッツポーズをしてしまい、赤面して急いで場を離れる事になった。

尤も、普段から「戦車道と西住姉妹だけしか中身が無い、真面目で面白味のないやつ」と思われていたイメージを若干であるものの緩和する事に成功したのだが。

 

 

 

 -2-

 

 

「副隊長、ひょっとしてお疲れですか?」

 

戦車道の活動が終わり、自室に戻ったみほがベッドに腰掛けるなりふぅ…と疲れた様に溜息を漏らした。

当然、それをエリカが流す訳がなく、みほの横に座って声をかけた。

 

「うーん、そうだね。ここのところ結構忙しかったから…

 でも、エリカさんのおかげで大分助かったけどね。

 本当にありがとうエリカさん!

 だから何度も言っているけど、せめて二人っきりの時はもっと砕けて接して欲しいな…」

 

みほはそう言いながらエリカの手をとって、真っ直ぐエリカの目を見ながら心なしか上目遣いで感謝とお願いを同時に述べた。

感謝された事を喜びつつも、その視線に顔が少しだけ紅潮し、そしてその願いにぐっと怯むという器用な事をエリカはしてのけた。

色んな面で良く言えば真面目、悪く言えば融通が効かないエリカはできれば公私共に二人に対しては尊重するような態度をとっておきたかった。

しかし、どうやらそういった態度がみほはお気に召さないようで、事ある毎にエリカに同じ年なんだからもっと普通に接してほしいと可愛らしくお願いしてくるのだ。

結局、その鋭い攻勢にはエリカの柔な城壁など一瞬で乗り越えられてしまい、早々に白旗を掲げる事になるのだが、こればかりは譲れないと公の場では副隊長と隊員という関係を維持する事だけは成功したのだ。

尤も、その決着は『それを目撃したまほが同じ様にエリカにお願いをする」というより苛烈かつ絶望的な戦いへの幕開けになるのだが…。

 

「解り…解ったわ。それで、疲れているようならマッサージでもしましょうか?」

 

これもまたエリカが最近になって身につけた技能である。

試合や業務の面では補佐する上でとりあえず必要な事はできる様になった。

続いて私生活でのサポートを何かできないだろうかと考えたエリカが思いついたのは料理とマッサージであった。

二人に度々訪れる激務の時は食堂が開いている時間帯に訪れる事ができない。

自分達で作る事は時間的にも体力的にも余裕が無く、何よりお嬢様育ちであった姉妹は料理というものは作ってもらう物であり、自分達で作る事などしたこともなかったのだ。

よって必然的に簡易的な物で済ましたり、時には食べずに寝る事すらもあった。

そういった状況を憂慮して、エリカは料理を少しずつ勉強する事にした。

元々、ハンバーグ好きが高じて料理の基礎的な技術はあったので、レパートリーを増やす程度で済んだ事もあり、これに関しては大した負荷ではない。

今では大して忙しくない時でも姉妹そろってエリカの作る料理を待つぐらいになっており、その事もエリカにとっては大変誇らしいことである。

 

一方でマッサージに関しては少々労力が必要であった。

資格なく誰でも明日から名乗れる「整体師」と違い、マッサージは国家資格たる「あん摩マッサージ指圧師」か「医師」にしかできない業務である。

つまりそれだけ技術と責任が必要となる行為と言える。

勿論、エリカがそれらの資格を取る程極めるつもりは無かったが、同時に身体を弄る行為であるから素人の付け焼刃の知識で行う気はなかった。

実際に、無資格のマッサージ師による揉みかえしによる痛みから捻挫や骨折といった被害があり、中には脊椎損傷による障害を負ってしまった事例すらあるのだから、そんな危険な事を姉妹にする訳にはいかなかった。

一方で子供でも肩を叩いたり揉んだりといった位は行えるのだから、施術の程度を弁えれば素人でもある程度の効果は発揮できる筈である。

故にエリカは何が効果的なのか、どういった行為が危険なのか、素人でもできる事はどれか等を厳しい練習の間を縫って書籍や参考書等を読み漁る事で判別し、習熟していった。

その努力の甲斐もあって本格的な事は無理としてもある程度の疲れが取れるくらいならできるようになったのだ。

 

「……え?で、でもエリカさんも疲れているだろうし悪いよ…」

 

「そりゃまぁ全く疲れていないといえば嘘になるけれど……

 副隊長業もしている貴女よりは疲れていないわよ。

 それに、立場と責任的にも私より疲労が溜まっていては不味いでしょう?

