ご了承ください。
雄英体育祭があと3日に迫った頃。
出久とお茶子は、クラスメイトに絡まれていた。
「緑谷ちゃん……何か変わった?」
「え?」
「確かに、何となく…見た目は変わんねェけど」
「お茶子ちゃんもだよ、何か変わってる気がする」
「何ていうか…う~ん、何だろう?」
クラスメイトの指摘に、二人はふと思い出した。
そう言えば、剣崎の特別授業において彼は言っていたではないか。
――いい目になってきたじゃねぇか、二人共…それでいいんだ
目は口程に物を言う。
恐らく、彼との手合わせで目付きが若干変わりつつあり、剣崎のような「強者の目」に少しずつ近づいているのだろう。
普段意識してなくても、周囲が何らかの変化に気づく……自分達が一歩ずつ成長しているあかしだ。
(デクと丸顔の奴……何か隠してるな)
爆豪は、出久とお茶子の変化に気づいていた。
目付きの変化……いつの間にか気迫がこもるようになりつつある二人に、苛立ちを隠せなくなる。
出久が雄英高校への入学を果たして以来、彼は急成長している。更に言うと、剣崎が出久と関わり始めてから一気に強くなってきているようにも感じる。
「……ふざけやがって……」
そう呟いていると、チャイムと共に相澤が入ってくる。
「席につけお前ら、今日の訓練について説明する」
相澤曰く、今回の訓練は外部の講師が来るという。
いつもは雄英の教師が訓練を担当するのだが、先日の襲撃の件――それと剣崎の苦情――から、より実戦に近い訓練が必要という方針になった。
そこで、ミッドナイトがコネを使って自らの同期であるプロヒーローを呼んだのだ。
「先生、その講師ってもう来てるんですか?」
出久の質問に、相澤は眉間にしわを寄せながら首を左右に振った。
「まだ来ていないな。連絡も来てない」
その直後、廊下からドタバタと騒がしい足音と叫び声が聞こえた。
「ったく!! 何で寝坊すんだよ!? わざわざ皆揃って泊まっといてよ!!」
「いやァ、布団が「離れないで、寂しいわっ!!」っつって離してくれなくてな」
「付喪神か!!」
「しかし何で今更雄英に……いくら睡からの頼みっつったって……」
「そんな事言わない!! 私達の母校なんだから」
どんどん大きくなる声と足音がとうとうドアの前までやってきた
スパンッ!!!!
「すいません、遅れましっぎゃっ!!」
1人目が入ってきたと思った瞬間、雪崩のように後ろから押され前に倒れた。
下敷きにされたのは、よりにもよって女性だった。
「重い!! 何で突っ込んできたの!?」
「いやァ、足挫いてな」
「段差も無いのに!?」
「そろそろ介護保険だな……」
「んだと!? ぼてくりこかすぞゴラ!!」
「早くどかんかい!!!」
ギャーギャーと騒いでいる3人に、出久達は呆然とする。
そこに相澤の咳払いが響き、一瞬で静まり皆が目線を向けた。
そしてドスの利いた声で、一言。
「……とりあえず落ち着け」
*
ようやく落ち着きを取り戻した3人。
具体的な面々は、2人の男性と1人の女性だ。
男性陣の内、一人は学ランの上に黒い羽織を肩に羽織った黒髪の男性。腰に日本刀を指しており、剣崎と同様に腕の立つ剣士である事が窺える。
もう一人は青いレザージャケットと黒いズボンを着用してベースボールキャップを被った黒の短髪男性で、喫煙者なのか煙草の臭いがしている。額と右頬には火傷の痕が生々しく残っており、3人の中では一番大柄でガタイがいい。
そして女性の方は、濃紺色のワンピースの上にマントを羽織った、赤いロングヘアーが特徴の細身な美女。右目の上に大きな傷があり、足の方にも刀傷が刻まれている。
少なくとも多くの修羅場を潜り抜けた実力者であるのは目に見えていた。
「まずは俺から……
「〝黒の処刑人〟って……中二病だよな、何か」
「うるさい、斬るよ
「喧嘩しないの! 「同志は常に仲良く」って言ってたでしょ? 初めまして、私は
「ちっ、俺がトリかよ……俺は
それぞれが自己紹介をする。
男性陣がまさかの中二病臭い異名であることに苦笑いしつつ、一同は礼をする。
「んで、俺があそこのみみっちいガキとそのクラスメイトに「世の中の厳しさ」を教えりゃあいいんだな? 相澤」
「あ゛!?」
火永の挑発的な物言いに、爆豪は完全にスイッチが入った。
知っての通り、爆豪はヘドロ
「おっと、こいつァ失言か? 悪いな、31歳にもなりゃあ性格の矯正はできねェから勘弁してくれ」
(スゴイ……早速かっちゃんをイジるなんて……!!)
