オール・フォー・ワンは剣崎の体からどす黒い心臓みたいな形のナニかを取り出し、それを無慈悲に握り潰した。
剣崎がやられた――その非情な現実が、オールマイト達を襲った。
「さて……今度こそ君だオールマイト」
オール・フォー・ワンは、そう言って剣崎を放り投げてゴミのように棄てた。
その直後、剣崎は苦しそうに呻き声を漏らし始めた。ミチミチという生々しい不快な音が響き、その音に思わず顔をしかめる。それだけでなく、周囲にいたあの骸骨カラス達も苦しそうに鳴き、ついには動かなくなった。
やがて亡霊のヒーローから、生々しい不快な音が止んだ。すると信じられないことに、顔にあったはずの無数の切り傷と火傷の痕が跡形もなく消えていた。ぞっとするほど白かった肌は人間らしい血色が戻っており、常に揺らめいていた髪はピタリとその動きを止めている。
変化したのは肉体だけではなかった。着用していた雄英高校の制服と羽織っていたコートは、傷んでいた箇所が全て元通りとなり、刀は一切の刃こぼれも生じていない新品同様になった。
〝個性〟を奪われたことにより、生きた人間へと戻ったのだ。
「……!?」
「こ、これはっ……!?」
「何……!?」
予想をはるかに超えた、あまりにも斜め上の展開に、当事者の剣崎とオールマイト達だけでなくオール・フォー・ワンですら困惑する。
確かにこの手で、剣崎の〝個性〟は無に還した。そうすれば剣崎は自然消滅すると、オール・フォー・ワンは考えていた。だが現実は全く違い、16年前のあの日の姿に戻っている。
しかし、現状を理解したオール・フォー・ワンは微笑んだ。今の剣崎には〝個性〟による不死身体質は無い。つまり物理攻撃は確実に通じるのだ。
「ハハッ……アハハハ! まさかの延長戦は想定外だ。だが今の君だと僕の前では残りHPが1も同然。すぐにでも片が付く」
オール・フォー・ワンはそう言い、触手を伸ばして剣崎を始末しようとした。
だが――
ザシュッ!
「っ!」
襲ってきた触手を一閃し、斬り飛ばす剣崎。
心なしか、亡霊の時よりも動きのキレが良くなっているように思える。
「……この感触、16年ぶりだ」
「……」
「オールマイトはアレで終わりだ。止めを刺す必要もねェだろうよ……だからてめェが殺すべき新たな敵は、この俺だ。他者に死をもたらすことを何とも思わねェ人の皮被った化け物が相手だ」
剣崎は殺気を放ちながらオール・フォー・ワンを睨む。
オールマイトと比べると恐れるに足らないが、剣崎はオール・フォー・ワンを倒しに来たのではなく
「血が出るなら殺せるはずだ。菜奈さんの弔い合戦といこうぜ」
「! ――おや、気づいたのかい?」
「あのクソガキの話の流れで察したよ。だがどの道てめェを殺すのは変わらねェ…………てめェを殺す理由が増えただけだ!!」
剣崎はそう言って、一気にオール・フォー・ワンの懐に潜りこみ刀を振るって猛攻を仕掛けた。
オール・フォー・ワンはそれを避け、徒手空拳で応戦する。
「強力だ、中々やる」
剣崎は先程よりも動きが身軽になり、一撃一撃も速く重くなっていた。
明らかに、亡霊の時とは様子が違う。〝個性〟を奪って力を削いだつもりが、むしろ剣崎を格段に強くしている。もしかしたら、〝個性〟を奪ったことにより彼は生者として肉体を取り戻し、同時に16年間のブランクを取り戻したのかもしれない。
だが一方で、不死身体質が無い上に生者に戻ったので体力や気力を削ぐことはできる。持久戦に持ち込んで消耗しきったところをゆっくり止めを刺せばいい――オール・フォー・ワンはそう考えた。
しかし、そう簡単には行かないのが世の常である。
「っ!」
ふと、オール・フォー・ワンは背後から殺気を感じその場から離れた。
その直後、無数の札が飛び瓦礫に突き刺さった。
「……礼二か」
「てめェ、何のマネだ」
二人の殺し合いに、礼二が介入した。
剣崎は札を飛ばした礼二を睨む。
「勘違いすんな、俺は俺のために動いただけさ。そいつの首はお前にやるよ」
「……俺のためってのはどういう意味だ」
「それを訊くのは野暮だろ」
「
その言葉と共に、両者はオール・フォー・ワンに凶刃を向けた。
息つく間もなく、二振りの白銀の刃が彼を襲う。喉、胸、腹、頭……的確な急所を突きながら反撃の隙を与えない攻撃にオール・フォー・ワンは苦戦した。
