くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞   作:高嶋ぽんず

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この小説はpixivに投稿していたものの再投稿になります。


くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞 二の巻 その七

 記念撮影も終わり、新人達が中庭をはなれると、自分は持って来ていた木刀を片手に、一人稽古を始めた。

 ここのところ任務続きで錆付いていた腕をみがこうというわけだ。

 時間をかけて、ゆっくり幾つか基本の型稽古をなぞっていくと、汗がじっとりとにじんでくる。

 ストライカーユニットで飛行したり戦闘では流すことのない、稽古の汗だ。自分はこの汗を書くのが実に好ましい。

 そうこうしていると、手すきのカールスラントの兵士がばらばらに集まり始め、自分の稽古の様子を物珍しげに見物しだした。ここ欧州では、よくあることだ。

「見学は構わんが邪魔はするなよ。上官命令だ」

 そう言って見物人達の口を黙らせると、あいつらは弟子だと自分に言い聞かせ、木刀を振るうことに専心しようとする。

 だが、どうやら今日はそういう日ではないらしい。

 あいつは誰だなんだと、観衆たちが声をあげはじめたのだ。

 その原因が何かと辺りを視線だけで確認すると、視界のすみにツヴァイハンダーを片手に携えた女性が兵舎からやってきたのが見えた。軍装を見るに、カールスラント空軍所属か。

 あれが原因か、と改めて視線を移すと、その女性の素肌が見えるあちこちに細かな傷跡があるのが確認できた。容姿は、端正な中にも野性味を感じさせるしなやかなケモノのようだ。

 髪はダークグレーで、襟足を短く切りそろえている。

 持っていた剣のガードの中央に、一級鉄十字章が飾られているのも視認できた。

 そして象徴的とも言えるその剣を見て、彼女が何者かを思い出した。

 アントーニア・レッシュ少尉だ。

 カールスラントの古流剣術を学び、果敢な接近戦でネウロイを屠ってきた空戦ウィッチで、幾度も戦傷を負いながらも最前線を渡り歩いてきたという。

「アントーニア・レッシュ少尉。何か用かな。自分はただいま稽古中なのだが」

 自分は稽古の手を止めて、今にも飛びかからんとする彼女の機先を制してそう告げた。すでに彼女は、自分を一刀の元に斬り伏せれる間合いに足を踏み入れていた。

「私の名前を知ってるとは光栄ね、くノ一の魔女。貴女がこの基地に来ていると聞いて、取るものもとりあえずきたってわけ。用件は、この剣を見れば言わなくてもわかるでしょう」

 実に楽しげな声だ。

「一手ご所望、と」

 レッシュ少尉に向き直る。木刀を、右肩に乗せて、

「無用な体力の消耗は避けたいのだが、そういうわけにはいかないだろうな」

「ええ。初美あきら少尉は私からの勝負から逃げたと、喧伝させていただくわ」

「そこまで脅されてはな。女王陛下に戴いた騎士の称号も泣くだろう」

 騎士の叙勲など受けねばよかったと軽い後悔が頭をよぎる。

「では」

 レッシュ少尉は左半身になり剣を肩に預けるように乗せた。

「いざ」

 それを見て、こちらも左半身になり、正眼に構える。

 す、と流れるように剣が振り下ろされ、自分は極端な左半身になって木刀をレッシュ少尉の剣に合わせ、擦り上げる。

 彼女の持つ剣が扶桑刀なら、そのまま自分の右に流れていき、頭をかち割って終わるところだったが、そうはいかなかった。

 そのまま彼女は自分に身を寄せ、ガードを木刀に押し付け、そのまま擦り上がり上段になろうとするのを防いでしまう。

 同時に、木刀と剣の接点を軸として彼女はさらに踏み込み、剣で自分の首を狩りにくる。

 ぞわ、と背中の産毛が総毛立つ。

 反射的に身をかがめ、こちらも接点を軸にして木刀を肩に担ぎ、地面を蹴ってレッシュを跳ね飛ばし、一旦距離を取る。

 見物人達も、これにはさすがにざわめいた。

「肝が冷えたよ」

「凄いわね、ガードがないその棒であれをかわせるなんて」

「物心ついた頃からこいつを握ってきた。今じゃ手足の如くだ。では、今度はこちらから参ろうか」

 木刀を脇構えに、ぐっと体を落とし頭の位置を腰のあたりにまで下げる。

「貴女、そんな姿勢で動けるの?」

 言葉は小馬鹿にしているが、声色には緊張の色が濃い。

 レッシュ少尉は剣を頭上に掲げ、切っ先を自分に向ける構えになる。不用意に近づいたところを串刺しにする腹づもりなのだろうが、果たしてそううまくいくものか。

「何、心配無用。走るより早く歩いてみせるよ」

 なにぶんこの技は、師匠にも秘密の自分の工夫だ。ここが扶桑であったら絶対に使わないだろう。使うときは相手を殺すか半殺す時だ。

 脱力すると同時に、するすると足音立てずに歩み寄る。

「!」

 まさか、本当に走るより早く歩いてくるとは思わなかったのだろう。慌てて剣を突き立ててくるが遅い。

 剣先が自分の背中を掠め、空振りしそうになる。が、またもやガードをうまく使ってきた。

 ガードを自分の左肩にかけ、歩みをワンテンポ遅らせてきたのだ。

「くっ!」

 左肩を鈍痛が襲い、足が止まりそうになる。

 この技は、本来なら懐に入って柄で腹をつき、怯んだところを逆風で股間から切り上げる技なのだが、これではそれもかなわない。

 止むを得ず、不十分な距離だがそのまま切り上げようとする。

 木刀は体に隠れて見えない。これをかわすことはできぬーーはずだった。

 レッシュ少尉は、自分の歩みをとめたときの衝撃を体で吸収せず、そのまま後ろに転がって距離をとったのだ。やはり初手で体の動きを封じられなかったのが失敗の原因か。

 切り上げた木刀は相手を失い空を切る。

 ふう、と息をついて立ち上がると、

「これは……扶桑でこれを見た輩は、全て玉を一つ潰されたものだが、どうしようか」

「貴女!私を殺す気だったでしょ!」

 怒りの声を上げるレッシュ少尉。

「師匠にも見せていない、自分独自の秘中の秘だからな。使う以上は殺す気でいくさ。それにお主とて、自分の首を落としにきただろう。お互い様だ。

 で、まだやるか?」

「いえ、もういいわ。もう満足。こんな経験なんて金輪際真っ平御免よ。死ぬより怖いわ」

 自分に斬られたときのことでも想像したのだろうか。ぶるっと背筋を震わせた。

「だろうな。自分も、あれなら素直に首を落としてくれた方がまだマシだ」

「そう。じゃあ次からはその首を落とすわね」

「そうしてくれ」

わりと本気でそう言った。

「さてと。そういうわけで、今日はこれにて終了だ!見物人達はとっとと自分の仕事に戻れ!」

 見物人達のほうに体を向けて怒鳴る。

 すると、今目の前で起きたことを理解できてないのだろうか。茫然自失となっていた兵士達は、蜘蛛の子でも散らしたかのように、自身の仕事場へと戻っていく。そんな彼らを視線で見送っていると、

「初美少尉、何かあったらウィッチとして協力するわ。居場所はグンドュラ・ラル大尉に逐一報告してるから、そこに連絡して。私の名前を出せば通じるようにしておくから」

「了解した。自分は扶桑皇国陸軍遣欧部隊基地に所属している。何かあったらそこに連絡するといい」

 そういって、自分は思わぬ仕合でかいた冷や汗を洗い落とすため、シャワー室へと向かうのだった。


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