そろそろステイン戦に入れると思います。
出久に憑りついた剣崎は、轟と共に商店街を歩いていた。
「……アンタはこんな所に何の用がある」
「〝緑谷〟とは呼ばないのかい?」
「見た目が緑谷でも、中身が亡霊だからな」
いつになく鋭い眼差しで出久に憑りついた剣崎を睨む轟。
「今日中には返す……だから心配しなくていいよ」
見た目と声は出久でも、その体から放たれる雰囲気は間違いなく剣崎。
一応は出久のように振る舞っているつもりのようだが、生ける亡霊に憑依された〝彼〟から醸し出される雰囲気が殺気に近いからか、たまに目に付くヤンチャをしていそうな少年達やガラの悪そうな大人達ですら目を反らしている。
――爆豪に〝遭う〟のはごめんだな。
轟は心の中で呟いた。
「……付き添いとはいえ、自分のプライベートを晒すのは久しぶりだな」
「今までは秘密だったのか?」
「ごく一部は知っているよ……」
そんな会話をしていると、「目的地」に着いた。
それは――何と、花屋だった。
(花屋……?)
どう考えても花とは無縁な剣崎が、花屋に用がある。
轟にとっては、にわかに信じがたかった。
「すいません、店員さん……キキョウの花ってあります?」
「キキョウの花? あるわよ。もしかしてプロポーズ?」
「いえ……そんな大層なモノじゃありませんよ」
(……!)
轟は一瞬だけ見た。
出久に憑りついた剣崎が、煮え滾る憎悪や憤怒とは違った、別の「負の感情」を孕んだ表情になったのを。
「店員さんありがとう、じゃあ代金は――」
「俺が払う」
「!」
「緑谷の金を勝手に使う訳にもいかねェだろ」
花屋での買い物を終えた一行は、雄英高校周辺にある小さな墓地に着いた。
(墓……?)
「さてと……」
ふと轟は、空気が一変するのを感じた。
すると、出久の体から一回り大きな黒い影――剣崎が抜け出た。それと共に出久は約束通り解放され、力なく倒れそうになったところを轟に支えられる。
「緑谷、大丈夫か」
「……とど、ろき君……?」
「な? 約束通り解放したろ」
剣崎はキキョウの花束を携え、あるお墓へと向かう。
出久と轟は彼の後を追うと、「剣崎家之墓」と書かれた墓石に辿り着いた。
「これは……」
「――俺の家族の墓だ」
「「!!」」
剣崎の目的を察し、目を見開く二人。
そう…剣崎は墓参りの為に出久に憑依し乗り移ったのだ。
「一応この前も来たが、ちゃんとした形では来なかったから〝お返し〟をしたかった。すまないな、私用に巻き込んで」
「剣崎さん……」
「母さんは慈悲深かったがゆえに、殺された。俺は無力なガキだったゆえに、家族を救えなかった。護るべきモノを失った俺にできるのは、悲しみと憎しみの生みの親たる
「……アンタ……」
「俺は
剣崎は静かに、そして怒りを孕んだ声色で告げた。
「お前達は、泣けるからいいよな。生ける亡霊と化した俺は、悲しみを表現できないからな…」
剣崎の寂しげな一言に、出久と轟は複雑な表情で彼の顔を見るのだった。
*
時同じくして、
死柄木はテレビである番組を観ていた。
《かつて無類の強さと非情さで恐れられた〝ヴィランハンター〟剣崎刀真。姿を消してから16年の時を経た今、まことしやかに復活したのではという説がネット上で囁かれていますが、いかがでしょうか?》
《あの時代は今以上に強力な
《法律や制度を踏まえると、やはり厄介者というか…手に余る輩であるのは事実でしたね。でも堅気には一切手を出さず、被害も最小限に抑えるよう努めていた一面もあったようで、評価はどう転んでも割れるんですよね》
死柄木が観ている番組は、民放でやっていた「〝ヴィランハンター〟特集」である。
先日の一件で剣崎に返り討ちにされた死柄木は、彼に対する憎悪を募らせた。作戦を大きく狂わせ、並大抵の
しかし今の死柄木では、また戦えば返り討ちにされて終わってしまう――そう考えた
《なぜ少年は
「……死柄木、これは?」
「先生が観るように薦めてきたんだよ」
黒霧の問いに答える死柄木。
番組は
人気や評価はどうなのか。社会的な影響はどうだったのか。彼に影響を受けた人物または影響を与えた人物は誰か。文字通りの徹底解剖だ。
《今回番組では、〝ヴィランハンター〟と戦って生き延びた元
すると場面は変わり、ある男性が映った。
テロップには、元
《俺は今でもはっきり覚えている……奴を》
VTRで登場した男――切田は、重々しく口を開いた。
《鮮血で周囲は真っ赤に染まり、その場にいた
「……」
《鬼か悪魔か……奴の顔は憎悪に狂っているように見えた。あまりの恐怖で指一本動けなかった俺に、奴は声をかけた》
――
切田は剣崎の姿を思い出したのか、血の気が引いた顔で震えながら語り続けた。
《得体の知れない何かに心臓を握られたように感じた俺は、涙を流し何度も繰り返し首を縦に振った!! ……気がつけば奴は姿を消し、その場には
その後、切田は逮捕されて刑務所に入所した。
釈放されるまでの間、剣崎の訃報が知られてもなお剣崎の恐ろしさを周囲に教え続けたという。
《俺は一日たりとも忘れたことは無い。奴の怒りと憎しみの強さと、その恐ろしさを……》
そしてVTRは終わり、コメンテーター達が語り合う。
「……」
「死柄木、やはりあの男は勢いでは勝てません。あの男は今までの連中とは別次元の存在です。それなりの計画性が――」
「わかってるよ、同じ轍は踏まねェ。それよりも〝ヒーロー殺し〟はどうしたんだよ」
「準備がいると、暫く連絡を取ってません。ですがあの男を殺しに行くことは確実なので、我々は今の内に別の動きを……」
「……ハァ~~……面倒だなァ。あいつは俺が一番ブチ殺したいってのに」
死柄木は面倒臭そうに頭を掻き、剣崎に対する憎しみを募らせるのだった。