亡霊ヒーローの悪者退治   作:悪魔さん

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№72:糸

 神野第4ビルディング。

 その最上階で、爆豪は囚われの身となっていた。蜘蛛の巣のように展開された糸に張り付けられ、身動き一つ取れないでいる。

「ククク……そう睨むな。何もお前を取って喰おうと攫ったという訳ではない」

「ケッ……あのゾンビ野郎を殺すための人質ってか? 俺ならその隙にてめェを殺せるぜ」

「案ずるな、私が出した〝糸〟はお前の力ごときで切れるような安い代物ではない。全身を爆破しても一本も切れんさ」

 殺意を孕んだ爆豪を嘲笑うかのような態度のシックス。

 普段の爆豪なら物騒な言葉と共に襲い掛かるところだが、さすがに相手の実力(ヤバさ)や今の自分の状況では戦闘になっても勝ち目が無いと判断したのか口だけで湧き上がる爆発的な感情を抑え込んでいる。

 それを察したのか、シックスは嘲笑う表情を変えて不敵な笑みを浮かべた。

「先程の無鉄砲さとは違うな、少年。私の実力を理解できているようだ……強がりの割には賢明な判断も取れるのか」

「……」

「ヒーローの卵どころか受精卵程度の若輩者の割には大したモノだ。死柄木が仲間にしたがるのも頷ける……だが剣崎には及ぶまい。己の信念と正義を貫くために全てを滅する覚悟――汚名を着て後世にまで悪鬼羅刹のように恐れられ忌み嫌われる覚悟が足りんな」

「……何が言いてェ」

「今時のヒーローは腑抜けているのだよ。名誉や収入に目が無く、それでいて世間の目を気にする……遂行するために切り捨てることができない半人前ばかりで、たった一人の人間に依存している」

 世の中には、得ると失い捨てると得られることがある。

 剣崎は情を捨てたことで己の正義を曲げずに貫くことができるようになり、オールマイトは利己的な活動を一切しなくなったことで人気と称号を手に入れた。捨てる勇気が、前へ進む力となるのだ。

 しかし今時のヒーローは何もかも得ようとするため、ステインのようなヒーローの在り方に対し懐疑的な人物が増えてきた。何でもかんでも得ようとする者達が大多数を占めるようになり、一部からは欲に満ちてるように見えるのだ。

「さて、おしゃべりの時間はここまでだ。ここから先は半端者は立ち入りを許されない〝本物の戦い〟………だろう? 剣崎よ」

「!」

 ついに剣崎が追いつき、姿を現した。

 キン、キン、と抜き身の刀で床を突きながら、凍てつくような眼差しでシックスを睨む。

「……かつてのアジトが死に場所か? てめェにも愛着ってのがあるとは意外だな」

(ヴィラン)とて人の子……情の一つや二つは湧く。もっとも、憎しみと怒りで身を焦がす今のお前には理解できんだろうが」

「理解したくもねェよ」

 剣崎はそう言うと、懐から短刀を取り出し投げつけた。

 それはブーメランのように回転し、爆豪を縛る糸を断ち切……らなかった。剣崎が投げた短刀を、シックスは素手で――それも指二本で――受け止めたのだ。

「……お前の敵は私だろう?」

「ちっ……」

「まァいい………邪魔者はいない。今度こそこの手で葬ってくれるわァ!!」

 そう叫びながら飛び上がるシックス。

 それと共に壁に何かが刺さる音が四方から発生する。

「お前に手を差し伸べる者はどこにもいない。退く道も無い。お前はここで死ぬのだ」

 頭上を見上げた爆豪は、目を見開いた。

 宙に、シックスが浮いていたのだ。

「宙に……!?」

「ククク……16年ぶりに見る私の〝個性(ちから)〟はどうだ?」

「学習しねェ奴だ……昔と同じ手口を使って何になる? 俺もバカじゃねェんだ」

「だろうな。――だがこれはどうだ?」

 シックスが懐からマッチを取りだすと、火をつけて頭上の警報装置に近づけた。

 するとサイレンが鳴り、スプリンクラーが作動して天井から水が溢れ出てきた。剣崎はそれをモロに浴びると……。

「あ……がァァッ!!! ぐう……うがあああああああ!!!」

 空間を震わすような断末魔の叫びを上げる剣崎。

 刀を杖代わりに全身を支えるが震えており、一目見て先程よりも衰弱しているように思える。

「お、おい!! ゾンビ野郎、どうした!?」

「な、んだ……コレハ……!!」

「フフフ、これは酒ではないぞ。剣崎……ヒイラギを知っているか?」

 ヒイラギ。

 節分によく用いられ、古くからその鋭いトゲによって邪気を払う木とされてきた「鬼の目付き」とも呼ばれる植物だ。鬼門――万事に忌むべき方角――の方向に植えたり、縁起木として玄関脇に植えることで邪気や鬼の侵入を防ぐとされている。

