亡霊ヒーローの悪者退治   作:悪魔さん

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№75:それで

 志村菜奈と剣崎優。

 オール・フォー・ワン二人の女性の名を口にすると、オールマイトの額に青筋が浮かび、ギリギリと歯軋りを立てた。

「貴様のような外道が! 穢れた口で! お師匠と優さんの名前を呼ぶんじゃない!! 二度と、彼女達の本名を口に出すな!!!」

 オールマイトという〝平和の象徴〟を生み、剣崎に大きな影響を与えた師匠。

 そして師匠(なな)と親交がありオールマイトも敬意を払った剣崎優。

 その二人を侮辱するような言いぶりのオール・フォー・ワンに、黙ってはいられなかった。

「そうだ、せっかくだから聞かせてあげるよ。か――」

「Enough――」

 オール・フォー・ワンの言葉を塞ぎ、怒りをぶつけようとするオールマイト。

 ここまで怒り冷静さを失ったのは、早々無いだろう。

 すると――

 

 ザッ!

 

『!?』

 肉を切る音が鳴った。

 無傷に近い状態のオール・フォー・ワンの肉体から、赤い血が流れる。

 オールマイトの前に現れ、オール・フォー・ワンの前に立ちはだかる一人の人物。その正体は――

「よう……待たせたな」

「剣崎……!?」

「……礼二までいたのか」

 刃こぼれが生じた刀には、微量に滴る血液が。

 オール・フォー・ワンの右腕を斬り落とす気で振るったのだが、咄嗟に〝個性〟で肉体強化をしたのか、それとも踏み込みが甘かったのか、彼の右腕に深く傷痕を刻む程度(・・・・・・・・・)であった。

「ちっ……完全な不意打ちでも腕一本斬り落とせねェか……」

 凍てつく眼差しが、巨悪を見据える。オール・フォー・ワンは距離を取り、腕を押さえている。

 しかしそれは一瞬。次に見据えたのは、オールマイトだった。

「……で、何してんだてめェは。奴は殺す気で来てんだ、てめェも殺す気で相手取らねェと死ぬぞ? 火永達もだ」

「剣崎少年……だが……」

「戦場に倫理もクソもあるかよ。この期に及んで女々しい言葉並べるってのか? 活動時間の方大丈夫か?」

 呆れた物言いの剣崎に、思わず笑みを溢すオールマイト。

 活動時間の限界が近づく中で、オール・フォー・ワンの身体に傷がついた。血を流すということは、彼を――何らかの〝個性〟で不老になってる可能性があるが――倒すことができるということでもある。

 些細なことだが、勝利を掴む上では精神的な面では大いにありがたい。

「おやおや、こうして相見えるのは随分と久しぶりじゃないかな? 剣崎……どうしたのかな、ホラー映画にでも出てたかな?」

「てめェこそ何だ。〝悪の支配者〟から妖怪のっぺらぼうに転職か? 鬼太郎の霊毛ちゃんちゃんこで殴られたのか?」

「ついに表に出ちゃったね……大丈夫かい? その姿を晒して? 雄英側としては困るんじゃないか?」

「まァ外野がうるせェのは事実だな。だが不幸中の幸い、俺の容姿が容姿だ……マスコミ連中は〝ヴィランハンター〟がこんな形でまだいたなんて信じやしねェ。神野で偶然にも(・・・・)(ヴィラン)同士の内ゲバが発生したってぐれェで済むさ」

 空を飛ぶ報道ヘリを見上げながら、巨悪の言葉をまるで日常会話のように返す剣崎。

 オール・フォー・ワンは、言葉巧みで人の心理を操り掌握する。心理戦では間違いなく世界最強だと断言してもおかしくないだろう。しかし剣崎は、オール・フォー・ワンが言葉で相手を翻弄することを得意としているのを熟知しているだけでなく、「あの頃」とは性格が一変している。

