亡霊ヒーローの悪者退治   作:悪魔さん

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№63:林間合宿二日目・後編その4

 一方、崖の下では――

「っ……クソが、やってくれたな……!」

 ムクリと起き上がるマスキュラー。

 剣崎と共に落ちて岩に激突したのだが、咄嗟に〝個性〟である「筋肉増強」で筋繊維を頭部や背部に纏い衝撃を和らげたのだ。しかし全ての衝撃を相殺できたという訳ではなく、全身を強く打って動きづらくなり所々血を流している。

「ちっ、野郎はどこだ……?」

 激突の寸前まで目の前にいたはずの剣崎が、どこにもいないことに気づくマスキュラー。この期に及んで撤退するとは考えにくく、森に潜んでいると見て捜索を始めようとした。

 その時――

「……!? アレは……」

 ふと、目の前に無造作に置かれた人間の腕を彼は見つけた。その腕はズタズタというくらいに傷だらけであり、ひびのような亀裂も生じている。しかも腕は少しずつ端から砂のように粒子化し、無に還っていくではないか。

 その腕は、明らかに剣崎の腕だった。どうやら着地に失敗したらしく、衝撃をモロに食らって五体が弾け飛んだようだ。

 それを見たマスキュラーは、高笑いした。

「ハハ……ハハハ……ハッハハハハハ!! 間抜けが、自爆しやがった!! ハハハハ――」

 

 ドスッ

 

「――は?」

 突然胸の真ん中から、何かが飛び出た。それと共に身が焼けるような感覚が彼を襲う。

 マスキュラーの胸から生えてきたのは、一振りの日本刀の刃。彼を襲った感覚は、肉を裂き身を断つ痛みだ。

 ゆっくりと振り返ると、そこには衝撃の光景が広がっていた。

「残念だったな。俺は「死」を奪われし存在……お前には俺を殺せねェのさ」

「な……!!」

 マスキュラーの背後にいたのは、左腕を失った剣崎だった。衝撃の影響か、顔や胴体、足の一部が大きく欠損した状態で立っている。

 よく見るとパキパキと音を立てながら左腕が再生し始めているではないか。しかも欠損している箇所も、その上にあった衣服も、左腕同様にパキパキと音を立て再生し始めている。

「て、てめ――」

 マスキュラーが言葉を紡ぎ始めたと同時に剣崎は突き刺した刀を強引に横薙ぎに振るい、彼の左胸を裂きその勢いで左腕をも斬り落とした。

「一瞬の隙が命取りだぞ。最後まで油断すんなよ……いや、もう手遅れか?」

 止めの一撃を放った剣崎は、大量の鮮血と共にうつ伏せに倒れるマスキュラーを嘲るように見下した。

 マスキュラーは自らの筋繊維を増幅したり体の内外に纏うことで筋力を増強することができるが、剣崎はそれだけでなく内臓器官も強化できるのではないかと判断していた。初めて彼の〝個性〟を目の当たりにした際、内臓器官にも内臓筋という筋肉要素があるので、臓器を再生できる可能性があると考えていたからだ。

 よって、筋繊維を操る彼を撃破するには急所を突いて絶命させるか限界を越えた攻撃を繰り出して止めを刺すかのどちらかに限られる。剣崎は出久のような「増強型の〝個性〟」ではないので、前者を選択せざるを得なかったのだ。

 そしてマスキュラーは、本人も気づかない程に微々たるも致命的なミスを犯していた。それは剣崎の自己再生能力……剣崎が不死身であるのはある程度把握していたが、彼は体がバラバラになっても粉々になっても元通りに再生するということを知らなかったのだ。

 そもそも剣崎の〝個性〟は、他者から〝個性〟を奪い続けて思うままに悪行を積んだオール・フォー・ワンですら未知である力。その上「今の彼」と戦って生き延びた者は指で数える程度なので情報も不正確な部分があった。

 「剣崎の戦闘力の高さ」と「マスキュラーの油断と無知」が重なって、勝負はあっけなく決してしまったのだ。しかし剣崎の凶刃は、これで鞘に納まらない。襲撃してきた不届き者を一人残らず斬り捨て終えなければならないのだ。次代を守るために――雄英を守るために、だ。

「さて……残りはあと何人――」

 

 ヒュッ!

 

「!」

 

 ギィン!!

