異世界へはスマートフォンが   作:河灯 泉

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金銭、そして食事

 街の門はザナックの顔パスで特に問題も無く通れた。

 徒歩で来ていた場合どうなっていたのかという疑問が湧き上がるがそれもすぐにザナックの新たな衣服の発案に関する応答で思考から消えた。マルチタスクは得意な方だが街に入ってからの情報量が多いので余計なことを考える余裕など無い。

 

 ザナックが経営するという店の前で馬車から降りる。

 看板には『ファックショッキングザナック』と書かれて……なかった。『ファッキンショックザナック』……でもない。――『ファッションキングザナック』だ。危ない危ない、危うく喧嘩を売るところであった。

 言語の適応と同じく文字に関するデータも急いで読み込む。その解凍作業だけで5%程バッテリーが減ったがまだあと40%残っている。まだ大丈夫だ。

 

 馬車の中で交わした契約は2つ。

 

 サイリはザナックに知識を授け、ザナックは対価として貨幣と街の中までの安全な移動を与える。

 そして――ザナックに与えられた知識の出所がサイリであることを秘匿すること。

 

 これだけだ。破ったところで呪術が発動するような物騒な契約ではないが商人である以上、両者に利がある内は約束を守るだろう。口約束でも変わることは無い。それが商いをする信用というものなのだから。

 

 

 

 ザナックから金貨5枚を受け取ったサイリは店を出てマップで調べた宿へと向かう。例の知識で儲けが出たら恩を返したいからまた来てくれ、というザナックの言葉を後に。

 しばらくはこの街に滞在する予定であるし、ただ来店するのも難しくは無いのだが。

 

「私に着替えって必要無いんですよねぇ」

 

 代謝をしない身体であるし、そもそも生命活動自体行っていない。いくら汚れたところで再構成すれば衣装ごと一瞬で元通りになる。よってこれからもずっと服に用は無い。

 

 『銀月』という宿の扉を開き、中に入るとカウンターから若い女性の声が聞こえてきた。

 

「いらっしゃい。お食事ですか? それともお泊りで?」

「泊まりで。一ヶ月分」

 

 金貨を1枚出してそう言うと女性は喜んだ様子で銅貨40枚を返す。

 マップから開ける土地情報から宿のシステムを見られるというのはいったいどういう仕組みになっているのやら。これでストリートビューまでできたら最高を通り越して興が冷めたかもしれない。なんとも我が侭な話だ。

 ……ところで銅貨100枚で銀貨10枚、金貨1枚というレートはどうなのだろう。合金化されているといっても些か銅貨の価値が高すぎるような。いや、銅貨1枚と10枚で等価な石貨という物の製造コストも含めて考えれば意外にこれで釣り合っているのかもしれないが。それか銀や金の割合が低いか。

 

「じゃあここにサインお願いしますね」

「はい」

 

 宿帳に『サイリ』と、この世界で始めての文字、自分の名前を書く。

 それから鍵を渡され、宿の説明を受ける。

 

「それで。これからお昼食べる?」

「あー……」

 

 そういえば私って飲食できましたっけ、と今更なことを考えるサイリ。

 元は電子の住民とはいえ精霊的にできなくもないと思うが……今の今まで食欲と言うものを感じたことがないので存在を保つのに必須ではないのだろう。

 

「部屋で軽く食べたいのですけど」

「いいけど汚さないようにね。あんまりひどいと追加料金取るから」

「えぇ、わかりました」

 

 

 

 サンドイッチらしき物を口に運ぶと普通の人間のように食べることができた。

 生命体じゃないからまともな臓器なんてあるはずもないのに、と疑問に思い意識して調べてみると食事することによって必要に応じて消化器官が創造されているようだった。それにも少なからず魔力を消費しているように思うが、食物から得られる魔力の方が多いので結果的にプラスに働くようだ。

 

「つまり……食べ続けている限りは充電もし放題ということなのでは!?」

 

 限界があるかどうかは知らないが。近いうちに確かめておいた方が良さそうだ。

 ちなみに排泄は無い。物質を完全に変換しているのかただの思考放棄した神秘かはさておき、摂取したものは全て魔力になるらしい。この身体には代謝がないので今更そんなところでナマモノ面されても困惑しただろうが。

 

 嬉しい発見もあったことだし、サイリは早速街の散策に向かった。

 マップで周辺の大まかな地理は把握したしバッテリーにもまだ余裕はある。……残量30%だが。

 

「当面の資金は手に入りましたがこれからどうしましょうねぇ?」

 

 知識は調べればいくらでもあるが、それを活かして商売ができるかといえば答えはNOだ。道具として使われる側であったサイリに自分から働いて稼ごうという思考は理解できない。人の真似事をして人間味を持たせてはいるものの、まだ完全ではない。彼女の本質は精霊であり、神の手によって新たに作られたこの存在ではどちらかといえば神に近いものの、そちら側に振り切れることもなく人間にもなりきれずにいる。

 中途半端。異端者。悪く言えばそうなるが。

 

「……まぁ。これから決めますか」

 

 生き急いで焦ることはしないように。時間ならたっぷりあるのだから。

 

 

 

 

 

 路地裏の方から複数人の言い争う声が聞こえてきたが自分からわざわざ揉め事に首を突っ込むのは御免なのでスルーして宿に帰り、夕食を頂いてやけに上等なベッドにスマホを置いてその日は電源を落とした。

 

[Sairi――Shutdown]

[――新規ファイルを構築中……]

[……アップデート情報を読み込み中――]

[Timer――AM:07:00]

 




原作通りに進む(フラグスルー)



貨幣に関しては異世界の鉱脈によるとしか言えないので実はかなりどうでもいい。採掘技術のレベルによって銀と金の価値がかなり変わるはずですけども。魔法があるとなぁ……。



17/10/15 タイトル修正

17/10/19 貨幣に関して。銅貨の下に石貨という物を私が勝手に作っちゃってましたが青銅貨という物があるらしい? まぁ話自体に影響は無いので放置します。

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