剣士なら剣を。狩人なら弓を。詠唱者なら杖を持つ。
それが戦う上での正しい姿勢、真っ当な設定であろう。
自分に何ができて何ができないか。そしてできる範囲で何を為すか。
それが決まっていない内から弱肉強食の自然界に出て生きて帰れるかと問われれば中々に難しい話で。
「らっしゃい。なにをお探しで?」
「防具ですね。まずは」
狩りゲーなんかだったら効率を上げるために武器から揃えていくのだが、現実でそれをやったら一発でも攻撃を受けたら死ぬ可能性が非常に高いマゾゲーと化す。サイリの場合はいくら欠損しても死にはしないが再構成に魔力を使う必要がでてくるので非常に不味いことになる。最終的に物言わぬスマホが残るだけになってただのオブジェクトとして朽ちていくだけなんてお断りだ。
ましてや今回は同行者がいる……というかサイリ自身が同行者なのだから。下手に人外染みた光景を見られてしまうわけにはいかない。気は進まないが最悪、処理しなければならなくなる。本当にやりたくはないのだが、もしもそうなってしまったら安寧のために消えてもらうことも考えなければならない。
機密保持は絶対です。
「盾はベルファスト王国で作られました。ミスミド王国の発明品ではありません、わが国のオリジナルです。どうぞ手に持ってみてください」
店主に言われるままに頭がすっぽり隠れそうな大きさの盾を持ってみる。体格のせいか少し重く感じるがこの身体の出力なら問題なく構えられるし振り回せる。枠は木と鉄でできているが正面の装甲は虫の甲殻にも思える材質が使われている。
「盾は好きですよ。それを使うのも、それが壁になっているのを打ち破るのも」
「盾がお好き? 結構。ではますます好きになりますよ。先週出来上がってまだ一度も世で使われていないニューモデルです。んあぁ仰らないで。持ち手が皮膜、でもレザーなんて見かけだけで汗をかきやすいしそれでよく滑るわすぐ罅割れるわで碌なもんじゃない。伸縮性も抜群でちょっと無理な使い方をしてもそう簡単には壊れません。どうぞ振り回してみてください」
なぜだか異様に熱の込められたセールストークを展開してきた店主に従って軽く振る。生物相手なら鈍器としても十分通用しそうだ。特に人間とか。
「いい重さでしょう? 余裕の重量だ、素材が違いますよ」
「一番気に入っているのは……」
「なんです?」
「――値段だ」
「あぁ待って、ここで装備しちゃダメですよ! ……待って! 止まれっ!!」
「――うわぁぁぁ!?」
「というわけで金貨1枚で買えました」
「……そ、そう」
「よかった……ですね?」
「えぇ」
店主の剣幕から逃れて自分たちの買い物をさっさと済ませていたエルゼとリンゼが苦笑いしているがどうしたというのか。実に平和的なやりとりだったのに。店主が死んだわけでもないし。
手甲や足甲といった防具もあった方がいいのだが予算が足りないので諦めた。全て盾で防げばいいのだ。幸い防御力は高いようだし。なんとかなるだろう。
「ところでサイリ。持ち物は?」
「これだけですよ?」
右腕には盾を。左手にはスマホを――いや流石に戦闘時にはポケットにしまうが。
分類的にはこの盾はバックラーと表現するのが最も適しているだろう。盾としてはやや小型であるが防御と同時に刺突や殴打といった攻撃にも使える汎用性の高い武器である。
一角狼とやらがどんな魔獣か相対してみないとわからないが、軽装でも勝てる相手だと言うのだからそれを信用してみようではないか。
「……他には何も持ってないの?」
「あぁ、確かに小道具でもあれば便利で良いのかもしれませんが……」
盾を買ったことによって所持金が底を突きた。残りの銅貨は食事に回したいので本当に金が無い。出しようが無い状態にある。
まぁ、いい。別に構いやしない。気にしないでいこうじゃあないか。
「……はぁ。まあいいわ。今日は遠出するわけでもないし」
「たぶん大丈夫でしょう……たぶん」
おそらく。きっと。めいびー。
――多少の不安要素を抱えて、一行は徒歩で東の森へ。
サイリは肉体が
二人になぜ戦う道を選んだのか訊ねたい好奇心が出てきたが自分のことを訊ね返された時が困るので口を噤むことにした。
「――前方やや右手側、敵性反応。数は二つ」
サイリの警告とそれによって生まれた緊張感で勘付かれたことを悟ったのか何者かが近づいてくる。
木々と茂みによって通らない視界の中で黒い影が見えた。
「そぉいっ!!」