出久のとんだ勘違いが発生する中、火永は爆豪に近づく。
「ビリビリの坊ちゃんに聞いたぜ、クソを下水で煮込んだような性格らしいじゃねェか」
「アホ面、てめェ!!!」
「いやァ、でも事実じゃん……」
「かっかっか!! 昔の俺を思い出すぜ、あん時はよく刀真と喧嘩したなァ」
その言葉に、一同はざわつく。
あの〝ヴィランハンター〟剣崎刀真と、喧嘩した。それはつまり、彼らは剣崎の元クラスメイトである事を意味する。
「やっぱり……剣崎さんの同期なんですか?」
出久はそう尋ねると、火永は驚いた顔で出久を見た。
それも当然…剣崎は出久達が生まれる前に悪者退治で名を馳せた伝説の男。彼を知っている者は早々いない。自分達の後輩すら剣崎を知らない者が多かったのだから余計に驚いているのだ。
「坊主……知ってんのか? あいつを……」
「僕はあの人に救われましたから」
出久の言葉に、火永は動揺を隠せないでいた。
剣崎は16年前に死んだのに、出久はつい最近出会ったような言い草だ。
それと共に、ふと先月の
もしやと思うが、頭を振る。あいつは死んだんだと…「〝ヴィランハンター〟の時代」は終わったんだということを、自分に言い聞かせる。
「……火永さん?」
「……何でもない。気にするな……」
帽子を被り直し、御船と熱美の許へ戻る火永。
対する御船と熱美も、出久の言葉に驚いている様子だ。
「……まさか、本当に……!?」
「そうじゃねェなら、わざわざ俺らに嘘をつく理由がねェだろ……」
「この件は睡に聞いた方がいい……彼女が一番長く刀真の傍にいたから」
御船の言葉に、火永と熱美は頷く。
「……相澤先生、早速ですが訓練といきましょう。時間も限られているでしょうし」
「やっとそれに気づいたか……」
マイペースな彼らがようやく気づいたことに呆れる相澤。
「そういう訳だ、今回は訓練場じゃなく校庭で行うから遅れずにさっさと来い」
(結構グダグダだ!!)
※グダグダなのは火永達の責任です。
「あ、そうそう…一つ言い忘れてたわ」
火永が何かを思い出したのか、声を上げた。
次の瞬間、火永は凄まじいプレッシャーを放って告げた。
「俺達はここの教師と違ってそんなに手加減できねェんでな……ケガすんなよ?」
一方、剣崎はミッドナイトからある
「ステイン? 木材や繊維の着色剤じゃないのか?」
「それは〝オイルステイン〟よ……何でわざわざボケるの?」
「……冗談が過ぎたな、続けてくれ」
「ステインは別名〝ヒーロー殺し〟……本名は
「だが40人もやられてるってことは、基礎戦闘力が高い奴なんだな?」
「その通り……素の実力が高い上に相手の個性と戦いぶりを少し見ただけで、その強さと癖をすぐさま見抜ける優れた分析力もあるわ」
「成程ね……」
剣崎はステインのデータが記載された書類を手に取る。
目元を包帯で隠し、赤のマフラーとバンダナ、プロテクターを着用したその姿はまるで忍者だ。
剣崎はステインの顔写真をまじまじと見つめる。
「……刀真、どうしたの?」
「……俺はこいつに宿命的な何かを感じる」
「え……?」
「いずれ対峙するであろう
剣崎は、そう呟く。
数多の
信念は、人を惹きつける。そこに正義と悪の境界線は無い。
悪にも悪なりの信念がある。だからこそ、潰さねばならない。意思を継ごうとする輩を生まない為に。
「いずれこいつと俺は、己が信念を掲げぶつかる。〝ヒーロー殺し〟は、この俺が直々に引導を渡してやる」
剣崎は立ち上がり、刀をステッキのように突いて職員室から去ろうとした。
しかし……。
「刀真、今日は火永達が来ているのよ? 挨拶ぐらいしたら?」
「何……?」
剣崎は目を見開く。
詳しい理由は不明だが、かつての同志……クラスメイトが雄英に来ているという。
「せっかく復活したのに、私以外の同志には会いたくないの?」
「――俺には仕事がある……ステインという正義の面汚しの首を取るのが先だ。それに俺は悪者退治を優先し続けた。未来を優先して同志を切り捨てたようなもんだろう」
「刀真、会わなきゃわからないじゃない。私は火永達が刀真を見限ったとは思えない……ましてや、同じ境遇の火永なら尚更よ」
「奴は俺と違う。全て失っていないだろう」
「……本っ当に、変に頑固ね」
溜め息を吐くミッドナイト。
「奴らは、俺を許すだろうか……」
「その為にも、会わなきゃならないって言っているじゃない」
「……」
剣崎は少し考えたのち、「ケジメをつける」と告げてその場を去った。
今回登場したオリキャラは、肘神さまさんと炬燵猫鍋氏さんのアイデアを参考にしました。
ありがとうございます。