更新が遅くなったお詫びに、公開いたします。
初美あきらは、齢(よわい)十二にして戸隠流忍術の師範代であった。
それは彼女が武術の才に長けていることを意味している。
戸隠流の道場では、二十歳をこえようかという大の男を投げ飛ばし、蟇肌(ひきはだ)竹刀で打ち据えてきた。手裏剣を打てば百発百中、弓ならば矢の筈(はず)(矢の矢尻とは反対の部分)に矢が当たる継ぎ矢もたびたびおきたほどだ。
そんな彼女は、師匠――高杉寿庵に認められ内弟子となるのに半年、そこからは忍者となるための技術を徹底的にたたき込まれ、一年とかからずに師範代へと技量をあげていた。
最後の忍びとも呼ばれ、天賦の才をほしいままにした師匠をしてかなわないと言わしめる初美は、高杉とかねてより付き合いの深かった中野学校校長より武術教師の招聘を受け、彼のかわりに同校に教授として赴くことになる。
その初美の運命の日、すなわちウィッチに目覚めたその日も、彼女は中野学校で武術教練に励んでいた。
「そうだ。相手が一本背負いを書けてきたときには、反対側の手で相手の顎を押し上げ、そのままとられた腕に巻き込むようにして後ろに投げる」
「「「「はいっ!」」」
学生たち――全員、二十歳をこえた男性ばかりである――を前に、初美は幼い声を張り上げて説明する。彼らの目には彼女を幼女だからと馬鹿にした様子などみじんもない。
目の前の少女が自分よりも強く、多人数を相手にしてもひるむことなく投げ飛ばし、とどめを刺す実力を持っていることを身をもって体験しているのだから当然だ。
ことの始めはこうである。
初美が武術を教授するために陸軍中野学校へ初めて教練を行うためにやってきた時、学生たちは目前の彼女の実力を甘く見て高をくくり、せせら笑った。
あの最後の忍者の高杉寿庵がよこした師範代が年端も行かぬ木っ端のガキかと。早くも耄(もう)碌(ろく)したかと高笑いした者もいた。
もちろん、彼女のことを侮らず、神妙な面持ちで迎えている学生もいるにはいた。あの高杉寿庵が師範代と送り出してきた人間なのだ。見た目にとらわれてはならない、と認識した。
だが、初美を軽んじた学生はそんな彼らをも馬鹿にしたように笑った。
そして、それを聞いた初美は無表情にこう言い放つ。
「今笑った奴、相手をしてやるからかかってこい」
この言葉が彼らの怒りに火をつける。
雪崩のように初美へ襲いかかっていく学生たちを、一五〇センチにも満たない少女はくるくると駒のように回って彼らをいなした。
全員が足を突っ掛けながら振り返れば、初美は年相応に可愛らしくあっかんべえ、と舌を出した。
これが学生たちのしゃくにさわった。
今度は初美を取り囲んでさながら小さな獲物に群がる野犬のごとく襲いかかる。
だが、そこから先は初美の一人舞台だった。
押し寄せる学生たちを投げ打ち、倒し、怒りにまかせ本気で蹴ってきた足を取ってすくい投げる。そうして十分もかからずに全員が疲労困憊で床に倒れ伏した時、ようやく自分たちが侮った少女が、桁違いの実力を持った達人であることを理解した。
こんな事情もあって、学生たちは彼女の指導を真面目に聞いているのだ。
「本日の教練はこれで終了とする!」
初美がそう言うと、学生たちは列を作り、ありがとうございました、と口をそろえて言い、頭を下げるのだった。
初美は、衣服などが入った鞄片手に夕暮れ時の赤い空の元、中野学校を出て門の前で一人車を待っていた。
道場のある千葉県の野田まではかなりの距離があり、車でざっと二時間近くかかるため、普段は中野学校の寮で寝食をとっていた。だが、翌日は二週間に一度道場に顔を出して中野学校での様子や、自身の稽古のために道場へ顔を出す日だったので、前日のうちに戻るため車での送迎を陸軍に依頼していた。