それを瞬時に依頼書の討伐対象であることを確認したサイリは最初に現れた一角狼の横っ面を盾で殴り飛ばした。最初から全力全開、躊躇も容赦もない機械的なフォームであった。
エルゼの方にも一頭向かっていったのを感じ取るが、まずは目の前の敵対者を沈黙させることを優先する。
サイリが駆け出すと同時に一角狼も真っ直ぐに跳びかかり、その額に生えている鋭い角を突き刺そうと、柔肌を貫き切り裂こうと尖った歯をむき出しにして襲い掛かってきた。
「……私がただの人間なら」
怖いって、思ったんでしょうかね。
命を奪おうとする殺意が。
命を脅かされんと足掻く敵意が。
闘争本能からあふれ出る陵辱の害意が。
平和な世界ではとてもお目にかかる機会などないであろう感情と衝動が。
もしもサイリが人間だったら、あったのかもしれない。
足元で横たわり、顔を凹ませ血を流し続ける屍を見下ろす。
しかし、何を問うたところで答えなど返ってくるはずも無く。
サイリの内心は晴れなかった。
苦戦していないからとか、一撃も受けていないからとかそういう話ではなく。
ただ、生きる為に戦ったという実感が得られなかった故に。
殺すから殺した。それだけだ。
理由はただの依頼で、やることはただの作業で、その結果がこれだ。
戦えることを証明し、改善の余地があることを確認できたのは大きい成果と言えるのだが。
やはり真っ当な生き物としては存在していられないものなのだと自覚してしまっているわけで。
「――新手、数4!」
感傷に浸る暇もなく同じ気配が急速接近してきたので声を上げ、最も打たれ弱いであろうリンゼを守るように位置取りを下げる。十分に死体から離れた地点で迎え撃つ。
とりあえず一番槍の一角狼の鼻っ面に渾身の一撃を叩き込んで即死させる。先程の戦闘で大まかな生体構造は把握している。頭部へ的確な打撃を与えれば生物である以上それに耐えることはできまい。
「炎よ来たれ、赤の飛礫【イグニスファイア】」
リンゼの詠唱が聞こえ、それが終わると離れていた場所にいた一角狼が燃え上がり火達磨となった。その程度では即死しないが、この世の終わりを迎えるような壮絶な悲鳴を上げながらもがいて動かなくなった。
エルゼの方も危なげなく戦えているようだったので逃げ出そうとしていた最後の一頭も無心で頭部をぶん殴って息の根を止めた。角は避けているので折れてない。
これにて戦闘は終了。一方は殲滅、もう一方は無傷という実に理不尽な結果となった。
「一頭多く仕留めちゃったわね。足りないよりはずっといいんだけど」
血の着いたガントレットをガンガンと打ち鳴らし、布で拭ってから角を収集するエルゼがそう言った。
リンゼもそれに同意し、同じように角を切り落としてポーチに入れていた。
角以外の血肉、臓物、歯、皮などは使えないのだろうかと勿体無く思うが、使われていないのであれば使えないのだろう。無駄に荷物が増えても帰り道が辛くなるだけだし。
その後は街道で馬車に乗せてもらえたので街まで楽に帰れた。
ギルドの受付に角を提出し、自動でポイントが蓄積していくというやけに近代的なシステムが組み込まれたハンコをカードに押されて報酬の銅貨18枚を受け取る。
ちなみにギルドのランクは黒、紫、緑、青、赤、銀、金とあり、サイリ達のランクは言うまでもなく黒だ。
「ねえねえお互い初依頼達成ってことで記念に軽く食べていかない?」
「いいですね。サイリさんはどうですか?」
「勿論、構いませんよ」
ギルドから出て近くにある喫茶店のような軽食屋に入る。
ちなみに喫茶店の始まりは16世紀辺りまで遡れる。途中で規制されたり廃れたり変化しつつも中々に歴史のある存在なのだ。チャミセというのは。
ちなみに居酒屋の起源は紀元前なので比べることすらおこがましい歴史の重みがある。が、この話にはなんの関係も無い。つまりはどうでもいい話だ。
ひーこー苦ーうまー、と表情をコロコロ変えながら
報酬の銅貨18枚をどう分配するかで揉めはしたが、結局三等分で話は済んだ。ちなみに内容は6頭中3頭をサイリが仕留めているので半分はサイリが受け取るべきだという健全な譲り合いの揉め方であった。
「さて。ここでお二人にご相談があります」
「いいわよ、なんでも言ってみて!」
ん? 今なんでも――
……という冗談はしまっておいて。
「リンゼなら教えるのもうまいし」
「あ、わたしなのね……別にいいですけど」
「なあに簡単なことです。ちょっと私に魔法をご教授させていただきたいだけでして」
「「え?」」