「ヒイラギは古来より世界中で〝強力な魔除け〟とされ重宝されてきた代物……お前にとっては日本酒を浴びる以上のダメージを追うことになるのだ」

「てめェ……まさか……!!」

「さすがに察したか……お前の予想通り、スプリンクラーを改造して水にヒイラギの粉末を溶かしたのだ。これで満足に動けまいし、ダメージも多かろう」

 笑みを深めるシックスに対し、鬼の形相の剣崎。

「さァ、ショウタイムだ。16年に及ぶ因縁を終わらせようではないか」

 

 

           *

 

 

 一方、火永達は――

『ハァ……ハァ……』

「……参ったな、思った以上にできるようだ。素晴らしいけどね」

 オール・フォー・ワンは、呆れとも感心とも取れる言葉を漏らす。

 戦いはオール・フォー・ワンの圧倒的有利であるという、ある意味で想定内の結果だが、彼もまた傷を負っていた。

 オール・フォー・ワンは多様な〝個性〟を持つためその戦闘能力は圧倒的なものであるが、能力である以上は「相性」が存在する。彼の能力の特徴は奪った〝個性〟を自らの中に留めることに加え、奪った複数の〝個性〟を組み合わせて同時に発現させることができる。しかしその〝個性〟の相性を打ち消すというのは中々難しいらしく、それが無敵であろう彼に牙を剥いたのだ。

 オール・フォー・ワンにとって特に厄介なのは、熱美の〝個性〟である「熱操作」だ。周囲20mのものに熱を発生させ、最大2000度の熱を発生できる彼女の能力は、彼に対し「想像以上の〝負の効果〟」を発揮したのだ。というのも、彼女は自分自身を発熱させて熱操作を行う。これが数多くあるオール・フォー・ワンの能力に反撃できる手段となったのだ。

 先程ヒーロー達を吹き飛ばした力は「空気圧縮及び放出」という奪った〝個性〟の組み合わせで放ったのだが、これで彼女を吹き飛ばしても発する熱で周囲の物を溶かしながら滑り、決定的なダメージを与えられないのだ。

「さてと、そうなると他の人間から始末した方がいいだろうけど……おいそれと倒せるような相手ではないようだ。それにシックスが余計なマネをしたせいで人質も取れない」

 どこか困ったような仕草をするオール・フォー・ワンだが、火永達は一秒たりとも警戒を解かない。ああいう奴(・・・・・)程、何かと策を張り巡らせているのだ。

(どうする……奴は一切の隙も無い………だが傷を負うってことは倒せる相手ではあるってことだ、オールマイトが来るまでどこまで奴を追い込めるかだな……)

 火永がそう考えた時だった。

「うええ、ゲホッ!」

「ガハッ……!」

「気持ち悪ィ……!」

 突如黒い液体のようなモノが現れ、そこから次々と荼毘やスピナー達が姿を現わした。

「……出来立ての能力、か……」

 そんなことを呟きながら、礼二は睨みつける。

「弔、君はまた失敗したね。けど、決してめげてはいけない――」

 

 ヒュッ! ドッ!

 

「いくら異次元の強さを持ってるからって、図に乗りすぎた。ここは生死を賭けた戦場だぜ」

「先生ッ!!」

 死柄木は叫んだ。

 オール・フォー・ワンの腕を、火永が〝個性〟で飛ばしたビルの鉄筋が貫いていたからだ。

「……全く、師弟の友情に邪魔をしないでくれるかな?」

「寝言は寝て言え……ヒーローがてめェの目の前で似たようなシチュエーションしてたらどうする気だ」

「成る程、同じ穴の狢というわけか」

 マスクをしているため表情はわからない――そもそも5年前の戦いで頭部を砕かれてしまっている――が、その言葉にはやはり嘲りを孕んでいる。

 すると、礼二の姿を見たかつての仲間・道化師郎が口を開いた。

「……礼二、僕達を裏切ったんだ」

「……最初(ハナ)から俺とてめェらは組織の方針の不一致で相容れない事態だったんだがなァ」

「……どういうこった……」

「アウェーな内ゲバってモンさ」

 礼二と火永がそんな会話を交わす中、オール・フォー・ワンは静かに瓦礫と化した壁に顔を向けた。

「……ああ、やはり来てるな」

 

 ドドォォォン!!

 

『!?』

 衝撃と共に、拳を振るってあるヒーローが現れた。オールマイトだ。

 オール・フォー・ワンは彼の拳を素手で受け止める。

「全てを取り戻しに来たぞ!! オール・フォー・ワン!!!」

「また僕を殺すか、オールマイト」

 

 

 〝平和の象徴(オールマイト)〟と〝悪の支配者(オール・フォー・ワン)〟による頂上決戦が開戦した。


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