出久とお茶子が剣崎の特別授業を受けて、1週間が経過した。
剣崎との手合わせは日に日に苛烈になり、ついには〝個性〟を使わないだけの乱闘になっていた。
雄英高校の戦闘訓練と違い、〝個性〟抜きの時間無制限での模擬戦。出久は反動で体を壊す事は無く、お茶子は一応吐かずに済むが、その分疲労が一気に溜まる。
ましてや相手が〝ヴィランハンター〟ともなれば、レベルが違う。
「「ハァ……ハァ……」」
出久とお茶子は肩で息をしており、今にも腰から崩れ落ちそうだ。
対する剣崎は依然堂々と立っており、格の違いを見せつけている。
桁違いの実力。圧倒的なキャリアの差。出久とお茶子に立ちはだかる壁は、あまりにも大きい。しかし、それでもなお二人は諦めずに剣崎を見据えている。
「いい目になってきたじゃねェか、二人共……それでいいんだ」
剣崎は、出久とお茶子が
呻き、叫び、傷つき、血を流し、みっともなく反吐をぶちまけて、痛みに涙を滲ませてでも、立ち上がる。気を失いかけても、身体が限界を越えても、根性で拳を握り締める。
重ねてきた経験も、磨き上げてきた技も、自らを奮い立たさねば意味が無い。力の差が歴然でも、絶望的な状況でも、満身創痍で自身の敗北が決定的でも、自分自身を裏切ってはならない。
それが、ヒーローだ。ヒーローは何度でも立ち上がるのだ。その手で悪を倒し、平和を守るために。
「「おおおおおお!!」」
出久とお茶子は、疲弊しきった身体に鞭を打ち、己を奮い立たせて剣崎に立ち向かった。
剣崎もまた、それに応えて拳を振るった。
拳は、出久の顔を直撃する。しかし出久は歯を食いしばり、決して下がらずに剣崎の顔面を自らの拳で抉った。
出久の拳を食らった剣崎の顔面は、一気にひびが入り右顔の一部を砕いた。それと同時にお茶子が渾身の蹴りを見舞い、剣崎の体を蹴り飛ばした。
宙を舞い、倒れる剣崎。それと同時にうつ伏せに倒れる二人。
剣崎はすぐさま立ち上がり、倒れた二人の元へ向かう。
「……よく頑張った、二人共」
労いの言葉を投げかける剣崎。
顔面は見る見るうちに修復し、十数秒で元通りになった。
「全く……無茶させてるわね」
そこへ現れたのは、ミッドナイトだった。
「睡……丁度いいところに来たな」
「何が丁度いいなの……明らかに保健室運ばないとマズイじゃない」
「ダメージよりも疲労だ、寝りゃあ治る」
そう言いながら、剣崎は出久を担ぐ。
ミッドナイトも、倒れているお茶子を背負う。
「今の雄英は弱い……強くしなきゃあいけねェ。 生徒ん中で素で強いのは一握りだ」
「まあ、ビッグ
「〝ビッグ
「! そっか……刀真は知らなかったわね」
〝ビッグ
No.1ヒーローに最も近い存在と呼ばれている通形ミリオ、そのミリオとは古い付き合いである
「……そんなに強いのか?」
「強いわ……特にミリオは昔の刀真に匹敵する実力だと思う」
「……会えるのか?」
「――え゛?」
ミッドナイトは、血の気が引いていくのを感じた。
剣崎は間違いなく、ミリオと会おうと考えている。
「上等じゃねェか、そいつが本当に俺に匹敵するのか見極めなきゃな。 仮にも先輩だしな」
ミッドナイトは激しく後悔した。
言わなきゃよかったと。
*
さて、ここはオール・フォー・ワンのアジト。
〝ヒートアイス〟こと熱導冷子と手を組み戦力を強化したオール・フォー・ワンは、二人きりの時間を過ごしていた。
「あの子の容体は?」
「さすがに動けるようにはなったよ…暫く戦闘は無理だろうね」
二人は、死柄木弔について話し合っていた。
