「もう一回確認するけどそっち2、こっち6だけど本当にいいんだよな?」
「あぁ、だけど確認するけどそれ以外のレギュレーションに関してはPWCのものと一緒だと認識していいんだな?」
「あぁ。もちものは一つまで。道具禁止トレーナーへの攻撃はなしの標準公式ルールだ」
「なら問題はない」
ルール無用な方が得意なのだが、それを口に出す必要はないだろう。ともあれ、正々堂々としたルールで戦うのなら何も文句はない。リリィタウン中央の舞台、リリィタウンでバトルを行う為のグラウンドで両端に着きながらボールを手にして、バトル前の設定を行う。今回使えるポケモンは二体、
先発枠の黒尾、そしてアタッカー枠のスティングだけだ。
とはいえ、一番自分に適応しているポケモン二体という事もあり、ぶっちゃけ、素人相手の勝負ならそこまで心配しなくても良いレベルの戦力だ。何よりレベルは両方とも170を超えている環境トップクラスのレベルだ。相手がPWCに参戦しない一般トレーナー枠であるのならば、この二体だけで十分に封殺可能だ。というかしなくてはならない。
ここで一度、黒尾とスティングの手持ちとしての能力を纏めよう。
まずは黒尾。此方は先発で場に出る事でカウンターを溜め、そして相手の動きを止める事に役割を置いている。《きつねだまし》を使ったタスキ潰しはタイプが悪なのでゴーストタイプ等で無効化することが出来ない。『黒爪九尾の手管』には変化技を+1する能力が―――つまりはいたずらごころ互換がある為、相手が高火力技持っているポケモンである場合、それを察して《おにび》や《ダークホール》を撒くことが出来る。また、《みちづれ》を相手よりも早く出す事が出来るというのが非常に優秀だ。
《じょうおうのいげん》を特性として装備した状態で《みちづれ》を選べば、相手が攻撃技のみを繰り出す状況に限定した場合、確実に一体落とせる心強さがある。また、元がキュウコンなのでCの種族値が悪くない。固有種への進化と適応進化を経てC値は成長している。その為、タイプ一致である《だいもんじ》や《あくのはどう》を使った攻撃も行える。
《ダークホール》で相手を眠らせてからの《あくのはどう》で相手に眠り状態を引き継がせて連続で落とす―――が、ここに《おいうち》を持たせるとハメが成立してしまうのでレギュレーションとして習得を許可されていない。故に黒尾の構成は相手の出鼻を挫く、という一点にある。《のろい》、《みちづれ》、《おにび》、どれが決まっても相手が困るのは確実だし、《きつねだまし》でのタスキ潰しも出来る。また相手を状態異常にしてからバトンタッチをすれば後続のポケモンに対して任意能力を+2させた状態で戦闘が出来る。
一度で役割を終わらせない事を考えるなら特性は《やみのころも》、相手に対するハメ運用であれば《じょうおうのいげん》、そして相手がハメを駆使するタイプのパーティーなら《マジックガード》といったところだろう。
そんな黒尾に対してスティングの性能は終盤に繰り出すアタッカー、という形が一番適切だろう。専用の特性である《ふくしゅうしん》は瀕死の味方の数だけ急所率を上昇させるものであり、最後の一人として繰り出して運用すれば『殺刃蜂の殺し手』と合わせ驚異の急所率+7、確定急所となる。何よりも《ねこだまし》や《エアスラッシュ》、《でんじは》を利用したまひるみ戦法が通じない称号効果、そして蟲タイプとしての頂点に立った証である『統制者:蟲』の効果で、ほぼどんなタイプ相手でも強気に出ることが出来る。
それに何よりも
故に終盤アタッカーだ。最後の最後で速度と火力の勝負となる中で、大量のカウンターが溜まった状態、その中で相手のまもるやみきり、無効化能力を全て貫通して絶対に殺す。
気をつけなくてはならないのは黒尾もスティングも
一部のポケモンには攻撃技以外では瀕死にならない、なんていう効果を持ったポケモンも存在する。だがスティングも黒尾もそういうタイプのポケモンではない。その為、相手が徹底した《みちづれ》戦術を取った場合、問答無用で敗北する可能性があるという点だ。
それを踏まえて今回の選出を調整する。
名前:黒尾
特性:やみのころも
持物:たべのこし
技:《きつねだまし》《だいもんじ》《あくのはどう》
《まもる》《バトンタッチ》《ダークホール》
名前:スティング
特性:てきおうりょく
持物:いのちのたま
