一週間の移動を終え、ロマーニャの第五〇一統合戦闘航空団基地に到着した。
五〇二のペテルブルク基地もそうだが、ずいぶん風光明媚な場所や建物を本拠地とするのだな、などと思いながら、痔ができそうなほど座らされて疲れがたまった腰を叩きつつ、タラップを降りると、そこにはミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐とポニーテールに眼帯をつけたウィッチが待っていた。
ふむ、彼女が名に聞くところの坂本美緒少佐か。
「初美あきら陸軍少尉、ただいま到着いたしました」
タラップから地面に降りると、自分は陸軍式の敬礼で名を名乗った。
「こうして直接会うのは初めてね、私がミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐。ミーナ、と呼んでちょうだい」
「私は扶桑海軍少佐、坂本美緒だ。階級のことは気にせず、坂本でかまわない」
「では、少しの間になると思いますがよろしくお願いします、ミーナ中佐、坂本少佐」
「早速だが、左腕の状態はどうなっている。まだ完治はしていないのか?」
と、坂本少佐が訊いてきた。
「はい、完全には治っておりません。抜糸もしておらず、完治にはもうしばらくかかるかと」
自分がそう答えると、少佐はうなずいて、
「ミーナ、すまないが作戦会議は少し後にしてくれるか?」
「わかってるわ、宮藤さんね」
などと言って、微笑んだ。
自分の腕の治療を先に済ませてしまうのか。
「ああ、そういうことだ。初美、まずその腕を完治させなければならないな。ついてこい」
少佐はそう言って、自分を基地へと案内する。
「了解しました。失礼します、ミーナ中佐」
赤髪の女公爵に頭を下げて、自分は颯爽と歩を進める少佐の後をついていく。背筋がすっと通っているあたり、かなりの使い手のようだ。武術家として、講道館剣術とは試し合いをしてみたくなるが、それをぐっと飲み込む。
「どうして左腕を失ったのか、詳しい事情を聞かせてはくれないか?」
少し後ろを歩く自分に、優しい口調で問いかけてきた。
「五〇二との共同作戦で、自分は人型ネウロイを二機相手にしました。一機は撃破できたのですが、もう一機を仕留め損なったのです」
「ふむ」
「ともかく、その作戦は、人型ネウロイを一機逃した以外は成功し、無事超大型ネウロイの撃破をしました。それから数日後、自分は下原貞子少尉と、ジョーゼット・ルマール少尉とともに定時偵察任務に就きました。そのとき、偵察型ネウロイを撃墜したのですが、不意を打って人型ネウロイが自分の背後からやってきて、腕を切り落としたのです。その人型は、おそらく自分が撃墜に失敗した奴のはずです」
腕を落とされた時の衝撃と痛みを思い出してしまい、左腕の傷口を押さえてしまう。
「なぜそう言い切れる」
「自分が撃墜した人型ネウロイは、扶桑刀で切り伏せたのですが、そのときの様子を奴は見ていました。そして、自分の腕を切り落としたネウロイの右腕は、扶桑刀のような形状をしていたのです」
「なるほどな、そういうわけか。大変だったな」
「自分はウィッチである以前に忍者であり武術家です。腕の一本ぐらい、いつでもなくす覚悟はあったので、気にはしておりません。それよりもあの時、人型ネウロイを撃墜できなかった後悔のほうが大きいです」
「どうしてだ」
「人型ネウロイは、ウィッチを洗脳し、操る先兵です。あいつらからウィッチを守れるのは、自分をおいて他にはいません」
そこまで言い終えると、自分は息を吸って、
「自分は、彼奴らからウィッチを守りたいのです」
宣言するように強く言った。
それを聞いて、少佐はふと立ち止まり、
「そうか、お前も護りたいのか。そうか、そうか」
と言って唐突に笑い始めたものだから、自分はいぶかしんで彼女の顔を見た。
自分は何かおかしなことでも言っただろうか、と思っていると、少佐はさっぱりとした笑顔で、
「いやぁ、すまんすまん。これから初美少尉と会わせる宮藤も同じことを言って、無茶をして欧州までやってきたのを思い出してな」
と、自分の右肩を叩きながらそう言った。
それでか。人をバカにするような人物ではないと思っていたので、唐突に笑い出されてどうすればいいのか迷ってしまった。
「ああ、横須賀基地での一件ですか。噂を聞いたことはありますが」
「理由如何によっては、初見少尉の偵察任務参加を見合わせようと思ってはいたのだが、それを言われてはな。宮藤を欧州に連れてきた手前、引き下がるしかあるまい。さあ、医療室まであと少しだ。行こうか」
「了解です、坂本少佐」
「初美、私のことは階級抜きで呼んでくれ。海軍と陸軍の間柄ではあるが、同郷の人間にそうよそよそしくされるのもな」
なるほどな。気っ風のいい人柄だとは聞いていたが、その噂は本当だったか。
「わかりました、坂本さん。よろしくお願いします」