あと、シャルルに若干辛辣なイチカ。
「いやー、こう見ると、壮快だね。」
「あんたにそういう志向あるのかよ?」
「何を言うか。これでも男だぞ。性欲はないけど、良し悪しぐらいは分かるよ。」
「へえ、性欲ないのか…。」
ツムグが壮快だと言っているのは、ISスーツを身にまとった女子達の光景である。
本格的な実践授業が始まったため、IS学園指定のISスーツ、あるいは水着姿である。
大なり小なり、スタイルそれぞれ、一般的な感覚の男子には嬉しい限りの光景であろう。
だがツムグには、性欲自体がないし、イチカは自分のことで手一杯でそれどころじゃない。
ツムグがニマニマ笑って見回しているものだから、女子生徒達が自分の胸を隠して身を守るようにコソコソしていた。
イチカは、溜息をついた。
「イチカ? どうしたんだい?」
「いや、馬鹿らしいって思って…。」
金髪の少年がイチカに話しかけてきたので、イチカはそう答えた。
この金髪の少年。名をシャルル・デュノアというのだが……少年と言っても、この少年、正確なところは少年ではない。
授業前に転校してきたフランスからきた“男装”の少女だ。
なぜ見破っていながらツッコんでいないのか?
ツッコむ気がなかっただけだ。
胸はしっかり隠しているが、イチカと比べて小柄で華奢で中性的ではある。なのでクラスの女子達は全員シャルルを男子だと思っているようである。
ところで、もう一人転校生が同じクラスやってきたのだが、小柄で銀髪で左目に眼帯を付けたその少女、ラウラ・ボーデヴィッヒにイチカは…。
いきなり叩かれそうになり、避けた。
それでラウラがカッとなってあやわ乱闘になりそうになったが、千冬が一喝してラウラが大人しくなりその場は収まった。
なのだがそれ以降、ずっと睨まれており、イチカは、溜息を吐いた。
「俺が何したってんだよ…。」
「気にしない方がいいよ。」
気休めにもならないことを言うシャルルに、イチカは再び溜息を吐いた。
「ど、どいてくださ~~~~い!」
「はっ?」
キィィィィンという音と、女性の悲鳴が聞こえてそちらを見た時、何かが突撃してきていた。
イチカが思わずポカンッとしてしまっていると、ツムグがイチカの前に立った。
そして両手で突撃してきたそれを受け止めた。
「……山田先生。大丈夫?」
「だ、大丈夫です。」
「す、すごい…、素手でISを止めた!」
「まあ、ツムグならこの程度お茶の子さいさいなんだろ。」
「イチカって、あの人に対して随分と淡白なんだね。」
「っていうか、望めることなら関わり合いたくないんだ。」
「えっ、それどういうこと?」
「……。」
「あ…、ご、ごめん。聞かない方がよかったね。」
ジトリッとイチカに睨まれ、シャルルは焦って謝罪した。
その後、セシリアと鈴が山田と模擬戦を行うことになった。
山田は、元代表候補生であると千冬の口から語られた。
そして現役代表候補生のセシリアと鈴では勝てないと言った。
それにカッとなったセシリアと鈴は、この後山田に負けた。
負けた理由としては、山田の実力もあるが、セシリアと鈴の仲が悪かったのもある。元々クラスも違うしお互いに各々の国の代表候補生であるというプライドが手伝って睨みあいとなってしまったのだ。その点を突かれてしまったのだ。
さすが約500個ぐらいしかないIS装者育成のための学園。生徒達も狭き門を通るが、それ以上に教える側のレベルが高い。いや、高くないとダメなのだ。
その後、千冬の指導により、グループ分けをすることになり、そのグループリーダーは、専用気持ちがするよう言い渡された。
イチカをチラチラと見る生徒達が多いが、進んで近寄ろうとする生徒は少ない。なぜならイチカと組めば、必然的にツムグが付いてくるからだ。ツムグを恐れている彼女らとしてはできうることなら関わり合いたくないのだ。
もたもたしていると、千冬がグラウンド百周させるぞと脅し、名字の順にグループ分けとなった。
イチカのグループになった生徒達は、傍から見ても分かるほど落ち込んでいた。
反対にシャルルのグループは、キャアキャアと大騒ぎだ。そしてラウラのグループは、静まり返っていた。原因は、ラウラが発する冷たく鋭いオーラのせいであろう。
「落ち込みたいのはこっちの方だっつーの。」
「文句言ってる場合じゃないでしょ?」
