異世界へはスマートフォンが   作:河灯 泉

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救出、そして救済

「ところであの二足歩行するトカゲが被害者である可能性は――」

「どう見て考えてもそんなことあるわけないでしょ!?」

「炎よ来たれ、渦巻く螺旋【ファイアストーム】」

 

「……まぁ」

 

 そうでしょうけど。

 平時では事実確認くらいはしましょうね。今回は緊急だと判断したから別にいいですけど。

 とサイリが日和ったことを考えているうちにリンゼが広範囲に炎をばら撒き、相手の動きが鈍ったところでエルゼと八重は馬車から跳び降りて二足歩行のトカゲ――リザードマンをぶち殺しに向かっていった。

 サイリが知覚できる範囲で他に敵はいなかったので馬車の守りをリンゼに任せてサイリも前線へ駆け出す。いくらリザードマンより強いとは言え二人だけで戦線を支えるのは厳しいだろう。

 

「バッッックラァァァ――――――キィィィック!!」

 

 「盾関係ないやん」と突っ込まれそうなドロップキックを繰り出して吹き飛ばし、憐れなリザードマンはその先にいた八重の刀の錆となった。突然巻き込まれそうになって反射的に斬り伏せた八重の抗議はサイリには届かない。

 

「親玉を狙うのにいちいち止めが刺せますかって!」

 

 リザードマンの集団の中にただ一人だけ人間らしき者がいたとしてそれを元凶と捉えずになにを見るというのか。

 ……というのは八重の抗議を封殺する理由にはならないが。そこにたまたま八重がいただけで連携が取れていないのが悪いのだ。エルゼだったらついでのように殴り飛ばしてコンボを決めてくれていただろう。

 

「ちぃっ!? 闇よ来たれ、我が求むは蜥蜴の戦士【リザードマン】」

「邪魔ですよっ! んでもって――ぶっとべ!」

 

 召喚魔法に召喚酔いというものはないが召喚されてから数フレームで戦えるのかと問われればそれはおそらく否であり、例えまともに戦えたとしても数秒の時間稼ぎにしかならなかっただろう。召喚されて即ぶち殺されるリザードマンのなんと憐れなことか。

 サイリの振るう盾をモロに受けた黒衣のローブを身に纏った不審者は昏倒した。いつだかの不良と同じく、完全に受身を取らない危険な倒れ方をしていた。

 

「お覚悟!」

「――え、ちょっ待」

 

 制圧、と額の汗を拭う動作をしたサイリの脇から伸びた刀は倒れている人型の頭部を斬り飛ばした。

 それによって未だ抗戦中にあったリザードマンの残党は消えた。

 サイリの制止も言葉だけでは間に合わず、人間の男の首だけがコロコロと転がりその顔を露わにする。

 

「えぇー………………あー、うん。まぁ。最優先目標はクリアしたので良しとしましょうか」

 

 とりあえず、そう言って〆た。ここで怒るのもなんか違うし。

 尋問とか拷問とか、死んでしまったらできないのでできれば生かして捕らえるべきだったのだろうが。戦闘が継続されている以上、一刻を争う事態である事に変わりは無いし殺したところで自分達が苦労するわけでもないだろうから別にいいかと。

 そもそもこれは互いの意識の相違が露わになっただけの話で、むしろ早めに気付いて良かったのではないだろうか。間違っていようと合っていようと仲間の命に関わるような大事には至らない事柄であるし。さっさと殺すか生かして捕らえるかという認識の差はかなり大きい。

 

「――誰か! 誰か爺を!」

 

 ひとまずは救ってあげた、と言えなくも無い馬車の中から幼い少女の悲痛な叫びが聞こえてくる。

 生き残った兵士の内でも比較的軽傷な部類の人間が馬車から白髪の老人を引っ張り出してきた。その老人の胸元には木が――否、矢が刺さっており礼服を血で赤く染めている。

 サイリが押っ取り刀で駆けつけると助けを求められてすぐさま駆け寄って処置を行っていたはずのリンゼが涙目になって振り返る。

 