十分ほど待っているとくろがね四起が一台、彼女の前に止まって、
「初美さん、お待たせしました」
運転手の初雁(はつかり)恒夫陸軍二等兵が降りてきて笑顔で言った。細身ながらもなかり体をきたえこんだ男で、まだ二十歳に満たない年若い兵士だ。初美は彼に武術を教え込んだらどれほどの腕前になるのだろう、と常日頃から想像していた。
「いえ、こちらこそ送迎、感謝します」
と、答えて、初雁が開けてくれた後部ドアから車内に乗り込んだ。
ばたん、と閉められ、二等兵は運転席に戻ると、早速車を発進させる。
「今週はいかがでしたか」
ガタガタと揺れる車内、初雁は陽気に尋ねてきた。
「柔術を主に教練しましたが、皆さんよく話を聞いてくれて、大過なく終わりました」
「そうですか、そりゃあよかった。あっしもね、柔術ってんですか? 興味はあるんですがなにせ主計課の冷や飯食らいでしてねぇ。なかなか教えを請うわけにもいかんのですわ。なにせ学もない、家も貧乏、おまけに暇もないのないないづくしでしてね」
などと明るく笑いながら饒舌に語った。彼は、初めて会ったとき初美を子供扱いせず、丁重に扱った男性の一人だった。
初雁は、初美を送迎して五回目になる。それだけ送迎すれば彼女に対して気心が知れてくるのも当然だ。会った当初は腫れ物に触るような扱いだったが、前回あたりから笑い話などを交えながら会話を楽しむようになった。
「じゃあ、今日道場についたら軽く修練でもしてみますか?」
と、初美は軽い気持ちで誘ってみた。
「お、教えていただけるんですかい? カネなんてありませんぜ」
「安心してください、お金なんて取りませんよ。教えるのもほんのさわりです」
「もちろんでさぁ、それでかまいやせん」
初美の提案に、初雁は即答する。
「それなら、今日から始めましょう。どうせ明日の送迎のために、野田に泊まるのでしょう」
「ええ、是非。いやぁ、ありがてぇなぁ」
それから目的地までの二時間、二人は他愛ない会話を交わしながら過ごした。
道場は、野田から少し離れた場所にあり、林の中の砂利道をガタガタと揺られながら向かうことになる。
そして、あと十分もすれば道場に到着するそのときだった。
「しかし、十月ともなると、夜が更けるのも早くなりやしたなぁ」
「本当に。空気が冷たくなるのも早くなったようで、若干肌寒いですね」
などと、二人が雑談をしていると、ヘッドライトに照らされた黒い塊が初雁の目にうつった。
緩やかにブレーキを踏む。
じゃりじゃり、と砂利を踏む音が響く。
「なんだありゃあ」
「どうしました?}
「いえ、道の先に黒い何かがでてきやしてね。ちょっと待ってくだせえ」
身を乗り出して、正体を見極めようと目をこらす初雁二等兵。
後部座席に乗っている初美が、身を乗り出して道の先を見ると、その黒い塊はのそりと動き出して、遠吠えをあげる。
熊の声だ。
「ちょっと、熊じゃないですかあれ」
「そうですな。切り返して逃げるとしやしょう」
少しばかり切羽詰まった様子の初雁は、慌ててギアをバックに入れてアクセルを拭かそうとするが、車体ががくんと震えて後進せずに止まってしまった。
「こ、こんな時にエンスト!」
初雁は、慌てて携帯していた十四年式拳銃を抜いてマガジンを挿入、ボルトを引いた。
「初雁さん、熊相手に拳銃弾では相手になりません。軍刀を貸してください」
固唾を呑みながら、初美は二等兵に言った。
「しかし初美さん!」
