亡霊ヒーローの悪者退治   作:悪魔さん

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次回から最終章です。


№65:林間合宿二日目・後編その6

 冷子に追い詰められつつある剣崎は、鋭い目付きで彼女を睨む。

あの女(・・・)、だと……!?」

「志村菜奈……お前はあいつの背中を追い続けていたんだろう? 母親のように」

 剣崎が追い込まれている中、冷子は淡々と語る。

 彼女はオール・フォー・ワンから剣崎と志村菜奈の関係を知って、それを用いて剣崎の誘惑を始めたのだ。

「話は聞いているぞ? 何でも行方不明らしいじゃないか」

「っ……何が言いたい……!」

「私が探してあげようか? こちらにもそれなりの力があるのでな、人探しなど造作も無い」

「てめェに何がわかる……菜奈さんをどうするつもりだ……!?」

 いつも以上に憎しみに満ちた眼で冷子を睨む剣崎。

 追い込まれてなお凶悪なまでの闘志を示す彼に、冷子は鳥肌が立った。

(素晴らしい……!! あの女に少し触れただけでここまでとは……!! 志村菜奈の死はまだ言わない方が面白そうだ)

 剣崎は志村菜奈の死を知らない。ゆえに、未だに彼女と会いたがっている。

 だからこそ、冷子にとっては今が千載一遇の好機なのだ。志村菜奈に関する話こそが、剣崎を唯一絆すことができると考えているからだ。

「なぜお前は確かめようとしない? オールマイトも人の子だ、お前にウソぐらいつくだろう」

「……生憎だが、あの〝腑抜け〟はそこまで器用な男じゃねェよ……隠し事はするだろうがウソは吐かねェ奴だっ……!」

「――剣崎、お前のそういうところ(・・・・・・・)が奴らにとって都合がいいんだぞ? 正義を妄信するがゆえに仲間を疑いはするも信じてしまう、その愚直さが!」

 剣崎は一度死を迎えてなお、ヒーローが掲げる正義が正しいと信じている。その執着ぶりは狂気の領域に達しており、どんな言葉を並べても聞く耳を持たない。

 ヒーローが掲げる正義は絶対的なモノであり、それが世の理であると考える剣崎は「生ける亡霊」だけではなく「正義の傀儡」と化してもいた。その姿はあまりにも愚かであり、滑稽でもあり、哀れであった。

「剣崎、お前は騙されている。プロヒーロー共はお前を我々以上の脅威と見なし、(ヴィラン)とお前の同士討ちを狙っておるのだ。多くの同志はお前が思うような身綺麗じゃない、むしろお前を排除したいと思っているのだ」

「っ…………!」

「いい加減夢から目を覚ますべきだ。ヒーローも所詮は人間、汚い部分があるんだ。お前が思うような聖人(ヒーロー)など、この世にはもういない。自己犠牲の精神は、今の奴らにとっては時代遅れの無価値な信念なのだ」

 悪意に満ちた笑みで、剣崎を言葉で追い込む冷子。

 ヒーローとは、資格を取得し個々の〝個性〟を最大限活かして様々な場面で活躍する者である。しかし名誉ある華々しい職業であるがゆえか、義勇・奉仕活動という本来のヒーロー活動を忘れたり意識が薄かったりする者が大多数を占めるようになり、剣崎が憧れたヒーロー像は時代のうねりと共に変わり消えかけているのだ。

 剣崎の知るヒーローは、時代のうねりによって消えたのだ。ヒーローは人々の平和と安寧の為に自らを捧げた勇敢なる者の称号ではなく、収益・地位・名声などを得るための職業と化したのだ。

 冷子はそんな現実を、容赦なく剣崎に突きつけたのだ。

「――ところでだ、剣崎。我々を一刻も早く粛清すると誓っている割に、学校で仲間作ってるらしいじゃないか………何を考えている? 狩るなら狩りまくればいいだろうに。お前にとっては仲間などむしろ足手纏いだろう?」

「っ……何が言いてェんだっ……!?」

「天下の〝ヴィランハンター〟が次世代を育てなきゃいけない程に無力なわけではあるまいということだ。お前自身もわかってるはずじゃないのか? それとも……その姿が辛いのか?」

「…………!!」

 剣崎を嘲笑う冷子。

 生きているとも死んでいるとも言えない、剣崎の変わり果てた姿。それこそ悪鬼羅刹や死神の類のような出で立ちに、生気や人間らしさは感じられない。

「……剣崎、お前は人間に戻りたがっているのか?」

「っ!!」

 その瞬間、憎悪を孕んだ表情を浮かべていた剣崎が呆然となった。

 それをいい兆候と察したのか、冷子は笑みを深めた。

「そうか、やはりか……!! 生を感じぬ朽ちた肉体でこの世にいるのが辛いのだな……!! いいだろう剣崎、私が協力しよう……お前の生を取り戻してやろうではないか。相棒ですらどうしようもできないなら、この私が叶えよう」

 目を見開いて反応を変えた剣崎を追い詰めていく冷子。

 剣崎は確かに悪鬼羅刹のように冷酷無比であり、本人も(ヴィラン)に勝つために人間をやめたが人の心は失っていない。それこそが冷子の勝機であった。

 何十年も生者と死者の中間のような存在としてこの世に留まり続けていれば、朽ちた肉体でただただ時を過ごす自分に嫌気が差し始めたとしてもおかしくはない。何より一切の欲を満たせないまま生涯を閉じることなど、前任であろうと悪人であろうとできるはずもない。

 己の欲望のままに生きる彼女だからこそ、剣崎が見て見ぬふりをしていた現実を見抜いて彼に突きつけたのだ。

「安心しろ……私がお前に口では言い表せないような拷問を続けたゆえに止むを得ず屈したということにすれば、お前の同志も相棒も諦めがつく。何もかも私に擦り付ければいいさ」

「…………」

「どうだ剣崎………悪くはあるまい。答えを聞こうか」

「…………これが俺の答えだ、ゴミ野郎」

 その瞬間、冷子に凄まじい殺気が襲いかかった。

 戦闘中に向けられていた時とは比べ物にならない程に濃厚な、まるで数百もの刃が一斉に全身に突き刺さったような感覚を、彼女は覚えたのだ。

(マズイ!!)