「十割十分、あんたのせいだろ!」
元凶に向かってイチカが叫んだ。グループになった女子達も便乗してそうだそうだと叫んだ。
ツムグは、それでもニヤニヤ顔を改めることもなく、腕組して笑っていた。
「…あー、こいつに何言っても意味ねーから、落ち着いて。」
ツムグの動じなさにギャーギャー文句を言っている女子達を、イチカが宥めた。
「イチカ君、こんな奴の味方のするの!?」
「違うって。こいつマゾだから罵倒しても笑うだけだからさ。」
イチカがそう言うと、怒っていた女子は固まった。
ツムグは、ニヤニヤしている。それを見て、イチカの言っていることが事実だと思い引いていた。
「俺は、マゾじゃないけどね。」
ツムグは、そう言って笑った。
「嘘つけ。」
「イチカ、おまえのグループが一番遅れているぞ!」
「あっ、ヤベ。」
千冬に怒られ、イチカのグループは、準備を急いだ。
***
午前の授業が終わり、昼食タイムとなった。
食堂では、他生徒達の迷惑になると思い始めたイチカは、屋上で食事をとるようにした。
なのだが。
「なんでおまえらがいるんだよ…。」
「なんだその言い方は! せ、せせせ、折角私が早起きしてだな…、おまえのために弁当を…。」
「そうなのか? じゃあ、俺の食事断ればよかったな。」
イチカは、自分に用意されたランチボックスを見おろして言った。
「はい、一夏。これ。」
「おっ、酢豚だ。作ったのか?」
「うん!」
「あ、あのイチカさん。わたくしも偶然朝早く目が覚めたので、こんなものを用意しましたわ。」
「サンドイッチか?」
「はい!」
「けどさぁ…、それ…。」
「言うな!」
ツムグが指さして言いかけたのをイチカが制した。
なんと言えばよいのか、なんと表現した良いのか…。
そのサンドイッチは、美しかった。…見た目だけは。
だが匂いがおかしい。見た目につられて手を伸ばそうとした手がなぜか拒絶するように止まる。そしてなぜだろう、ドス紫色のオーラ的なものが見える気がした。
「…写真…。」
ツムグがポツリッと呟いた。
レシピ通りに作ったのではなく、写真の見た目になるように作られたサンドイッチ…。
それに使われた調味料と材料の数々…。
セシリアは、腐っても貴族の令嬢だ。包丁なんて握ったことがないだろう。
見た目だからならいいのだ。見た目だけ…は。
ああ、どうしたものかと、イチカは、己の腹を撫でた。
これで腹を壊したらまた担架で運ばれることになるのだろう。せっかく食欲が戻ったのに、またおかゆ食に戻ってしまうのかと絶望した。セシリアからの期待の視線が辛い。
「いただきまーす。」
「あっ!」
「あ、おい!」
「うん。個性的な味だね。」
イチカが悩んでいる隙をついて、ツムグがセシリアからバスケットを奪い、サンドイッチを全部食べてしまった。
「ああ、せっかく…わたくしが…。」
セシリアは、ショックを受けていた。
「ツムグ!」
「何かいけない物が入ってたら、イチカ、またおかゆ食に逆戻りだしね。」
ツムグがストレートに言った。
セシリアは、それを聞いて目を見開き、ポロリッと涙を零した。
「ちょっと、いくらなんでも酷過ぎじゃない!」
鈴が怒った。
「君の酢豚もいただき。」
「あっ!」
「まあまあだね。」
「あんたの為に作ったんじゃないわよ!」
「ともかく、守代ちゃんに確認取った方がいいかもね。友達からの手作りのご飯食べても大丈夫かって。」
「…そうだな。」
「一夏!?」
ツムグの言葉に肯定的な言葉を返したイチカに、鈴達は信じられない者を見る目でイチカを見た。
イチカは、グッとこぶしを握り締めていた。
「胃腸が壊れたら食事の楽しみが減るからね。」
「食べれなかったら死ぬしかないだろ。」
「それはそうだ。」
絞り出すように言うイチカに、ツムグは、ニヤニヤ顔で言った。
「ま、そういうことだから、手作りのお弁当とか差し入れは、もう少し待ってて。」
ツムグは、鈴達にそう言った。
食事一つで生き死にがかかっているということが分かり、鈴達は黙らざるおえなかった。
この後、守代に手作り料理を食べてもいいかと聞いて、許可してもらったのは、別の話である。
速攻でシャルルの男装を見破ってるイチカです。ツムグも分かってます。
でもツッコむ気がないので言わない。
ツムグの心臓が他の臓器に影響を与えているので、胃腸が弱いイチカ君です。