翌日――
剣崎はミッドナイトに連れられ、警視庁のある会議室に向かっていた。
「……睡、どういう風の吹き回しだ? 証人喚問や参考人招致でもやる気か?」
「いえ…今回のステイン討伐の作戦会議みたいなモノよ」
「作戦会議、ねェ……」
剣崎は目を細める。
今回のステインの件は剣崎一人に一任する予定だったはずだが、自分を呼んで作戦会議ということは、事情が変わったのだろう――剣崎はそう考えた。
「会議はもう始まってるの」
「それはどうだっていい。なぜ俺を呼ぶ必要があったのかが謎だ」
「浦村さんがどうしても呼びたかったらしいわよ?」
「文さんか……」
そう言いながら、ミッドナイトは会議室のドアを開ける。
会議室には、オールマイトやエンデヴァーをはじめとしたプロヒーロー達と警察関係者が揃っていた。
「おお、刀真! すまなんだ、君をいきなり呼んで」
「別にいいがよ……ちったあ訳ぐれェ説明してくれや」
剣崎の問いに、浦村は一息ついてから答えた。
今回の作戦が剣崎一人に一任させるという情報は、ヒーロー業界で共有された。ヒーローとは法的には警察の下部組織または嘱託を受ける民間協力者という位置づけであり、警察の要請を受けて実務を行う。警察の方がヒーローより立場は上であり、ゆえに剣崎とステインの間にヒーローは介入しないのだ。
「ここまではいいな?」
「ああ……で、問題は?」
「
今回の作戦で、多くのヒーローが
そこで作戦の当事者でもある剣崎を呼び、その意見を聞こうという浦村の独断で彼は呼ばれたのである。
「文さん、もうちょっとヒーロー使った方がいいんじゃね?」
「だって頭固いんだもん」
「ハァ……あのドサンピン共の狙いはオールマイトの抹殺だろうが、現代社会の破壊も視野に入れてる気がする。巷を騒がす辻斬り野郎の活動は、俺の予想では雄英の職場体験に重なると読んでいる」
「――それで?」
「俺はステインと
剣崎は自身が想像する
先日の襲撃事件において、剣崎は圧倒的な力を見せつけて
「ヒーロー絶対主義の社会だ、ヒーローの権威の失墜も視野に入れるとなりゃあ、奴らの狙いは俺じゃなく職場体験中の後輩達になる。ヒーローの卵を護れねェヒーローなんざ、信用できねェからな」
「うむ……成程……」
浦村は唸る。
「……そうなると、やはり今回の件は君に一任した方がリスクは少ないな」
「そういうこったな……」
剣崎は浦村を見据え、暫く黙ってから再び口を開いた。
「……ヒーローの掲げる正義は絶対的なものとして社会の頂点に君臨しなきゃならねェ。その為には正義の力を恐れと共に
「なっ……何を!?」
「そんなマネが許されると!?」
「……?」
声を荒げるマニュアルとベストジーニストに、怪訝な表情を浮かべる剣崎。
「……何か問題でも?」
「あるに決まっている!! ヒーローの信頼と威厳の問題だ、法律を無視した行為が許される訳など無い!!」
「下らない……話にならねェ。法だの制度だの、そんな文言並べれば命を救えるってのか? これァ〝ジェネレーションギャップ〟ってモンか? オールマイト……」
剣崎はオールマイトを一瞥しながら告げた。
「未来を変える権利は皆平等にある……だからこそ俺は
『っ……!!』
剣崎の言葉に、絶句するプロヒーロー達。
善人であれ悪人であれ、ヒーローであれ
剣崎は「剣崎の基準」で善悪を判断して剣を振るう。彼に法は通じない――だからこそ、エンデヴァー以上の苛烈な思想にプロヒーロー達は内心戦慄してもいた。
「……一理あるな」
『エンデヴァー!?』
エンデヴァーのまさかの賛同に、動揺を隠せない一同。オールマイトですら、顔を強張らせて驚きを隠せないでいる。
「勘違いするな。俺はあの死に損ない……いや、成仏し損ないを庇う気などこれっぽちも無い――だが……〝一瞬の気の迷いゆえに逃がした凶悪犯から未来を護れると思うな〟という点で共感しただけだ」
『っ!!』
エンデヴァーの言葉に剣崎はきょとんとした表情を浮かべ、その後笑みを深める。
「時代が何度変わろうと……
剣崎はどこか満足気な表情で口を開き、コートを翻して議場を去った。
警視庁の屋上で、剣崎は景色を眺めていた。
16年前の頃とは景色は全く違っており、改めて時代が変わったという現実を感じるが、剣崎は憎悪に満ちた目でそれを見下ろしていた。
(オールマイトが……〝平和の象徴〟が君臨するこの時代が、再び
その時だった。
ゾクッ!
