申し訳ない……すまぬ……すまぬ……!
――サイリがこの世界に転生してからかれこれ一月もの時が過ぎた。
「なんかダイジェストすらも端折った世界の回し方を感じました」
「なにわけのわからないことを言ってるのよ?」
「いえ、こちらの話です」
どちらの話でもないだろうに。
どこのものでもないだろうにと。
いや語るほどのイベントもないだろうよ、と。
時空は飛び越えない。いいね?
「アッハイ」
……戯言はこれくらいにして。
サイリ達はギルドランクが黒から紫に上がり、ようやく駆け出しを終えて半人前になったところである。
初めての一角狼討伐で一度きりのパーティーかと思いきやお互い他に頼れる知り合いもいなかったので惰性で続いていた。エルゼとリンゼも最初に組んだ人間とは長い付き合いになるというギルドのジンクスがあるからか特にそのことへ対して思うところはないらしい。サイリとしても二人との付き合いは嫌いじゃないので今のところは好都合。
「ねぇ、この王都への手紙配達なんてどう?」
「交通費支給……報酬は銀貨7枚ですか」
「最近はランクを上げるために討伐依頼ばかりだったじゃない? たまには旅でもしてゆっくりしたいわ」
「そうですね。王都までの道ならそんなに危険もないでしょうし。サイリさんはどうですか?」
「えぇ……構いませんよ。王都へは行ったことがないので興味もありますし、丁度宿も空くので別の街へ行く良い機会です」
この街の無属性魔法の使い手は全て把握した。
無属性魔法について学ぶため、という適当な理由でギルドから依頼を出して人を集めたら来るわ来るわ無属性魔法の使い手の群れが押し寄せてきた。ただ板に触れてほんのちょっと魔力を流すだけの簡単なお仕事で銅貨1枚は良い稼ぎだったようだ。ほんの数分で半日分の生活費になると思えば確かにボロい依頼なのかもしれない。
無属性魔法の適性があるからといってそれが使えるとは限らないのがこの世界の残酷なところ。
いくら適性があろうとそれを扱えなければ話にならず、その源である魔力というものは最大値が決まっている。一般人……と表現するのもなんだが、ただの一市民である人間に何度も魔法を使えるだけの魔力があるとは限らないわけだ。某RPGで例えると大爆発やら即死呪文やら自己犠牲やらを唱えることはできてもMPが足りない子供悪魔の状態だ。
一方サイリなら大抵の魔法で発動する魔力が足りないなんてことにはならないので自由に使える。と言っても連発できるほど有り余っているわけでもないのが悲しいところだが、変換効率が悪いのだから仕方が無いだろう。これでもまだまだ最適化の途中なのでこれから便利になってくるはずだ。
有用な無属性魔法の数は非常に少なく、サイリが使えそうだと判断したのも片手で数えられるものしかなかった。何十人と募集したところで一割も残らない。
最も有用そうな【ゲート】という『認識または記憶されている地点へ空間を繋げる』無属性魔法を得られたのは大きな収穫だが、残念なことに一度僅かな時間発動しただけで過剰に貯めこんでいたはずのサイリの魔力が底を突きかけて身体の維持すらも危うくなった。ただの属性魔法での攻撃で消費する魔力を1とするならゲートは50程度と思ってくれて構わない。こんなもの、命を掛けたところでただの人間如きでは発動すらさせられないだろう。提供者もそれは理解していた。
エルゼから手渡された依頼書に目を通すサイリは、あるところで読むのを止めた。
「……あれ」
「どうかした?」
「いえ、この依頼人……知り合いです」
「そうか、君が……いや君達が依頼を受けてくれるのか」
「はい」
サイリ達がやって来たのは最近新たな衣服の概念を打ち立て人気急上昇中の『ファッションキングザナック』という店であり、話の流れからわかるように依頼主は店主であるザナックその人である。
依頼内容は王都のソードレック子爵に手紙を届けるというもの。
言うまでも無いが途中で開封されたり破損した場合は失敗となりギルドからきついペナルティが科せられる。バレなきゃなにをしてもいいのだろうが、普通なにかしら問題があったら発覚するのは確実なので任務に忠実な駒として働くべし、ということだ。
必要経費として金貨2枚分――銀貨20枚を受け取ったサイリたちは手分けして旅の支度を調えた。
幌馬車と馬を借り、一行は王都へ向けてのんびりと進んでいた。
流石に交通量の多い街道だけあって賊に襲われるようなイベントも無く、街をひとつ通り越した次の街が見えてきた頃に日が暮れ始めていた。
まず街に入って宿の部屋をとり、それから日用品の補充に出る。
