その日の授業は、ISの基本的な操縦の訓練だった。
基本中の基本、飛行操縦である。
「イチカ、オルコット。試しに飛んで見せろ。」
二人は、自分達の専用機をそれぞれ展開した。
ISは、普段はアクセサリーのような形態で待機している。セシリアは、耳のイヤーカフス。イチカは、なぜか右腕にガントレットと…、なぜか一人だけまるで鎧だ。
「よし。飛べ。」
千冬の言葉で、セシリアとイチカが空へ飛んだ。
だがイチカが少し遅れた。
「何をしている。スペックでは、白式の方が上だぞ。」
「と、飛ぶのは初めてだから…。」
地面での移動には慣れているが、空を飛ぶいうのは、実質的にこれが初めてのイチカだった。
「イチカー。無理するなよー。」
ツムグが下から声をかけた。
なにせあまり離れると命の危機なのだから。
ツムグは、声を掛けつつ、離れた場所で様々な機材を使っている守代を始めとしたスタッフ達の方を見た。
彼らは、イチカと白式のナノマシンの状態を調べているのである。
実は現在実験を行っていた。それは、白式から直接イチカの体にエネルギーを譲渡させてみるというものだ。
うまくいけば、白式から心臓を動かすためのエネルギー供給し、ツムグから離れても大丈夫な状態になれるかもしれないからだ。
しかし、そうもいかないらしい。
「白式のSEが!!」
「イチカ君。今すぐ降りてきなさい。このままでは、エネルギー切れで強制的にISが解除されて地上に激突しますよ?」
「マジか!?」
慌てたイチカは、すぐに降下した。
そして地面に墜落して大穴を開けた。
絶対防御が働いて、イチカは無事だった。
「10秒遅かったら生身で落ちてました。」
「えー、早っ。」
守代の言葉に、ツムグが言った。
そうこうしている内に白式は解除された。
「白式をこちらに。」
「…分かりました。」
イチカは、穴から這い出てきて、ガントレット型になっている白式を守代に渡した。
白式を受け取った守代は、スタッフ達と共にここにある機材を使って、白式に取り付けていたエネルギー譲渡をするための部分を外した。
「なあ…、どんだけ燃費悪いんだよ…。」
「そう言われてもねぇ。」
イチカがうんざり顔でツムグを見て言うと、ツムグは腕をすくめた。
イチカの心臓(ツムグの心臓)には、ナノマシンの他に、小型の機械が埋め込まれている。それがイチカの心臓の動きをサポートしているのだが、如何せんエネルギーの燃費が悪く、そのためツムグにも埋め込まれたナノマシンと機械から無線で足りないエネルギーを渡していた。
これがイチカとツムグが離れられない理由である。
離れすぎると無線が途切れ、エネルギーを渡せず、イチカの心臓が機能が低下し命の危機になる。
研究機関は、これを解消するために四苦八苦しており、いまだ改善していない。
ツムグが離れるときは、イチカが何かしらの形でエネルギーを得られる状態である時だけだ。そうでなければ、イチカは死ぬ。
「どうぞ。」
実験用の器材を外された白式を守代がイチカに渡した。
授業は少し中断されたが、順調に進められた。
ちなみにイチカが空けてしまった穴は、イチカが埋めた。ツムグも手伝おうとしたが、イチカが断った。
***
そしてお昼になった。
昼食は、食堂で食べるのだが、イチカとツムグが来ると、そりゃもう見事にザザザッと生徒達が引く。
「いつ見ても壮快だな。」
「あんた、マジでマゾだな…。」
イチカは、ツムグにツッコミを入れながら日替わり定食を注文し、席に着いた。なお、イチカの対面席にはツムグがいる。
ツムグもカツ丼を食べていた。死なない彼だが、一応食事はする。本当は食べなくてもいいらしいが、味覚はあるので楽しみの一環にしているらしかった。
昼食後。昼休憩。そしてまた授業。
すべての授業が終わり、夕食後の寮の食堂で。
「というわけで、イチカ君、クラス代表決定おめでとう。」
っと、ささやかなクラス代表決定のパーティーとなった。
ツムグはこの場にいない。……っと見せかけているのだが、ツムグが超能力で自分の存在を認識できないようにしているため、女子生徒達には彼の姿が見えなかった。
ツムグがいないためか(いるんだけど)、クラスの生徒達は明るい。
「……はあ。」
どんだけアイツ(ツムグ)は、嫌われているんだと、イチカは、息を吐いた。
「はいはーい、新聞部でーす!」
そこへ、別の学年の少女がやってきた。
名前を黛薫子(まゆずみかおるこ)という2年生の少女は、ボイスレコーダーを手に、イチカにクラス代表になった感想を聞いた。
「……気が重たいです。」
「おやおやー。随分と暗いですねぇ。まあ、捏造しときますけど。」
「よくねーよ。」
「あと一つ! あの椎堂ツムグとは、ズバリ、どういう関係なのですか!?」
その質問に、ジュースを口に含んでいたクラスの女子達が吹いた。
どうやらこの薫子という生徒。椎堂ツムグについては、そこまで抵抗がないらしかった。
「どういう関係って……、離れられない関係?」
「なんだかとっても危ない匂いがするわ! もしかしてイチカ君ってそっちの気があるの!?」
「んなわけあるか! 離れられるなら、離れたいですよ!」
イチカは、怒鳴った。
イチカにのみ見えるがツムグが、ニヤニヤ笑っていた。それがイチカの苛立ちに拍車をかけた。
「もういいだろ! どっか行ってくれ!」
「あ…、さ、最後に写真だけでも…。」
「あ?」
「あ、あの…。」
「イチカ、イチカ。ものすごい顔になってるぞ?」
ツムグがさすがに声をかけた。
その瞬間、クラスの生徒達にかけていた暗示が解けた。
「誰のせいだと思ってるんだよ!」
「ごめんごめん。」
「ごめんで済むなら警察はいらねーよ!」
イチカは、ガーッと怒って、ツムグの胸倉を掴み揺さぶった。
「えっ…、い…いいい、いつからいたんですか?」
「ずっと。」
「えっ、でも…。」
「みんなに見えないように暗示をかけてた。」
ツムグは、正直に言った。
結局、ツムグの突然の出現(実際にはずっといたのだが)により、パーティー会場はパニックになり、お開きとなった。
***
後日。
「イチカさん。ご存知ですか? 転校生が来るというのを。」
セシリアがイチカに聞いた。
なぜかあれからセシリアは、イチカに対して友好的になった。
「いや、知らない。この時期にか?」
今は、四月。入学ではなく、転入。IS学園の転入は非常に条件が厳しく、例えば国の推薦などがなければできない。
「なんでも中国からの代表候補生が来るそうですわ。もしやわたくしの存在を今更ながら危ぶんでの転入かしら?」
「それは考え過ぎだろ?」
「冗談ですわ。」
「このクラスに転入してくるわけではないのだろう? だったら騒ぐことはない。」
箒が言った。
「中国の代表候補生か…。」
中国と聞くと、ふいに思い出した。
箒とは別に、中国に行ってしまった幼馴染の少女がいたことを。
彼女は、今なにをしているだろう?
