朝食後しばらくして、自分は吹き流しをつけた木製疾風を履き五〇二基地の沿岸上空に浮かんでいた。
右手にオレンジ色に塗装された訓練用のMP40を構え、腰には木刀を携えている。
MG42やホ一〇三機関銃は片手で操れはするが、両手持ちと比較すると命中精度は遙かにおちるので、五〇一基地で余っていたMP40を借り受けた。
そして、一〇メートルほど距離を置いた場所にはMG42を両手に携え、同じく吹き流しをつけたバルクホルン大尉が飛んでいて、少し離れた空域にはミーナ中佐と坂本少佐、それにペリーヌ、エーリカが浮かんでいる。
中佐は審判役で三人は見物だ。
「ヨハンナとロスマンに訓練をうけたそうだな、初美中尉」
「二人にはこってりと絞られましたよ」
自分は、確かに《魔女の一撃》作戦の後ヨハンナ・ウィーゼ大尉から徹底的にしごかれた。
原因は作戦時、作戦隊長であるヨハンナの命令を無視して数多のネウロイを足止めしようとしたことにある。この時の命令違反がどうやら彼女の逆鱗に触れたらしく、懲罰的な意味合いも含めて座学から空戦マニューバまでたたき込まれるはめになった。
「ヨハンナに仕込まれたその腕、落ちていないか試してやろう」
いやいや、それはさすがにない、と思いたいところだ。
「目にもの見せてやりますよ」
強気で言ったつもりが、どうやら我知らずと笑みを浮かべていたようで、
「楽しそうだな、中尉」
と、バルクホルン大尉も微笑みながらら言葉を返してきた。
彼女もこの模擬戦を楽しみにしていたのだろう。
「大尉も同じようですね」
ふっ、と笑って、
「ヨハンナとロスマンの直弟子だからな。がっかりさせるなよ」
『模擬戦は、先に二勝したほうが勝利とします。お互い、距離を取った後ヘッドオンで交差後直進、十秒経過したら模擬戦開始。ペイント弾が命中するか、刀が吹き流しに触れたら勝ちとします。二人とも、準備はいい?』
ミーナ中佐の声がインカムから聞こえてくる。
自分と大尉はそれなりに距離を取って、
「了解しました。初美、準備はできています」
『バルクホルンだ。合図を頼む』
ミーナ中佐がカウントダウンを開始した。
『5・4・3・2・1・開始っ!』
魔道エンジンに力を込めると、呪符プロペラが轟然と回転して自分の体を直進させると同時に、大尉も自分に向かってきた。
お互い交差時に視線をかわしてすれ違い、一〇秒経過すると自分は体を反転させて上昇しながらバルクホルンがどこにいるのかと視線をさまよわせた。
自分に背を向けた状態で同じように急上昇して、頭をおさえようとしている。
距離はかなり離れていて、おそらく今自分が撃っても当たることはないだろう。
この時ロスマンの言葉が頭をよぎった。
――射撃を格闘戦に持ち込むための手段として用いた方がいい。
大尉の進行する場所へ向けて、ダダダッ、と流し打ちをした。
案の定、大尉は上昇をいったんやめて旋回へと切り替えたので、自分はそのまま大尉を視認しながら彼女の頭を押さえつけ、急降下。木刀を抜いて上段に構えるっ!
「せりゃあっ!」
振り下ろした木刀が吹き流しに触れる寸前、するりと逃げるように視界からかき消えた。
自分の仕掛けとマニューバをよんで、バレルロールで回避したのだ。
『狙いはいいが、決め手に欠けるな』
「これで勝てるとは思っていませんよ、大尉」
上昇機動に移行しつつ、大尉を視界に収めようと体を返して空を見上げると、彼女の影は空になかった。
なるほど、太陽の中か。
となれば、そこを中心として背をむけ不規則機動で狙いをそらし続ける。
案の定、自分を狙って火線が二本、飛んでくる。
それで、位置は大体把握した。
MP40を担ぐようにして銃口を太陽に狙いをつけ、流し撃つ。
命中など期待していない。
あくまで威嚇射撃だ。
そこにおまえがいるのはわかっているぞ、という意思表示だ。
急上昇を敢行し、大尉の頭を取ろうと試みたが、今度は彼女が自分の頭を押さえつけるため、威嚇射撃をしながら降下してくるので、いったん誘うように降下する。
そして、バルクホルン大尉は食らいついてきた!
そのまま、自分は螺旋を描きながら上昇していくが、途中で彼女は自分の意図に気づいて、追跡をやめて垂直上昇へと移行した。
軌道の内側に入って、好位置をとりに来たのだ。
円錐の内側を沿うように上昇していき、頂点にさしかかったところで急降下すると、必然的に自分を追いかけてきた敵は自分に背後を取られる格好になる。
バルクホルンはそれに気がつき、自分の旋回半径の内側をついてきたということだ。
「くっ……さすがだな、大尉」
エンジンの出力を上げて体を上向かせ、その勢いを借りて内をついてきた大尉のさらに内を狙うが、バレルロールで自分をオーバーシュートさせて背後を取りに来た。
宙返りで彼女の背後をつこうとしても、追跡してくるバルクホルンを振り切れなかったため、自分が優速であることを活かしてハイヨーヨーで詰め寄る大尉を追い越させてやり過ごし、吹き流しを斬りにいく!
「とったっ!」
気合い一閃、抜刀して吹き流しを見事叩いた。
『なっ!』
『初美中尉の勝利っ!』
バルクホルンの驚きの声とミーナ中佐の宣言が、ほとんど同時にインカムから聞こえてきた。
「取らせていただきましたよ、大尉」
『さすがヨハンナに空戦をたたき込まれただけのことはあるな。だが、次はこうはいかんぞ』
「このまま次も勝たせていただきます」
大尉はどうやら自分を侮っていたらしい。
その後は何度か背後をとるものの吹き流しを木刀で叩くことはかなわず、ものの見事に返り討ちされてしまい、結局二連敗を喫して負けてしまったからだ。
人類最強の四人に引けを取らない技量の持ち主から一度でも勝ちをとれたのだから、ここは満足すべきところだろう。
ともかく、こうして自分と大尉の模擬戦は終了した。