先日の雄英襲撃において剣崎に秒殺され重傷を負った死柄木は、ようやくベッドから起き上がり動けるようになった。しかし剣崎の一撃の後遺症か、暫くの間は松葉杖で生活するハメになったのだ。
「まァ……暫くの間は不自由な分、一時的に自由を奪った剣崎を酷く怨んでいる。歪みを生まれ持った彼にとっていい糧になるよ」
ニヤリと笑みを深めるオール・フォー・ワン。
「それに……死柄木弔と剣崎刀真は戦う運命だ」
「何?」
「剣崎刀真は、志村菜奈を慕っている。そして死柄木弔の本名は志村転弧…志村菜奈の孫だよ」
「!!」
その事実に、目を見開く熱導。
先代ワン・フォー・オール継承者である志村菜奈の孫が死柄木であり、そして剣崎は志村菜奈を慕っていた。
さすがの熱導もこの事実を知らなかったのか、驚きを隠せないでいた。
「人間の心は脆い……彼の心をへし折るには十分だろう。慕い続けていた女の孫を殺そうとしたことをね――」
「そう上手く行くとは思えんな。常識が通じる相手とも思えん」
剣崎は、世間一般とは「対の立場」である。
例えば、
しかし剣崎は違う。「相手が
また、剣崎は恐れというものを知らない。恐れや痛みは信念を鈍らせるとして、どれだけ強大な相手であろうと捨て身で立ち向かうのだ。迷いの無い人間程、手強い者は無いのだ。
そんな中考えた熱導の推測は、その事実を知ったら心がへし折れるどころか、むしろ強烈な怒りと憎しみを膨張させるだけではないかという事だ。ただでさえ厄介さでいえばオールマイト以上とされる剣崎が、尊敬し憧れた女性の死の原因がオール・フォー・ワンであると知ったら、それこそ手に負えない。
「心配しなくてもいいさ、ヒートアイス。 常識は通用しないだろうけど、剣崎も所詮は人の子……心が無いわけじゃない」
たとえ生きた亡霊であっても、死神の様に恐れられたとしても、剣崎も元は人間……「〝悪〟の支配者」として君臨し、計画的に人を動かし、思うままに悪行を積んでいったオール・フォー・ワンにとって精神崩壊など造作でもないのだ。
「まァ、剣崎に壊れる心があればの話だが……それよりも今回の襲撃、上手く行かなかったようじゃないか」
「いやァ、そうでもないさ。むしろ重要な情報を得られた」
熱導が雄英襲撃の件について尋ねると、甚大な損害を被ったのにもかかわらずオール・フォー・ワンは笑みを浮かべていた。
「死柄木弔と黒霧の証言から、剣崎の〝個性〟がようやくわかったんだ」
「!? 本当か!?」
「今の彼は〝亡霊〟だ……僕が未だ手に入れてない〝個性〟だよ。だが昔、弱点を聞いたことがある」
他者から〝個性〟を奪い己がものとしてきたオール・フォー・ワンが、一度も手に入れたことの無い〝個性〟。それが剣崎の〝個性〟であり、剣崎を蘇らせた原因。
一度も手に入れてないため、具体的な能力は不明だがその個性の弱点は聞いたことがあるらしい。
「〝亡霊〟というだけあって、塩や日本酒、柊といったものに弱いらしい」
「何だそれは!? まるで魔除けではないか!!」
「――その通り。魔除け効果でないと通じないんだよ……具体的な効果は不明だけどね」
にわかに信じがたい個性に、熱導は動揺する。
弱点がわかってるのに具体的な効果は不明など、逆に危険だ。何が起こるかわからない。
「まァ、その辺も踏まえて彼に依頼することに決めたんだよ」
「彼?」
「どんな結果であれ、必ず僕らの利益になる存在……〝ヒーロー殺し〟にね」
オール・フォー・ワンは、悪意に満ちた笑みを浮かべた。
これが後の、日本の犯罪史上最も有名な