技:《くびをおとす》《みきり》《とどめばり》
《とんぼがえり》《ドリルライナー》《どくどく》
選出はこの通りにするとする。相手のトレーナーを見た感じ、一流のトレーナーが持つような覇気が見えない。ポケモンを育てていたとしてもおそらくは100レベル前後だろうと大体予測がつく。その場合、彼我のレベル差は70を超える。これは実数値における70以上の差になる。とはいえ、《いたみわけ》や《ステルスロック》などの固定ダメージベースの戦術構築の話をするとこのレベル差はあまり気にならなくなってくる為、油断はしない。
そういう意味でも黒尾とたべのこしの相性は良い。全てのタイプを半減して受ける事のできる《やみのころも》、そして一定間隔で回復し続ける事が出来るたべのこし。格下相手であると回復量だけで詰みに近い状況になる。
それに対して球持ちのスティングは素直な構成だ。殺される前に殺すという実にシンプルなスタイル。元々はメガスピアーであり、メガスピアーである以上はメガストーンを必要とした。だがメガスピアーをベースとした固有進化を行った結果、スティングからはメガストーンを装備する必要性が消えた。メガスピアーというA種族値の暴力から更に火力を上げることが出来るもちものを持たせられるのだ。
徹底してぶち殺す事だけを考えた構成だと言って良い。
先発は黒尾、そして次に繋げてスティング。サイクル戦はあまりやらなくなった、というよりは居座り型の方が相性が良いのがホウエンで発覚した。とはいえ、シドなしの黒尾オンリーがカウンターを稼げる要員なのだ、必然的に《とんぼがえり》で黒尾を場に2回出す必要があるだろう。そうしなければスティングのスキルが半分腐る。この状況でスティングのカウント8へと到達するには最低限で2回黒尾を場に出し、その上で4体倒す必要がある。
「……ま、こんな所だろう。一応勝負を始める前に保険を入れておくか」
ポケットの中から携帯端末を取り出し、それを一つの番号へと繋げる。電話が繋がるまで待つのに必要な時間はそう長くはなく、
『はい、もしもし此方親愛なる隣人ナイトさん。今愛しのエーフィーちゃん口説いてるからあとにして欲しいんだが』
「またアタックしてるのかお前は……それよりもひらひらフリルの似合うナイトちゃん、今暇している手持ちがいたらメレメレ島へと送ってくれないか? たぶん準伝と一回当たる事に―――」
電話の向こう側から大地を砕くような轟音が響き、少しだけ耳から離してから音が過ぎ去るのを待ち、耳を寄せた。
『サザラがそっちに向かったぞ。あいつがいりゃあ大体大丈夫だろう、スティングはそっちに居るし。ウチの二枚看板がいるなら準伝が相手でもお釣りが出るだろ?』
「おう、ありがとうな」
とりあえずこれで準備は完了だ。端末をポケットの中へと叩き込んで、黒尾が入ったボールを片手に、舞台の反対側にいる青年へと視線を向けた。青年も此方へと視線を返し、
「準備は終わったか?」
「あぁ、問題なくな。待たせたな。……それではバトルをしようか」
手を頭の方へと持って行こうとして、帽子を被っていないのを思い出した。アレがないと格好つかないな……そう思いながらボールを軽く手の中で転がし、息を吐いた。既に準備は整っている。ゆっくりと世界を、この舞台をスタジアムとして異能が飲み込んで行く。その感覚に相対する青年が動きを止めた。
「あ、えーと……」
「アローラにだって異能はあるだろう?場を支配しているだけだから気にするな。それよりもそっちの準備は出来ているんだろうな」
「うん? あ、あぁ……出来てるさ!」
最後の言葉は気合を入れる為か少し大きい声で放たれた。それに笑みを浮かべて迎える。そう、状況が何であれ、俺がチャンピオンである限り、どんな場所でバトルをしようが
故に、
耳元でピピピピ、という声が聞こえてきたが、横目を向ければ空間の切れ目が見えた。バトルの時にまで遊んでるんじゃねぇ、と軽く心の中で叱りながら掌の上にのせているモンスターボールを正面へと向けた。内側からモンスターボールがはじけ、黒い炎と共に舞台の上に黒い人影が出現する。
それは黒い着物に包まれており、足元のスリットからは白い生足が、胸元は零れそうで―――頭には黒い狐の耳が、着物の下からは九本の尻尾が見える。舞台に立つのと同時に、遠巻きに眺めている全ての人の呼吸を魅了する様に奪い、一瞬でバトルに釘付けにした。
