林間合宿、当日。
バスで移動中、楽しい林間合宿であるからかガヤガヤと騒ぐ生徒達。そんな彼らをよそに、剣崎と相澤は互いに質問をしていた。
「何で俺もバスなんだ、相澤。徒歩でいいんだが」
「お前、徒歩だと絶対
「ちっ……」
相澤と相席になる剣崎は、窓から外を見やる。
バスの中はエアコンを入れて生徒達も半袖だが、剣崎は相変わらず長袖のボロボロの制服の上にコートを羽織っており、〝個性〟の影響か常に揺らめいている。暑苦しく見えるので、相澤の額に青筋が浮かんでいるのは秘密だ。
「――んで、あの化け物鳥が追尾してくるのはどういうことだ剣崎」
鋭い目付きで剣崎を睨む相澤。それに対し剣崎は口角を上げて口を開く。
「何事も用心に越したことはない。万が一を想定した上での判断だ、襲撃が起きなければいいだけの話だろ? 心配せずとも食費は掛からないし俺の命令に忠実な上に不死身だ、お前達の力にはなる」
「……」
先日の一件のせいであまり良い印象を持てない相澤。
しかし爆豪の攻撃を以てしても一羽も倒せないどころか、カラスならではの高い知能は持ち合わせていることを考えると利用する方が賢明と言えよう。
「あまり騒ぎ起こすなよ」
「よく言う……一番のトラブルメーカーの爆豪君を抱えてるじゃねェか」
後ろの席の爆豪をディスる剣崎だが、相澤はこれに限っては反論できないのであった。
一時間後、バスは緑豊かな山や森を一望できる高台に停車した。長らく座った状態だったため、体を伸ばす生徒がちらほらと出てくる。
剣崎もまた、ゆっくりとした足取りでバスから降りる。
(……妙だな)
剣崎はパーキングエリアでも何でもない殺風景な所に降ろされたことに疑念を抱く。
すると、突然女性の声が響いた。
「やっと着いたか、イレイザー!!」
「ご無沙汰しています……」
その場に現れた三人に相澤は頭を下げる。その相手は、コスチュームを身に纏った二人の女性ヒーローと帽子を被った目つきの悪い小さい少年だ。
「煌めく眼でロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!」
「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」
決めポーズを決める二人の女性ヒーローとそれを睨むように見る少年。
剣崎は今時のヒーローをよく知らないため、怪訝そうな表情をしている。
「――ってことで、今回お世話になるプロヒーロー「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ」の皆さんだ」
「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ」!! 連名事務所を構える四名一チームのヒーロー集団で、山岳救助等を得意とするベテランチームだ!! キャリアは今年でもう12年になる――」
「心は18!」
「へぶ」
うっかり触れちゃいけないところに触れたのか、マンダレイの隣にいた女性ヒーローの
そんな出久に、剣崎は顔を近づけた。それに気づいた出久は目を見開き、ピクシーボブは剣崎のおぞましい出で立ちにたじろいだ。
「け、剣崎さん?」
「出久君……覚えておけ。女性に対して絶対に言っちゃいけないネタは年齢と体重だ、言ったらどうなるかわからねェぞ」
低く虚ろな声で出久の耳元で囁く剣崎。
そんな剣崎を目にし、マンダレイも相澤に耳打ちする。
「イレイザー、どこから引っ張ってきたのこの子?」
「……話は通ってないんですか」
「! まさか、あの子がステインを討った伝説の……!? 本物は初めて見たわ……」
目を見開くマンダレイ。
剣崎は半ば伝説と化している存在であるだけでなく、実際にその姿を拝んだものは同世代でも少ないので
「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ、か……聞かない名だな。睡からは同世代とは言われたが…今時のヒーローはこうなのか? 出久君」
「剣崎さんの頃とは情勢も社会的な問題も違いますからね…」
「そうだな……時代も変わればヒーローの在り方も変わるわな――ところでだ」
ピクシーボブとマンダレイに視線を向け、剣崎は質問した。
「二人しかいないが、残りは?」
「あー、〝ラグドール〟と〝虎〟はいないよ。明日は来るけど」
「ならば本来の目的地はどこだ?」
「ここら一帯は私らの所有地なんだけど、答えはあの山の麓よ。今は午前9時半ね…」
マンダレイが指を差す先にある山は、何と10Km以上は離れている。
出久達は絶句すると共に、危機感を覚え始めた。
「バスに戻れ!! 早く!」
マンダレイ達はとんでもない無茶振りをする――そう確信した切島はクラスメイト達に向かって叫んだ。
そしてバスに乗り込もうと走り出した瞬間だった。
ドスッ!!
