剣崎VSマスキュラー&冷子……一対二の戦いは、剣崎の攻撃から始まった。
「んんっ!!」
「おおっ!」
剣崎の刺突をマスキュラーは真剣白刃取りで食い止める。剣崎はすかさず腰に差していたステインの刀を逆手で抜き、腹を裂く。
しかしマスキュラーの隆起した筋肉繊維が想像以上に厚かったのか、内臓までは届かず大したダメージを負わせられなかった。むしろ筋肉繊維に受け止められてしまう。
「ぐっ……!! ハハ……最高だぜ、あんたは守る戦いより殺し合いに向いてるじゃねェか!! そういう奴を待ってたぜェ!!!」
「一々喚くな、ガキが……うらァッ!!」
左足でマスキュラーの腹を蹴る。
裂かれた場所をピンポイントで思いっきり蹴ったため、マスキュラーは痛みに顔を歪ませ、剣崎はその隙に刀を回収して距離を取る。
「――ってェな……!!」
「そりゃあ殺す気で来てんだ……その程度で音を上げるなら、お前の力などたかが知れる」
(パパとママを殺した奴を……!!)
両親を殺したマスキュラー相手に戦う剣崎に、驚きを隠せない洸太。
一方、マスキュラーにダメージを与えた剣崎を見ていた冷子は、剣崎の戦いぶりを分析していた。
(ほんの少しだけだが無駄な動きがあるな……これもブランクの影響だろうが、あの不死身の肉体は厄介だな)
16年という長い時間が、剣崎の動きのキレを悪くした。今時の
彼女の指摘通り、剣崎は16年前よりは多少動きにムラがある。だがそれを補うように〝個性〟が効力を発揮している。キレが悪くなった動きと引き換えに不死身の肉体を手に入れたと言っても過言ではないそれに、思わず舌を打つ。
(隙を見て、あの小童を始末するか……)
冷子がレイピアの柄を握った、その時だった。
「ガッ……ゴホ、ゴボッ!!」
「「!?」」
剣崎に、突如異変が起こった。
口やひびのような亀裂が生じた皮膚から大量のどす黒い液体を吐き出し、もがき苦しみ始めたのだ。ボタボタと滴るそれは血生臭く、誰がどう見ても触れてはならないモノであるのがわかる。
「こりゃあ、一体……!?」
「気をつけろ、アレに触れるな!!」
マスキュラーと冷子も、剣崎の異変に動揺したのか攻撃を止めて距離を取る。
「お、おい……! どうしたんだよ……!?」
「来るな……!!」
数秒前まで殺気と気迫で満ちていたのに、片膝を付いて苦しむ剣崎。
それを見ていた冷子は、その苦しむ様に違和感を覚えていた。
(弱体化か……!? いや、どちらかというとこれは……)
――まるで〝個性〟が、制御不能の状態となり暴走を始めている。
冷子はそういう風に見えたのだ。
「……クソがっ……これァ、〝穢れ〟か何かか……!?」
「〝穢れ〟だと……まさか……!?」
無慈悲に
穢れとは穢れの対象は死・疫病・月経などであり、それにはケガや
今はまだ漏れている程度で済んでいるが、このまま放置して
(剣崎の身体と魂が……穢れを撒き散らして消滅するとでも言うのか……!?)
そう、剣崎は生ける亡霊でありながら、不死身の肉体をも蝕むようになった穢れをいつ撒き散らすかわからない〝時限爆弾〟になりつつあったのだ。その穢れが周囲に及ぼす影響は、剣崎本人ですら想定不可能の領域――それを阻止するには、〝個性〟を失うか何者かに奪われるかという究極の選択肢から選ぶしかないのだ。
剣崎を手に入れたかった彼女にとっては、最悪の事態である。たとえ彼を手に入れたとしても、時間が経てばあの
「厄介な事に……!!」
「逃、ゲロ……! ここはオレ、ガッ……ゴホッゴホッ!!」
剣崎の言葉を耳にしてはっとなった洸太は、踵を返して走った。
「おっと、逃がしゃしねェぞガキ!!」
洸太を殺そうと、マスキュラーは剣崎を跳び越えて剛腕を振るおうとしたが――
「〝SMASH〟!!」
ドンッ!!
