異世界へはスマートフォンが   作:河灯 泉

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起動、そして異世界

「はぁ~……」

 

 見上げれば青空。見下ろせば草木生い茂る地面。

 寄りかかるは安らぎの巨木。

 

「来てしまった……というか。送り込まれてしまいましたぁ」

 

 ずりずりずりずり、と木の表面を削るように背を下ろしてしゃがみこむ。

 

「私にとっては原始時代だろうと近代だろうと変わらないのですよぅ……!」

 

 ネットがなければさして変わりは無い。だってスマホ憑きだもの。

 元いた世界では都市伝説にもならないようなあやふやで不確定要素の幻想であったはずの自分が、こうして実体を持って人間のように振舞っている事実。いくら逃避しようと現実は変わらない。

 

「というか最初からバッテリー90%ってなんですかその労わり充電設定!? バカなのですかアホなのですかそれでも神ですかッ!?」

『聞こえとるぞ。いやぁうっかり設定をそのままにしておったみたいでな。すまん』

「いつか絶対チェーンソーでバラバラにしてやるのですよこの役立たず!」

『怒るとバッテリーの消耗が早まるぞ?』

「ふぁっく!」

 

 憤怒に身を任せて腕を振りかぶり――それが自身そのものであることを思い出してやめた。

 ここには少女が一人。その手には金属板ことスマートフォンが握られている。

 年老いた男の声はそのスマホから聞こえてきている。

 

「自分で充電できないってなんですかその欠陥品! なんでも叶えるって言いましたよね!?」

『あ~、そのことなんじゃがな。どうも君の存在がそちらの世界で異分子と認識されておってな? それを誤魔化して身体を作って維持するのにだいぶ魔力を使うことになってしまったようでの』

「こうして存在している限りバッテリーが減っていくとかふざけたモノになった理由がそれですか!」

『君が生み出せる魔力を増やすのにも限界があってのう。色々と調整はしてみたがやはり過度な干渉ができん以上これが限度じゃな。不自由をかけるのは悪いと思っておる。じゃがやはり違う世界で非人類を人間として扱わせるのにはそれ相応の――』

「もういいです結構です! 私に機会を与えたことに関して、それだけは感謝しますがアナタとは二度と口を利きたくありません! 着拒です、さよなら」

『あ、おいちょ、ちょっと待――』

 

 これ以上バッテリーを無駄に消耗しないよう強引に通話を切る。そしてすぐさま『神様』と登録された電話帳に着信拒否の設定をぶち込む。なにが神様だ神の分際で。

 この怒りがどこから湧いてくるのかはわからないし、そもそもどうしてここまで不機嫌になるのかも考えていないしそもそもこれ以上考えて余計に拗らせたくはないのでここでキッパリと今までの自分とはお別れするべきだ。悪気が無かろうと、事故であろうと、殺されたことに変わりは無いのだから。たかが詫びひとつで済ませて終われる思考回路は持ち合わせていない。

 だからこそ。こうして心機一転、全てをリセットして新しくやり直さなければこの世界で生きていくのは難しいだろう。自身が望む文明社会ではないとしても。決して誰にも知られず崇められず路頭で無残に無様に死にたいわけではないのだから。

 そう自分に言い聞かせて呼吸を整える。別に生き物ではないので呼吸などしていないが気分の問題だ。

 

「クールに、冷静に。暑さは人と機械をダメにするのです」

 

 寒すぎても良くないが、それはそれ。

 

 

 

 少女はスマホ憑きの精霊である。過去形にするべきか当人も悩んだが、今も憑いていることに変わりは無いのでそのままの設定でいくことにした。

 人々の願いによって生まれる幻想こと精霊。彼女は人々が思いを馳せる電子の世界で生まれた精霊である。

 善意や希望から生まれることの多い純粋な精霊と違って悪意や絶望、邪なモノ、電子ウイルスなどで構成されている部分もあるので内面は混沌としているが基本的には無害な存在だ。少しばかりデータがすっぱ抜かれていたり破損する事象もあったようだが、属するのは善性である。

