自分は、ペリーヌに連れられて夕食の待つ食堂へとやってきていた。
すでに幾人とは顔合わせをしているが、まだまだ知らないメンツもいる。
ずらりと並んだ五〇一の隊員を前に、自分はミーナに促され自己紹介を始めた。
「自分は扶桑陸軍少尉、初美あきらであります。コールサインは《くノ一の魔女》。本日より短い間ではありますが、五〇一の諸氏とともにロマーニャの空を護ることになりました。よろしくお願いします」
と言って、頭を下げる。
異口同音に、よろしく、と言葉が返ってきた。
そのまま席に腰掛けて、食事を始める。
ご飯、味噌汁に納豆、ジャガイモの煮っ転がしや葉物野菜の和え物と純和風の食事だ。二式輸送艇にのせられてきた支援物資の一部を使ってのものだろうな。
「ねぇねぇ、初美さぁ」
金髪ショートのウィッチ――エーリカ・ハルトマンが声をかけてきた。
「左腕のことか?」
「うんうん。痛そうだね、どうしたの?」
「細かいことはともかく、人型ネウロイに切り落とされて、その治療のために宮藤軍曹のお世話になりに来たんだ」
簡単に答えて、ご飯に醤油を絡めた納豆をかけて口に入れる。
「そうかぁ。大変だったんだねぇ」などとちっとも感情のこもっていない声で答えながら、食事を始めた。「ほんと、宮藤の扶桑料理はおいしいねぇ」
「ねぇねぇ、シャーリー」
小麦色の肌の少女といっていいぐらいの年若い女の子が、隣のシャーリーに声をかける。
「ん、どうしたんだ、ルッキーニ」
「《くノ一の魔女》って、どういう意味なの?」
「んー、そうだなぁ」
返答に迷い、シャーリーが腕を組んで考えていると、
「くノ一とは、簡単に言えば扶桑の女スパイのことだな。初美は、その中でも名門の一派である戸隠という忍びの技術を受け継ぐ魔女だ」
言葉を詰まらせた彼女の代わりに、坂本少佐が答えた。
「それで、《くノ一の魔女》なんだ。ねぇねぇ、初美って強いの?」
「これはまた難しい質問だなぁ」
ははは、と乾いた笑いが漏れた。答えるのが困難な問いに頭を抱えて考える。
確かに、武芸者としては強い。
ウィッチとしても、それなりの実力を持っていると言っていいだろう。
だが、人間としてはどうか。
「強いといえば、強い。弱いといえば、弱い」
「何いってるかわかんないよぉ」
「うーん、そうだなぁ。マーシャルアーティストとしては、強い。それもとびきりだ。剣の腕前に関してはおそらく坂本少佐よりも強いだろうな」
この台詞を聞いた坂本少佐が、む、と眉を上げる。
講談館剣術の腕前を見ておきたいからな。ちょっとした挑発だ。
「ウィッチとしてもまぁ、強いといえるが、自分が理想とする強さから見れば弱いということだ。わかるか?」
自分が理想とする強さと、今手にしている強さの間には大きな差、いや、隔たりがある。この隔絶した隙間を埋めるには、どうすれはいいのか。
「むじゅかしすぎてわかんなーい」
などといって手をバタバタと動かすと、隣のシャーリーが彼女の頭を撫でた。
「まぁ、世間的に見れば強いが、自分の満足できる強さではない、ということだ」
「それで、あきらはいつまでここにいるんだ?」
と、エイラ。
「区切りのいいところまで、としか言えないな」
まぁ、自分の任務は今のところ極秘のようだしな。
「そっか。今度サーニャと一緒に夜間哨戒に付き合えよな」
「わかった」
自分はそううなずいて返事をすると、冷めないうちに、夕食を口に入れていくのだった。
夕食を終えてから、自分はあてがわれた仮の居室で手荷物の整理を行った後、お湯をいただくことにした。
脱衣所は、扶桑の竹籠が棚に並び、いくつかの籠に着衣が納められていて、坂本少佐曰く、ウィッチ専用にしつらえられものらしいが、いくらなんでも広すぎやしないか? などと思いつつ、自分も着衣を脱いで折りたたみ、籠に収めて浴室へと向かった。
湯気が浴室を支配し、誰がいるのかまったくわからない。
かけ湯をして、湯船に身を沈める。
心持ちぬるめだが、移動に疲れた体にはそれがちょうどよかった。
「お、誰かきたのか」
シャーリーの声が湯気の向こうから聞こえた。
自分はその声のほうへとに湯をかいて進めば、そこにはシャーリーと彼女の豊かな胸に頭を預けて湯船に身を沈めているルッキーニがいた。
「よぉ、初美かぁ」
と、朗らかに微笑んで左手をあげて挨拶してきたので、自分も左腕をあげた。
「なぁ、その腕本当に痛くないのか?」
「宮藤軍曹の魔法で直してもらう前までは、たまに存在しない左手の指がかゆくなったり、痛みが走ることもあったんだが、今はもうすっかりなくなったよ。凄いものだな、宮藤軍曹の回復魔法は」
自分は、失った左手の先を見ながら答える。
「それならよかった」
「よかったよかったー」
と、シャーリーにルッキーニが言った。
「腕を切り落とされたって話を聞いてから、ペリーヌとかリーネは凄く心配してたんだぜ」
「やはりそうだったか。ペリーヌには絞られたよ」
「ははは、やっぱりそうか。それで、これからどうするんだ?」
声のトーンは変わらないが、何か勘付いているようだ。
自分があちこちでやってきたことを含めて考慮すれば、自分が何か事情を持ってこの基地を訪れた理由ぐらい、ちょっと頭が回る人間ならばわかってしまうだろう。
「ばれましたか。実は人型ネウロイに操られて、五〇一のスパイに来たんですよ」
などと軽口をよそおってごまかした。
ふぅん、と鼻にかかった声を出して、
「まぁ、言えないならいいさ」
事情があるんだろう、と言い、
「ルッキーニ、そろそろ上がろうか」
「うん、あがるあがるーっ」
二人は湯船から出ていき、自分は広い湯船を独り占めにして、ゆったりと入浴を楽しむのだった。