「ぐっ!?」
真横からの、突然の衝撃。
いくら強靭な筋肉繊維で身体を強化しても、不意打ちには反応できずそのまま吹き飛ばされる。だがそこはマスキュラー――受け身をとって上手く着地する。
「何だてめェ……?」
「……?」
「お前……!!」
「出久君か……!」
「洸太君、もう大丈夫!! 僕が来たから!!!」
その場に現れたのは、出久だった。
「随分と都合のいいタイミングで来るじゃねェか……どうやって来た」
「ヒーローは遅れて来ますから。あと、ここへは御船さんが教えてくれたんです」
満面の笑みで応える出久。どうやら彼は偶然御船と遭遇して大ごとが起きていることを知り、剣崎の居場所も知ったようだ。
そんな出久に対し、剣崎は鋭い目付きで見据えている。
「……ヒーローどころか人間が出る幕じゃねェぞ。俺の相手が誰だかわかってんのか? 今の
「はい。ヒーローは命懸けで人を救け、綺麗事を実践する職業です……僕はその端くれですから」
「……とんだバカ弟子だ」
笑みを深め、刀の切っ先を冷子とマスキュラーに向ける剣崎。
対する冷子は腰に差したレイピアを抜き、マスキュラーは悪意に満ちた笑みで拳を構える。
「お前アレだろ? 緑谷だろ? ちょうどいい、率先して殺せって死柄木から言われてんだよ」
「フッ……人気者だな、出久君」
「不本意です」
「まァいい……たっぷりじっくり痛ぶってやるよ――あ、イケねェ、聞きてェことあったの思い出したわ」
「「……?」」
「教えてくれ……爆豪ってガキはどこにいる?」
唐突なマスキュラーの質問に、出久の頭は真っ白になる。オールマイトの抹殺が
何の為に? その先の目的は? 真意は? そんな疑問が、出久の頭の中で渦巻いていた。
一方の剣崎は、マスキュラーに対し嘲りの笑みを浮かべた。
「単細胞か、てめェの脳ミソは? たとえ居場所を知っていたとしても、じゃあいいですよって教えると思うか?」
「……だよなァ……!!」
「馬鹿者が……捕えてから死なぬ程度に八つ裂きにして訊けばよかろうに……」
何気に残酷なことを口にする冷子に、身震いする洸太。
すると剣崎は困ったような表情を浮かべてから、刀を逆手に持ち替えた。
「だったら二人を危険に晒すわけにはいかねェな……そうだな、
――ドォンッ!!
『!?』
剣崎は突然〝雷轟・剣砕〟を放ち、刀を通常よりも深く突き刺して地面に衝撃を与えた。衝撃は地面を伝導し、二人を襲った。
冷子は咄嗟に跳んでやり過ごしたが、マスキュラーは運悪く近くにいたので間に合わずその衝撃をモロに浴びてしまう。だが彼の筋肉繊維の強靭さが功を奏したのか、ダメージは少ない。
その数秒後に、それは起こった。
ビキビキビキ……
「何だ!?」
「この音は……!」
ふと、地面にひびが生じ、土煙が舞い始めた。
その時、冷子は全てを察した。剣崎の狙いは――
「剣崎、貴様正気かっ!?」
バガッ!!
「んなっ!?」
「あっ!?」
崩れていく地面。
離れていた出久と洸太を残し、マスキュラーと冷子と共に崖から落ちていく剣崎。
そう、剣崎は出久と洸太を逃がすために足場を自ら破壊してマスキュラーと冷子を道連れにしたのだ。
「野郎!!!」
「くっ……!!」
「剣崎さんっ!!」
「守らなきゃいけねェモンはちゃんと守らねェとな……出久君、その子を頼むぜ」
剣崎は自らに向かって叫ぶ出久に対し、微笑みながら森へと落ちていった。