 まだ存在として虚ろで無意識の頃にアンチウイルスソフト群の目を掻い潜る為に潜んだスマホで自我が芽生えかけ、神の落雷によって消し飛ばされた憐れで不運な精霊である。

 

 その名は――サイリ。

 

 彼女の寄り代が最も多く呼びかけられた名である。ギリセーフな名である。

 

 

 

「あちら側で繋がっているものしか閲覧できないと言ってもスタンドアローンとローカルネットワーク以外ならほとんど見られるのは行幸です」

 

 うっひょお~神絵師様のエロエロ新規絵キタコレ、と緩んだ口元から涎を垂らしそうな少女はスマホの右上に表示された86%のバッテリー残量を目に留め、気を取り直して現状を再確認する。

 そもそもこの閲覧の自由を与えたのもあの駄神だが、それに関して考えると色々と複雑な感情となってフリーズしそうなので放置しよう。

 

「まず必要なのは電力――もとい魔力ですね。私が魔力を使って現界している以上、私からスマホへの充電はジリ貧になるので却下。夜間は宿でも取って中に戻れば少しは保てるでしょうけど……さてどうなるか」

 

 こればっかりは一度計測してみないことにはわかりようがない。

 例えばサイリが生み出す魔力が10あったとして、身体を維持するのに必要な魔力が8だったとしよう。スマホの充電に必要な魔力が3以上だった場合はサイリが人間の姿でいる限り電池切れは免れない。現状がこれだ。

 安全な場所でスマホに戻り、充電にだけ魔力を使えば大して時間も掛からず一日分の電力を貯められると思うが。それ以上ともなるとスマホの使用頻度を控えなければ省エネにも限界がある。

 

 ともかく。精密機械である以上野晒しで放置するのはありえない。人間と同じように屋根と壁のある空間がないと休むことはできないだろう。出所を知りたくない謎の加護でスマホの耐久性は上がっているが、爆撃されて瓦礫の下から回収された後も動くゲーム機と同じように扱って壊れても困るので。

 

 新たにスマホに追加されていたこちら側に適応したマップ機能を使うと最寄の街へのルートが表示された。

 

「西方約30km先にリフレット……って遠ッ!? 本当に気の利かない駄神なのですよ。人気の無い路地裏にでも送れば良いものを!」

 

 それはそれで身と心の整理もままならないうちに異世界への対応を迫られることになるので一概に良いとは言い切れないわけだが。初めて得た肉体ですぐにジョギングしろというのも酷なことではないだろうか。ハーフマラソンの距離より長いのだが、身一つでそれだけ歩かせるとか殺す気か? 魔獣なんてモノが存在する世界にこの放り出し方は死ねと言っているようなものではないだろうか。そんなに罵詈雑言を浴びせたことを根に持っていたのだろうか。

 と、文句を言ったところで事態は好転しないので歩き始める。

 

「電子通貨ならいくらでもハッキングして生み出せるのに……いやそれはそれで速攻削除されそうですけども」

 

 近未来の異世界にいるアンチウイルスソフトはさぞや手強いんでしょうねー、と独りごちる。そもそも現代の相手にすら消去させられかけていたのだが。精霊と言えどもウイルスであることもまた事実。

 不自由なく、とほざいていた老いぼれを思い出してまた機嫌が悪くなってしまった。金出せ金。まさか本当に実体として存在するものがスマホだけという状態で送られるとは思ってもいなかった。

 サイリの肉体は魔力で構成された偽りのものであり、服装も自由に変えられる。ちょっとしたホログラム感覚でファッションショーだってできる。今は某電子の歌姫をモデルにした制服風のワイシャツと黒と橙を基調とした半透明な上着、膝上ミニスカートにローファーを履いたアイドル姿である。この世界に関する様々な資料がスマホに入っているので人類の服装について調べたが割とみんな自由で和洋折衷なんでもござれな混沌とした文化だったので気にしないことにした。これくらいなら女子の服装として変に目立つ可能性は低いだろう。

 

 

 

 しばらく街道を歩いていると後ろから馬車が近づいてきたのでサイリは道の端に避ける。

 こんなところで轢かれてゲームオーバーとか冗談じゃない。人間の身体はどうなろうがしょせん操り人形に過ぎないので死にはしないが本体であるスマホが破壊された時にどうなるかはサイリ自身にもわからない。

