亡霊ヒーローの悪者退治   作:悪魔さん

15 / 83
№10:答え

 翌日――

 生徒達が登校を終え、一時間目の授業開始のチャイムが鳴る。

そんな中、〝セメントス〟こと石山堅と〝プレゼント・マイク〟こと山田ひざしの二人がある少年を待っていた。

「いやァ……相澤から話聞いた時はびっくりしたわ」

「……〝ヴィランハンター〟剣崎刀真かい?」

「あいつが蘇って悪者退治してたとはな……」

 二人の話題は、言わずと知れた剣崎のこと。

 雄英高校に侵入者が現れ、しかも今なお恐れる者も多い〝ヴィランハンター〟が生ける亡霊として蘇っていた…それはマスコミに知られればヤバイのだ。剣崎の方ではなく、未だかつて不審者の侵入を許さなかった雄英バリアを突破されたことの方である。

「剣崎刀真っていやァ、(ヴィラン)共を狩りに狩りまくって恐れられた殺戮マシンだろ? 雄英(ウチ)で手に負えるような相手じゃねェだろ」

「……そこは同感だね」

(しっかし……あん時のミッドナイト、妙に動揺してたよな……)

 剣崎の一件は職員会議を通じて雄英高校の全教師に知られているが、その中でも明らかに様子がおかしかったのはミッドナイトだけだった。

 彼女は剣崎が16年の時を経て生ける亡霊として蘇ったという事を聞いた途端、目を泳がせ激しく動揺したのだ。思わず声を掛けて心配したほどである。

「ま、まさか酷い目にでもあったのかな……?」

「……俺は逆だと思うけどな……」

「え?」

 その時、二人の目の前にあの少年が…剣崎が現れた。

 ボロボロの雄英の制服を着てコートを羽織り、刀をステッキのように突きながら大股で歩いて二人へ近づく。整った顔は切り傷と火傷の痕でズタズタであり、風もないのに深緑の癖毛が揺らめいている。この世の者ではないことは知っていたが、その不気味さにマイクとセメントスは喉仏を上下させた。

「……見ない顔だな、お前達もヒーローか?」

 剣崎は地獄の底から響くような声で尋ねる。

 二人はその一言で鳥肌が立ち、冷や汗を一筋流す。

「っ……俺はプレゼント・マイクだ、こっちはセメントス…あんたの件は聞いている」

「…なら話が早い。俺をどうする気なのかを聞かせてもらおうか」

「あ、ああ……案内する」

 二人は剣崎を連れ、校舎へ案内する。

「さてと、どんな返事が待ってるか……実に楽しみだ」

 ニヤリと冷酷な笑みを浮かべる剣崎。

 マイクとセメントスは、そんな彼の笑みにゾッとするのだった。

 

 

           *

 

 

 剣崎が案内されたのは、校長室。

 そこには、オールマイトをはじめとした現役のプロヒーローと雄英高校校長の根津がいた。

(根津校長とオールマイト、睡以外は知らねェ顔だな)

 雄英の教師陣ではオールマイトと根津校長以外知らない剣崎は、生気を感じない漆黒の瞳で見渡してから口を開いた。

「さて、答えを聞こう。俺をどうするつもりだ?」

 そう尋ねつつ、剣崎は冷酷な笑みを浮かべる。

 いかに法治国家とはいえ、法律や規則では(ヴィラン)を抑えきることは出来ない。法律や規則は、本来は人の命を守るためのモノ……(ヴィラン)を倒す手段ではない。

 だからこそ(ヴィラン)共の相手はヒーローと警察に任せるのだが、ヒーローも警察も完璧ではないし、(ヴィラン)殲滅の思想の持ち主など指で数える程度しかいないだろう。そもそも自分の信念を貫くために、人生の全てを擲ってまで正義のために戦う輩が生き残っているのかどうかすら怪しい時代だ。