 いいから黙って揉まれなさい」

 

「…うん、ありがとうエリカさん。じゃあお言葉に甘えちゃうね」

 

少しだけ逡巡したが、あっさり受け入れたみほの態度に良い傾向だとエリカは満足した。

何せ最初の頃はエリカが何かをしようとしてもひたすら悪いよ迷惑だよと拒み続けていたのだ。

その時は先んじて料理しておき「もう作っておいた」と受け入れざるを得ない状況にしたり、

「貴女の手が空かないと困るのは他の人なのよ」と他の者が困るという点から推す等、みほの気性をついたりしたのだ。

その頃を思えばこうして一言重ねるだけで受け入れるようになったのは、それだけみほとの関係が深まった気がしてエリカは嬉しかった。

 

「それじゃあうつ伏せになって寝てちょうだい」

 

「うん…こうかな?」

 

ベッドにみほを横に寝かせるとまずエリカはみほの背骨に沿って背中の筋肉を軽く押すように擦っていく。

なるほど、確かに硬くなっている。これは相当凝っているな。

そう当たりをつけたエリカは確認が済むといよいよ本番だと背中を手の甲で押すように揉み始めた。

 

「…んんっ!」

 

揉みはじめて直ぐにみほが声を上げた。

痛かったのかとエリカは思ったが、どうやらそうではなく単純に刺激に声を上げてしまっただけらしい。

ならばとエリカは気にせずマッサージを続行した。

 

「んっ!くっ!」

「あぁ…はぁ~っ……」

「あっ!そこっ!きもち、気持ちいいっ…!」

 

しかし、一揉みする度に声を上げるみほにエリカは徐々に妙な気持ちになっていく事を自覚せざるを得なかった。

見てみればマッサージによって新陳代謝が上がったからか少し顔を赤くして、息を荒くして目をとろんとさせているみほの顔が目に入った。

そして同時にエリカはある事に気づいてしまった。

エリカにとってまほとは傾向が違うものの、みほも憧憬の対象であり、畏れの対象でもあった。

そのみほの身体を畏れ多くも布一枚を挟んで素手で撫で回しているのだ。

そう気づくまではあくまでマッサージとしての行動としか意識になかったので、医療行為に従事する医者の様に特に何も感じていなかった。

しかし、一旦意識に置いてしまえば行為の上の事なのだからと冷静に何も疚しい事は感じない……などは不可能であった。

 

「っあ!あぁっ…!あんっ!!」

 

(何でこの子は一々こんな…えっちな声をだすのよ…!)

 

そう思いながらもエリカはひとまずマッサージの次の工程に進む事にした。

勿論、それは当初から予定された行為であり、特に何かを含んだ点は無い……そう自分に言い聞かせながらエリカは親指を立てて指圧を開始した。

 

「~~んっッッ!あっ!あぁ~~!」

 

ツボを押してやるなりみほは僅かに体をそらせて口から苦悶とも矯正とも取れる声を垂れ流した。

その声は今までの其れとは比較にならない程の淫靡さをエリカに感じさせ、同時にそれ以上の興奮を感じさせた。

 

「い、痛かった?」

 

「う、ううん…。痛くはあるけど気持ちのいい痛さだよ。

 だからこのままで…ううん、もっと強くても大丈夫…」

 

「それなら……これぐらいでどうかしら…」

 

「んくぅ!…ふぅふぅ、い、痛い!で、でも気持ち良いよぉ…」

 

痛みに耐えるよう歯を食いしばりながらも快感を隠し通せない吐息と声を漏らす姿はいっそ蠱惑的でもあった。

 

 

 

-3-

 

 

みほからすればその"マッサージ"はとても気持ちが良く、厳しい訓練の終わりには毎回してもらいたい程であった。

しかし、みほの性格と気質からすればそういった事を自分から頼む事はあまり積極的にできるものではなかった。

一方でエリカは毎回のようにみほにマッサージを提案していった。

無論、そこには当初にあった彼女の疲労を取りその負担を軽減するという目的が大部分であったことは確かである。

しかしながらその目的の一部分が彼女自身も簡単に認めがたいが否定はできない真っ当ならぬ物に移り変わっていったのも事実であった。

しかもそれは回数を重ねるごとに肥大化していき、何時しか"マッサージ"という行為の主目的を二分する程であった。

ともかくも両者の需要と供給が一致し、マッサージは二人の間の日課へと自然になったのだ。

 

 

 

「あっっ!んんッ~~!!くぅっううう!」

 

その夜、エリカは"マッサージ"の一環として仰向けになったみほの乳房を揉んでいた。

当初はその目的の如何に関わらず行われる行為はマッサージの範疇から逸脱しなかった。

しかし、行為毎に喘がれるみほの姿によりその声を引き出したく、よりその姿を乱れさせたかったエリカが無意識に徐々に通常のマッサージの範疇から逸れさせていった。

最初は腋やうなじといった直接的ではなくともある種のフェチズムを感じさせる部位にもマッサージが及ぶといった程度であった。

続いてその小鹿の様なふっくらとした可愛らしいふくらはぎを揉む時により一層手付きが細かくなっていき、その小さい足を揉んだり指圧する時に少しだけ顔が近くなっていった。

