翌日――
生徒達が登校を終え、一時間目の授業開始のチャイムが鳴る。
そんな中、〝セメントス〟こと石山堅と〝プレゼント・マイク〟こと山田ひざしの二人がある少年を待っていた。
「いやァ……相澤から話聞いた時はびっくりしたわ」
「……〝ヴィランハンター〟剣崎刀真かい?」
「あいつが蘇って悪者退治してたとはな……」
二人の話題は、言わずと知れた剣崎のこと。
雄英高校に侵入者が現れ、しかも今なお恐れる者も多い〝ヴィランハンター〟が生ける亡霊として蘇っていた…それはマスコミに知られればヤバイのだ。剣崎の方ではなく、未だかつて不審者の侵入を許さなかった雄英バリアを突破されたことの方である。
「剣崎刀真っていやァ、
「……そこは同感だね」
(しっかし……あん時のミッドナイト、妙に動揺してたよな……)
剣崎の一件は職員会議を通じて雄英高校の全教師に知られているが、その中でも明らかに様子がおかしかったのはミッドナイトだけだった。
彼女は剣崎が16年の時を経て生ける亡霊として蘇ったという事を聞いた途端、目を泳がせ激しく動揺したのだ。思わず声を掛けて心配したほどである。
「ま、まさか酷い目にでもあったのかな……?」
「……俺は逆だと思うけどな……」
「え?」
その時、二人の目の前にあの少年が…剣崎が現れた。
ボロボロの雄英の制服を着てコートを羽織り、刀をステッキのように突きながら大股で歩いて二人へ近づく。整った顔は切り傷と火傷の痕でズタズタであり、風もないのに深緑の癖毛が揺らめいている。この世の者ではないことは知っていたが、その不気味さにマイクとセメントスは喉仏を上下させた。
「……見ない顔だな、お前達もヒーローか?」
剣崎は地獄の底から響くような声で尋ねる。
二人はその一言で鳥肌が立ち、冷や汗を一筋流す。
「っ……俺はプレゼント・マイクだ、こっちはセメントス…あんたの件は聞いている」
「…なら話が早い。俺をどうする気なのかを聞かせてもらおうか」
「あ、ああ……案内する」
二人は剣崎を連れ、校舎へ案内する。
「さてと、どんな返事が待ってるか……実に楽しみだ」
ニヤリと冷酷な笑みを浮かべる剣崎。
マイクとセメントスは、そんな彼の笑みにゾッとするのだった。
*
剣崎が案内されたのは、校長室。
そこには、オールマイトをはじめとした現役のプロヒーローと雄英高校校長の根津がいた。
(根津校長とオールマイト、睡以外は知らねェ顔だな)
雄英の教師陣ではオールマイトと根津校長以外知らない剣崎は、生気を感じない漆黒の瞳で見渡してから口を開いた。
「さて、答えを聞こう。俺をどうするつもりだ?」
そう尋ねつつ、剣崎は冷酷な笑みを浮かべる。
いかに法治国家とはいえ、法律や規則では
だからこそ
ゆえに、この時代は
だが、根津の返答は真逆だった。
「我々としては、君を受けいられないよ剣崎君」
根津はそう告げた。
「何……!?」
「16年前とは情勢が違う……もはや君は不要なんだよ」
「根津校長もお年を召されたか?」
剣崎は静かに怒りを露にして、根津を睨みつけた。
剣崎の怒気が充満して緊張状態になり、その場にいた教師陣が冷や汗を流す中、オールマイトと根津は平静を保っている。
「それはつまり……俺のライフワークである悪者退治の必要はもう無くなった、と解釈していいんだな?」
「……そうだよ」
「……話にならないな。根津校長…俺が社会から求められなくなったときは、この世から全ての
剣崎は、今のヒーロー達が
「
剣崎の悪者退治は、「ヒーロー顔負けの
剣崎自身、別に蔑まれてもあまり気にしない。それが一度しかない人生を擲ってまで「全
だが、自分の犠牲を無駄にすることだけは許さない。それは、自分が
「ま、待ちたまえ剣崎少年! まだ話は途中だ……最後まで聞いて欲しい」
「……」
剣崎はオールマイトの言葉を聞き、オールマイトを睨む。
「ゴホン……剣崎少年、君が雄英から出て行った後、即座に会議を行ったのだ」
「……それで?」
「それがだな…」
とりあえず、今回の議題で持ち上がった意見を客観的に見ると以下のようになる。