 剣崎の強烈な殺気に、冷子はレイピアを抜いて距離を取ろうとした。

 だが、それが命取りだった。

「――シメェだ」

 剣崎が口を開いた、次の瞬間――

 

 ドッ!!

 

 冷子の右肩に、とてつもない衝撃が直撃した。

 それと共に彼女の右腕がレイピアを握ったまま千切り飛ばされ、真後ろの木に叩きつけられながら血飛沫を飛ばし、彼女は悲鳴と共に倒れ伏した。

「が、あああああ……!! こ、これは…………!?」

「――技の名は〝雷槍〟。俺の切り札だ」

 〝雷槍〟――それは間合いの無い密着状態すなわち零距離の状態から全身のバネを使って全力の一撃を見舞う〝渾身の刺突〟……手加減抜きで決まれば凄まじい破壊力を誇る初見殺し技だ。現に冷子は右腕を丸ごと千切られて吹き飛んでしまったので、その破壊力は剣崎が切り札と称するに相応しい。

「この技はあまり使いたくないんだが、止むを得ず使わせてもらった」

 剣崎が切り札である〝雷槍〟をあまり使いたがらないのは、初見殺し技であるがゆえに一度不発したら形勢が一気に不利になる可能性があるからだ。

 この技の発動条件(ねらいめ)は相手が完全に油断した時――自分の勝利が確定したと慢心した時であり、ぶっちゃけた話、一瞬の隙をほぼ玉砕覚悟で突くようなハイリスクな技でもある。これが避けられたら勝利は困難を極めてしまうが、その分破壊力は抜群だ。

「まァ、オールマイト達が菜奈さんのことで嘘をついている可能性はあるだろうな」

「ゲホッ、ゲホッ! ならば――」

「だったら俺が菜奈さんを自力で見つけるさ………お前達に死をもたらし、「全(ヴィラン)滅亡」の悲願を成就させてからな」

 剣崎は血濡れの刀を構え、切っ先を冷子の喉元に向けて狙いを定めた。冷子は大量出血の影響かその場から動くことはできなくなり、諦念と恐怖を混ぜたような複雑な表情を浮かべている。

 放っておけばいずれ死んでしまうかもしれないが、剣崎は一切妥協しない。そうして逃げ延び生きている奴がいてもおかしくはないからだ。

「――死ね」

 ようやく巨悪の一人を討つことができる。16年もかけたのは申し訳なく感じるが、敬慕する菜奈さんにはいい報告ができそうだ。

 そう思いながら、剣崎は止めを刺そうと刀を振るった。

 だが――

 

 ドッ……

 

「………何のマネだ」

「そこまでだ剣崎少年、あとは我々に任せてもらう」

 その場に突如現れ、刀を強く掴んで止める巨大な影。影の正体は、〝平和の象徴〟オールマイトその人だった。素手で刀身を握っているので、彼の手からは血が滴っている。

 剣崎はオールマイトが現れても一切動じなかった。今回の林間合宿は(ヴィラン)連合がオールマイトを狙っていると判断して、雄英側は彼を参加させなかったのは紛う事無き事実――恐らく同志達が自分の直感を信じ、万が一の為に呼んだのだろう。

「そこから先は我々の仕事だ、君はもういいぞ」

「ふざけるな、こいつはここで確実に殺しておかねばならない奴だ。お前が許そうと俺は許さない」

 世の中には死ななきゃ直らない馬鹿がいる。特に冷子のような極悪人は、死んでも直らないであろう愚か者だ。たとえ輪廻転生しようとも、前世の記憶に焼き付く程の、遺伝子にまで刻まれる程の恐怖を与えなくては剣崎の気が済まないのだ。

「この女を生かせば、また新たな災いを生む。その前に息の根を止める必要がある」

「それは法が決めることだ、剣崎少年。だがヒートアイスが――熱導冷子が君の言う通りの輩であることは我々も承知している。君の想いに配慮することを誓おう」

「………勝手にしろ」

 剣崎はそう言い捨て、不満げな表情を浮かべた。

「……年貢の納め時だな、ヒートアイス」

「美味しいところは貴様らプロヒーローが持っていくのか………? 救いようのない奴らだ……」

 冷子は吐血しつつも、言葉を紡ぐ。

「ゴホッ、ゴホッ! ハァ……勝ちは貴様らに譲ろう………利き腕である右腕が千切れてしまった以上、見栄を張るどころか生きていてもしょうがない……」

「……」

「だ……だが、これだけは言っておくぞ剣崎……」

「何?」

 ――このままキレイに丸く収まってたまるか。

 冷子は口角を最大限に上げ、悪意に満ちた笑みで剣崎に「呪い」をかけた。

「……正義はこの世で一番不確かで曖昧なのだ、絶対的な正義などこの世の存在しない……!!!」

「――っ!!!」

 冷子はそう言い終えると、そのまま動かなくなった。

 しかし息はあるようで、浅いが呼吸している音がする。

「……」

「彼女にはいくつか聞きたいことがある、手出し無用で頼むよ」

 相変わらずの笑顔を浮かべるオールマイトを見て、剣崎は呆れるのだった。

 

 そして二人は気づかなかった。

 勝負は決し、雄英側がすでに敗北していたことに。


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