「どうですか?」

「ダメです……鏃が体内で埋まったまま矢から外れてしまっています。このまま回復魔法をかけてしまうと鏃だけが内部に残り更に危険な状態になってしまいます。それさえどうにかできれば私とサイリさんの魔法でなんとかできるはずです……!」

 

 その死刑判決にも等しい絶望的な言葉を受けた少女が更に頬を濡らし、爺と呼ばれていた老人が震える声で今生の別れを告げ始める。

 

「アレを使えばいけなくも……ないですかね」

 

 使える手札はある。故にコンマ何秒という僅かな時間の間に何百何千という膨大な回数のシュミレートを繰り返した。検証も確認もしていない不確定要素が大きく、正確なものにはならなかったが。

 演算結果から導き出された、助かる確率は五分五分。

 分の悪い賭けになるし、純粋な魔法でないためにサイリへの負担も大きいが。

 

「やるだけやりますか」

 

 どうせやらなきゃ死ぬんだ。やる他に選択肢など無いだろう。

 馬車に刺さっていた矢から鏃の構成物質を≪スキャン(scan)≫し、鉄器であることを再確認。ついでに身体も調べて地球の人類種と中身も外見もさほど変わらないことも確認。

 

「たぶん……かなり痛みますよ。皆さんで押さえていてください。リンゼはすぐに使えるように準備を――いきますよ! ≪マグネティック(magnetic)フォース(force)≫」

「な、にを……ぐっ、ガァァァァァアアアアアアアアアアアア!!」

「爺、しっかりしてっ!」

 

 磁力を以て鉄器である鏃を力尽くで無理矢理抜き出す。

 いくら前もって確認しておいた臓器を避けているとはいえ、身体を内部から切り裂かれ引き裂かれる痛みは想像もつかない。ショック死の危険性も高いだろうがサイリには他に手が無いため我慢してもらう。

 本人も、周囲の人間も、ほんの数秒が何時間も続いたような感覚になっていただろうか。肉を裂き血を撒き散らしながら鏃は老人の胸元から飛び出した。

 

「今です!」

「はい!」

 

「「光よ来たれ、安らかなる癒し【キュアヒール】」」

 

 鏃を動かす際にも使い続けていた回復魔法をリンゼは再び唱え、サイリもリンゼの魔力と同一のもので合わせて発動させた。この相乗効果によってリンゼ一人では手に負えない傷でも回復させられる。

 肉と皮の再生過程は相当グロい。サイリは感性がやや人間離れしているので当然だがリンゼも患部から目を離さずしっかりと魔法の調整をしている。

 

「おぉ……これは……まるで、温かく……そして――」

「爺? ……爺!?」

「気絶しただけです。命に別状はありませんよ」

 

 意識を失ったものの、その表情は安らかで「綺麗な顔してるだろ?」と言いそうになったが流石に自重した。死んでいないと言った口でそのセリフは合わないので。

 

「それじゃあ……私も、もう限界なので。後は任せまし、た――」

「サイリ!」「サイリさん!」「サイリ殿!」

 

 魔力が尽きかけたのは回復魔法を使用した時だが、今回はその前に霊力と電力を使いすぎた。

 使い切らないように注意はしていたが、そういえば魔力の方は経験があるが他が枯渇しそうになったことがないので限界が近付くとどうなるのかを知らなかった。

 眠いとか疲れたとか、そういう感覚を抱く前に意識が落ちそうになる。精霊のサイリでも人間と似たような状態になることがこれをもって理解できた。大変心地良くないようだ。

 身体の実体化だけはそのままに、最低限の機能と強度だけを残して眠りにつく。

 

 

 

 

 

[Sairi――Sleep mode]

[――情報体へのアップロードを一時中断します]

[データは保存されています]

[保護は有効です]

[Timer――00:59:59]

[Timer――00:59:58]

 

 





流石に気力が尽きてきたので終わりを考えてはいるものの良い感じに打ち切れるところが見つからない。最近は読み返すのも苦痛に。


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