亀更新かもしれませんが、よろしくお願いします。
プロローグ
〝個性〟…それは、先天性の超常能力――
総人口のうち約8割が何らかの「特異体質」を持つ超人社会となっている現代では、「誰もが持つ身体的特徴の一つ」でしかないが実に多様性に富んでいる。
自身の意思で能力を発動させる「発動型」、通常の人間の体から自身の意思で肉体を変化させる「変形型」、生まれた時から常時〝個性〟が発現している「異形型」、上述の3系統の特徴を2つ以上併せ持つ「複合型」と分けられ、ぶっちゃけほぼ何でもありと言っていい特殊能力者がわんさかいる。
しかし、そこで以下の2つについて考えたことはあるだろうか?
「もしも死ぬまで使えるどころか発動もできない〝個性〟が存在したら?」と。
「もしも〝個性〟が死んでから覚醒したら?」と。
*
纏わりつくような霧が漂う、枯れ木だらけの森。地面は雪が数㎝程度積もり、空は日の光が射し込むのを拒絶しているかのように黒い雲で覆われている。
この日、緑谷出久は人生最大のピンチに立たされていた。
いつも通りに帰宅していたのに、運が悪い事に
「ヒヒ…ここなら見つからねェだろうよ、何せあいつが作り出した異空間なんだからな」
どうやら彼の味方が異空間を作り出す個性の持ち主のようで、その力に よって誰にも見つけられないであろう空間へと拉致されたらしい。
現状を理解した出久は、自分の命が
「そう怯えんなよ坊主、むしろ喜べ。お前もこれから〝先生〟と一緒に俺らの仲間になるんだから、よ!」
あまりの衝撃に、出久は血を吐く。
「まァ、〝無個性〟とはいえ抵抗されるのも面倒だ…半殺しでアジトへ送るとするぜ」
出久は存在そのものが敵発生を抑止する「平和の象徴」であるNo.1ヒーローのオールマイトに憧れていた。しかし自分を攫った敵は、オールマイトとは真逆の存在である悪意の親玉の部下へとさせようとしている。
〝個性〟を有していない……いわゆる〝無個性〟の出久にとっては絶望的な状況だ。
「誰か……助けて……!」
その時――
ザッ……ザッ……ザッ……ザッ……
出久の声に呼応するかのように、前方から黒い影がゆっくりと近づいて来た。
影の正体は、深緑の癖毛をなびかせ、刃こぼれが生じて刀身がボロボロになった刀をステッキのように突きながら、うつむき加減に大股の歩調で歩く不気味な少年だった。
傷んだブレザーとズボンを着用し、所々破けているネクタイを結び、裾や袖がボロボロになったコートをマントのように羽織るその姿は、得体の知れない雰囲気を醸し出している。
何より目を引くのは、大きな火傷の痕とひび割れでも起こしたような無数の切り傷が刻まれている、死人のように血の気の無いその顔だ。しかしその目はとても強い意志が宿っており、目付きも鋭い。
「な、何だお前は!?」
「……」
得体の知れない不気味な少年を前に、恐怖する
しかし少年は一切口を開かず、そのまま大股で近づいていく。
「ちっ!」
その〝個性〟は「刃」……手にした色んなモノを刃にできる個性である。
それは――
ヒュッヒュッ……!
「な…そ、そんな馬鹿な!!!」
普通なら即死レベル……どんなにタフでも数分で失血死するはずの技が、まさか血を一滴も流さずにすり抜けたとは思わなかった
彼にとって、刀を手にして大股でゆっくりと前進する少年は、まるで鎌を隠し持ち獲物に微笑みかけるような死神だった。
「ひっ!! く、来るな化物っ!!」
胸から血が滴り、敵は吐血する。しかしそれでも、最期の力を振り絞って少年の手を握り潰そうとした。
しかし、敵は再び驚く事となる。
(冷てェ……脈が、ねェ……!?)
そう、少年は
亡霊というあり得ない
「てめ……何、なん……だ……!?」
「……俺は〝正義〟だ」
地獄の底から響くような声と共に少年は冷酷な笑みを浮かべ、刀を引き抜いた。
血が噴水のように噴き出て、
刀に突いた血を払い、ステッキのように持ち替える少年――剣崎刀真は、大股でゆっくりと出久に近づく。
「……」
「あ……ああ……」
涙を流して震え、腰を抜かしてしまう出久。
殺される――そう思い、思わず目を閉じる出久。しかし痛みは来ない。
恐る恐る目を開けると、刀は鞘に納められており、剣崎は先程までとは打って変わって穏やかな表情を浮かべて口を開いた。
「大丈夫――もう安心だ、俺の信念に賭けて君に危害を加えないことを誓う。だから泣かないでくれ」
低くて虚ろだが、透き通るような声で出久の頭を優しく撫でる剣崎。
見た目は
「俺は剣崎という……君は?」
出久に名を尋ねる剣崎。
この場には風など一切吹いてないのに、深緑の癖毛やネクタイ、ブレザー、コートがゆらゆらと揺れている。
出久はどうにか声を絞り出し、自身の名前を口にした。
「……み、緑谷出久…」
「緑谷出久……出久君、か。いい名前だ、憶えておく」
亡霊である少年――剣崎は微笑む。
そんな彼の反応に、出久は思わず嬉し涙を流しそうになった。幼い頃からいじめられっ子であった出久は、周囲――特に幼馴染から「デク」と蔑まれてきた。その名前を赤の他人から「いい名前」と言われるのは初めてかもしれないのだ。
名前を褒められる事は、自分の存在価値を認められるのも同然なのだ。
(で、でも……この人は一体……?)
おぞましい見た目と戦意喪失した
命の恩人とはいえ、異質の
「ここは
「13年も――!!?」
「だから俺は13年前に死んだ人間なんだ……だがまだ諦めていない!! 俺の正義は必ずや実を結び、血によって報いられるはずだ……!! この世の全ての
そう意気込む剣崎。
死してなお確固たる信念を貫くその姿に気圧される出久。
すると剣崎は、出久にこう告げた。
「出久君、オールマイトは知っているか?」
「――も、もちろん!」
「それは朗報だ……いつかオールマイトに出会えたなら、彼に俺からの伝言を伝えてほしい。「
その言葉に、出久は自分で伝えればいいのではないかと思った。しかしそれを見抜いたかのように剣崎は更に口を開いた。
「出久君……本当なら俺が直々に言いたいが、生憎俺は〝訳あり〟の身でね…代わりに頼むよ」
その直後、出久は急に眠気に襲われそのまま意識を失った――
*
……久……出………出久……!!
「……ん……?」
声が聞こえ、目を覚ます出久。
目を開けると、そこには涙目の母・インコが。
「…お、母さん……?」
「出久~~~~~~!!!」
力一杯に母に抱き締められる出久。
どうやらここは病院のようだ。
「誘拐されて心配したわ……一時はどうなるかと……!!」
「誘拐……」
その直後、はっと出久は思いだした。
自分は
「そうだ!! 母さん僕……うっ!!」
「出久、まだ動いちゃダメよ!! お医者さんからはあと4日は安静してって言われてるんだから!!」
しかし命を救ってくれたのは紛れもなくあの
(剣崎さん……)
「そういえば出久、この手紙は何なの? 血文字みたいて気味が悪いわ……」
「え……?」
母の言葉に驚く出久。
手紙を渡された憶えの無い出久は、ベッドの隣にある机に置かれた手紙に手を伸ばした。
そしてそれを広げると……。
「……これって……!!」
手紙には、一言こう書かれていた――「再び会った時は、一緒に悪者退治をしよう」と。