その内、太ももを揉み解す時に徐々に手の位置が股関節に近くなっていき、撫でるような動作が多くなった。

 

そして今日、うつ伏せから仰向けの状態にさせた時、頬を上記した様に赤く染め、吐息を荒くし、瞼をとろんとうつろにしながら此方を見上げるみほの姿はエリカをいまだかつて無いほど興奮させた。

何時からかみほはマッサージしやすい様にと下着をつけずに薄いシャツ一枚でいたので、汗で湿り肌に張り付いて僅かに透けた布一枚に包まれた僅かに重力によって潰れた二つの双丘が目に入った時、エリカは無意識にそこに手を伸ばしていた。

 

「え、エリカさん!?」

 

「勘違いしないで、これもマッサージよ。

 胸だって脂肪だけではなく筋肉でもできているのだから凝ったりするの。

 ちゃんと揉み解す事で疲労も解消されるの」

 

エリカはいっそ自分でも驚く位に外見的には平静を保った上で、まるでそれが事実でありそれ以外の何らかの意図が含まれていないかのように義務的に説明した。

その様子にむしろみほはただのマッサージの一環である行為にそういった考えを抱いてしまった自分を恥じてしまう程であった。

これには今までに重ねた行為の中でエリカが"そういった事に繋がる行為"を徐々に行ってきたからという事も大きいだろう。

それによって少しずつしかし確実にみほにとってそういった"恥ずかしい部分に触れる事"もマッサージにおいては普遍的な事であり、即ち医者が腹部や胸部に聴診器を当てる事の様に決して恥ずべき事ではないという認識を刷り込ませる事に成功していた。

特にみほがそれを容認するにいたった最大の理由はそういった事が気持ちが良かったからであったのだ。

尤もその"気持ちが良い"が果たして通常のマッサージで得られる種類の快感かといわれれば疑問であったが、元々環境によってその手の知識に疎い彼女はそれを判別する事ができなかった。

そしてそれ以降、毎晩のようにみほは冒頭の様な声を奏でる事になるのだった。

しかし、二人は…特にエリカは重要な事を失念していた。

黒森峰の寮の壁は決して薄いという訳ではないが、防音設備が万全という程でも無かった事を……。

 

 

 

-4-

 

エリカは何時からか周囲で自分を話題の中心とした何かしらの噂が囁かれているの感じていた。

そういった事は昔からあった事である。

しかし、エリカにとってそういった事は己の分を弁えない愚者達が自己を慰め傷を舐め合う為の陰口が殆どであった。

ところがここ最近の様子を見る限り、その噂を語る者達には悪意的なあまり要素は感じられず、良く言えば楽しい雑談の様に悪く言えばゴシップ的な様に感じられ、中には尊敬すら感じるものすらあった。

 

「ついに…」

 

「手篭めに…」

 

「やっぱり攻め…」

 

断片的に会話が聞こえる事があってもエリカにはその全体的な内容が掴めなかった。

しかしながらプライドが高いエリカの気質的にその内容を問い詰める等という行為を行う程暇ではないし、まるでたかだか噂一つを気にしていると思われる事を良しとしなかった為、放置していたのだ。

 

 

だが、そういったある種の"保留"というべき対応が許されない事態が起きた。

隊長である西住まほに呼び出されたからだ。

この時には既に前述した様にエリカとまほの間では一定上の信頼と交流があったのだからエリカはその呼び出しを特に深刻には考えていなかった。

ところが、隊長室のドアをノックをして入室の許可を貰い、部屋に入ってまほの顔を見た瞬間にそんな楽観的な考えは吹き飛んでしまった。

普段は凛々しくもどこか優しさも携えていた雰囲気は何処にも感じさせず、まるで重要な試合の決定的な指揮を執る瞬間の覇気に満ちた様相で、その上で静かで深い怒りを込めているようであった。

無言で静かにエリカに視線を向けているまほの前で直立不動しかとる事をできず、しかもそれ以上のリアクションがないのでこの無限に続くとも思える無言の時間を戦々恐々の思いで耐えていた。

 

「…どうした?座らないのか?」

 

まほが静かに言うとエリカはすかさず「は、はい!」と答えてまほが腰掛けている椅子の前に座った。

 

「…最近はみほと随分仲良くしてくれているそうだな」

 

「…は、はい」

 

以前から同じ様な事は何度か言われた事がある。

尤もその時は"妹と仲良くしてくれてありがとう"という感謝と喜びを付け加えての事であるが、今回の場合明らかにその台詞には詰問の色が含まれていた。

 

「……本当に、随分と…仲良くしてくれているようだな!」

 

「ひぃ!!」

 

始めて見る怒気を含ませたまほの台詞にエリカは思わず椅子から腰を浮かせた。

その迫力の圧倒さは正しく西住流の次期家元として相応しい様子であるだろう。

 

「…あ、あの……私が何かしましたでしょうか?」

 

「……何か?…何かだと!?ここ最近に広まっている噂を知らないとは言わせないぞ。

 貴様が私の可愛い妹を手篭めにして毎晩の様に組み敷いて喘がせているそうだな!