まず、お望み通り雄英の生徒にした場合。ほぼ不死身の殺戮悪鬼と化した元生徒の復学は世間体というものがあるので、厳しい立場に置かれるのではないかという懸念が生まれてしまう。
次に、法律に基づいて逮捕し極刑に処す場合。これが法治国家として取るべき対応だろうが、今の剣崎は不死身同然なので無意味だろう。
そして重犯罪者が収容される特殊刑務所「タルタロス」に収監する場合。これもまた法治国家として取るべき対応だが、先日剣崎は雄英バリアをすり抜けて雄英高校の敷地内に侵入したため、壁とかすり抜けて悪者退治に行くかもしれないという懸念が生まれてしまう。
――というわけで、完全に詰んでいるのである。
剣崎を敵に回さず、かつ法的に問題の無い手段が全く無い。
16年の時が経った今、死者の剣崎はもはや〝時代の残党〟だ。今はオールマイトを筆頭としたプロヒーロー達が
だが剣崎は生ける亡霊として蘇り16年前の続きをしている。剣崎本人は何ともないだろうが、これは社会的には大問題であり、かつて
「そこで君には、この雄英高校で
「何……?」
「悪者退治を終えて新たなライフワークで生きる…第二の人生として相応しく思わないか?」
オールマイトの言葉に、剣崎は目を細める。
確かにオールマイトの言葉は魅力的であるが、実際は自分をプロヒーロー達の管理下に置いて悪者退治を制限しようとしているのだろう。世間体やマスコミに配慮し、国が定めた法律を守るために。
(……俺は母さんからそう教わった覚えはねェぞ……)
剣崎は、ヒーローであった母のことを思い出す。
剣崎の母は自分の信念を貫く〝強き女性〟であり、「命の尊さ」をどのヒーローよりも……いや、誰よりも理解していた。
母は常に「人がルールを守るのではなく、ルールが人を守らなくてはいけない」や「人命と規則を天秤にかけたら、人命を優先しろ」と自分に教えた。それが正しいと、今まで信じてきた。
だが目の前の連中は、母の教えに反している事を言っている…剣崎はそう思うと怒りを露にし始める。
「君がこれ以上の悪さをしないためにも、社会貢献と更生の一環としてこの雄英高校で奉仕して――」
「黙れ!!」
「っ!?」
剣崎は刀身がボロボロになった刀の切っ先を、オールマイトの胸に突きつけた。
一触即発になり、マイク達は一斉に構える。
「オールマイト、お前も俺を
剣崎の逆鱗に触れてしまった。
そう感じて焦り始めたオールマイトは、「最後の切り札」を発動した。
「本来ならば剣崎少年は〝
オールマイトは剣崎に対し、辛辣な声を掛ける。
しかし剣崎は、そんなオールマイトを嘲笑った。
「その程度の脅しで俺が屈するとでも思っているのか? オールマイト……平和とは常に誰かの犠牲で成り立ち保ち続けるんだ。誰かが自らの全てを犠牲にして
「私は君の
「っ…俺に殺人欲があるみてェな言い方しやがって……」
オールマイトの言葉に剣崎は青筋を立てて怒っているのか、ひび割れたような顔からパキパキと小さく音を鳴らした。一度死んだ身とはいえ、
確かに
「……どうかな? 剣崎少年」
「……わかった……余計な敵を作るのは面倒だからな」
剣崎は観念したかのような、複雑な表情で折れた。
そこまで言われたら仕方がない。元々復学を目論んでいた剣崎にとって、働くという選択肢を強要されるのは心外だが止むを得ない。
「……で、俺はこれからどうすればいい?」
「それについては、彼女に任せようと思う」
「何?」
「入ってきたまえ」
根津がそう言った時だった。
校長室のドアを開けて、ある女性が現れた。
白いタイツに長髪、SMマスクを付けている美女。しかし剣崎はその姿を見た瞬間に思い出した。
かつて自分の隣に立って居続けた、彼が最も信頼した女性――〝ミッドナイト〟こと香山睡だ。
「刀真……」
「睡、なのか……!?」
剣崎は目を見開き、ステッキのように持っていた刀を落としてしまった。
16年の時を経ての再会だった。
次回、剣香コンビの回です。
感想・評価、お待ちしてます。