大通りの道端でなにやら怒号が聞こえてきた。
「なんでしょうね?」
「喧嘩かしら」
「物騒ですね……」
「ちょっと見てみましょう。面白い見世物の可能性も捨て切れません」
邪魔な野次馬が群がっていたので軽く押し退け、最前線へ。
騒ぎの中心には十人の男と一人の少女が立っていた。
少女の装いは着物に袴に草履と完全な和風であり、腰には小太刀を提げている。
「まさか……あれが異世界に生息するSAMURAIというやつですか!?」
「いせかい? さむらい?」
「いえこちらの話です」
そしてあちらの話では暴漢と化した男たちは昼間彼女に痛めつけられた仲間の敵討ちの為に集まっているようだった。物凄くどうでもいい話だ。自業自得を地で走り続ける愚か者に用は無いし興味も湧かない。
それよりも少女の「拙者」と「ござる」に感銘を受けたサイリであった。日本で生まれたので日本人と言えなくも無いようなサイリでも思うのだから生粋の日本人から見てもきっと同じ感想を抱くであろうことが。
欧米人が想像する異文化日本国のイメージってああいうものなのだろうか、と。
昔の日本を……当時を知らない最近生まれそうだったばかりの若いサイリが正しいとか間違っているとか言えた身ではないが。この調子だとNINJAもいるのではないだろうか。NOUMINもいたりするのではないだろうか。
げに恐ろしきは異世界のBUSHIDOかな。騎士道とは違うのだ騎士道とは。
「お前ら、やっちまえ!」
ひゃっはー、とナイフを持って後ろから飛び掛った男は半歩で避けられ、その勢いを利用して背中から石畳に叩きつけられていた。頭からだったら死んだかもしれないがおそらくは生きているだろう。……別に死んだところでどうという話でもないが。
仲間をやられて頭に血が上った男たちは更に少女へ飛び掛っては投げられ、最早ある種のショーにも見えてきた。身体を張った愚者の踊りなど良い見世物だろう。これで血でも飛べば客層が分かれはするものの更に過激に盛り上がるだろう。
血を流すのが男であろうと、少女であろうと。野次馬である観客には関係ないのだから。
「――くっ、不覚……!」
少女が突然ふらつき、背後で剣を構えた男へ振り向くのが間に合わなくなった時。
「必殺シールドスロー!」
「殺しちゃダメでしょ!?」
「安心してくださいみねうちです!」
サイリがサイドスローでぶん投げたバックラーが男の頭部へ直撃した。受身すら取らない完全なノックダウンだったがあれは生きているのだろうか。
いやでも必ず殺すと書いて必殺だろう、というツッコミは漢字が無い世界では貰えない。
更に盾を投げておいてみねうちとはどういうことだ、というツッコミも戦闘中に閃くことができない人間しかいなかったようで残念ながら言ってもらえなかった。
加勢に驚き戸惑った男達をガントレットで軽く殴り飛ばしてエルゼが残党を制圧する。対魔獣用の武器で人間相手に手加減できているのだから彼女も中々優秀な腕をしている。しかもちょっと楽しそうに殴っていた辺り闘技場なんかでバトるのも似合っているかもしれない。
その後。騒ぎを聞いて駆けつけた警備兵に男達は拘束され、サイリ達には簡単な質問だけで済んだ。少しばかり治安が悪いのはいつものことだし周囲の野次馬からの話でどちらに非があるかは明らかだった。
「助太刀感謝致します。拙者、九重八重と申す。生まれはイーシェンのオエド」
うわぁ読みづらい、と漢字によく似たこちら側の文字を検索してサイリは内心でそう漏らす。言語の統一が為されたら真っ先に潰されるべき複雑怪奇な字体だ。漢字に変換すれば大多数の日本人なら読めるであろう姓名になるが。
「あたしはエルゼ」
「私はリンゼです」
「――そして私がサイリと申す者でござる」
「ござる……?」
いえ、やっぱりなんでもありません。と真面目に自己紹介しなおす。
サイリは日系のキャラではないので。合わないのも無理はないし、仕方が無い。
気を取り直して先程気になったことを訊ねることにした。
「どこか調子でも悪いんですか? 顔色も悪そうですし」
「いや、身体は問題ないのでござるが……実はここに来るまでに路銀が――」
ぐー。
「「「………………」」」
「なるほど」
静まり返った路地裏で、サイリの声がやけに響いた。
「――食事にしましょうか。八重も一緒に」
どっかで原作のダイジェストとか話の流れとかまとめたサイトとかないもんでしょうかね……自力で読みきるのはもう無理_(:3」∠)_
9/20 投稿する話を間違えていたので全体修正。
10/15 サブタイ修正