№43:憑依
雄英体育祭が終わり、いつも通りの日常が再開する。
「刀真! ちょっといいかしら」
剣崎が雄英側から借りている部屋に入るのは、ミッドナイト。
実は今回の授業でヒーロー名を考案することになっており、せっかくなので剣崎にも後輩のヒーロー名を考えてもらおうと思いついて来たのだ。
しかしたまたま不在なのか、剣崎は部屋にいなかった。
「……しょうがないわ、私だけで――」
ふとその時、ミッドナイトは机の上に置いてあったメモ帳に気がついた。
そのメモ帳は、剣崎が昔使っていたものだ。16年の時が経ったゆえか、使えるようだがかなり傷んでいる。
「……他人のメモの中身を見る気は無いけど、気になっちゃうからいいわよね…?」
誰もいないことを確認し、ミッドナイトは恐る恐るメモ帳を開いた。
中身は、在籍していた
「これって……刀真、あなたまさか……!!」
その内容を見たミッドナイトは、目を見開いた。
そこに書かれていたのは、何と内通者についての剣崎なりの考察だった。
確かに剣崎は襲撃事件以来、雄英高校に内通者がいるのではないかと疑ってはいるが……。
「……情報共有は必要よね……」
ミッドナイトは、剣崎の考察に目を通す。
剣崎は犯人を絞るため、「授業カリキュラムを手に入れられる人物であること」と「先日の襲撃事件で1-Aメンバー全員の〝個性〟を把握していない、またはできない人物であること」の2つのポイントを重点に調べているようだ。その上で剣崎は、そのポイントに当てはまる者――内通者候補についてメモ帳に書いている。
「葉隠透、青山優雅、塚内直正……いつの間にこんなに調べて……」
剣崎のメモ帳には、以下のように書かれていた。
〈葉隠透。透明人間であるという〝個性〟の性質上、行動を追うことが今のところできず詳細も不明なため考察の余地が少ないが、他の生徒と比べて格段にアリバイが少ないのでシロだと断定することはできない。〉
〈青山優雅。かつて俺が経験した〝ある事件〟を基に検証している。可能性は低いが、本性もよくわからないのも事実だ。〉
〈塚内直正。これは雄英というよりも警察なのだが、オールマイトと親しい上に刑事の権力を使ってカリキュラムを入手したとも予想できる。手のマスクのガキ絡みの事件全般を担当しているらしく、それを踏まえると一番怪しい。〉
〈勿論、これは確固たる証拠も無いし、仮にいたとしても自分の予想を裏切る人物である可能性もある。内通者は最初から存在せず、勝手に疑心暗鬼にさせて内側から崩そうという敵の策略である可能性もあり得る。いずれにしろ、引き続いて裏切り者がいないか調査するべきだろう。〉
これらの記述から、剣崎は雄英側の内通者を是が非でもあぶり出そうと考えているようだ。
(刀真……)
ミッドナイトは複雑な表情を浮かべてメモ帳を置き、その場を後にした。
*
その日の放課後。
珍しく出久は轟と二人きりになってグラウンドへ向かっていた。
「轟君も一緒にやるの?」
「……まあな」
実を言うと轟は、剣崎の授業に参加する意思を固めたのだ。
轟曰く、雄英体育祭のお茶子と出久の活躍が剣崎の修行の影響と知り、更なる高みを目指したいという。
「轟君で3人目……修行内容は変わるかもしれないな」
「今まではどうだったんだ?」
「全部実戦だよ」
「大変だったな」
引きつった顔の出久に、轟は微笑む。
「あ、剣崎さんだ」
「……何をやってるんだ……?」
剣崎を発見した二人。
剣崎はグラウンドにて胡坐を掻いており、彼の周囲にはいくつもの石が置かれている。
「フンッ!」
ドッ! ドパァン!!