「いいから早く貸してください。刀ならまだ歯が立ちます」
「わかりました。でも、無理はしないでくだせぇ」
初美は、ゆっくりと車から降りて車の前に立つと手渡された軍刀を構える。
戸隠流忍術の師範代たる初美といえど、熊を相手にしたことなど一度もない。
彼女の腕が、軍刀が、果たして熊の分厚い毛皮を切り裂さけるのか。
少しずつ、すり足で近づく初美にあわせて、熊はずしん、と地面を踏みならしながら歩み寄る。
「いえあああぁぁぁっ‼」
叫び声を上げ、猿のような跳躍を見せて飛びかかる。
「グオッ!」
立ち上がって、横薙ぎに右腕を振るってくるのを空中でとっさに刀で防御すると、巻き込まれるように体が持っていかれ、背中から地面にたたきつけられる。
「がはっ!」
圧力で胸が潰され、肺の中の空気が強制的に吐き出された。
ごろごろと転がり、距離をとりながら立ち上がる。
「げはっ、がはっ」
胸を押さえてむせる。
「初美さんっ!」
車から出てきた初雁が、南部十四年式を構えて三発撃った。一発が立ち上がった熊の右肩あたりに命中するが、八ミリ口径では熊の毛皮にとって豆鉄砲だ。
「ありがたいっ!」
踏み込んで、逆風に切り上げようとするが熊は機敏だ。左腕をたたき下ろしてきたので、蹈鞴を踏んでしまい爪が額をかすめた。ぷしゅっと血が噴き出し、顔が血で染まる。結局熊の懐に入ることはかなわず、またも後ろに下がる。
血が、左目に入って視界が悪くなる。
狭くなった視界に、木の枝に小さな動物が顔を出してる様子が入った。
「モモンガかムササビか」
初美は、全身から力を抜いた。緊張していては、技もろくに出せない。
「いやあああああぁぁぁぁっ!」
そうして声を上げ、刀を青眼に構えて前のめりに足を進めた。
熊も、恐ろしい速度で両腕を振り下ろしてくる。
腕が彼女の頭をたたき落とそうとするその刹那、初美を見ていたモモンガが飛んできて、彼女の臀部に手を触れる!
青い輝きが夜道を照らす。
「初美さんっ!」
突然の青い光に視界を奪われたのか、腕で目を隠しながら初雁が叫んだ。
「くっ!」
自分の中に生まれる不可思議な力が、青光を伴ってあふれ出る。
熊はそれに驚き、後ろに下がった。
ぷるん、とモモンガの太く長い尻尾がお尻から弾むように出てきて、丸い耳が頭に生えてくる。
「これならっ!」初美は、刀を構え直し、「くるか! くるなら叩き切るっ!」
と、熊をにらみながら宣言すると、四つ足の獣は後ずさりどこかへと走り去ってしまった。
しばし呆然とした後、からん、と軍刀を墜としてその場にへたりこんでしまう。
「初美さん、その耳と尻尾……」
初雁はそばに駆け寄ると、彼女に生えてきた耳と尻尾に目を奪われた。
ふさふさの毛皮に包まれた耳と尻尾は、明らかにモモンガのそれだ。
「あ、ああ……どうしよう。私、魔女(ウィツチ)になっちゃった」
初美は、年相応の感情を見せながら半泣きになって初雁を見上げたのだった。
初美は初雁とともに無事エンジンがかかった車で道場へと向かう。はえてしまった尻尾も耳もしまい方がわからないのでそのままで、道中はもふもふの尻尾を不安げに毛繕いしながら無言で車に揺られていた。
初雁も彼女の様子を見て雑談をするわけもなく、沈黙を保ったまま車を運転する。道場まではそう遠くなく、十分とかからずに道場に到着した。
道場の門前に車を横付けすると、初美はよろよろ車を降りて、
「本日は送迎、ありがとうございました。明日もよろしくお願いします」
と、頭を下げる。
「まぁ、ショックかもしれませんが、そう気ぃおとさんでください」
「はい……」
