〝ヒーロー殺し〟ステインとの死闘から早一週間――職場体験も終え、生ける亡霊が棲みついた雄英高校では、再びいつも通りの日常が始まる。
そんな中、剣崎は根津校長に呼び出され校長室で彼と面談をしていた。
「――この林間合宿とやらに、俺も行けと?」
「万が一にも
「ボディーガード役ってことか……」
根津の言葉に、剣崎は思考を張り巡らせる。
一度目の死を迎えたことにより〝個性〟が発現し、生ける亡霊と化した剣崎。彼が異空間から16年ぶりに解き放たれてから、雄英は過去に例を見ない波乱万丈な一学期だった。
「
そんな中での、林間合宿の敢行。今は期末テストが近いため教師側もそちらの方に専念しているが、実施した以上は
その一方で、不死身の肉体と超自然的力を有する剣崎は、襲撃事件の際は主犯格以外の
それらを踏まえると、安全に合宿を終えるには剣崎の力が必要であるという結論に根津は至ったのだ。
「俺は別に構わないが……万が一の場合は、俺の独断で彼ら彼女らを護ることが条件だ」
教育というものは、何かとマニュアル通りに行かねばならないと考えてしまう。しかし剣崎は「非常事態には非常対応」を信条としており、万が一の際はやり過ぎたとしても止むを得ないと考えている。
ゆえに、根津に条件を突きつけたのだ。
「――わかった。引率の先生方には話を通してはおくよ」
「……で、話はそれだけか」
「いや、あとは質問だけさ」
「質問?」
根津は一呼吸置いてから口を開いた。
「単刀直入に訊く――剣崎君、君はどこまで雄英を信じている?」
「――……!」
その言葉に、目を見開く剣崎。
「君は本当は、疑っているんじゃないか? 内通者が紛れていると」
「――どうやってそれを知った……」
「長いこと教育者をやってると、色んなことがわかるのさ」
根津は飄々とした態度で剣崎を見据える。
「……俺は――」
その日の放課後、剣崎は校庭で、ステインから奪った刀を手にして二刀流の練習に励んでいた。
彼は元々一刀流の使い手であり、二刀流は慣れていない。より効率的に、より多く
そんな中、剣崎は背後から漂う人気に気づいた。
「――何か用か、相澤」
「……まァな」
剣崎に会いに来たのは、相澤だった。
彼から漂う剣呑な雰囲気に、剣崎は自分に対し何か物を申したい様子であることを察する。
「皮肉だな……ステインの凶行を、ヴィランハンターの〝凶行〟で止めたんだからな。――そう言いてェんだろ、担任さん」
「……」
剣崎と相澤は、互いの心の奥をくみとろうとする。
「剣崎…これ以上俺の生徒と関わるな」
「――クク……何だよ、藪から棒に。生きた亡霊には基本的人権は保障されねェってか?」
「お前の身に起こった出来事には同情する……だがどんな理由であれ、お前はヒーローの道どころか人の道、いや、世の理すらも外れてる。そんな奴がいつまでも生徒と関わってたら、今後の教育に支障をきたす」
相澤は合理主義ゆえにヒーローの見込みの無さそうな生徒はすぐに切り捨て、除籍処分も厭わないが、冷酷そうな彼にも生徒に対する情はあるし教師としての矜持もある。
たとえ先の時代の秩序として超人社会に貢献した少年であっても、何度も出久達を――雄英の生徒を危機から救ったとしても、オールマイトのようなヒーロー達や警察上層部と面識があっても、相澤にとってはいつその凶刃をヒーローに向けるかわからない凶暴かつ強大な〝脅威〟だ。その少年と関わったがゆえに受け持った生徒を危険な目に遭わせるなど、死んでも御免なのだ。
「……まァ、その通りだな」
「剣崎……」
「俺は
剣崎は拳を強く握り締め、震えだした。
「――だが、俺ァひたすら
重く響く声で……全ての感情を押さえ込んだような声で、剣崎は苦しげに語った。
それは無慈悲に悪を裁き続けながらも、死してなお命を奪い続けることを嘆き苦しんでいるかのようでもあった。
「剣崎……」
相澤の心に、その言葉は深く突き刺さった。
他の方法――プロヒーローや警察の助けを乞うたり、一時的に
最悪な事態になる前に全てを護れる保証など無いのだ。その最悪な事態を防ぐには、「最後の手段」を使わざるを得ないのだ。剣崎はその「最後の手段」を躊躇なく使って生きてきたのだ。
「どうしようもねェ事なんざ世の中には腐る程あるんだよ……理想論じゃあ人は救えねェんだ!!! この
相澤の主張を嘲笑うような発言をする剣崎。しかしその声は震えており、怒りや憎しみではなく、哀しみを孕んでいるかのようであった。
「……そうかねェ」
剣崎の言葉に、問いかける相澤。
相澤にとって、剣崎の根幹ともいえる彼の信念には疑念を持たざるを得ないのだ。
「心配せずとも――あいつらは……出久君達は、必ず一本筋を通す。お前の期待に応えられる奴らに育つはずだ、俺が保障する」
「――死人に保障されると、逆に信用性に欠けるがな」
「そうかもな……さァ行け。用は済んだろう」
「……」
相澤は剣崎の寂しそうな後ろ姿を暫く見続け、その場から去っていった。
*
同時刻、とあるビルにてオール・フォー・ワンと
「やあ、久しぶりだね」
「私に何の用だ、オール・フォー・ワン」
口角を上げるオール・フォー・ワンの前に現れたのは、無間軍総帥のシックス・ゼロ。
互いが放つ気迫に、
「ステインの件は知っているね?」
「ああ、連日の報道でね」
「――剣崎が彼を殺したんだよ」
「!!? 本当か……?」
「今の時代で彼を殺せる〝
オール・フォー・ワンの口から語られる事実に、瞠目するシックス。
かつての宿敵が、活動を活発化させている。その宿敵の恐怖は瞬く間に伝染しているところから、彼の狡猾さも窺える。
「もしや、我々と手を組もうと?」
「察しがいいね……僕も君も、彼のせいで随分と手痛い目に遭ったじゃないか。その縁だ、ここは一時休戦として剣崎を――〝ヴィランハンター〟を潰そうじゃないか」
オール・フォー・ワンとシックス・ゼロは、強大な支配者として君臨しているという共通点はあるが、その思想信条は全くの正反対――手段を選ばぬオール・フォーワンと、正攻法を望むシックス・ゼロとでは昔から馬が合わないことは
「本当ならそんなに慌てる必要も無いと思っていたんだけどね……事情が変わった。今は君と対立している場合じゃないと踏んでいる」
「……?」
「あの忌々しい小僧は、本格的に動く。今年中――早ければ来月までに勝負を仕掛けてくるだろう…その前にオールマイトごと葬らねばならない。だが今の僕を見れば大体察するだろう? チャンスを確実なモノにしたいんだ」
「……」
シックス・ゼロは暫く押し黙ると、口を開いた。
「……確かに、今はぶつかる時ではないな……わかった。だがあくまでも剣崎を葬るのだ、剣崎を始末したその瞬間に協定は終わりだ」
「それはよかった……これで決まりだね」
オール・フォー・ワンは、悪意に満ちた笑みを浮かべるのだった。
根津校長と剣崎の会話のやり取りは、ご想像にお任せします。
一応、剣崎の話を聞いて根津校長は呆然とした……という設定です。