「!」
剣崎の背後から、強烈な殺気が漂う。
剣崎は目にも止まらぬ速さで刀を振るい、背後にいる何者かを斬り捨てようとしたが、それは金属音と共に防がれてしまう。
「……てめェは……!!」
「久しぶりだな……剣崎」
剣崎は、背後の人物を目にして驚愕した。無間軍の札付礼二が現れたのだ。
「……随分とオカルトチックな見た目だな」
「懲りねェ奴だな…また戦争でもしに来たか」
「生憎だが、時代の節目を感じ始めたから足を洗いたいと考えてんだ。大事を起こすのも面倒になってきちまったよ」
そう言いながら刀を鞘に納める礼二の食えない態度に、剣崎はひび割れた顔をパキパキと鳴らしながら眉をひそめる。
「……
「てめェの母ちゃんなら俺の言葉を少しは信用しただろうな……」
「……殺されたいのか?」
剣崎は憤怒と憎悪を孕んだ目で礼二を睨んだ。
それと共に剣崎の朽ちた体のひび割れたような傷から黒い霧のようなモノが放たれ、どす黒い液体のようなモノが滴り始めた。
「……てめェの母ちゃんをバカにしてるって訳じゃねェ、むしろ尊敬に値する。だが――あの人の胎から何でてめェのような怪物が生まれたのか理解できねェのも事実だ」
「……」
剣崎はそれ以上は言わず、ただ礼二を見据えた。
(おいおい……奴の中の無限に湧き上がってくる怒りと憎しみに、朽ちた肉体が悲鳴を上げてるじゃねェか……)
剣崎は無意識だろうが、他の者から見れば先程の異変は洒落にならない程に危険な状態。礼二が昔耳にしたことのある穢れの類を朽ちた肉体から出したのだ。今はまだわずかだが…このまま放置すれば、いずれは外界に影響を与えて生きとし生ける全ての存在に死をもたらすだろう。
剣崎は生ける亡霊では無くなりつつあるのだ。怒りと憎悪が怨念に変わり、手を打たねば最悪の事態となるかもしれない。あまりにもバカげた話だろうが、剣崎の怒りと憎しみはそれを実現してもおかしくない程に強大なのだ。
「……剣崎。お前、それ以上粛清を続けると取り返しがつかなくなるかもしれねェぞ。ヒーローも
「そうなっても構わねェよ。
「……聞く耳持たねェってか」
剣崎の揺るがぬ信念と正義感に、思わず呆れる礼二。
「……保須にある唯一の廃墟で、奴はいるらしい」
「!!」
「そこへ向かいな。ただ……奴は若造共やオール・フォー・ワンとグルっぽいから、思い通りに行くと思わねェこったな」
そう言い残し、礼二は屋上から飛び降りた。
「野郎!」
剣崎が見下ろす頃には、礼二は巨大な札で飛び去っていった。
「……あいつ、何を企んでやがる」
苛立ちを隠せないまま、剣崎は地獄の底から響くような声で呟くのだった。
この辺りから、剣崎に異変が起こり始めます。最終的にどうなるかは…今のところは言えません。
最終回は今、オールマイトVSオール・フォー・ワンの辺りを想定していますが、良い感じに終わるよう頑張ります。