うなだれながら返事をすると、初雁は車を出して野田へと車をむけた。
「はぁ」
ため息をつきながら、道場の門をくぐって庭へと続く道を進み、師匠が住む住居の勝手口へと向かった。
勝手口はドアノブ付きのドアで、薄い戸板がみすぼらしかった。
こんこん、とノックして、
「師匠、ただいま戻りました」
ドアを開けると細い廊下が続き、左手に障子が並んでいる。
からり、障子が開いて、紺色の作務衣を着た細面な壮年が顔をのぞかせた。
高杉寿庵。初美あきらの師匠であり、戸隠流の宗家でもある。
「よう、かえっ……」初美の様子を見て一瞬言葉を失い、「お、おう、あきら。どうしたその尻尾と耳は」
「簡単に説明しますと、ちょっと離れたところで熊に襲われてモモンガが助けてくれて、魔女(ウィツチ)になりました」
「ふざけてそんな格好をしていた訳ではないのだよなぁ。まぁ、こっちきて炬燵にでも入れ。外は寒かろう」
「失礼します」
頭を下げて師匠の家にあがると、招かれるまま居間へと入り掘り炬燵に足を入れる。
「それで、どうなんだ。しっぽとかしまえねぇのか?」
「私がウィッチになるなんて予想もしてなかったので、情報もなく」
「ふむ……ちょい待ってな」
炬燵から出ると、廊下にある壁掛け電話を手に取ってどこかに電話をかけ始めた。
「いつのまに電話なんてついたんだ?」
首をかしげる初美。彼女が住み込みで鍛練をつんでいたときにはなかったはずだ。
「おう。川俣んとこつないでくれ」
――川俣? 少将のところか?
廊下から漏れてくる師匠の声を聞いて、電話相手が誰かを推測する。
「ん、ああ、すまねぇな、こんな夜遅くに。どうだい、うちのあきらは。ほう、ほう、いや、貴様にちょいと聞きたいことがあってな。ああ、魔女についてちょっとな。いや、まぁそうなんだが。あきらが魔女になってな。ああ。それでちょいと学校のほう休ませてほしいんだ。馬鹿いえ、そんなんじゃねぇよ。じゃあな――つーわけであきら、おめぇしばらく中野に行かねぇでいいぞ」
高杉は電話を終えると、なんでもないように初美に言った。
顎をかきながら、居間に戻り部屋の片隅にある木箱からミカンを何個か手に取って、
「まぁ、その耳と尻尾も、そのうち引っ込むだろう。いちいち気にする必要はねぇわな。ほれ、食いな」
ミカンを三個ほど初美を見ずに投げ渡すと、慌てて出した彼女のちいさな手の上にすべておさまった。
「師匠――」
「あきら、貴様が気に病むこたぁねぇ。だいたいだ、貴様が悪いわけでもなんでもねぇ。足かせでもねぇ。ちょいと人より力が強くなっただけだ。魔女になったからといって、軍に入らなきゃならねぇわけでもねぇからな。まぁ、落ち着くまではのんびりしとけってことだ。おらぁ寝るぜ」
わざとらしい大あくびをしながら、初美の師匠は自分の寝室へと歩いていった。
「師匠……」
初美はそう呟いて、ミカンの皮をむき始めたのだった。
翌日、初美は炬燵の中で目を覚ました。
耳と尻尾はいつの間にかなくなっており、それだけでかなり心は落ち着いた。
やはり、自分のものではない何かが生えているのは精神的によろしくない。
炬燵の上にはご飯とめざしが二匹、それに漬物のののった皿が置かれている。師匠が用意してくれていたらしい。
「いただきます」
手を合わせて一礼し、ご飯に箸をつけた。
米は若干固めに炊かれているが、これは高杉曰くよく噛んで咬合力を鍛えるのが目的とのことだ。
「おう、起きたか。耳と尻尾は引っ込んだようだな」
縁側の障子が開いて、縁側に面している裏庭で稽古をしていた高杉が声をかけてきた。
「あ、はい、師匠。昨晩はお見苦しいところをお目にかけて申し訳ありませんでした」