 「あの頃」のままであればそのまま彼の思うがままだったろうが、今は違う。言葉を交わせば最後であるはずなのに、あの悲劇のおかげで彼に惑わされないのだ。

「……君はムカつくな。オールマイトならすぐにでも乗ってくれるのに」

「生憎、俺はオールマイトと違って捻くれちまってんでなァ」

「本当に君が憎い。僕の思うようになってくれない……この場でも」

 余裕に満ちてる一方で、苛立ちも隠せないオール・フォー・ワン。

 すると突然、剣崎は爆弾発言を投下した。

「オールマイト、ちょっと外野うるせェから〝元の姿〟で黙らせてくれ」

「な……!?」

「傷は浅い内にってな」

 傷は浅い内に――その言葉の意味を理解したオールマイトは、目を見開いた。

 オール・フォー・ワンの狙いは嫌がらせ。オールマイトの真の姿を――惨めな姿を世間に晒すことにあり、その為ならばどんな手段も厭わないはずだ。すぐそばで一般人が倒れていたら、オール・フォー・ワンはその人を攻撃するだろう。しかしここであえて晒せば、その可能性は減るのかもしれない。

 つまり、剣崎は正体を晒すことが必ずしもリスクに満ちているわけではないと言っているのだ。

「……君を信じよう」

「何だと……!?」

 オールマイトはそう呟いた瞬間、意を決して真の姿を公開した。

 筋骨隆々の逞しい肉体から、皮と骨だけのような痩せ細った病人のような体に変わる。トゥルーフォームだ。

 知られてはいけない真実を巨悪に暴かれるのではなく、自ら露わにしたことに、さすがのオール・フォー・ワンも虚を突かれたのか言葉を発しなかった。そして先程まで実況で騒いでいた報道ヘリや野次馬も、構えていた火永達も黙り込んだ。

「これで少しは静かになったな」

 剣崎は口角をグッと上げ、オール・フォー・ワンに言葉を投げ掛けた。

「世界一最弱なヒーロー? 醜いトップヒーロー? それで救える命があるなら結構じゃねェか。溺れる者は藁をも掴むもんだぜ」

「……そうだ、剣崎少年の言う通りだ………!!」

 オールマイトは、立ち上がった。

 醜い姿を世間に晒した。ボロボロに傷ついた体を見せてしまった。だから何だと言うのだ。

 どんなに醜く頼りない姿でも、平和を願う心と弱気を救ける正義が、彼をより強くして巨悪を征するのだから。

「私の心は依然! 平和の象徴!! 一欠片とて奪えるものじゃない!!!」

「……成程。剣崎、君はオールマイトの心を護るためにあんなことを?」

「いや、単に外野がうるさかっただけだ」

 剣崎がそう言うと、ギャアギャアと鳴きながら骸骨カラス達が集まった。

 そして瓦礫の上や地面に降り立ち、オール・フォー・ワンに顔を向けている。

 幸い、剣崎がオールマイトにトゥルーフォームを晒すよう提言した思惑をオール・フォー・ワンは掴めなかったようだ。

「これがヒーローってモンだ。そう簡単に心へし折れちまったらやってけねェよ」

「あっ、じゃあコレも君らの心に支障は無いかな……あのね――」

 オール・フォー・ワンは人差し指を立てて、ニヤリと笑顔を引きつけて衝撃の言葉を口にした。

 

「死柄木弔の本名は志村天孤。志村菜奈の孫だよ」

 

「――はっ?」

「……!」

 オールマイトは呆然とし、剣崎は目を見開いた。

「最初に君と弔が会う機会を作った。君は弔を下したね……厳密に言うと剣崎の方かもしれないけど。何も知らないその穢れた笑顔で、勝ち誇った醜い笑顔で、菜奈の孫を傷つけたね――」

「それで?」

『――は?』

 たった一言。

 たった三文字。

 しかし、それだけで場の空気は一瞬で変わった。

「剣崎少年、君は何を言ってるのか――」

「お師匠の孫……そうか、菜奈さんの親族たァ驚きだ――だから何だってんだ? 親は親、子供は子供……そんなことも割り切れない野郎が〝平和の象徴〟なんざお笑いだな」

 お師匠のご家族に、何ということを――オールマイトだけでなく、全ての人間が彼と同じ立場だったなら必ずこう思うだろう。

 だが、剣崎は違う。確かに大切な人の家族を傷つけたが、その家族が〝社会の敵〟であれば遠慮も慈悲も無用。むしろ今後の社会への悪影響を考慮して粛正する。相手が何者であれ、彼にとっては悪は悪なのだから。