 ゆえに、この時代はヴィランハンター(じぶん)を必要とするだろう……剣崎はそう確信していたのだ。

 だが、根津の返答は真逆だった。

「我々としては、君を受けいられないよ剣崎君」

 根津はそう告げた。

「何……!?」

「16年前とは情勢が違う……もはや君は不要なんだよ」

「根津校長もお年を召されたか?」

 剣崎は静かに怒りを露にして、根津を睨みつけた。

 剣崎の怒気が充満して緊張状態になり、その場にいた教師陣が冷や汗を流す中、オールマイトと根津は平静を保っている。

「それはつまり……俺のライフワークである悪者退治の必要はもう無くなった、と解釈していいんだな?」

「……そうだよ」

「……話にならないな。根津校長…俺が社会から求められなくなったときは、この世から全ての(ヴィラン)が消えたときだ」

 剣崎は、今のヒーロー達が(ヴィラン)共に慈悲をかけたのではないかと疑い始める。

(ヴィラン)を殺し損ねたら追撃して息の根を止めて楽にしてやるのがヒーローだろ? 半端な情けは厄介な復讐を生み、新たな悲劇と憎悪の元になる」

 剣崎の悪者退治は、「ヒーロー顔負けの(ヴィラン)狩り」として評価されれば「あまりにも残虐で一方的な私刑」とも非難される。危険性のある能力者は取り締まりを受け、社会の規則に従う倫理が必要な世の中…剣崎はその点ではステインと同じだと揶揄されていることも多い。

 剣崎自身、別に蔑まれてもあまり気にしない。それが一度しかない人生を擲ってまで「全(ヴィラン)滅亡」の為に生きると決めた自分の宿命や業だと受け入れているからだ。

 だが、自分の犠牲を無駄にすることだけは許さない。それは、自分が(ヴィラン)と戦う意味を失うことと同じだからだ。

「ま、待ちたまえ剣崎少年! まだ話は途中だ……最後まで聞いて欲しい」

「……」

 剣崎はオールマイトの言葉を聞き、オールマイトを睨む。

「ゴホン……剣崎少年、君が雄英から出て行った後、即座に会議を行ったのだ」

「……それで?」

「それがだな…」

 とりあえず、今回の議題で持ち上がった意見を客観的に見ると以下のようになる。

 まず、お望み通り雄英の生徒にした場合。ほぼ不死身の殺戮悪鬼と化した元生徒の復学は世間体というものがあるので、厳しい立場に置かれるのではないかという懸念が生まれてしまう。

 次に、法律に基づいて逮捕し極刑に処す場合。これが法治国家として取るべき対応だろうが、今の剣崎は不死身同然なので無意味だろう。

 そして重犯罪者が収容される特殊刑務所「タルタロス」に収監する場合。これもまた法治国家として取るべき対応だが、先日剣崎は雄英バリアをすり抜けて雄英高校の敷地内に侵入したため、壁とかすり抜けて悪者退治に行くかもしれないという懸念が生まれてしまう。

 ――というわけで、完全に詰んでいるのである。

 剣崎を敵に回さず、かつ法的に問題の無い手段が全く無い。生前(ぜんかい)は苦肉の策として雄英での保護観察処分だったが、今回はもっと厄介な展開になっているのだ。

 16年の時が経った今、死者の剣崎はもはや〝時代の残党〟だ。今はオールマイトを筆頭としたプロヒーロー達が(ヴィラン)と戦う時代。剣崎のような強力なヴィジランテの手を借りる必要は無くなった。

 だが剣崎は生ける亡霊として蘇り16年前の続きをしている。剣崎本人は何ともないだろうが、これは社会的には大問題であり、かつて(ヴィラン)達から死神のごとく恐れられた〝ヴィランハンター〟を野放しにすれば、(ヴィラン)以上の脅威につながり社会をより混乱させかねない。

「そこで君には、この雄英高校で働いて(・・・)もらいたい!!」

「何……?」

「悪者退治を終えて新たなライフワークで生きる…第二の人生として相応しく思わないか?」

 オールマイトの言葉に、剣崎は目を細める。

 確かにオールマイトの言葉は魅力的であるが、実際は自分をプロヒーロー達の管理下に置いて悪者退治を制限しようとしているのだろう。世間体やマスコミに配慮し、国が定めた法律を守るために。