「見るだけは自由ですが、懸想は許されませんよ? 身も心もこの人の物ですから」
「どうした、呆けて。バトルするんだろう?」
「あ、あ、あぁ……そうだったな! 行け! ガオガエン!」
青年がモンスターボールを投げ込み、閃光と共に新たな姿が舞台の上に出現した。それは黒と赤のライオンの様な、プロレスラーの様な恰好をしたポケモンだった。アローラの中でも珍しい御三家と呼ばれる、初心者トレーナー向けのポケモン。ククイの持っている資料で確認した事がある。タイプは悪・炎、見事に此方とタイプが被った形となってくる。
見て解る脳筋タイプのポケモンだ。鈍足が比較的にアローラでは多く、突出したポケモンが高速アタッカー……だったか、それを思い出しながら名を呼ぶ。
「黒尾」
「えぇ、解っておりますとも」
「避けろガオガエン!」
「ぐる―――」
だが遅い。ガオガエンの行動よりも先に黒尾が《ダークホール》を放ち、命中する。ダークホールの命中が50なんて事実は存在しない。そして命中80であれば此方の統率力で100ぐらいまでは引き上げられる。故に命中率は100。変化技の優先度が+1される事もあってガオガエンの行動前に《ダークホール》が成功し、踏み出そうとしたガオガエンがそのまま倒れて眠る。
「最低限の舞台は整えました―――」
相手が状態異常になった事をキーに黒尾のSが+2される。そしてそのまま片手を持ち上げるとポン、と煙と共にバトンが出現する。
「―――後はお任せしますよ?」
「シフトバック―――蹂躙しろスティング」
バトンを上へと黒尾が放り投げ、ボールの中へと戻っていった。それと入れ替わるように、次のボールがその内側から弾け飛んだ。そこから出現する姿は一瞬で舞台に到達し、斬撃と共にバトンを真っ二つに切り裂いて上昇された能力を黒尾から引き継いだ。
一瞬で到達した姿は漆黒の色の肌をしていた。スピアー特有の黄色は黄金色に変質して髪と服装の各種に見られ、黄金色の装飾を除けば肌、ホットパンツ、インナー、ジャケットの全部位が黒く染まっている。
ただ、その残された片目が爛々と赤く輝いていた。その片手には黒と赤、天賦のオノノクスを材料に作られたハルバードを再加工して作られたデスサイスを握っている。その動作も体の動かし方も凄まじく慣れているものがあり、
「……」
無言でフィールドに立ち、殺気で場を制した。静かな緊張が場と観戦者たちを包み、言葉を奪った。だがそれと同時にバトルは再開する。
「起きろガオガエン!」
「止めだ」
指示を繰り出す瞬間には既に手が振り抜かれていた。足のホルダーに装着されているダートを使った投擲―――《とどめばり》が突き刺さる。一瞬だけ舞台の上でびくり、と跳ねるとそのまま瀕死になって動きを停止した。《いのちのたま》と《てきおうりょく》による火力向上にAにひたすら特化した種族値、
それを無防備に食らえばこうなるのも当然の結末だった。
「……」
大きくバックステップを取りながらスティングが下がり、距離を開けた。目の前に着地しながら決戦場にカウンターをまた一つ乗せる。
「兄さん強いとは思っていたが、こりゃあ舐めたら一瞬で飲まれるな」
青年はボールの中へとガオガエンを戻しながら笑った。その仕草に帽子に手を伸ばそうとして―――あぁ、そういやぁ今被ってないな、と本日二度目の失態を演じる。アレがないと落ち着かないけどトレードマークでもあるから、被っていると都市部では正体バレるんだよなぁ、と。そう言い訳をしている間に青年がポケモンを繰り出す。
「《とどめばり》……ということは虫か! 虫には炎、頼んだぞファイアロー!」
「交通事故するだけの簡単なお仕事」
変な事を言いながらボールから飛び出したファイアローが空へと舞い上がりながら大きく旋回する。原種でありながら人の言葉を話す中々に奇特な奴は少々気になる部類ではあるが、その視線はしっかりとスティングを狙っている。強い訳ではないが、悪いトレーナーではないようだ。
ポケモンにやる気が見えるのがその証拠だ。とはいえ、
「スティング」
「それではボスの前に立つ資格はない」
大きく旋回したファイアローが一瞬で姿を喪失させるほどに加速し、超低空飛行から一直線にスティングに衝突した。炎を纏った空の一撃は弱点タイプであるなら問答無用で葬り去るだけの破壊力を持っているが、
それを受けたスティングは