 噂だけではなく何人かに確認を取ったがハッキリとそういった声を何度もお前たちの部屋から聞いたという裏づけがとれている!」

 

これにはエリカは仰天した。

同時にまほが何故これ程までにまほが怒り狂っているのが得心がいった。いってしまったのだ。

確かに振り返ってもあんな声が外部に聞かれればそういった行為をしているようにしか思えないだろう。

 

「よくも!よくも私のみほを!

 飼い犬に手を噛まれるとはこの事だな!!」

 

「ま、待ってください!誤解!誤解です!」

 

エリカは必死に弁明をした。

何せここで説得に失敗したら最も尊敬している二人の内の片方から失望される事になるのだから。

それは自動的にもう片方との関係の断絶を意味するだろう。

それだけではなく確実にこの学校にいれなくなるだろうし、もっと簡潔に言えばこの目の前にいるお方からの直接的な報復も空恐ろしいものがあるのだ。

 

「…という訳で決してそういった行為をしていた訳ではありません!」

 

「そ、そうか…マッサージだったのか…」

 

文字通り命を懸けた説得が功を制したのか、何とかまほに誤解である事を信じさせる事にエリカは成功した。

それには今までの積み重ねによる実績が大きく役に立ったのだろう。

実際に今までエリカは姉妹に対して献身的に行動していた。

その信頼と実績が"みほの為にマッサージをしていた"という点に多大な説得力を持たせていたのだ。

 

また、エリカ自身も決して嘘をついていた訳ではない。

確かに少しだけ違った目的も含んでいなかったと言ったら嘘になるかもしれないが、そうではなくあくまで主目的はマッサージであったし、実際に行為の主軸と効果で言えばそれは十分に達成できていた。

 

「すまなかった…エリカはみほの為に行動してくれたのに……

 私はそんなエリカを疑って詰問してしまった…」

 

「い、いや!隊長!お顔を上げてください!

 致し方がありませんよ!誰だってああいう状況ならそう誤解してもおかしくありません!

 私の配慮が至らなかったのが悪いんです」

 

「…解った。エリカのその配慮は有りがたく受け取ろう…」

 

ぐだぐだせず相手の意図を受け取って決着させる。

こういう点がまほの長所の一つだろうとエリカは再認識した。

ここで"いや、しかし私が…"と続けられてはむしろ困るのはエリカである。

そういった点も踏まえてまほはエリカの意を汲んで話を決着させたのだ。

これがみほが相手ならひたすら相手に責が無く、自分にこそ責が有るのだと主張し続けたであろう。

…尤も彼女の場合はそれが良い点となるだろうから不思議なものである。

 

「しかし…エリカのマッサージはそれほど上手なのか」

 

「…隊長もしてみますか?」

 

「良いのか?」

 

「はい、元々副隊長だけではなく隊長の為にも勉強をしていましたので」

 

「そうか…ありがとうエリカ。じゃあお願いしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここでエリカは一つの事を知る。

 

「オオオ~~っ!エリカ!まるで豹(パンサー)だ!!」

 

「オオオッ、エリカ!!エリカ~~ッ!!」

 

流石は姉妹で、まほもみほと多少傾向が違っても同じ様にマッサージを受けると素直に声を上げてしまうという事を。

 

 

 

そしてエリカは一つの事を失念していた。

 

黒森峰の居室の壁の防音は万全ではない事を……。

 

 

 

 

 

-5-

 

それからエリカに纏わる噂は加速し電撃戦の様な速度で更に広がっていった。

しかし、そこには以前では極一部でしかなかった「尊敬」が大部分を占めるようになっていた。

即ち……

 

 

「副隊長だけじゃなくて隊長まで手を出したそうよ…」

「副隊長はまだ小動物の様だしチョロそうだけどまさかあの隊長まで…」

「姉妹二人一片に相手した事もあるらしい…」

「西住姉妹二人を一人で撃墜するなんて…逸見ぱねぇ…」

「あのどれだけファンが告白していっても断った上に更に惚れさせ直す隊長を…」

 

 

……黒森峰において逸見エリカは最も偉大な業績を打ち立てたトップエース"撃墜王"として瞬く間に有名になり、そしてその噂は瞬く間に他校にも広がっていった。

そして黒森峰の二虎一狼は普段は虎の方が主人であるが、日が落ちてからはむしろ一匹の狼が二頭の虎を飼い慣らしているのだと真しやかに囁かれる様になるまでもさほど時を必要とはしなかった…。

 

 


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