需要?知りません。
普通の女の子たちの普通のクリスマス……
そんなのを書きたかったのです。
季節外れでごめんなさい。百合でもないです。
pixivにも掲載中です。
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「うー、さぶい……」
手袋をしたままの掌。それに、息を吐き掛けた。ほんの少しの気休めにしかならないが、こう寒くては気休めにすら縋り付きたい。南国、熊本とは言っても冬は冬。寒いことには変わりがない。
私は、首元のマフラーに顎を埋めた。
街を歩く人も足早だ。12月のことを師走とは良く言ったものである。
私は、熊本県民なら誰でも知っている場所、角マックの前にいる。角マックとは、通称だ。下通アーケードとシャワー通りの中間地点にあるファーストフード店。それを、私たちは〝角マック〟と呼んでいる。
この時間帯ともなれば、店内には多くの人が蠢いている。その店の前から見る通りの雑踏は、止め処ない川の流れのようだった。
空を見れば薄暗い曇天。押し潰すような鈍い色は、今にも雪を降らせそうだ。
「あーあ……」
そんな場所で私が何をしているのかと言えば――待ち合わせである。
5時から会うはずだった大学の友人が遅れているのだ。集合予定の5分前に送られて来たメールには、こう綴られていた。
『ごめん!遅れる!』
私は、時計を見る。既に、時刻は夕方5時7分だった。
それから、更に10分ほどが経った。一向に、友人が姿を現す気配はない。あれから、連絡もない。
だが、反比例するようにして、街には更に人の姿が増えたように思う。恋人と、友人と……みんな笑顔を浮かべて、楽しそうにしている。きっと、今、この街で孤独なのは私くらいだろう。
最近、恋人が出来たとはしゃいでいた友人のことだ。約束を反故にしなければならないほどに重大で、急を要するような事態が発生したのだろう。きっと、デートとか。例えば、デートとか。恐らく、デートか。もしくは――デートだ。
溜息と共に吐き出される息は白い。その色は、憂鬱に色が付いたようだった。
私が何度目かの溜息を吐いた頃、横殴りに声がした。
「あれ?小梅?」
聞き覚えのある声に、私は顔を上げる。視線の先には、高校の同級生がいた。
「直下さん?」
「何してんの?こんなところで」
その言葉に、眉を片方下げる。ついでに唇も尖らせる。
「待ち合わせ。してた」
現状を端的に示した最適な言葉。それでも、直下さんは小首をかしげる。
「してた。って……今は?」
「待ちぼうけ」
時刻は夕方5時と20分過ぎ。思いもよらない旧友との再会だった。
◇
「ひどい目にあったね」
ことの顛末を聞いた直下さんは、私を指さして笑った。目じりには涙まで浮かんでいる。
「その言い方こそ、酷いなぁ。同じことされて、笑ってられる?」
「どうだろ」
そう言って、直下さんはグラスを掴む。彼女は米焼酎のお湯割りを一口飲んで、小さく息を吐いた。
私たちがいるのは、上乃裏通りだ。上通アーケードの北側、並木坂通りに並行して伸びる、言わば裏路地。
車が一台やっと通れるような狭い路地の両端には、古い建物を改修して作った小洒落た店舗が並んでいる。喧騒で溢れかえる上・下のアーケードと比べれば、昔ながらの静かな通りだ。都会の喧騒から離れた――そんな雰囲気が、私は気に入っている通りだ。
「小梅は次、何呑む?」
直下さんは、私の前のグラスを指さした。立派な一枚杉のカウンターに置かれた空のグラスは、アルコールの代わりに吊り下げられた電灯の灯りを満たしている。
店内には数人のお客の姿があり、店員は一人。木造の家屋を改修した、雰囲気のあるバーだ。前を通りかかった直下さんが『ここ、どう?』と、直感で決めた店。彼女の直感も、あながち馬鹿には出来ないようだ。
「んー。米にしようかな」
「ん」
軽く頷いて、直下さんは注文の声を上げた。店員は愛想のいい返事を返す。
「小梅、今なにしてるんだっけ?」
くい、とグラスを傾けて、直下さん。
私は答えた。
「学生、だよ」
「将来は……?」
「まだ、決めてない」
「そっか」
「まだ2回生だしね。直下さんは?」
「普通に会社員だよ。毎日、スーツとハイ・ヒール。硬いブーツが懐かしいなぁ」
その言葉に、私は小さく頷く。
カウンターの奥に飾られた、ステンド・グラスのカンテラが目に入った。中で揺れる炎は、色とりどりのガラスを万華鏡のように光らせている。長崎製のモノだろうか。キレイだと、私は素直にそう思った。
「ねぇ、直下さん」
「なに?」
「仕事、楽しい?」
「まぁ、それなりかな。大学、楽しい?」
「まぁ、それなりかな」
それなり。そう答えて、私は大学に入った理由を思い出していた。
思い返せば、戦車に乗ることが条件で、大学推薦もあった。実業団入りだってあったし、プロの入団テストを受けてみないか――という誘いもなかったワケでは無い。これでも、黒森峰という、歴戦の強豪校でレギュラーを張っていたのだ。それは、間違いなく今でも私の誇りであり――思い出だ。
でも、私は、それを選ばなかった。もちろん、同級生の中にはそういう道に進んだ子もいる。
しかし、私は思い知ったのだ。あの世界は、余りにも眩しくて、遠かった。彼女たちには、私の目から見てもセンスがある。才能、ではない。センスが。
そんなものは関係ない。そんなことを言う人は確かにいる。でも、そんなものは詭弁だ。人は、生まれた瞬間に平等ではないのだから。