箸を置いて姿勢をただし、頭を下げる。
「いやなに、きにすんな。普段から大人びてた貴様が、年相応にしおらしくしているのなんざめったに見れねぇからな。それでチャラだ」
「趣味が悪いですね、師匠」
「そう言われたくないなら、日頃から子供らしくしてろってことだな。軍人相手になまってないか試してやる。こい」
「朝ご飯食べてる途中なんですがね」
ため息つきながら炬燵から離れて、素足のまま庭に出て、対峙する。二人の身長差はおよそ三十センチ。初美にとってはこの背丈の差こそが大事だった。この差に勝機を見いだすのだ。
「わかっているな?」
「常在戦場。どこにいようとなにをしていようと、常に戦場にいると心得よ」
「そうだ。ゆくぞ」
ぬるり、と高杉の体が動いて、上体が倒れるように初美の頭、眼窩に親指をかけようとしてくるのを、左腕で受けながら懐へ入り込み、みぞおちへ肘を使った体当たりを行う。
高杉はそれをうけ後ろに転がりながら初美の胴を蟹挟みにして、そのまま後ろに倒れ込みつつ彼女の首を脇に抱えるようにした。
技が決まった段階で、師匠は初美を解放して立ち上がる。
今度は初美が腕をあげて両肩をつかみ、右足を刈ろうとするところを、高杉は左手を脇の下から差し込んで腕を絡め、足下に頭がおちるように転がす。
そうやって、何度か組み手を繰り返し、お互い上がってきた息を整える。
「なまっていたかと思ったが、なかなかどうして、一人稽古でも頑張っていたわけか」
「免許皆伝をいただいたのですから、腕を廃らせるわけにはまいりません」
「内弟子になって、貴様だけが俺の指導をすべてこなしたからな。そうあってもらわねば教えた甲斐がないというものだ。メシ食えメシ」
初美が言われたとおり居間にもどって食事を再開したのを傍目に見ながら、高杉は縁側に座って言い始めた。
「早朝、貴様が魔女になったことを知った川俣の野郎が、改めて電話をかけてきてな。東部第三三部隊に所属させたいと言い出してきた。ウィッチとして欧州に潜り込み、情報を送ってほしいんだとよ。間者を何人かはむこうに行かせているが、ウィッチは未だにいないから、学校としてはなんとしても正式に東部第三三部隊に所属してほしい、ということだそうだ」
「私が……ですか? まだ魔女になったばかりで右も左もわからないのに?」
「そうだ。適性をみてからだが、空戦は特別に扶桑海事変で活躍した大ベテランの江藤敏子元中佐を招聘、陸戦は西泉(にしいずみ)章子大尉を教官に当てるらしい。速成教育の後、少尉に任官、欧州へ派遣する」
「空と陸って、どういうことですか?」
「できるならば、貴様には陸と空両方のウィッチの技能を学んでほしいそうだ」
「はぁ……」
あまりの突拍子もない話に、初美はきょとんとしたままだ。我がことのように感じられないらしい。
「最終的な判断は貴様に任せるが、個人的にはウィッチとして欧州に行ってほしいと思っている」
「どうして、ですか?」
「見聞を広め、ネウロイとの戦争がどういうものなのか、人を救うことの意味を肌で体験し、人として成長してほしい。戦場だ。目前で人が死ぬ身ともあるだろう。貴様が死ぬことだって考えられる。そこは戦場だから当然だろう。しかし、俺は生き延びるための術(すべ)を徹底的にたたき込んできたつもりだ。違うか?」
「確かにその通りですが」
言葉を失う初美。
それに、これまで彼女に対して何も望まなかった師匠が、初めてそうあってくれと願った言葉だ。
「わかりました。師匠の願いを叶えましょう」
最後のご飯粒を一つ、口に運んでからそう答えたのだった。