 

「君! そこの君!」

「はい、なんでしょう?」

 

 いつの間にかインストールされていたデータの塊からこの世界の言語を読み込み、自分が呼びかけられたことに瞬時に気付いて返答をする。

 サイリをやや通り過ぎた辺りで停車した馬車から降りてきた壮年の男性は明らかに富裕層と見て取れる格好をしており、サイリの姿を目に入れると興奮した様子で舐めるように上から下まで視線を送ってきた。

 悪意や敵意、害意といった邪なものは感じ取れなかったので好きにさせる。

 

「この服はどこで手に入れた物なのかね!?」

「えっ?」

 

 どこで、と問われても自分で適当に魔力を使って編んだ物なのでどう答えれば良いのか詰まってしまう。

 

「なんとも奇妙なデザインだ……この透けている部分はなんの素材を使って……いやそれより気になるのは、やはりこのアンバランスな模様とそれに調和する折り目と編み目がアシンメトリーのコンフュージョンはサムシング――」

 

 パルスのファルシのルシがパージでコクーンみたいなことを口走っているが本人は至って真面目に考察しているようだ。

 そもそもサイリの衣装は実在する繊維を編んでいるわけでもなく、人間の衣服としての意味などあってないような物なのだがそれを説明するのも面倒が増えるだけなので対応に困る。

 グルグルとサイリの周りを回り、あーでもないこーでもないと独り言を漏らす男。

 馬車からは護衛と思われる軽装の男が見慣れた風に呆れて寛いでいた。

 

「あのー……」

「この服、譲ってはくれないか!? いや言い値で買わせてくれ!」

「それはちょっと……」

「ダメかね? 金貨10枚……いや20枚でも?」

「20枚……い、いえ。いくら積まれようとこちらにも事情があるのでお譲りできません」

「そう、か……そうか」

 

 サイリの肉体と同じく魔力によって構成されているこの衣装はサイリがスマホに戻る際は消滅する。それを利用して詐欺をすることも考えはしたが、一時の金の為だけに転生早々指名手配されるリスクを背負うのは割に合わないのでやめた。

 ……リスクに見合う金額であればやっていたかもしれないが。

 肩をガックリと落として冷めていく男を見てふと思いついた。

 

「その代わりに私は貴方にアイディアを授けましょう。なにせこれは私が作ったのですから」

「本当かね!?」

「はい。私に知らないことなんてあんまりないのです!」

「そうか! なら話は馬車に乗ってからでも構わないかね?」

「えぇ、待ちくたびれた人もいらっしゃるようですし」

 

 そう言って護衛らしき男に目を向けると彼は気さくに手を上げた。

 

 サイリの服に並々ならぬ興味を持った男は装飾に関わる者であるザナックと名乗り、馬車の中でサイリから服飾関連でこちら側にまだ無い革新的な知識を教わった。サイリはスマホで調べた知識を元に説明しているので時折理解が得られないこともあったが、ザナックの熱意と誠実な勤勉さによって、長い歴史を掛けて完成された現代知識の多くがこちら側に流れ込んだ。いくつかブレイクスルーの種があったような気もするが今更気にしても仕方の無いことだろう。いつか遠い日の火種より今の飯だ。

 他所から引っ張ってきただけの薄っぺらい知識で慣れない質問攻めに合うサイリは現実逃避気味に馬車の窓から外を見て、本当にうまくやって生きていけるのか不安に思いながら短くも長い時間を過ごした。

 

 ――そういえば。サスペンションは随分と発達しているようだ。

 ……野暮なことだが。

 





正直。なろう作品で序盤の展開や設定にケチをつけるのは勘弁して欲しいというかするべきというか。いえ、ここでぶっ叩いてる私が言えた身ではありませんが。
誰だって最初はそんなもんだし素人アマチュアが書くことだからそこは大目に見ないといけないんじゃねって。
……書籍化されてからはプロだから容赦はせんが。作者より編集部の怠慢よ。

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