私は、聞いた。
「直下さんは、もう戦車乗ってないの?」
私の質問に、直下さんは一瞬手を止めた。グラスの中の液体が揺れる。
「うん。忙しくってね」
「社会人だもんね」
「……言い訳、っぽいけどね」
そう言って、直下さんは半分ほどになっていたグラスの中身を空にする。
彼女の横顔は少しだけ、寂しそうだった。それを聞いて、私は何も言わなかった。
私は携帯を取り出した。時間は8時を回った頃。
備え付けのモニターには、シーズンを前にして戦車道の特集番組が映し出されていた。各チーム注目の選手と、WTCの選抜予想。ベテランから新人まで、色んな選手が次々と紹介されていく。中には、知った顔も映る。東京のチームで活躍している西住隊長や、サンダース大付属でキャプテンだったケイさん。
名勝負――と呼ばれている試合のダイジェストに映る、彼女たちの真剣な表情。それを見て、なんとも言えない気持ちになる。口に運んだ〝コンソメ味だったであろう〟ポテトチップスも、なんだか味気ない。
なんとか食らいついてでも、彼女たちのように戦車に乗り続けているべきだったのだろうか。
「スゴイよね、みんな」
ふと、隣の直下さんが画面を見ながら言った。
「そうだね。すごいよ。西住隊長とか、去年最優秀車長賞で車貰ってたしね」
「え、マジで」
「うん。イカツいの貰ってたよ。インタビューされてる時、すごく困ってたけど」
「隊長らしい、ね」
「うん」
私たちの間に沈黙が流れた。
「まだ、焼酎でいい?」
「うん」
「白岳?」
「ううん。せっかくだし赤霧島、貰おうかな。ロックで」
「おお。お強い。大学の仲間内でも、そんな飲み方を?」
「まさか。今日はそんな気分なんだよ。たまたま、ね」
軽く笑って、私は注文のために手を上げる。
会話を聞いていたのだろう。店員は、にこやかに頷いて大きな一升瓶を手に取った。
焼酎は、違う銘柄を同じグラスで作ることは絶対にしない。その基本通り、店員は新しいグラス――ではなく、焼き物を取り出した。
底から口にかけて広がるような形の焼き物。その形は、焼酎の香りを楽しむにはうってつけだ。
注ぐお湯の温度は大体80℃。沸騰したてのお湯ではお酒の香りがトんでしまうし、アルコールが先に昇ってしまって、鼻を刺すからだ。
4割ほど注がれた焼酎に、ゆっくりとお湯が注がれる。全国的に見れば、6割の人がお湯を先に注ぐらしいが、ここ熊本ではそれはあり得ない。そうして、出来上がったお湯割り。それに、私は手を付けずに眺めた。まろやかで、甘い紫芋の香りが立ち昇る。
「美味しそう」
思わず、口に出していた。香りが鼻をくすぐる、というのはこのことを言うのだろう。
「私も、それにしよっかな」
またもやグラスを空にして直下さんが言った。彼女も相当イケるクチらしい。でも、顔は淡い黄色の灯りの下でも分かる位に、真っ赤だ。
店員に追加の注文をして、彼女は言った。
「私も一個質問していい?」
「いいよ」
「小梅は……もう、戦車乗らないの?」
手元のおしぼりで手遊びをしながら、彼女はそう言った。小さなヒヨコが出来上がった。私は、机に置かれたそれを隣から指先で突く。簡単に作られたヒヨコは崩れてしまった。
「うん。もう多分、乗らないと思う」
「なんで?」
「質問は一個って言った」
「まぁまぁ」
悪戯っぽく笑う直下さん。
私は、モニターの画面に目を移した。そこには丁度、同じチームで活躍しているみほさんと逸見さんのインタビューが映っていた。正反対でも、心が通じ合っているかのような二人のやりとりは、見ていてどこか懐かしかった。
口を開く。
「応援する側も、悪くないかなって」
「いやー。とんだクリスマス・イヴにしちゃったね」
店を出て、直下さんは言った。私は、首を振る。
「そんなことない。もしかしたら、最高のイヴだったかも」
それは本心だった。今頃、友人は恋人と〝ヨロシク〟やっている頃だろう。
でも、今更それを咎める気は、私にはない。今日、直下さんと会って色んな話をして、もう一度自分と向き合えたこと。それには、友人とひたすら最近の流行りのドラマとブランド、学内の男子の話をするよりも何倍もの価値がある。私には、そう思えてならなかった。
高校を卒業して、私が歩いてきたこれまでは少しだけ不器用だったかも知れない。自分を殺して、無理やり進んで来た道かも知れない。
けれど、それは間違ってはいない……。そんな、根拠のない自信が私の胸を満たしていた。風は冷たい。それなりにあった人通りも今は、ほとんどない。
そんな時、直下さんが言った。
「あ、雪だ……」
私は空を見上げる。すると、彼女の言葉通り街に雪が降り注ぎ始めていた。滅多に降らない熊本では珍しいことだ。
「で?この後は?」
直下さんが、私の肩に腕を回す。感じる吐息は、少しだけお酒臭い。
不意に、携帯が鳴った。見てみると、友人からのメッセージだった。
《今日、ほんとゴメン!埋め合わせはするから!》
そのメッセージに内心舌を出して、携帯をカバンに放り込んだ。
私は答える。
「そうだね。美味しい焼酎がある店で、直下さんが潰れるまで、呑む……とかはど
う?」
「それ、悪くないね」
肩を組んだまま、私たちは歩き出す。
どこかのお店のBGMだろうか。聞こえて来た曲はPaul McCartneyの《Wonderful Christmastime》だった。