人間空気砲を放とうとすると剣崎が腕を斬って鞘で肝臓を突き、触手で体を貫こうとすると札にガードされ一太刀を受けてしまう。まるで互いの攻撃の隙を互いが補い斬りかかるような、完璧とも言える戦いぶり。
敵対者だが、オール・フォー・ワンは内心感服していた。
(やれやれ……暫くは防戦かな)
一方のオールマイトは、息を整えながら二人の戦いを注視していた。
活動時間はすでに限界を迎えているが、渾身の一撃を見舞える力は残っている。これも剣崎のおかげだろう。
剣崎と礼二――狩る側と狩られる側が、呉越同舟でオール・フォー・ワンに立ち向かう。本気で彼を殺す気であるだろうが、それが叶わずとも巨悪を倒せる一瞬の隙さえ作ってくれれば十分だ。
(不甲斐無い……だが、感謝するぞ二人共……君達の命懸けの戦いは決して無駄にしない!)
片方は〝個性〟も奪われ、全てを失った少年。もう片方は
オールマイトは、そう心に決めた。その時――
「オールマイトォォ!!」
『!!』
聞き覚えのある、空気をも振るわすような怒号が木霊した。
声の主はエンデヴァーだった。
「おや、思ったよりも早かったな……」
「オールマイト!! 何だその情けない姿はァ!!! その情けない背中は何なんだァ!!!」
「エンデヴァー……」
超えたかったNo.1ヒーローの真の姿を初めて見たエンデヴァーの表情は、怒りだけでなく絶望や焦燥を孕んでいた。
受け入れ難い真実。自分としては絶対に認めてはならない現実。それを直視したエンデヴァーに、オールマイトは何も言えなくなる。
それを皮切りに、オールマイトへ声を投げ掛ける者が増えた。
――あの邪悪な男を止めてくれ! オールマイト!!
――どんな姿になってもあなたは皆のNo.1ヒーローなんだ!!
――勝てや!!
――負けないでよ!!
――負けるな!! 頑張れ!!
「そうだ……まだ死ぬわけには……!!」
人々の声援が、消えそうになったオールマイトの炎を燃え盛らせる。
巨悪と戦う正義のヒーローは、ここで終わるわけにはいかない。
「……二人共、後は任せろ」
「「!!」」
オールマイトはトゥルーフォームから、皆がよく知る筋骨隆々の姿に変化した。
どう見ても無理をしているようにしか見えず、痛々しいにも程がある姿だが、その変わらない笑顔が人々に希望を持たせる。
そしてその笑顔は、オール・フォー・ワンを煽るのに十分だった。
「いいだろう……あの二人から殺すよりも、君を殺して絶望の淵に立たせてから殺した方が僕としてもスッキリする。君らの下らない精神話は置いといて……これから僕がやる事を話そうか――」
すると突如、オール・フォー・ワンの右腕が変化した。
その右腕は見る見るうちに本人の半身を超える程に肥大化し、何本もの腕であろう筋肉が見て取れるようになった。 螺旋を描いた槍のような骨がいくつも露わになっており、対象に当たるであろう拳の表面部分には重点的に金属の鋲が生成されている。
「「筋骨発条化」+「瞬発力×4」+「膂力増強×3」+「増殖」+「肥大化」+「鋲」+「エアウォーク」+「槍骨」………今度は確実に殺すために、僕が掛け合わせられる最高・最適の〝個性〟の組み合わせで――君を殴る」
憎悪、怒り、悪意……この世の全ての〝負〟を集結させたかのような禍々しい右腕は、この善と悪の頂上決戦に終止符を打つに相応しい。
オールマイトもまた、粉骨砕身の覚悟と共に拳を力強く握り締めた。
「後は全部僕が片付けるから……君は安心して、存分に悔いて死ぬと良いよオールマイト――君の負けだ」
オール・フォー・ワンは跳び、オールマイトに迫った。それに合わせてオールマイトも跳び、最後の一撃――〝渾身の一撃〟を見舞うべく迎え撃った。
(どう足掻いても君の負けだよ。僕の勝ちだ)
オール・フォー・ワンは、嘲笑う。
彼の真の狙いは、〝衝撃反転〟でオールマイトの〝渾身の一撃〟を全てフルカウンターし、その上で自分の右腕で殴ることだ。「ワン・フォー・オール」の全力の衝撃が自らに反転した上で殴れば、オールマイトの死は確実だろう。
だが、ここで予想外の事態が生じた。
フッ……
「何っ!?」
「剣崎少年!?」
何と両者の間に、剣崎が現れた。
「渾身の前に全力受けとけ――〝雷槍〟ォ!!!」
剣崎は渾身の力を振り絞り、切り札の〝雷槍〟を
突然の剣崎の介入に虚を突かれたオール・フォー・ワンは咄嗟に「衝撃反転」を発動するが、剣崎の〝雷槍〟が直撃するのが早かった。
ドォォン!!