 

 剣崎を襲う、細身の刃。

 その刃は、何かの液体で濡れていた。

「こいつァ……」

 その液体が剣崎の靴にかかった瞬間、肉を焼くような音と共に煙が立ち彼に激痛が襲った。

「ぐっ!!」

 すかさず距離を取って、刀を構え直す。

 細身の刃の持ち主は、冷子であった。

「てめェ……」

「決着を付けよう、剣崎!!」

 16年の時を経て、ついに両者の決着が付こうとしていた。

 

 

           *

 

 

 一方、御船はマンダレイと虎に生徒達を任せて一人で開闢行動隊と互角に渡り合っていた。

 彼の相手をするのは、様々な刃物を束にした巨大な剣を武器とするスピナーと巨大な鉄の棒を得物とするマグネだ。

「ハァ……ハァ……」

「ゼェ……ゼェ……」

「その程度でよくぞまァ襲撃できたものですね」

 得物を構えながらも息切れする二人に対し、未だ余裕の御船。ここまでの差が生じるのは、それなりの理由がある。

 スピナーとマグネは巨大な得物であり、当然威力も高い。しかし得物は大きければ大きい程、長ければ長い程、射程範囲は広いが〝返り〟が遅いもの――それ相当の隙が生じるのだ。

 それだけではない。そもそも開闢行動隊は精鋭揃いだが、精鋭ということは広く名の知れた実力者であるという意味でもある。特にマグネは強盗・殺人・殺人未遂など多くの犯罪に手を染めているがゆえにその能力や性格も情報としてヒーロー業界に知られているため、遭遇しても対策が打てるのだ。

 さらに御船自身がプロヒーローの中でもトップクラスの実力を有しており、業界一の剣術の使い手として知られている。(ヴィラン)を得物ごと斬ったりコンクリートの柱を刺突で粉砕するなど、剣崎に匹敵する剣の才を誇る彼はスピナーとマグネにとっては相性の悪い強敵なのである。

(とはいえ、トカゲはともかくあちらの磁石は面倒だ)

 マグネの〝個性〟は、磁力を操る。自分の半径4.5m以内の人物に――男性ならS極、女性ならN極の――磁力を付加することができ、間合いに入った磁力を付加された人物を反発させたり引き寄せたりすることが可能だ。言い換えれば、近接攻撃を仕掛けると弾かれてしまい、間合いに入ると引き寄せられて一撃を食らってしまうということだ。

 御船は刀で戦うゆえに、遠距離攻撃は不可能だ。剣崎のように衝撃を地面に伝導させて相手にダメージを与えるような芸当ができればいいが、その術は持ち合わせていない。

(一人ずつ撃破しようか……)

 御船は刀を鞘に収め、深く腰を沈めた。自らが最も得意とする技……居合で勝負を付けようと決めたのだ。

 そして彼は眼を閉じた。眼を閉じて集中することで〝見えない結界〟を展開し、一定圏内の人や物の数と位置・相手の動きや気配・その場の地形などを正確に把握することができる「心眼」を発動したのである。

「何のマネかしら?」

「ご想像にお任せします」

「いいだろう――贋物の一太刀をへし折って、粛清してやる!」

 刃物を束ねた大剣を構え、スピナーは駆けた。

 居合は一撃必殺。仕損じれば己が死に至る諸刃の剣。

 御船がスピナーを斬り捨てるのが先か、スピナーが御船の居合を躱して殺すのが先か。

(死ね!! 御船ェェェ!!)

 

 ガギィン!! バキャァッ!!

 

 金属音と何かが崩れたような音が響いた。

 御船が抜刀し、文字通り一太刀でスピナーの剣を粉砕したのだ。

「な――んなァァァァァァ!?」

 スピナーの素っ頓狂な声と共に、砕け散る剣。

 そのまま丸腰になった彼に対し、御船は鞘を振るい肝臓を狙ったが……。

 

 グンッ!

 

「!?」

 突然、正面から圧力が発生し弾かれる御船。

 すかさず受け身を取って着地する。

「……」

「大丈夫?」

「すまねェ、マグ姉!」

 どうやらマグネが自分から近づいて御船を磁力で弾いたようだ。

 その時――

 

 ――皆! 聞いて!!

 

(この声は……!!)

 突然、頭の中から急に声が聞こえる。

 声の主はマンダレイ……〝個性〟の「テレパス」で頭の中に直接言葉を送信してきたのだ。

 

 ――相澤先生からの伝言よ! 「全生徒は〝個性〟による戦闘を許可する!」……皆、必ず無事でいて!!

 

(よかった……)

 マンダレイは相澤を言いくるめて戦闘の許可を得たようだ。

 これで少なからず、反撃に出て生存率を上げられる。

「これで少しは気楽に戦える……掛かって来なよ三下諸君。贋物と罵る連中の力を思い知りな」

 ニヤリと笑みを浮かべ、改めて宣戦布告する御船だった。


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