裏山。
誰も気づかないこの場所は、洸汰の秘密基地。身内であるマンダレイですら知らないこの場所は、一人でいることが好きな彼にとっては最高の場所だ。
「………あいつ、何だろ……」
洸汰はあまり人と関わりを持ちたくないが、どうしても気掛かりな輩がいた。剣崎である。
不気味な姿でヒーロー達と行動を共にしているよくわからない奴――そう認識していたが、洸汰は自分の似たような何かを彼から感じ取っていた。ヒーローという存在を嫌いになり始めた頃の自分と影を重ねたのだ。
「……バッカじゃねェの……ヒーローなんかと仲良くしてるなんて」
「――そのヒーローなんかと仲良くしてる〝あいつ〟と話でもどうだ? 少年」
「っ!!?」
低く虚ろな声が、真後ろから聞こえた。いつの間にか、剣崎が洸汰の秘密基地を見つけ彼の元へと辿り着いていたのだ。
「な、何で……」
「夜中に一人歩きしてるお前を探してたんだ。その時にカラス達を放っていてな…すぐ見つけられた」
刀をステッキのように突きながら、剣崎は大股でゆっくりと洸太に近づく。
ボロボロに傷んだ衣服、ひび割れたような傷と大きな火傷が無数に刻まれた死人のように白い顔、地獄の底から響くような声…ヒーローというよりも
「その目に宿るモノ……俺と似ているな」
「は……?」
剣崎はゾッとするような笑みを浮かべ、洸太に二歩近づく。
「今の俺のように、煮え滾るような憎しみを孕んでいる。
剣崎が喋る度に顔からパキパキというひびが入るような音が鳴る。そして「あの日」を思い出したのか、自然と顔が憎悪でこわばり声に怒気が孕んだ。
すでに顔と顔とが20cmにまで近づき、洸太に剣崎の息が聴こえる。しかし息をしている音は聴こえても吐息を感じることはなく、剣崎はこの世の者ではないことが嫌という程に理解できた。そのあまりのおぞましさに、洸太は身を震わせるが……。
「あ、あんたも……?」
「……! そうか、お前も失った身なのか……」
剣崎の言葉から、境遇が似ていると洸太は察した。
洸太は両親がヒーローであったが、今から約2年前――剣崎と出久が邂逅した後――に
「少し……昔話に付き合ってもらおう」
剣崎は洸太の横で腰を下ろし、刀を置いた。
そしてどこか儚く哀しげな表情を浮かべ、剣崎は己の過去を語り始めた。
「俺はかつて、ヒーローに憧れるその辺のガキと同じだった。無個性…正確に言えば〝個性〟は有していたが発現しなかったわけなんだが、どっちみち無個性と同じ扱いだった」
「何だよそれ……」
剣崎は〝個性〟を有して生まれていた。現に彼は足の指の関節が一つ無い。
だが肝心の〝個性〟の発現が前兆すらも無いので、同級生からは「足の関節がたまたま一つ無いだけの〝無個性〟」と揶揄されたのだ。
「……まァガキの頃から喧嘩は異様に強かったから、いじめや嫌がらせはなかったがな」
「〝個性〟を持ってる奴に勝てたのかよ…」
幼少期から常識外れの腕っ節だったらしい剣崎に、最早呆れてしまう洸太。
「だが――それでも俺はヒーローになりたかった。ヒーローとして生き、ヒーローとして死にたかった」
「!!」
そして剣崎は、哀しげな表情を一変させて憤怒の表情を浮かべた。
母が情けをかけて見逃した
「家族も、夢も、愛も、未来も――俺は
「……」
洸汰は思わず息を呑む。
死してなおこの世に縛られ、朽ちた肉体で
剣崎の壮絶な過去と非情な現実に、洸汰の顔は歪んだ。
「お前は大切な
「でも……」
剣崎と洸汰は、互いに大切な
剣崎は、
悲劇により怒りと憎しみに心を支配された少年と、悲劇により性格が捻くれてしまった少年の会話は、なおも続く。
「でも…その〝個性〟のせいで!! 力のせいであんたは今生きてんのか死んでんのかわからない状態で苦しんでるんじゃないのかよ!?」
「全然……俺ァこの姿でいるのは苦じゃねェし、それなりの利点もある。それ以前に……」
――〝個性〟があろうが無かろうが、家族失って人生滅茶苦茶にされた時点で俺は死んだも同然だ。
剣崎の一言に、言葉を失う洸汰。
そんな洸汰の肩に手を添えながら、剣崎は口を開く。
「……まァ、力が無ければ争う必要も傷つくこともねェっつーてめェの主張はわかる。だが力がねェと頑張ったって救えねェモンもあるんだ。それを覚え――っ!!」
ジャキンッ!