そんな思いが浮かんだ。
ツムグは、教室の後ろで変わらず壁に背を預けて立っていた。
物思いにふけるイチカの後姿を見て、クスリッと笑った。
イチカは、彼女に会ったらどんな顔をするだろう?
そんなことを悪戯っぽく考えた。
しかし、授業が始まる前にイチカが心臓の発作を起こしてしまい、ツムグは、すぐにイチカを担いで医務室に走った。
それと入れ替わりに、一人の少女がイチカらのクラスを訪ねて来た。
「イチカって人、いる?」
「誰だおまえは?」
箒が反応して対応した。
「私は、鳳鈴音(ファン・リンイン)。二組に転入した中国の代表候補生よ。」
「おまえが? 一夏に何の用だ。」
「あんたには関係ないわ。どこにいるの?」
「さっき、医務室に緊急で運ばれて行きましたわ…。」
セシリアが言った。
「えっ! どういうこと!?」
「それは…。」
箒は、グッと拳を握り口ごもった。
「……鈴?」
その声を聞いて、鈴は、ふり返った。
そこには、ツムグと共にいるイチカがいた。
「い…、一夏? 一夏なの?」
「……ああ。」
「死んだって…、聞いてた…のに…。」
「それは…、話せば長くなる。」
「鈴音さん。授業が始まるからまた後で。」
「ちょっと!」
ツムグがイチカを引っ張って教室に入り、鈴を教室から閉め出した。
それでも教室に入ろうとした鈴は、自分のクラスの担任に見つかり授業のためクラスに連れ戻された。
***
授業が終わり、昼休憩となると、食堂で鈴がイチカのもとへ来た。
「ここいい?」
「いいぞ。」
食事をしているイチカの隣に鈴が座った。
ツムグは、対面席にいる。箒はイチカの隣の席に座っている。
「本当に、一夏なの?」
「…そうだけど。」
「なんで? なんで生きてるってこと隠してたのよ?」
鈴は涙を目に浮かべながら責めるように言った。
「…色々あったんだよ。」
「色々って何よ!?」
「ここじゃ話せないから、場所を変えようか?」
周りが彼らの会話を聞いて好奇の目をこちらに向けているので、ツムグがそう言った。
「あんた…は…。」
鈴は、ツムグを見て絶句していた。
教科書に載っている人物がいるのだ。そりゃ驚く。
「食事が終わってからでいい?」
「……分かったわ。」
鈴は、渋々了承した。
イチカの食事が終わった後、鈴を連れて医務室に来たツムグとイチカは、鈴にイチカの現状を説明した。
鈴は、驚愕し、そして涙を零した。
「そんな…、一夏が…。」
「鈴…ごめん。」
「なんで謝るのよ! 一夏のせいじゃないでしょ!」
「ふふふふ…。」
「? 何笑ってるのよ…?」
「いや、甘酸っぱいなぁって思って。」
「はあ!?」
「イチカはいいねぇ。こんなに想ってくれる人が何人もいて。」
ツムグは、ニヤニヤ笑いながら言った。
その人を不快にさせる笑い方に、鈴は、ゾッとしたのかわずかに後退りした。
「イチカは、俺から離れられないからね。」
「なんで!?」
「そんなことしたら、イチカが死ぬ。」
「!?」
「ま、そういうことだから、変な気起こさないようにね。」
ニヤニヤ笑うツムグの言い方にカッとなった鈴は、ツムグに掴みかかりかけたが、イチカに止められた。
「一夏!?」
「本当のことだ、鈴。……ごめん。」
その時、始業を知らせるチャイムが鳴った。
「はいはい。授業が始まるから行こうか。」
「ちょっと、離しなさいよ! 一夏、一夏ぁ!」
イチカは、検査のため医務室に残り、ツムグに腕を掴まれて引きずられていった鈴は、抵抗空しく医務室の外に閉め出された。
ベットの端に座っていたイチカは、俯き、ズボンを掴み何かに耐えるようにしていた。
イチカが命の恩人なので、セシリアがイチカと親しくなりました。
そして着実に敵を増やしていくツムグさん。
イチカの心臓にある機械とナノマシンの燃費が悪い理由については、後々。