「えっ!?」
「なっ……!!」
剣崎が思いっきり地面に短刀を突き刺した瞬間、周囲に置かれた石が突然砕け散った。
短刀を地面に突き刺しただけで手にも触れず石を破壊した剣崎に、出久と轟は絶句する。
「……ボチボチ、だな」
短刀をコートの内ポケットに仕舞う剣崎。
「剣崎さん、さっきの……」
「お、出久君に轟君か……さっきのか? 〝雷轟・
「「遠当て技?」」
「刀剣を使って地面に〝雷轟〟を伝導させて間合いの離れた相手に衝撃を与える――刀が苦手とする遠距離の攻撃を克服した応用技だな」
近距離の斬撃と〝雷轟〟、間合いの外からの攻撃を繰り出す遠距離攻撃の〝雷轟・剣砕〟――これを編み出したことによって剣崎は、どんな間合いでも優勢に戦える力を得たのだ。
「技ってのァ、
「……!」
「まァそれはともかく、何の用だ?」
「あんたの授業に参加したい」
「!」
轟の申し入れに、剣崎はきょとんとした。
「……それはエンデヴァーの火事場親父の方がいいんじゃないのか? 〝個性〟の都合上、氷はともかく炎の方は火事場親父に頼む方が効率的だろ」
轟は今まで氷結攻撃がメインだったので、炎による燃焼攻撃の制御はかなり雑であると剣崎は判断し、その上で提言するが……。
「
「あ~……そういうことね……」
轟家の家庭事情を何となく察する剣崎。
「でも俺は〝個性〟っつーよりも基礎戦闘力の向上がメインだぞ? それでもいいのか?」
「構わねェ、炎は自力で何とかする」
「あっそ…優等生はいいモンだ。わかった、じゃあ明日から参加しな」
剣崎は轟の参加を承諾する。
「よかったね、轟君」
「まあ、こういう返事だろうとは想定してたけどな」
「そういう訳で剣崎さん、明日からお願いします」
出久と轟は剣崎にそう告げて帰ろうとしたが……。
「そうだ――丁度いい、俺に協力してくれないか? 出久君」
剣崎が待ったをかけた。
「え? 何を――」
「
剣崎の言葉の意味が解らず、首を傾げる二人。
すると、剣崎に異変が生じた。
彼の朽ちた肉体やボロボロになった衣服、刃こぼれが生じた日本刀が、少しずつ黒い粒子に変わっていくではないか。しかもそれは出久の体に付着し染み込んでいく。
出久と轟は背筋が凍った。剣崎は出久に憑依するつもりなのだ。
「剣崎っ!!」
怒りのあまり〝個性〟を発動し攻撃しそうになる轟だが、剣崎は何気ない顔で諫める。
「そうカッカすんな轟君。今の姿でシャバに出ると後々面倒なだけなんだ、用が済んだら解放するさ」
徐々に薄れゆく意識の中、出久は死者に憑依された自分の身を案じた。
暫くすると、その場にいた3人は2人となって剣崎は姿を消した。
その代わり、出久は豹変していた。
顔や手にはひびのような切り傷と火傷が刻まれ、緑がかった癖毛は風も無いのに揺らぎ、瞳もどす黒く染まっている。
「……こういうのはあまり慣れてないんだが、案ずるな」
「……!」
出久の顔で地獄の底から響くような声を出す剣崎。
「……何が目的だ」
「ちょっと用事があるんだ――そんなに心配なら、着いてくればいいよ轟君」
(緑谷の声!?)
「こっちの方が付き合いが楽だろう?」
剣崎の声が、突然出久の声になる。それと共に傷はいつの間にか消え、瞳も髪の毛も元の出久の状態になる。
思わず混乱しそうになる轟だが、すぐさま落ち着きを取り戻して鋭い眼差しで出久に憑りついた〝彼〟を見る。
「……緑谷に危害加えたら、容赦しねェ」
「弟子に手ェかける師匠がいるかよ……着いて来な」
出久に憑りついた剣崎は、獰猛な笑みを浮かべた。