(……俺は母さんからそう教わった覚えはねェぞ……)

 剣崎は、ヒーローであった母のことを思い出す。

 剣崎の母は自分の信念を貫く〝強き女性〟であり、「命の尊さ」をどのヒーローよりも……いや、誰よりも理解していた。

 母は常に「人がルールを守るのではなく、ルールが人を守らなくてはいけない」や「人命と規則を天秤にかけたら、人命を優先しろ」と自分に教えた。それが正しいと、今まで信じてきた。

 だが目の前の連中は、母の教えに反している事を言っている…剣崎はそう思うと怒りを露にし始める。

「君がこれ以上の悪さをしないためにも、社会貢献と更生の一環としてこの雄英高校で奉仕して――」

「黙れ!!」

「っ!?」

 剣崎は刀身がボロボロになった刀の切っ先を、オールマイトの胸に突きつけた。

 一触即発になり、マイク達は一斉に構える。

「オールマイト、お前も俺を(ヴィラン)呼ばわりか? あのゴミクズ共と一緒にするな!!」

 剣崎の逆鱗に触れてしまった。

 そう感じて焦り始めたオールマイトは、「最後の切り札」を発動した。

「本来ならば剣崎少年は〝(ヴィラン)の変種〟だ。私的な自警行為そのものが犯罪であるのは百も承知だろう? それでもなお君が〝ヴィランハンター〟としてヒーローの立場に立てたのは、当時の君が一種の抑止力だったからだ。だが16年の時が経ち、ヒーローの数は劇的に増えた……今の君はヒーローの立場ではいられない」

 オールマイトは剣崎に対し、辛辣な声を掛ける。

 しかし剣崎は、そんなオールマイトを嘲笑った。

「その程度の脅しで俺が屈するとでも思っているのか? オールマイト……平和とは常に誰かの犠牲で成り立ち保ち続けるんだ。誰かが自らの全てを犠牲にして(ヴィラン)と戦わねば、世の中は平和じゃいられない」

「私は君の好き勝手な自警行為(・・・・・・・・・)をやめてくれと言っているのだ、心配せずとも有事の際には率先して(ヴィラン)達と戦ってもらう。これで文句は無いだろう? もしこれでも妥協しないなら、気の毒だが……君を(ヴィラン)と判断する」

「っ…俺に殺人欲があるみてェな言い方しやがって……」

 オールマイトの言葉に剣崎は青筋を立てて怒っているのか、ひび割れたような顔からパキパキと小さく音を鳴らした。一度死んだ身とはいえ、(ヴィラン)扱いされるのは地獄に落ちても御免であるのだ。

 確かに(ヴィラン)は全員斬殺する剣崎だが、彼に殺人欲は無いし血に飢えているわけでもない。自分の信念を貫いているだけである。だが今回ばかりは……信念を貫くためには妥協せざるを得なかった。

「……どうかな? 剣崎少年」

「……わかった……余計な敵を作るのは面倒だからな」

 剣崎は観念したかのような、複雑な表情で折れた。

 そこまで言われたら仕方がない。元々復学を目論んでいた剣崎にとって、働くという選択肢を強要されるのは心外だが止むを得ない。

「……で、俺はこれからどうすればいい?」

「それについては、彼女に任せようと思う」

「何?」

「入ってきたまえ」

 根津がそう言った時だった。

 校長室のドアを開けて、ある女性が現れた。

白いタイツに長髪、SMマスクを付けている美女。しかし剣崎はその姿を見た瞬間に思い出した。

 かつて自分の隣に立って居続けた、彼が最も信頼した女性――〝ミッドナイト〟こと香山睡だ。

「刀真……」

「睡、なのか……!?」

 剣崎は目を見開き、ステッキのように持っていた刀を落としてしまった。

 16年の時を経ての再会だった。




次回、剣香コンビの回です。
感想・評価、お待ちしてます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。