「そうだった! 剣崎、君はこういう類のネタはすぐに切り捨てることができたね。オールマイトと違って、過去を見ないで前をひたすら突き進むんだったねェ。じゃあこれも言っておこうかな」

 

――剣崎、君の家族を葬ったのは私だよ。

 

「――は?」

 今度は、剣崎が呆然となった。

 それと共に、あの日の忌まわしき記憶が――〝ヴィランハンター〟誕生の記憶が蘇る。

「厳密に言えば、裏で手を回したのは僕であって、実行犯は君が殺した奴らだ。あの二人はあまりにもしつこくて目障りだった――もう少し頭を使えば死なずに済んだモノを……」

 その時だった。

 顔を俯かせたまま、剣崎は全身からどす黒い霧を噴き出しながら大股でオール・フォー・ワンに近づいていく。

 ひび割れたような肌からは黒く粘ついたナニかが大量に零れ落ち、瓦礫をみるみるうちに腐食させていく。

「ハハハハ……!! どうやら完全に〝堕ちた〟ようだね。正気を失い、瘴気を撒き散らす程とは……僕がそんなに憎いかい? でももしあの時、オールマイトや志村菜奈が来てたらどうだったろうね……少なくとも両親は救えたよね?」

「貴様っ……!!」

「今の君はヒーローでも(ヴィラン)でもない。ましてや、ヴィジランテでもない……ただの厄災だ。怨徹骨髄……(ヴィラン)を憎み続けたがゆえに負の感情のコントロールが利かなくなり、生きても死んでも怨念を撒き散らす、時代が生んだ哀れな怪物だ」

 嘲笑するオール・フォー・ワンに、剣崎は無言でゆっくりと近づく。

 あまりの怒りと憎しみで言葉すら発しなくなった彼を煽るように、オール・フォー・ワンは言葉を並べる。

「ハハハ……さすがの僕も同情するよ。〝平和の象徴〟にも救われず、憧れていた女にも救われず、今も仮初の平和を謳歌する手前勝手な正義を妄信しているなんて。誰からも尊敬されず、未来永劫恐れと共に忌み嫌われ続けながら全ての業を背負って消える……」

「黙れ……!」

「ハハハハハ!! オールマイト、僕は楽しくて仕方ない!! 一人の少年の手を血で汚させて、その因果を背負わせた挙句に死に追いやった君が、今!! あの笑顔で同じ悲劇を繰り返そうとしている!! 正義の名のもとに……ヒーローの名のもとにっ!!!」

「黙れっ!!! 貴様に剣崎少年の何がわかるっ!?」

 歓喜するオール・フォー・ワンに激昂するオールマイト。

 その直後――

 

 ダンッ――

 

「!!」

 剣崎が鬼の形相で刀を振るい、襲い掛かった。

 だがオール・フォー・ワンは、これを待っていた。剣崎が完全に理性を飛ばす瞬間を。

 

 ドスッ

 

 剣崎の胸を、オール・フォー・ワンの手が貫いた。

 黒く粘ついたナニかが彼の服を溶かしているが、何らかの〝個性〟をまた使ったのか、モロにかかっているのに皮膚には傷一つついていない。

「実は君の為に奪ってきた〝個性〟があるんだ。名前は「個性消滅」……その名の通り、対象の相手の〝個性〟を抜き取って消滅させるのさ。素手じゃないと発動しないんだけど……この手で貫かれたら最後、一切の自由は利かないよ」

「ま、まさか……!!」

 オールマイトは、段々顔を青ざめていった。

 生ける亡霊となった剣崎は、〝個性〟で生かされている。その〝個性〟を抜き取られ、更に消されたらどうなるか、想像に難くない。

 その間にも、オール・フォー・ワンは剣崎の体からどす黒い心臓みたいな形のナニかを取り出した。

「これが君の〝本体〟なのかな……? まァ君のは僕の身体にも毒っぽいから、消してあげるよ(・・・・・・・)

「やめろォォォォォォ!!!」

 オールマイトの絶叫が木霊し、オール・フォー・ワンはそれを嘲笑いながら握り潰した。




今月中はキツイかもしれませんが、あと3~4話で終わると思います。

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