「ぐっ……!」
拳を通して衝撃が伝わる。だが右腕が右腕なので全身の至るところまで
それでも、オール・フォー・ワンに隙を与えるには充分であった。
「剣崎少年、ありがとう――そしてさらばだ、オール・フォー・ワン!!」
「っ――オールマイトォォォォォォ!!!」
――〝UNITEDSTATES OF SMASH〟!!!
オールマイトの叫びと共に、〝渾身の一撃〟が巨悪の顔を抉った。
その刹那、地面にクレーターができて凄まじい衝撃が生じり、至近距離でダイナマイトが爆発したかのような激しい音が鳴り響いた。 衝撃の余波で現場にいる人間は身を屈めて衝撃に耐え、上空の報道ヘリは大きく揺らぐ。
善と悪の頂上決戦……どっちが勝っても時代が変わる、歴史的事件。
その勝負を制したのは――拳を天に衝き立て挙げるヒーローだった。
『オールマイトォォォォォォ!!!』
勝者は〝平和の象徴〟オールマイトだった。
人々に恐怖のどん底へ陥れた〝悪の支配者〟オール・フォー・ワンは、大の字になるように倒れている。異形と成り果てた右腕は、元に戻っているどころか失っている。〝渾身の一撃〟はそれ程の威力だったのだ。
不安や動揺で支配されていた神野は歓喜の声で満ち、喜びの涙を流している。
「はっ――剣崎少年は……」
オールマイトは、慌てて辺りを見渡す。
あの決定的な一打を与える、一瞬にして最大の隙を作った彼はどこに行ったのか。あの衝撃の余波で吹き飛んだのだろうが、一体どこまで行ったのか。
満身創痍の身体に鞭を打って捜索を始めた、その時――
――時代の残党らしい、な……。
心を締め付けるような小さい声が、耳に入った。
その方向へ体を向けると、そこには――
「剣崎少年っ!!」
瓦礫の鉄筋で腹を貫かれた剣崎がいた。
出血は止まっておらず、すぐにでも治療しなければ命が危ない。
「剣崎少年、しっかりしろ!!」
顔を青ざめたオールマイトの様子から、火永達が駆けつけた。
「刀真!!」
「これは酷い……早く救急車を――」
「……やめとけ」
『!?』
救急隊員を呼ぼうとする御船を止める剣崎。
先程の意思の強い目は弱弱しく、気を抜けばすぐにでも眠ってしまいそうな目付きだ。
「16年……長かった……悲願の成就こそ、ならなか、たが……次代は大丈夫そうだ……」
「剣崎少年……!!」
憎しみと怒りと共に過ごしてきた剣崎。
移り行く世に再び解き放たれてからは、本来の自分としては納得のいかない日々だった。学校側に制限され、狩るべき相手をすぐ狩りに行けず、中々ままならないモノだった。
しかし、次代の正義を担う若人達を目にして安心してもいた。
「別に未練はねェさ………これで少しは、よく眠れそうだ………」
『っ……』
「――菜奈さん……」
剣崎はそう呟いて、ゆっくりと目を閉じた。
こうして、神野区で起きた善と悪の頂上決戦は幕を閉じた。
しかし善悪の戦いはまだ終わっておらず、次の次世代へと託されたのも事実である。
次回、最終回です。
前回「あと3~4話で終わると思います」と言っちゃいましたが、あれは嘘だ。
どうか最後までお付き合いください。