「ヒィッ!?」
切島の前に、刃こぼれした合口拵えの日本刀が突き刺さった。
地面に深く刺さっており、もしも人体に当たっていたら貫通は間違いなくしていただろう。
「察しろよそれぐらい……バスにまた乗るのを許される展開じゃねェだろ」
刀を投げたのは、剣崎だった。
剣崎が口を開いた直後、突如地面が一気に盛り上がってバスと相澤達、剣崎と少年以外はた土砂に巻き込まれ崖の下へと追いやられた。
「悪いな諸君、合宿はもう始まってるんだ――」
「12時半までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね!」
「私有地につき個性の使用は自由だよ! 今から三時間、自分の足で施設までおいでませ! この……「魔獣の森」を抜けて!」
生徒達の断末魔が木霊する中、こうして林間合宿は波乱のスタートを切った。
*
森の奥から「魔獣だー」という叫び声や「クソがァァァ」という罵倒が響く中、剣崎は相澤に訊いた。
「――それで、俺はいいのか相澤」
「お前が出張ると訓練に成らん……ただでさえお前はあいつらとはレベルが違うんだ」
相澤は溜め息を吐きながら頭を抱える。
愛する家族を失い、
「さて……近づくだけで肌がピリピリするような殺気を放ってる剣崎君。改めて自己紹介といきましょう。私は送崎信乃……〝マンダレイ〟で通ってるわ」
「――〝ヴィランハンター〟剣崎刀真……見た目は享年16歳、本来なら31歳の生ける亡霊だ」
「きょ、享年……」
顔を引きつらせるマンダレイ。
一応礼儀として彼女は剣崎と握手したが…。
「っ!? 冷たっ……!!」
「体は生きちゃいないからな」
剣崎の体の冷たさに驚くマンダレイ。血の枯れた屍の肉体なのだから、冷たいのは当然だろう。
すると剣崎の肩に、後頭部と胸部が大きく抉れた骸骨カラス――タチバナが乗った。突然の化け物鳥の登場に、マンダレイは驚きピクシーボブは顔を青くするが……。
「恐れることはない、俺の従順で優秀な部下だ。見た目はアレだがな」
「そ、そう……」
「ならいいけど……」
剣崎の命令は絶対的であるため、骸骨カラス達はマンダレイと達に危害を加えないことを告げる剣崎。しかしマンダレイとピクシーボブはやはり心配そうだ。
「ちなみにちゃんと名前はある。こいつはタチバナ……タイラとサワラはすでにここに来ているぞ」
「「何匹いるの!?」」
骸骨カラスは一羽だけでないということを知り、絶望したような表情をするマンダレイとピクシーボブ。
「そんな茶番やってないで、早く目的地へ向かいましょう……俺達も暇じゃない」
「そうね……ほら、行くよ洸汰」
相澤とピクシーボブはバスに乗り、それに続いてマンダレイも洸汰という少年の手をつなぎ、バスに乗り込む。
だが、バスに乗る前に彼は――
「何がヒーローだ……何が正義だ……」
「……」
少年・洸汰の小さな呟きを剣崎は聞き逃さず、目を細めて洸太の背中を見据えた。
まるで、かつての幼き日の