剣崎は何かを感じ取ったのか、傍に置いていた愛刀を持って立ち上がり、さらに左腰に差したステインの形見である合口拵えの刀を抜刀する。
「な、何だよいきなり……」
「俺から絶対離れるな! 何かいる!」
剣崎はピリピリと肌を刺激するような殺気を放ちながら、ある方向を向いた。
そこには、複数の人影が見えた。薄暗い上にかなり離れているのでその正体ははっきりとは見えないが、夜という時間帯を考えるとかなり怪しい。
ゆえに剣崎は、こう判断した――
(やっぱり来やがったか……今度は一人残らず息の根止めてやらァ……)
*
マタタビ荘から離れた、ある崖の上。
その崖の上では、只者ではない雰囲気を醸し出している複数の男女がマタタビ荘を見下ろしていた。
彼らは「
その襲撃部隊の指揮を担当する、焼け焦げたように変色した皮膚と無造作な黒髪が特徴の青年・荼毘は顔をしかめていた。
「――参ったな、野郎に気づかれた」
『!!?』
「あそこを見ろ」
荼毘が指を差す場所には、剣崎がいた。何かを察知したのか、あるいはすでに自分達の動きを看破したのか――抜刀して辺りを見回している。
「……この場での長居は無理だな。あいつはボスを一撃で戦闘不能にした本物の化物だ、先を読まれたらかなりヤバイぞ」
「じゃあ、俺がぶっ殺してやるよ荼毘!! あいつは骨があり――」
「バカか、ボスから言われたの憶えてねェのか? 剣崎との戦闘は避けろっつってたろ」
この場にいる
しかし決行しようと意気込んだ矢先に勘付かれた。これはかなりマズイことだ。
「じゃあ、どうする気なのかしら?」
サングラスを掛けた赤い長髪の大男・マグネ――本名・引石健磁――はオネエ言葉で荼毘に問いかける。
一番厄介な存在である剣崎が勘付いた時点で、目的を早く果たさないと甚大な被害を被る。快楽殺人犯なマスキュラーはやる気満々だが、「崩壊」という強力な〝
その一方で、ステイン信奉者としてだと荼毘はどうしても剣崎を葬りたいと考えている。ステインを討ち取った剣崎は、信奉者にとっては始祖を斬殺した怨敵である。現に同じステイン信奉者であるスピナーも剣崎を親の仇同然に見ており、マスキュラー以上に殺気立っている。
「俺達の目的は爆豪っつーガキを攫うこと……だが奴が勘付いた以上は長居は無理だ。少数の奇襲は
「短期決戦ってことね。でも奴の足止めは必要じゃないかしら?」
「問題はそれを誰に――」
「私が行こう。お前達は目的を果たせ」
『!!』
そう言ったのは、膝よりも長い水色の髪を揺らすレイピアを抜いた女の
「――大先輩が足止め役でウチらが主役ってか?」
「不満なら、一緒に剣崎を狙ってもいいぞ?」
「ぜひそうさせてもらうぜ!! 俺もあいつと戦いたくてウズウズしてんだ!!」
「決まりだな……じゃあ作戦開始だ。「てめェらの平穏は俺達の掌の上で転がされてる」ってことを見せつけるぞ」
荼毘は悪意に満ちた笑みを浮かべると、開闢行動隊は一斉に動き出した。
それに続き冷子も動き出し、口角を上げて崖から降りた。
(16年前の決着を付けるぞ、剣崎……!)
先の時代を生き延びた「大きな悪意」が、〝
そしてこの時――雄英側も
実は昨日、ゲゲゲの鬼太郎の20話を観たんですが……感動しました。
あの時代を忘れないこと。それが現代人の義務なんだと痛感しましたね。
次回は久しぶりのヒートアイス参戦に加え、剣崎に襲いかかる不測の事態のお話ですのでお楽しみに。