「……落ちろ」
無感情にスティングがデスサイスを振り下ろし、ファイアローの首のある位置を振り抜いた。直後、その姿が強制的にボールの中へと叩き戻された。瀕死になった事の証明だった。
振り抜いたサイスを一回転させながら握り直し、スティングが再び構え直した。そこには達成感らしき色は一切存在しない―――ただただ純粋に、己の役割を果たしたという事に対する誇りのみが存在していた。そして
故に騒がない、揺るがない、焦らない―――慢心しない。
存在する能力全てでただ役割を果たす。だからこそ終盤用のアタッカーとして、一切ペースを崩さずに役割を果たせる二枚看板として相応しい。
「次だ、チャレンジャー。遠慮なく挑戦してこい」
無言でスティングが次のポケモンを催促する様に腰のボールを睨んだ。それを見て青年が言葉と動きに詰まり、手の動きを完全に停止させた。そのまま数秒間、一切の動きが青年から無くなり、
「……だ、ダメだ、勝てない。降参する」
降参を示す様に青年がボールを持ったまま両手を持ち上げた。そのまま数秒間経過し、公式戦でも記述されている降参のムーブメントが終わり、戦闘が終了する。決戦場を解除しながらふぅ、と息を吐いた所で、
「賢明だな」
スティングがぼそり、と言葉を残して振り返り、ボールの中へと戻った。スティングの入ったボールをボールベルトに装着しながらサングラスを帽子代わりに弄って、反対側の青年へと視線を向けた。
「おい、大丈夫か?」
その言葉に青年が一瞬だけビクリ、と体を震わせた。
「あぁ……なんというか……俺も島巡りを終わらせてポニ島まで行った事があるから腕前には自信があったんだけどな。だけどなんというか……ポケモンバトルに対する意気込みというか、勝利への執着というか……うん、それが別格の様に感じたよ。ちょっと、こっちが申し訳なく感じるぐらいには」
「恥じ入る必要はない。ポケモンバトルは楽しむもんだ。エンジョイ勢とガチ勢でもそれぞれ楽しみ方が別なだけで上下はない。ただ俺はその中でも頂点を目指している一人ってだけさ」
舞台を横切って、手を前に出す。それを見た青年は躊躇するが、
「降参するのも時には必要だ。ポケモンも生きているし、強すぎる相手との戦いは心に傷を作ったり、普通の回復では治療できない怪我の原因にもなる。そういうのを考えて降参したんだろう? なら英断だ。自分の選択に胸を張って手を取ると良い」
その言葉に青年は一瞬躊躇しながら此方の手を取った。そしてありがとう、と言葉を告げて来た。
「……だけどちょっと、説教臭くない?」
「馬鹿野郎、俺は30だ。お前よりも年上だと言っただろう」
「えっ」
その言葉に青年が今度こそ固まったが、その姿に苦笑を零した。まぁ、
そう考えると、やっぱりアローラは辺境だな、と思える。
それはともあれ、
「これで納得してくれたか?」
「あぁ……俺なんかが邪魔出来る様な人じゃなかったな。ただ本当に気を付けてくれ。カプ・コケコは強く、そして好戦的だ。満足する為にひたすらバトルし続ける気配だからな、今は。一応バラすとタイプは電気・フェアリーだ。AとSが非常に高く、自分のいる場を強制的にエレキフィールドで上書きしてくる」
「成程、情報感謝する」
フェアリー混じりなら異界でエレキフィールドを飲み込んで、その上でスティングで攻撃すれば弱点を抜けそうだな、と考える。フェアリータイプに相性の良い二人を連れている状態でよかった。後はサザラがこちらに到着できるかどうかだが―――まぁ、期待せずに待っておくとしよう。
準伝程度、今更怖くもない。
第一PWCは準伝の使用解禁が行われている。比較的に個体数が多いと言われているボルトロス達や伝説の三鳥、そしてラティオスとラティアスはPWC中に何度も見かけるだろう。
この程度突破できずにポケモンマスターは名乗る事は出来ない。
まぁ、いい経験にはなる。
「軽く遺跡観光と洒落込もうか」
許可は得た。次の目的地はマハロ山道から、戦の遺跡だ。
という訳で最初の戦闘はサレンダーにより終了。臆病に見えるけど、ポケモンを大切にするのであれば、当然の考えでもある。なおスティングさんはちゃんと手加減してくれました。
▽怪我……ポケモンセンターなどの治療では治せないダメージ。過去にはスティングが発症して選手生命を絶たれた、とされていた。強すぎる相手とのバトル等で発生する時もある。