リネットさんからの案内を受けて、自分はペリーヌの部屋の前までやってきていた。
部屋をノックして、
「初美です」
と、告げると、ばたん、と何かを投げ捨てるように置く音がして、ドタバタ足音うるさく扉の前まできて、騒々しくドアが開け放たれた。
「初美さん! 無事でしたの?」
と、自分の両肩をつかんでがくがくと揺さぶった。自分を見つめる目は若干潤んでいて、もう少しなにか刺激があれば落涙してしまいそうだ。
「あ、ああ、まぁ、生きているという意味では無事だな。死んでたら会えない」
「ああもうっ! そういうことじゃありませんの! 私、あなたが腕を落としたときいたから気が気ではなかったんですのよ! それなのに初美さんときたら……」
彼女をここまで心配させていたのかと思うと、平気な顔をしている自分がなにやら悪事でも働いてしまった気分になってくる。
「その、すまん」
ぺこりと頭を下げる。
「ま、まぁいいですわ。つもる話もあります。さ、お入りになって」
そうして、招かれるままに彼女の部屋へと入室する。
足の高い丸テーブルと椅子がいくつかあって、机が横壁に設置されていた。
ベッドは簡素で、おそらく他の隊員と同じものだろう。
ペリーヌと自分は、その丸テーブルを挟んで向かい合わせに座ると、
「まず何から話そうか」
「腕ですわ。どうしたんですの、一体。あなたほどのウィッチがどうして」
「まぁ、まずはそこからだな。腕が落とされたのは、もうかれこれ半月以上前になるか。五〇二との共同作戦で人型ネウロイを一機討ち漏らしたんだが、そいつが何日か後の哨戒任務の時に襲ってきてな。自分の扶桑刀を真似た腕にして、背後からばっさり切り落としてくれたよ」
まるでおのれの腕が落とされでもしたのかと思わせる沈痛な面持ちのペリーヌを見て、自分は落とされるのが当たり前、など考えていた事実を改めようと決めた。
自分のことだけならまだいいが、友人にここまで心配させるものではない。
「すまなかった、ペリーヌ」
「どうして謝りますの?」
「いや、ペリーヌの顔を見て、自分の体や命は自分だけのものではないのだなと実感したんだよ。龍子殿下の時にはそう思わなかったのにな。不思議なものだ」
「あなた、よりにもよって自国の皇女殿下にまで心配をかけたんですのっ⁈」
ペリーヌは、素っ頓狂な声を上げて立ち上がる。
「あ、いや、まぁ、その、落ち着いて」
自分は、落ち着くようどうどう、とウマを落ち着かせるようなゼスチャーでペリーヌに言ったが、とうの彼女はそんな様子など見せないどころか、さらに鼻息を荒くしてまくし立て始めた。
「これが落ち着いてなんていられませんわっ! あなた、大体にして何事につけても捨て鉢になりすぎではありませんの? あなたが左腕を失ったと聞いたとき、私がどれだけ心配したのかわかってるのですか? 本当にもう少し、自分の体を大切になさいっ!」
まるで母親にでも叱られている気分だ。
肩身を狭くして、うつむいてしまう。
「うるさいぞペリーヌ、何騒いでんだよ。サーニャが起きちまうだろ」
と、言いながら、ドアを開けて一人の女の子がクレームをいれてきた。銀髪のロングヘアで、透き通るような白い肌の持ち主だ。
「なんですの、エイラさん。ノックぐらいしてください」
ふむ、彼女がエイラ・イルマタル・ユーティライネン中尉か。
「なんだそいつ」
と、エイラはぶっきらぼうに言った。
「初美あきら扶桑陸軍少尉。怪我の治療のために、宮藤さんのところにやってきたウィッチですわ。ミーナ隊長が朝のミーティングの時に言ってましたでしょ」
「寝てたからわかんねーよ。お、左腕ないのか」
これまた、ずいぶんと軽い口調だ。ペリーヌの心配っぷりに比べてドライだが、それがありがたくもある。
「ええ、人型ネウロイにやられました」
と、苦笑交じりに答えた。
「そうか、それで宮藤の魔法目当てにこっちにきたのか。で、腕は治ったのか?」
「あ、はい。それはこの通りに」
左袖をめくって、断ち切られた左腕を見せる。
「おー、こうなるのか。な、さわっていいか?」
「かまいませんよ」
と、言うと、遠慮なしになでてきた。まだ神経が刺激になれていないので、かなりくすぐったいが、なんとか身をよじるのをこらえる。
「くすぐったいのか?」
「ええ、神経がまだ感覚になれてないので」
「そっか。じゃ、またなー」
言うだけ言って、風のように部屋をでていってしまうエイラ。
「もう、なんなんですのあの方」
エイラとのやりとりに毒気を抜かれたのか、すっかり落ち着いたペリーヌは、こほんと咳払いを一つすると、
「まあ、そういうわけですから、もう少し自重なさい」
「わかった、わかりました」
自分はそう答えた。
「ところで、佐東准尉は息災か?」
以前、自分が義勇兵としてペリーヌの領地に滞在した折りに、パ・ド・カレーの空域の偵察をやっていた。
そのとき、飲んだくれのウィッチである佐東准尉が居城の庭に落ちて一騒動を起こしたのだが、自分がパ・ド・カレーを離れることになり埋め合わせとして自分の代わりに彼女を偵察をやるよう手配をしたのだ。
「ええ、偵察もしっかりやっていただけてますし、色々助かってますわ。ただ、酒が入ると途端に役立たずになるのは勘弁してほしいですが」
「酒癖は相変わらずか」
「それでも、哨戒任務だけは本当に一級品で、私たちと哨戒しているときも、常に最初にネウロイを発見してるのですわ」
「まぁ、あいつはそれだけが取り柄だからな。いや、役に立っているようでよかった」
などと話していると、ドアがノックされた。
「ペリーヌさん、そろそろお夕飯ですよ」
と、ドアの外から宮藤さんの声が聞こえる。
「わかりましたわ、すぐにいきます。さ、行きましょうか」
自分は、ペリーヌと二人で食堂へむかったのだった。